アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

東証Project「東方粉飾劇」で学ぶ粉飾決算

最近の粉飾―その実態と発見法

最近の粉飾―その実態と発見法

注:残念ながら、東方粉飾劇はAmazon未発売のため、粉飾決算に関する標準的な研究書を代わりに表示させていただいている*1

1.東方粉飾劇で、粉飾決算を学ぼう!
 C79で絶大な人気を博し、 とらのあなで委託販売が開始されると、予約開始直後に予約分受付終了、通信販売開始後30分で売り切れ*2、追加販売されるも、即売り切れという伝説の同人誌がある。これが「東方粉飾劇〜粉飾決算を華麗にグレイズ*3!?〜」である。


注:2月6日第二版の発売が開始され、とらのあなで、特集されている。未入手の方は、ぜひこの機会を利用されることをお勧めする*4


注:2月20日発売のダイヤモンドZaiで著者の五月様が特集され、東方粉飾劇も取り上げられている。四面モニタの前のフィギュアの写真は壮観。ブログでも個別株分析がなされているが、五月様の投資メソッドをよりよく知るという意味でもお薦めである


注:3月1日、ついに東方粉飾劇が1000部を突破! 同人誌は初めてとのことであり、そのような第一作がここまで売れたのは「新たな伝説」といっても差し支えなかろう。本当に、おめでとうございます。


 東方粉飾劇とは、東証Projectというサークルが、コミックマーケット79用に刊行された同人誌である。ブログの方にサンプルが掲載されているので、未読の方はぜひご覧いただきたい
 サークル名からお察しの方も多いだろうが、東方×株という貴重なジャンルの本であり、従来「クソ株ランキング」シリーズが好評を得ていることから、著者を知る方も多いだろう。
 本書の内容は、シニアコミュニケーションズ、エフオーアイ、プロデュース、アイエックスアイ等の粉飾の仕組みと「兆候」を東方キャラ *5が解説し、個人投資家のための粉飾リスクヘッジの基礎をわかりやすく説明してくれるというものである。
題材となっている事案は粉飾決算の有名どころ」であり、一部の人はこの名前を聞いただけで読みたくなるだろう。魔理沙「またソフトウェアか*6の突っ込みに親近感を覚える人も多いのではないか。事例の採り方は秀逸である。
また、解説も、先生役の慧音がはまり役*7で、魔理沙霊夢との掛け合いを楽しみながら、分かりやすく粉飾の仕組みを理解できる。

例えば、

霊夢:例えば古くなったお賽銭箱を5万円で新しいのに買い換える時は、投資CFがマイナス5万円になる一方で、資産には5万円分の新しいお賽銭箱が計上されるの。

(中略)

魔理沙:ならそのお賽銭箱への投資はフリーキャッシュフローマイナスだぜ。新しくした程度でお賽銭が増えるわけでははいからな。

霊夢:分かってないわね。私のモチベーションが上がるからトータルではプラスなのよ。買ってすぐに効果が出るわけじゃないんだから、一時的にFCFがマイナスになるのは問題にならないわ。一定の期間で見て、ちゃんと投資が回収出来ているかどうかが大事なの。

魔理沙:モチベーションったって、掃除とお茶飲むぐらいしかしてないだろう。私が思うに、問題の本質はそこにはないな。今や大人気の山の巫女との戦力差、それは何だと思う?

霊夢:あんたね…慧音が居なかったらぶっ殺してたわ。それに私はウソが嫌いなの。どこぞのメイドじゃあるまいし、粉飾はしない主義なのよ。

慧音:私は小さくても構わんがな。なんせ妹紅が…おっと、いかんいかん。

東証Project「東方粉飾劇」14頁〜15頁

といった下り(注:キャッシュフロー分析手法の解説です)は、誰しも*8ニヤリとしてしまうだろう。
粉飾決算の事例分析や、見抜く方法については、いわゆる分析的手法*9の本等は既に多くの先行著作があり、良書もあるものの、ほとんどは「お固い」本であり、本書のような「楽しみながら入門できる本」は知る限り初めてである*10。最後の「まとめ」のページに六項目並べられたポイントは、会計の専門知識がなくとも、個人投資家が損失を回避するための実務ポイントとして、示唆に富む*11
この面白さは、東証の中の人も購入したほどであり、ある意味証券取引所が今注目している本」と言えるかもしれない。


2.東方粉飾劇が問いかけるもの
(1)監査法人が分析をしていない訳ではない

 ここで、一つの問題は、監査法人も、同じ*12分析をして『怪しい』と思った上で追加的監査手続等により、粉飾をしてないか確認を取った上で適正意見を出している」ということである*13
例えば、シニアコミュニケーションズでは、会社の調査報告書によれば、キャッシュフローの赤字垂れ流しや入金遅延は、会計士も怪しんでいたが、「特殊な理由で遅れている」と説明した上でシニアコミュニケーションズ社員が上司の命令で、取引先名義の説明文書を偽造して監査法人を説得したり、挙句の果てには、監査法人が取引先に、「貴社の認識する債務額はシニアコミュニケーションズの理解と同額ですか」と確認状を送ろうとポストに投函するのを待ち構えて、郵便局員に誤って投函したと偽って回収し、取引先の名前で「シニアコミュニケーションズのいうとおり」との確認状を作成して返送していたという*14
エフオーアイは、報道によれば、売掛金滞留等をリスク要因とみた監査法人が海外の取引先のところまで往査に行ったところ、エフオーアイ側が予め手配した通訳に嘘の説明をさせていたという*15
  これらの報道を見る限り、会計士は、「怪しいけれども合理的な説明がついており、適切な財務諸表である」という判断をしたものと思われる*16。分析的手法を取れば、特に新興市場等に「怪しい」ところがある会社は多いだろうが、それらの企業全てが粉飾しているとまでは思われない。その意味で、怪しいサインを出している会社の扱いは、一筋縄ではいかないだろう。


(2)投資家の当面の対応
 この点、個人投資家の当面の対応は、本書の紹介するような観点から、「粉飾リスクを的確に察知する」ということであろう。
  営業CFに影響がない程度の粉飾なら、普通の下方修正と影響はあまり変わらない*17といった本書の分析は、投資家として市場と関わって来た著者のノウハウが詰め込まれており、極めて有益だろう。
 監査法人が結果的に「合理的説明ができた」とは思っても、本当は虚偽の説明だったということはある*18。「分析の結果怪しい兆候の出ている企業」と「そうでない企業」の粉飾リスクの程度は違うだろう。それを理解しないまま、見た目の利益や割安感だけで購入すると、アク○ディアの下方修正で大損をした魔理沙のような目にあう訳である*19。ある意味、一見割安に見える株価は粉飾リスク分を織り込んだ価格に過ぎず、割安でもなんでもないかもしれないのである*20
 個人投資家の自衛という意味では、投資する前に最低でも本書で紹介されているような分析を行った上で、何か怪しいところがあれば、「粉飾リスクを最大限織り込んでもなお割安か」を考えて投資するということになるだろう*21


(3)上場制度のあり方を問いかける「東方粉飾劇」
 もう一つの問題は 市場全体としての対応 であろう。

慧音:近年の大型の粉飾劇が起こるたびに「審査の厳格化を行って市場の信頼回復に務める」と当局は繰り返して来た。ところが、ここにきて史上最悪の粉飾劇が起きてしまった。IPO数が急減する中で、1つ1つの案件に対する目は厳しくなっていたはずなのにだ。これはもう制度の限界と言うしかないだろう

東証Project「東方粉飾劇」46頁

 このような慧音の指摘に対し、どのような対応を取るべきか。


 一つの考え方は、粉飾リスクがある企業*22一切取引所から排除するという考えである。少くとも現行の証券取引所はそうはなっていない。


東証の斎藤社長の記者会見で、いわば上場申請をする会社に対し性善説で審査をしているとの発言が話題になった。

普通は引受主幹事会社というのは、上場企業と長い時は10年くらい付き合っていて、そに幹事証券会社が推薦してくるのですから、我々としては善意で受けなければなりません
http://www.tse.or.jp/about/press/b7gje60000004kwx-att/100518.pdf


この、 性善説」 の趣旨は、多分「証券会社が良いといえばそれを証券取引所無批判に受け入れて上場させる」という意味ではないだろう。「悪意をもって投資家を欺こうとして最初から粉飾して上場しようとする申請会社はほとんどいないから、『そういうつもりはないけど、結果的に投資家の誤解を招く』パターンを排除するために審査を行う」ということだろう。
 実際、投資家を騙すつもりはない会社でも、「次年度以降の業績予測が楽観的過ぎたため、上場後予算を達成できず、下方修正を繰り返し、株価も下がり続ける」とか、「貸倒引当金を十分に積んでいないため、取引先の倒産により、連鎖倒産する」といった場合があり、そのような悪意を持っていないが結果的に投資家に誤解を招いて損をさせるというパターンへの審査は、特に近時は厳しくなっているとも聞く*23。このように証券取引所は「性善説審査」の範囲で取引所なりに頑張ろうとしているとも言える*24。もっとも、結果的に粉飾企業による上場を防げなかったという結果は残る。


 このような意味での「性善説審査」を改め、「性悪説」審査を行い、 粉飾リスクある会社は上場させない 、少くとも一般投資家が取引できない東証AIMのような市場に限定するというのは、一つの政策だろう。
 しかし、例えば優良企業でも、高成長のために「営業CFの赤字」が起こるということはあり得る*25。そこで、このような性悪説審査をした場合に、 「高成長期が終わった企業」にしか個人投資家が投資できなくなるのではないか、いや、そもそも新興市場が市場として成立するのか といった問題を検討する必要があるだろう。

 性善説審査を前提に、 リスク情報開示のあり方を工夫 することで対応するという方法はも一つの方法であるが、 具体的にどのようにリスクを開示すべきかという難しい問題は残る 

 このような市場のあり方を巡る議論には 「正解」はないが、本書が取り上げたような粉飾決算事件を*26可及的に減らすためには、「よりよい市場のあり方」への議論が続けられるべき だろう。
 本書は、このような上場制度のあり方を問いかけている。

まとめ
 本書は、 個人投資家のためのリスクヘッジのための財務諸表の見方のポイントを、東方キャラで分かりやすく解説する、秀逸な入門書 である。
 また、市場のあり方を考えさせる良書であり、個人投資家のみならず、 市場関係者必読 と言えよう。そのためにも、再販又は電子書籍化を強くお願いしたいところである。

*1:いわゆるイメージ映像

*2:個人的には幸運にも、最初の30分でなんとか購入することができた。

*3:あまり本論と関係ないが、「グレイズ」である。単なる回避ではなく、グレイズということは、粉飾銘柄を適時に空売して利益を上げるといったことを意味するのではなかろうか、それとも単なる深読みのし過ぎか?

*4:なお、当方は、東証Project様の1ファンであり、何ら宣伝の委託等を受けている訳ではなく、自発的に「布教」しているに過ぎない事を改めて確認させていただく

*5:霧雨魔理沙博麗霊夢上白沢慧音

*6:本書23頁等

*7:過去の粉飾事例を解説するんですから、そりゃぁはまり役でないはずがない

*8:「一定の人なら」誰しも

*9:本書で紹介される売掛金滞留期間、回収率、CF分析、従業員一人当たり売上高等もその方法の一つである。まあ、半期報告書提出遅延は分析的手法ではないものの、分析的手法で怪しいとおもった監査法人と何かもめてるらしいという意味では似たものだろう。

*10:いや、「合理的に知り得る限り初めて」くらい言ってもいいだろう

*11:本書49頁

*12:いや、通常は本書が取り上げている手法よりより詳細かつ精緻なはずであろう。

*13:なお、プロデュースは除く。その理由は本書38頁参照

*14:http://www.senior-com.co.jp/~system/ir2/up/fde929b1a185ee496295d83102cbbaa5.pdf

*15:http://ameblo.jp/critical-accounting/entry-10654789872.html

*16:結果的に見れば粉飾を「見逃した」訳で、会計士が「合理的説明がついた」と判断するに至る過程の十分性・適切性という問題はもちろん残るが、この点についてコメントするだけの事実関係は不明である

*17:本書18頁

*18:粉飾をしていなくとも、業績見積の甘さ等、他のリスクを内包している可能性がも、怪しい兆候がない企業よりも高いだろう

*19:本書4頁参照

*20:本書30頁が紹介するゼ○テックテクノロジージャパンのような面白い銘柄もたまにはあるが。

*21:実際は粉飾リスクを最大限織り込んだ株価の算定には困難がつきまとうのであって、プロでも間違うこともあることには留意が必要である。本書17頁も、日本には3700弱の上場企業があり、有望な投資先なら他にもあると指摘している。

*22:上記のように、一応は公認会計士が怪しいと思った上で監査対応の中で合理的説明がついたと判断した企業に考察対象を絞ってよいだろう。プロデュースのような会計士ぐるみがあると、もうどうしようもない。

*23:例えば「既に上場している同業他社で株価の大幅下落ががあると、申請会社でも同じことが起こることを恐れて上場を延期され、なかなか上場させてもらえない」等

*24:「過剰反応」との声も聞くが

*25:この点は本書でも言及されている。もちろん、本書もいう通り高成長とはいえ何期もCF赤字が連続するのは怪しいが、じゃあ「何期連続したら市場から排除するか」のメルクマールは難しい

*26:ゼロにはできないにせよ