アホヲタ元法学部生の日常

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「とある教会法のインデックス」〜カノン法の概要

教会法とは何だろうか (成文堂選書)

教会法とは何だろうか (成文堂選書)

1.せっかく「カノン法」で検索をかけて来てくださっているのに…
 せっかくキーワードで検索をかけて当ブログにいらっしゃるのに、そのキーワードに関連する記事がないとすると、来訪者に悪いことをしたことになる。
 当ブログでは、
カノン法

がこれであり、たくさんの人がカノン法で検索して当ブログを訪れて下さるのだが、

あゆあゆの「鯛焼問題」に関する法的考察〜Kanon法学の形成と展開I - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

をはじめとするKanon」法学についてのエントリしかないので、目的は達成されていないだろう。
 なお、Kanon法のエントリ一覧は
[Kanon] - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
参照。

 せっかく来て下さるのに申し訳ないので、以下、ホセ・ヨンパルト「教会法とは何だろうか」をもとに、簡単にカノン法を説明したい*1


2.カノン法の概要
 今回本書を使うのは、本書が日本語で書かれた唯一のカノン法入門書だからである*2。実は「カノン法を知りたければ図書館でこの本を借りて下さい*3」というような内容が平易かつ充実したものなのだが、それもなんなので、以下簡単に説明したい。


 カノン法は一言で言えば、カトリックにおける教会法である。教会法とは何か。日本社会には日本国という国家組織があり、日本法という法がある。同様に、キリスト教信者の共同体という社会には教会*4という組織がある。その組織の法律が教会法なのだ*5。法律とは、「共同体の責任者によって公布される共通善を目的とする理性の秩序づけである*6」。


 カノン法は、大きく分けて成文法と慣習法に分けられる*7。慣習法も主要な法源である*8。成文法には、神が定めた神法(lex divina、改廃不能)と、神以外の教皇公会議等が定めた純教会法(leges mere ecclesiasticae、改廃可能)に分けられる*9
  カノン法の主要法源「教会法典」である。第2ヴァティカン公会議での検討等、16年もの検討を経て、1983年、教皇ヨハネ・パウロ二世が公布した1752条の成文法典である*10。教会法典には、神法も純教会法も両方とも記載されており、キリスト教信者の拠り所となる。


 ここで、「カノン」という言葉を簡単に説明しよう。
 まず、カノン法はドイツ語っぽく書くとKanon、Kanonisches Recht、ラテン語や英語はCanon、Ius Canonicum、Canon Lawと書く。カノンというこの言葉は1世紀頃から用いられていた*11が、語源は古代ギリシア語で「棒」という意味のκανωνであり、棒→物指し→基準→規定ということで、法的な規定の意味を持つようになった*12
 ところで、カノンは、カノン法(Ius Canonicum)として、(カトリック)教会法全体を示すこともあるが、教会法典の第○条という意味もある。「Canon 1」というのは第1条という意味であり、「1752のカノネス*13」といった言い方もされる。教会法典以外にも、「カノン法の成文法」はあるが、これはlex(複数形leges)と言われ、カノン法に属していても、カノネスとは言われない*14


2.カノン法の内容
 カノン法には、信者としての権利・義務、教会の構成と統治制度、制裁と裁判制度等が記載される。しかし、国家法と異なり、商法、労働法、警察法、軍事法等はない*15
 カノン法は領土国家国籍に関係なくカトリック信者というだけで適用される*16
 国家は暴力装置により国家法を実力で実現する。しかし、教会は目的を達成するため、救いを教え、聖化するため秘跡を授ける*17。重い罪を侵した者に破門等の制裁を与えることはできるが、本質は霊的な事柄であって、物理的強制はできず、本人が無視したければそうすることも可能である*18


 カノン法の規定の重要部分は本書117頁以下で解説されているのでこちらを参照されたい。イメージを掴むため、具体的な規定を挙げる。

例えば、

カノン113.2 教会においては、自然人の他に法人も存在する。法人は、その性質に応じて教会法上の権利及び義務の主体である

 国家法の民法のような内容もある。カノン1083により男性は16歳、女性は14歳で結婚ができる

カノン335 ローマ聖座(注:簡単に言えば教皇位のようなもの)が空位の時、又は完全にその機能が妨げられたとき、普遍教会の統治に関して何ら変更してはならない。かかる事態に対して制定された特別法が順守されねばならない。

 というような、国家法の行政法のような内容もある。

カノン1380 聖職・聖物売買によって秘跡を執行又は領受する者は、禁止制裁又は聖職停止制裁によって処罰されなければならない。

 国家法の刑法のような内容がある。例えば「司祭の地位を1000万円で買う」といった聖職売買(simonia*19)は上記のように固く禁じられている*20。教会の刑法には死刑や自由刑はないが、破門という厳しい刑罰があり、共同体から追放される(カノン1331)。

 以上のような国家法にありそうな規定に加えて、

カノン849洗礼は、諸秘跡の門であり、それを実際に受け、または少なくとも望むことが救いのために必要である。 洗礼によって人は罪から解放され、神の子として新たに生まれ、かつ 消えることのない霊印でキリストに結ばれて教会に組み入れられる。 

 このような、霊的な内容が含まれているのが、カノン法の特徴である。


 3.カノン法の歴史
 カノン法の歴史は長いが、本書はこれを六段階に分けるので、それらを簡単に説明したい*21
 なお、重要なのは「公会議*22」といわれる会議で議論をして、教会の重要事項を決めて来たということである。例えば、ある学説が「異端」として排斥されるべきかが決定されたりしている。


(1)初期教会 ー1〜3世紀
 キリスト教が社会的に迫害されていた時代。この時期の教会法の資料は、主に新約聖書の「使徒言行録」に記載される。この時代は、まだ、司祭になるため結婚しないという習慣はなかったようである。


(2)ローマ法の影響ー4〜7世紀
 この時代、ミラノ勅令が313年に出され、キリスト教への迫害が終わった。その後、ローマ皇帝テオドシウスの時代に、キリスト教は国教化した(392年にキリスト教以外の儀式儀礼が国家への犯罪になると規定)。政教一致により、教会法ローマ法は相互に大きな影響を与えた。また、教会に皇帝が影響力を与えようという動きが活発化した。
 この時代には、 ニケア公会議以下6つの公会議が行われ、異端説の排斥等が決められた。


(3)ゲルマン法の影響ー8〜12世紀
 ゲルマン民族定住、スペインへのイスラム教徒侵入等がみられたこの時代は混沌としていた。この時代は、カロリング朝ピピン3世がローマ教皇にイタリアの広い領土を寄付した。これにより教皇領が成立した。また、800年12月25日に、カール大帝への戴冠がされ、神聖ローマ帝国ができ。476年に壊滅したローマ帝国が復活されたとみなされた。ギリシア東方教会がローマと縁を切ったのもこの時代(1054年)である。
 ゲルマン法の影響で地方分権的考えが教会に浸透したこの時代、教皇と国王の間でどちらが聖職を任命できるのかという聖職叙任権問題があり、教皇グレゴリオ七世によるドイツ国王破門等もあった。
 なお、5回の公会議で、聖職叙任権問題等が話し合われている。


(4)古典時代ー12〜16世紀
スコラ学派(トマス・アクイナス等)、ルネサンス、十字軍等がこの時代を彩る。
 宗教改革により、プロテスタントができ、また、イギリス国教会カトリックから離れた。プロテスタントへの反宗教革命運動がカトリック側で起こり、情熱を持ってカトリックを広めようとした。日本にフランシスコ・ザビエルを派遣したイエズス会はこのような反宗教革命の流れである。
 11会の公会議が行われ、聖地奪還(十字軍の時代)、教会分裂の終了(3人の対立教皇がいた時代があった)、プロテスタントの主張をふまえたカトリック教義の明確化(1545年〜のトリエント公会議等)等が話し合われた。
 カノン法を集成し、法典化するという動きが始まったのはこの時代であり、ボローニャ大学教授のグラティアヌスはグラティアヌス教令集をつくり、過去の教令を集めた。その後、グレゴリオ九世教令集等ができ、これら教令集全体を指すため「教会法大全(Corpus Iuris Canonici)」いわば六法全書のようなものもできた。 


(5)近代ー16〜19世紀
政治的にはナポレオン等激動の時代、教会は、国家権力(世俗権力)と協約(コンコルダート)を結び地位を守った。
 また、前の時代の教会法大全成立を受け、これを解釈しよう、教会法学を体系化しようという動きが活発化した。


(6)法典化ー20世紀
 1870年イタリア軍がローマに侵入し、ローマ教皇は領土を失った。しかし、1929年のラテラノ条約にて、ついにローマ教皇はヴァティカン市国の主権者として認められた。現在、国際連合にも、聖座(Holy See)として加盟している*23
 この時代、カノン法の法典化が行われ、1917年に最初の旧教会法典ができた。その後、1962年からの第2ヴァティカン公会議での議論を経て、1985年に現在の教会法典が公布された。


 4.インデックスについて 
 アニメファンに広く知られているインデックス(禁書目録)は、実在した

旧法典カノン1395 正当な理由にもとづく書籍の禁止処分の権利義務は、全教会に対しては教会の最高権威者がこれを有し、なお、それぞれの従属者に対しては特別会議及び教区裁治権者もこれを有する。
2前項の禁止に対しては、聖座への訴願が許される。ただし、禁止処分も執行を停止する効力を有しない。
自治の陰修道院のアッバ、および免属聖職者修道会も総長も、正当な理由があるときは、その議会、または諮問機関にはかって、従属者に対し書籍の禁止処分をすることができる。遅滞のより危険が生じるおそれのある場合には、他の上級上長者も、その諮問機関に諮って、同様の措置を講ずることができる。この場合は、遅滞なくその旨を総長に報告しなければならない。

1917年の旧教会法典は、カノン1395以下で書籍の禁止処分を定める。上述の1545年からのトリエント公会議の時代から、Index librorum prohibitorum、いわゆる「Index(禁書目録)」が定められており。特別な許可がない限り、読んではいけないことになっていた*24
 しかし、書物の閲読の禁止は、神の命令(神法)ではない*25ので、時代にあわなくなれば改廃可能である。現代にあわないため、パウロ6世は、1965年12月7日の自発教令で、Indexによる禁止は効力を失ったと宣言した*26
 現在の教会法典でもインデックスについての規定はない。カノン825で、聖書を出版するなら許可を受けるよう規定するが、これは、信仰生活に直接的な関わりを持つことから課せられた例外的制約である*27

まとめ
 これまで「カノン法」で検索していただいた皆様には、ご期待に沿う記事がなかったこと、申し訳なかった。
 上記のようなカトリック教会の法律であるカノン法では、過去にインデックス(禁書目録)が定められていたが、現在では既に過去のものである。
インデックスが出てくるアニメ・漫画は、もし歴史に忠実に描写するのであれば、1965年以前を舞台としなけれなならないのである。

*1:カノン法についてはほぼ無知であったにもかかわらず、このように概要をまとめるエントリが書けるのはひとえに本書のおかげである。誤りがあれば、これはronnorの誤解であり、本書の責任ではないことを付言する。

*2:本書まえがきでは、入門書ではないと述べているが、これ以外に代替できるものがないし、内容は十分入門書に値する

*3:良い本なのでお金があればぜひ買って下さい

*4:ここでは、町にある個々の教会ではなく、「(カトリック)教会全体」ということ。

*5:本書8頁の図がわかりやすい

*6:トマス・アクィナスの定義。本書43頁

*7:自然法は本書46頁以下参照

*8:本書43頁

*9:本書44頁

*10:本書106頁以下参照

*11:本書70頁

*12:本書4頁以下

*13:canones

*14:本書5頁

*15:本書42頁

*16:本書11頁。なお、局地法については本書45頁参照

*17:秘跡」概念は本書34頁参照

*18:11頁

*19:最初にやったのがSimonだから、本書68頁

*20:初期教会といわれる1〜3世紀に既に聖職売買が始まっているというのは…

*21:本書63頁以下

*22:キリスト教において全世界の教会から司教(主教)等の正規代表者が集まり、教義・典礼・教会法などについて審議決定する最高会議、「キリスト教大辞典」660頁より)

*23:本書9頁

*24:本書123頁

*25:純教会法

*26:本書124頁

*27:本書157頁以下