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2017-01-06 このエントリーを含むブックマーク

成績が出まして、またもオールAならず、しかもBつけられたのは楽勝と思ってたMB101で! もう絶対大教室の授業は取らないぞ。あー悔しい。ケロッグー。お前ー。来学期の時間割も確定しまして、楽しみにしていたアドバンストのハーモニー系の授業がふたつ、ライティング系の授業がふたつあるので、これは絶対宿題に殺されるパターンだけど、望んで取ったんだから仕方がない。あと火曜と水曜が朝9時スタートでしかも両方アンサンブル(厳しい先生だと遅刻しただけで「お前もう来なくていい」って言われることもある)、こら大変だ。

機材バナで申し訳ないですが、Panda MIDIのFuture Impactを買いまして、毎日ちょっとずつ試してるんですが控えめに言って史上最高のベースシンセです。プレミア付く前にもう1台買ったほうがいいのかなー。おれはずっと、津田っちが壊れかけだからって貸してくれたDeep Impactを使っていたんだけど、いよいよ最近動作が不安定になってきて、いまさら買い直すのもバカバカしいプレミア価格になってるしどうしよう、と思って検索していたら、Future Impactの存在を知ったわけです。発売されたことすらぜんぜん知らなかった。あらゆる意味で世事に疎くなっている。

内容はDeep Impactの完全再現を含めた99プリセット、例によって使えるのは5つくらいしかないけど、本気で使える音色が5つもあるなんて、お得すぎるとも言える。なんならもうこれ1台でいいんじゃないだろうか。いまのペダルボードはコンプ→シンセ(BOSS)→シンセ(AKAI)→フィルタ→オクターバ→歪み→ブースター→リバーブなんだけど、曲中の踏み替えさえ諦めれば、シンセ2台とフィルタとオクターバーはエイヤと置き換えられる。歪みとリバーブはバンドセットならほとんど踏まないから外しても不安はない。

問題はコンプ(EBS MultiComp)とブースター(Rodenberg 707B)かー。コンプは多分にお守り的に作用しているので、どうしても必要かと言われるとモニョるというか、勇気を振り絞れば……。ちなみにこのブースターも地味だけど凄いペダルで、どんなエフェクト踏んだあとでも通せば太くなってくれるし、どんなアンプでも自分好み(ピノパラ方面)になってくれるという、なんつうの、中華料理におけるウェイパァー的な万能感、手放せなさがある。そもそもMultiCompのtubeモードがウェイパァー感あるので、ウェイパァー中毒なのかもしれない。機材を抗不安剤的、精神安定剤的に使うのはよくないな。

登館部会長登館部会長 2017/01/22 15:49 本日の記事には関係ないのですが、ふと思い立ち「登館部」で検索して立ち寄りました。2000年全盛期いや前世紀の日記に対してのコメント誠に申し訳ありません。御両親御年齢等から推測するに同年代?いや知人?
名前の通りの登館部関係者ついでに駒場寮関係者です。ハレー彗星は高校時代眺めました。あれから30年ですねえ。
袖触れ合うも多少の縁と申しますか、コメントお許しください。当人はSNSの類全くやっておりませんのでまさに「少の縁」ですかね。

2017-01-02 このエントリーを含むブックマーク

あけましておめで…喪中でしたw。ボストンは基本的に大学でもってる町なので、学生、研究者たちはほとんどが実家へ帰ってしまい、ダウンタウンのほうは賑わってるのか知らんけど、うちの近所はもうゴーストタウンのような有り様です。ニューベリーポートというメイン州にほど近い町の日本料理店がやっているおせちセットを注文したのですが、妙にプロっぽさの欠けた家庭寄りの素朴なおせちが届き、これはいいこれはいいとすぐに食べ切ってしまいました。

おせちといえば、11月に死んだ母の認知症を私自身が初めて認識したのは、ある年のおせち、正確にはお雑煮でした。私も兄も実家を出て、年々おせちは縮小傾向にあったのですが、品数は減っても味は変わらなかったんですね。それが、たぶん2013年ですけど、お雑煮の味が変わってしまって、変わったというか正確には味がしなかったんですけどw、これはただならないことが起こってるぞ、と戦慄したのを覚えています。でも平和そのものでしたね、表面的にはまだ。そのあと起きた怒涛のような出来事を振り返るに。平和のなかに崩壊のたわみが溜まっていたのだなあ。

お子のおむつを替えていると、去年(もうおととしか)83で死んだ父のことを思い出します。父は最期の3日間は紙おむつを余儀なくされました。「参っちまうよ、もう」それが私の聞いた父の最期の肉声で、たぶん一生消えない声だと思います。最期の数日、私は父に付き添いきれなかった。そのことを一生悔いながら生きていくのだと思います。理知的に考えれば誤った判断ではなかったのですが、でもまあ人は理知のみに生きるにあらず。

湿っぽいついでに、お子を寝付けようとあやしていると、ふと母が私に唄った子守唄を口ずさんでいることに愕然とし、泣き崩れてしまったことがありました。母はなんというかエピソードにことかかない程度には強烈にわがままな人で、正直あそこまでわがまま放題だった人を私はまだ見たことがないw。そのせいで物心付いて以来私とは折り合いが悪く、実家を出ることで和解こそしたものの、それでも一緒にいられるのは1時間が限度でした。その母が、こんな気持ちで私を抱いていたのかと思うと、申し訳ないというより恐ろしさに近い気持ちで心臓が締め付けられます。私にはあの人の血が流れているのだなあ。ほんとうにほんとうに気を付けなければならない。

母のことで申し訳なく思うのは、嫌がる母を無理くり精神外来に連れていき、認知症の投薬治療を受けさせたことです。発症している人がいれば治療を受けさせないとと考えるのが当然で仕方ないのですが、いま思い返せば、限りなく裏目に出ました。初期の認知症で進行を食い止めると考えられている薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬しかありません。そのなかでもっともメジャーなのがアリセプトですが、これが(いま思えば)トラブルの元凶でした。家族はよかれと思って飲ませるわけだけど、なんつうの、基本的にアッパー系の薬で、それが母の場合は怒りっぽさとして表出したのでした。

処方した医者も他にチョイスがないので責められません。何もしなければ何もしないで責められるんだろうし。結局最期の1年を過ごした老人ホームの看護師さんが知見と勇気のある人で、飲まない選択肢を取ってくれました。曰く「効く人もいるけど、2割もいない。効いたところで進行を抑えるだけで治るわけでもない。その割には副作用が強くて、トラブルの種になる。やめちゃっていいですよ」。そうしたら、猛りくるっていた母が別人のように落ち着いてしまい、なんだか可哀想なほどで、とにかく晩年を穏やかに過ごすことができたのは、どれだけか救いだったのかもしれません。

でも、たとえアリセプトを処方されなかったとして、心臓で倒れた父と、認知が日々進行していく母の老夫婦を、どう介護できたのか。老人ホーム入り以外にどんなオプションを取ったらどうなっていたのだろうか、考えても考えても答えのないことですが、でもこれも考え続けていくのかなーと、ある種の後悔をしつづけていくんだろうなーと思っています。別に後悔も悪いもんでもないです。たいていの思い出なんて後悔と張り付いていて、だから人はそれを思い出したり抱えていけるんじゃないでしょうか。なーんちて。学校がないと死人の話ばっかり!w

おおばおおば 2017/01/07 04:10 唐木の母ほど強烈ではないが、ウチも似たようなものだ。
年末けんかしてまた数年顔会わせなくなりそう。
まだ父が71歳だけどな。でも、心に伝わる正月のテキストだったよ。
今年もよろしく。

2016-12-28 このエントリーを含むブックマーク

ボストンに着いたのが去年の12月28日で、きょうで1年が過ぎた格好になる。玉川上水の実家を出てから18年、9度目の引っ越しだった。私は人生でまだ一度も更新料というものを払ったことがない。いまの家は15ヶ月契約なので更新することになりそうだけど(いま引っ越す体力ないです)、更新料という概念はないらしいのでまあよしとしよう。散歩しながら、1年前のきょう、同じ道を通ったことを思い出していた。

フェンウェイの駅前はがらんと抜けて広漠としていて、鈍色の空に倉庫街みたいな建造物、立ち枯れたススキの黄色くらいしか色味がなくて、こんなうら寂しいところで暮らしていけるかとたいそう不安になったものだが、げんきんなもんだ、いまや日本から帰ってくると安心感に包まれる。思い起こせば実家を出て最初に住んだ神山町の部屋を内見したときも、そうだった。山手通りをびゅんびゅんクルマが飛んでいき、店らしい店もなく、なんとも寒々しく感じたのを昨日のことのように思い出せる。

神山町、富ヶ谷、鵠沼海岸、松見坂、淡島、池の上、東北沢、三軒茶屋、フェンウェイ。場所は変われどいつも、見知らぬ心細い風景が、見知った馴染みの景色に変わってきた。心細くなるのが好きだという話を以前書いたけど、心細さがいつの間にかホーム感に取って代わられていくのも好きなのかな、と思ったり。次の転居先についてはまだ一切、どこの国になるのかすら、あてがありません。いよいよ根無し草感が出てきた気がする。

2016-12-26 このエントリーを含むブックマーク

クリスマスの日は繁華街に出て、LadyMという日本人パティシエの店でケーキを買い(中国人で大混雑)、小さなツリーを求め、帰りに寄ったレコード屋でマクスウェル「BlackSUMMERS'night」が半額セールにかかっていたので、これを自分に買う。この店、R&Bの棚が半分に減っていた。くそー。アーバンアウトフィッターで買うのやだな。中古はどうにも盤質が悪すぎてその割に高くて、ちょっと足が遠のいている。

そんなことを書き留めていたら不用意にベッドで寝てしまい、目覚めたときには楽しみにしていたTHE ROOTSのボストン公演を寝過ごしたことに気づき、何かこう魂に直接電極を差し込まれたような、たとえようもない衝撃に襲われたのだった。ほんとに自分の無能さと直面すると痙攣に近い感じでガクンと首が持っていかれる。これを経験するには無能でないとならないので、優秀なみなさんは知り得ない感覚であろう。勝ち誇ってみよう。

深夜3時、看板くらいなら余裕で飛んでくるなー、という突風が吹き荒れる。昼間氷点下にあった気温が11度まで急上昇して、生暖かい。心がそぞろになって、意味もなく散歩に出てみる。人っ子ひとりいない街路をずんずん歩く。風はごうんごうん吹いて不穏きわまりない。心細くて、とても楽しい心持ちになってくる。結婚したら、家庭を構えたら、こういう感情とは縁がなくなってしまうのではないかと思い込んでいた時期もあったのだが、まったく関係ない。いまたいへんに不安であり、ぞくぞくしていて、いい気分だ。

2016-12-25 このエントリーを含むブックマーク

学校がお休みで話題がないので、日常のことでも少し書いてみようかと。きょうは天気が良かったのでベビーカーでジャリの散歩に出かけまして、4つの命がユニットで歩いてると、なんだかおかしなことになっちゃったなーと、自分のことながら不思議な感慨に包まれたりするのでした。町は過去最高に閑散としていて、大通り以外はクルマすら走っていません。日本の正月そっくり。子供のころは家族で砂川四番の阿豆佐味天神に初詣に行っていたのを思い出したものの、父も母も死んで、実家も売ってしまって、つくづく私にはもう帰る場所がないのだなーとかみしめたね。

進路を南に取ってエメラルドネックレスをぐるり歩きまして、エメラルドネックレスっていうのは皮肉なんですが、ちょうど我が家を取り囲むようにΩ状にドブ川が走ってるんですよ、正式名称もマディリバー(泥の川)っていうんだけど。そんでここフェンウェイエリアには地域の再開発を一手に引き受けるサミュエル&アソシエイツっていう不動産デベロッパーがありまして、彼らはこの地区の地価を上げることに社運をフルベットしてるんで、そのドブ川の緑化改修なんかも手掛けてるんだけど、ある日そのサミュエルが配ってるエリアマップを見たら、ドブ川沿いの遊歩道に「エメラルドネックレス」って名前が付けられてたわけ。マディリバーじゃ地価が上がらないからさ、いくらΩ型だからって、よくも捻り出しやがったなーと。(あとで調べたら1989年からやってるので最近の命名ではなかった)

帰り、近所のセブンイレブンにホットココアのディスペンサーがあるんだけど、これが激烈に甘ったるくて飲めたもんじゃない。のだが、きょう同じ並びにホットミルクのボタンがあることを発見して、これを半々で割るとちょうどいい!ということが発明されました。日常のことってこういうことなんだけど大丈夫かなw。ちなみに私はなるべくミルク多めでミロみたいなのが好みなのですが、奥さんはなるべくミルク少なめのホットチョコレート相当が好みということが発覚しまして、まあ、殺し合いだな、と思いました。ねえこれ日常ってこういうことなんだけどさすがに心配になってきた!

おかざきおかざき 2016/12/26 16:36 こういうのが読みたかったよね。

イイヤンイイヤン 2016/12/26 22:23 なにを書いてもいいんだよ。