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2017-02-13 このエントリーを含むブックマーク

恐ろしいことに年末締め切りだった原稿がまだ書けていません。JTNCの原稿は数時間でさくっと書けたのに……。

2/1 朝イチのジャズアンサンブルがどうにも盛り上がらない。ピリピリしていて、楽しげな感じがないんだよなー。みんなぶっちゃけ下手なんだからさー、せめて楽しくやろうよー。Buisiness of Professional Musicは引き続き自己啓発的な内容で、本格的にしんどくなってきた。これ先生の趣味というより、アメリカの風土、国民性なんじゃないかという気がしてくる。あまりのしんどさに、家に帰るや「企業的な社会、セラピー的な社会」を再読して自分を取り戻そうとしたのだが、どうにも具合が悪くなってしまい熱が出て寝込む。晩にビル・ローレンスのチケットを取ってあったのだが行けず。深夜にウォリーズだけ顔を出すが、とてもじゃないけど飛び入りとかできるテンションではない。

2/2 ようやく始まったHipHop Song Writing、おれはHipHopの曲を書けるようになりたいなーと思って取ったのだけれど、蓋を開けてみたらラッパー養成講座だった。お試しウィークを過ぎてしまったのでいまさら落とせないし、HipHop Track Makingという別の授業(たぶんこちらが正解)はスティーヴィーワンダー分析と被っていて振り替えもできない。泣きながら8小節のバースを書いてドロップ。人生で五指に入るしんどい時間だった。日本語ですらラップしたことないのに! 続けてMusic of Stevie Wonder、先生やっぱりキレキレですごい速度でアナライズしていく。追いつくので精一杯。スティーヴィーの手癖をマスターしてスティーヴィーの未発表曲に聞こえる曲を作るのが期末の課題だと発表されて死んだ。続けてMusic of Miles Davis、名前はそっくりの授業だけど打って変わってのんびりリスニングで終了。クラスの名称を見ればわかると思うが、4セメ目になっていよいよ基礎や概論が終わって各論に突入してきた感が強い。

2/3 ジャコパス研究、カモンカムオーバー。さすがに全員弾けるので、自分がジャコになった気分でバリエーションを順番に提示していくレッスン。みんなアプローチがさまざまで面白かった。あとジャコの16分フレーズはコンガのものまねだと思う、という話が面白かった。

2/6 ソングライティング、この授業の話はいずれじっくり書きます。とにかくわかったのは歌というものの在りかた自体が日本とぜんぜん違うということ。オフィスアワーで英語力足りなくてしんどいですという相談。今後マンツーで英語詞の補講を受けることに。夕方PI、課題曲はミシェル・カミロ「NOT YET」。アンソニージャクソン。セーハしんどい。あと曲がダサいw。

2/7 ネデルカのアンサンブル、先週のギターに引き続き今週はボーカルに集中砲火。おれはドラムの子がうまいので楽しめている。昼に歯医者、札束が飛んでいく。晩にエリンのAdvantage Logic X、「クーラシェイカー(もしくはディープパープル)のHushをグラスパーエクスペリメントがカバーしたら」というテーマで作っていったのだが、「前学期もこういうの作ってたよね、こういうのが得意なのはわかったけど学生のうちからマンネリなんてお話しにならないし、なんでそんな楽しようとしてんの?」とケチョンケチョン。消えてしまいたい。クラスメイトの習作はみなユニークかつかっこいい。

2/8 ジャズアンサンブル、やっぱり雰囲気がジメジメしたまま。いつ上向くのか。雪の中の校舎移動たいへん。すごいしんどいBuisiness of Proffesional Musicですごいしんどいシミュレーションゲームをやらされたりしてすごいしんどい。あまりにしんどくて情けなくて熱が出て寝込んでしまい、晩にBanda Magnaのチケット取ってあったのに行けなかった。先週とまったく同じパターンじゃないか。おれはほんとうに自己啓発とか人脈うんたらみたいのがダメなのだが、信条的にダメなだけかと思ったらほんとに健康を害するほど生理的にダメなのだった。

2/9 夜半からの!猛吹雪で!休講!

2/10 ジャコパスラボ、課題曲のジョニミッチェル「コヨーテ」をやったのち、来週の課題曲「Opus Pocus」のグループレッスン。理論ゼロだった中学生のときにコピーして以来なので、トライアド・ペアのヘキサトニックスケールでできていると説明されて、そういうことだったのか!と目ウロコ。夕方コータさんと基礎練。ほんとに基礎がなってないことを痛感させられる。

2/13 たいした吹雪でもないのに!休講!かと思いきや「5時以降は普通にやります」というメールが来て、慌てて身支度。PI、きょうは思いついたように基本スケールのおさらい。昇り下りはさすがに問題ないのだが、3度分解でところどころつまづく。情けない。メジャーとジャズマイナーとハーモニックマイナーそれぞれ7つにホールトーンとシンメトリックディミニッシュで23個しかないんだから、ただの怠慢だ。

2017-01-31 このエントリーを含むブックマーク

すいません商業原稿がどうしても書けず、日記が止まっておりました。あとで書き足すかもしれないけど出来事メモだけ残しておきます。

1/11 Wally'sで初めてシットイン。ようやく第1歩が踏み出せた感じ。狂ったようにうれしい。

1/13 クリスチャン・スコット@スカラーズ。キレッキレ。あとステージ中にPAまで駆け込んで注文つけたの、なかなかできることじゃないのでびっくりしたし、音響へのこだわりの強さ伺えた。

1/16 履修登録はじまる。卒業単位の帳尻を合わせるためにディグリーに変えたかったのだが、I-20の更新に銀行の残高証明書が必要で、それが間に合わなくて死んだ。

1/17 履修登録でひとつ謎なトラブルがあったのだが、朝一でオフィスに駆け込んで無事解決。レジスターオフィスで何かが解決することは稀なので妙に嬉しい。

1/20 ロイハーグローブ@スカラーズ。まだ46歳なのに歩けないくらいヨボヨボで見てらんなかった。仕事より治療が必要だと思う。

1/23 新学期の授業はじまる。まずはソングライティング。言語と作曲の結びつきが想像の100倍くらい強い。つまり英語で死んだ。毎日3つフレーズを書き留めることが通期の宿題。

1/24 とりたかったプレスコッド先生のR&Bアンサンブル。教え方はさすが。ギターの子が妙に下手で心配。昼にニーバディのベース奏者、カヴェのセミナーがあったけど、スティーブベイリーとウッテンが一緒で、なんというか、いつも通りの感じになってしまった。寝た。リンカーンPIのあと晩にエリンのアドバンテッジLogicクラス。基礎で一緒だった何人かと再会。

1/25 朝スモールコンボのアンサンブルクラス、つづいて必修で仕方なくとったビジネスforプロミュージック。午後にヘアカット、刈り上げすぎた。晩にウォリーズ、手ぶらで行ったらステージに上がれと言われ、ほいと渡された楽器が全音下げチューニングで対応できずにひどいプレイをした。信じられないことが起きるもんだ。ものすごい死にたさを引きずって帰る。

1/26 ヒップホップソングライティング、1発目の授業から休講。大丈夫かよ。スティービーワンダー分析、めちゃくちゃ容赦ない先生で鬼のような速度で進んでいく。先生、スティービー全曲アナライズしてさまざまな統計データを出してるほんとのマニア。午後にマイルスデイビス論、こちらは打って変わっておじいちゃん先生でゆるい。あとメインテキストが自伝なので日本語で予習できるのが楽。

1/27 ジャコパスラボ。先生については賛否両方の評判を耳にしていたのだが、そこまでひどくはなさそう。

1/28 アンブローズ・アキンムシーレ@レガッタバー。さすがのモンクコンペ優勝。世界観を立ち上げるためにバカテクが投入されていて、これ見よがしなところがない。ドラマーがすごかった。

1/30 ソングライティング2回目。英語で人前で歌うのがほんとにつらいが、宿題は受けた。晩にリンカーンPI、先週火曜だったのだが今後月曜に変更とのこと。

1/31 朝にネデルカのアンサンブル。予想どおりギターの子が弾けないわ予習してこないわでしんどいが、励まし励ましでなんとか乗り切る。自分がいまのクラスにいるのは自分のレベルのせいなので、仕方がない。在学中にもっと上の地獄のようなアンサンブルに入れるようにがんばるしかない。晩にエリンのLogicクラス。新しく地下にできたスタジオの説明と、曲調をすっかり変えるカヴァー課題。おれはディープパープルのHushをネオソウルにアレンジするというプランを出したのだが、クラスがみんなディープパープルって誰?クーラシェイカーも誰?みたいな感じだったので世代差に殺された。

2017-01-06 このエントリーを含むブックマーク

成績が出まして、またもオールAならず、しかもBつけられたのは楽勝と思ってたMB101で! もう絶対大教室の授業は取らないぞ。あー悔しい。ケロッグー。お前ー。来学期の時間割も確定しまして、楽しみにしていたアドバンストのハーモニー系の授業がふたつ、ライティング系の授業がふたつあるので、これは絶対宿題に殺されるパターンだけど、望んで取ったんだから仕方がない。あと火曜と水曜が朝9時スタートでしかも両方アンサンブル(厳しい先生だと遅刻しただけで「お前もう来なくていい」って言われることもある)、こら大変だ。

機材バナで申し訳ないですが、Panda MIDIのFuture Impactを買いまして、毎日ちょっとずつ試してるんですが控えめに言って史上最高のベースシンセです。プレミア付く前にもう1台買ったほうがいいのかなー。おれはずっと、津田っちが壊れかけだからって貸してくれたDeep Impactを使っていたんだけど、いよいよ最近動作が不安定になってきて、いまさら買い直すのもバカバカしいプレミア価格になってるしどうしよう、と思って検索していたら、Future Impactの存在を知ったわけです。発売されたことすらぜんぜん知らなかった。あらゆる意味で世事に疎くなっている。

内容はDeep Impactの完全再現を含めた99プリセット、例によって使えるのは5つくらいしかないけど、本気で使える音色が5つもあるなんて、お得すぎるとも言える。なんならもうこれ1台でいいんじゃないだろうか。いまのペダルボードはコンプ→シンセ(BOSS)→シンセ(AKAI)→フィルタ→オクターバ→歪み→ブースター→リバーブなんだけど、曲中の踏み替えさえ諦めれば、シンセ2台とフィルタとオクターバーはエイヤと置き換えられる。歪みとリバーブはバンドセットならほとんど踏まないから外しても不安はない。

問題はコンプ(EBS MultiComp)とブースター(Rodenberg 707B)かー。コンプは多分にお守り的に作用しているので、どうしても必要かと言われるとモニョるというか、勇気を振り絞れば……。ちなみにこのブースターも地味だけど凄いペダルで、どんなエフェクト踏んだあとでも通せば太くなってくれるし、どんなアンプでも自分好み(ピノパラ方面)になってくれるという、なんつうの、中華料理におけるウェイパァー的な万能感、手放せなさがある。そもそもMultiCompのtubeモードがウェイパァー感あるので、ウェイパァー中毒なのかもしれない。機材を抗不安剤的、精神安定剤的に使うのはよくないな。

登館部会長登館部会長 2017/01/22 15:49 本日の記事には関係ないのですが、ふと思い立ち「登館部」で検索して立ち寄りました。2000年全盛期いや前世紀の日記に対してのコメント誠に申し訳ありません。御両親御年齢等から推測するに同年代?いや知人?
名前の通りの登館部関係者ついでに駒場寮関係者です。ハレー彗星は高校時代眺めました。あれから30年ですねえ。
袖触れ合うも多少の縁と申しますか、コメントお許しください。当人はSNSの類全くやっておりませんのでまさに「少の縁」ですかね。

rootsyrootsy 2017/01/23 21:29 はじめまして。自分は74年生まれなのでいくぶん下かと。あと大学も全然関係ないFラン大学出身なのですが、駒場に友人がおりまして、彼から登館部の噂を聞いた次第です。大学を出たのちは駒場の裏門を出た山手通り沿いに住んでおりまして、駒寮含めキャンパス内はずいぶんうろうろさせてもらったものです。とても懐かしく思い出します。

2017-01-02 このエントリーを含むブックマーク

あけましておめで…喪中でしたw。ボストンは基本的に大学でもってる町なので、学生、研究者たちはほとんどが実家へ帰ってしまい、ダウンタウンのほうは賑わってるのか知らんけど、うちの近所はもうゴーストタウンのような有り様です。ニューベリーポートというメイン州にほど近い町の日本料理店がやっているおせちセットを注文したのですが、妙にプロっぽさの欠けた家庭寄りの素朴なおせちが届き、これはいいこれはいいとすぐに食べ切ってしまいました。

おせちといえば、11月に死んだ母の認知症を私自身が初めて認識したのは、ある年のおせち、正確にはお雑煮でした。私も兄も実家を出て、年々おせちは縮小傾向にあったのですが、品数は減っても味は変わらなかったんですね。それが、たぶん2013年ですけど、お雑煮の味が変わってしまって、変わったというか正確には味がしなかったんですけどw、これはただならないことが起こってるぞ、と戦慄したのを覚えています。でも平和そのものでしたね、表面的にはまだ。そのあと起きた怒涛のような出来事を振り返るに。平和のなかに崩壊のたわみが溜まっていたのだなあ。

お子のおむつを替えていると、去年(もうおととしか)83で死んだ父のことを思い出します。父は最期の3日間は紙おむつを余儀なくされました。「参っちまうよ、もう」それが私の聞いた父の最期の肉声で、たぶん一生消えない声だと思います。最期の数日、私は父に付き添いきれなかった。そのことを一生悔いながら生きていくのだと思います。理知的に考えれば誤った判断ではなかったのですが、でもまあ人は理知のみに生きるにあらず。

湿っぽいついでに、お子を寝付けようとあやしていると、ふと母が私に唄った子守唄を口ずさんでいることに愕然とし、泣き崩れてしまったことがありました。母はなんというかエピソードにことかかない程度には強烈にわがままな人で、正直あそこまでわがまま放題だった人を私はまだ見たことがないw。そのせいで物心付いて以来私とは折り合いが悪く、実家を出ることで和解こそしたものの、それでも一緒にいられるのは1時間が限度でした。その母が、こんな気持ちで私を抱いていたのかと思うと、申し訳ないというより恐ろしさに近い気持ちで心臓が締め付けられます。私にはあの人の血が流れているのだなあ。ほんとうにほんとうに気を付けなければならない。

母のことで申し訳なく思うのは、嫌がる母を無理くり精神外来に連れていき、認知症の投薬治療を受けさせたことです。発症している人がいれば治療を受けさせないとと考えるのが当然で仕方ないのですが、いま思い返せば、限りなく裏目に出ました。初期の認知症で進行を食い止めると考えられている薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬しかありません。そのなかでもっともメジャーなのがアリセプトですが、これが(いま思えば)トラブルの元凶でした。家族はよかれと思って飲ませるわけだけど、なんつうの、基本的にアッパー系の薬で、それが母の場合は怒りっぽさとして表出したのでした。

処方した医者も他にチョイスがないので責められません。何もしなければ何もしないで責められるんだろうし。結局最期の1年を過ごした老人ホームの看護師さんが知見と勇気のある人で、飲まない選択肢を取ってくれました。曰く「効く人もいるけど、2割もいない。効いたところで進行を抑えるだけで治るわけでもない。その割には副作用が強くて、トラブルの種になる。やめちゃっていいですよ」。そうしたら、猛りくるっていた母が別人のように落ち着いてしまい、なんだか可哀想なほどで、とにかく晩年を穏やかに過ごすことができたのは、どれだけか救いだったのかもしれません。

でも、たとえアリセプトを処方されなかったとして、心臓で倒れた父と、認知が日々進行していく母の老夫婦を、どう介護できたのか。老人ホーム入り以外にどんなオプションを取ったらどうなっていたのだろうか、考えても考えても答えのないことですが、でもこれも考え続けていくのかなーと、ある種の後悔をしつづけていくんだろうなーと思っています。別に後悔も悪いもんでもないです。たいていの思い出なんて後悔と張り付いていて、だから人はそれを思い出したり抱えていけるんじゃないでしょうか。なーんちて。学校がないと死人の話ばっかり!w

おおばおおば 2017/01/07 04:10 唐木の母ほど強烈ではないが、ウチも似たようなものだ。
年末けんかしてまた数年顔会わせなくなりそう。
まだ父が71歳だけどな。でも、心に伝わる正月のテキストだったよ。
今年もよろしく。

2016-12-28 このエントリーを含むブックマーク

ボストンに着いたのが去年の12月28日で、きょうで1年が過ぎた格好になる。玉川上水の実家を出てから18年、9度目の引っ越しだった。私は人生でまだ一度も更新料というものを払ったことがない。いまの家は15ヶ月契約なので更新することになりそうだけど(いま引っ越す体力ないです)、更新料という概念はないらしいのでまあよしとしよう。散歩しながら、1年前のきょう、同じ道を通ったことを思い出していた。

フェンウェイの駅前はがらんと抜けて広漠としていて、鈍色の空に倉庫街みたいな建造物、立ち枯れたススキの黄色くらいしか色味がなくて、こんなうら寂しいところで暮らしていけるかとたいそう不安になったものだが、げんきんなもんだ、いまや日本から帰ってくると安心感に包まれる。思い起こせば実家を出て最初に住んだ神山町の部屋を内見したときも、そうだった。山手通りをびゅんびゅんクルマが飛んでいき、店らしい店もなく、なんとも寒々しく感じたのを昨日のことのように思い出せる。

神山町、富ヶ谷、鵠沼海岸、松見坂、淡島、池の上、東北沢、三軒茶屋、フェンウェイ。場所は変われどいつも、見知らぬ心細い風景が、見知った馴染みの景色に変わってきた。心細くなるのが好きだという話を以前書いたけど、心細さがいつの間にかホーム感に取って代わられていくのも好きなのかな、と思ったり。次の転居先についてはまだ一切、どこの国になるのかすら、あてがありません。いよいよ根無し草感が出てきた気がする。