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2018-04-17 このエントリーを含むブックマーク

ジャリがいなくなってもう17日が経ったわけだけれども、なるべく普通に暮らそうと努力しています。ほんとはもっともっと向き合っていろんなことを思い出したり言葉にしたり、ずーっと写真を見つめたりしてもいいのだろうなあとは思うのですが、実際のところを言うと、写真はもちろんジャリという音の響きや、こないだ書いた自分の日記もそうだけど、とにかくその不在を思い出すことに触れると単純に生理的に胸がぎゅーと締め付けられて動けなくなってしまうのでした。

なので、あ、これアカンやつだ、と思って、いまはなるべくその不在に直面しないようにして過ごしています。ジャリ不誠実ですまんけどしばらくはやりすごさせて。痛みを散らすようにいまは別のこととかやってなんとなくぼんやり暮らして、悲しみのインパクトが少しマイルドになってから、ちゃんと考えたり申し訳なくなったり懐かしんだりしたいと思います。我が身可愛さで不義理を働いてたいへんにセルフィッシュで申し訳ないけど、この肋間神経痛みたいなのしゃれならんのだわ。

先週、獣医から電話があって、遺灰が届いたから取りに来いっつうんで奥さんとのこのこ行ってきた。なんでもない白い紙袋を渡されて、開けてみたら花柄の紅茶缶みたいのにちんまり収められていて、それを間抜けな感じでぶら下げながら歩いていたら、そこらへんのファンシーなティーハウスで買い物した道すがらみたいになってしまって苦笑した。火葬サービスのホームページを読んでいて気づいたのだが、遺骨、というのはどうやら欧米にはない。人も動物も、コナコナの遺灰である。

あの日本の、焼肉感や黒焦げ感は残さず、かといって粉になるほどはガンガン焚かず、拾える程度の白骨として焼き上げる火葬というのは、あれ火加減と焼き時間とになかなかの技術が必要とされるらしい。でもあの白骨じゃサラサラとは散骨できないから、散骨っていうのは遺灰にされちゃう文化圏から発祥したもんなんじゃないかな。おれもコナコナのほうが、それで砂のように風に消えてしまったほうがなんかさっぱりしてていいのかも。

骨壷はウェブサイトから買ってくれとパンフレットが入っている。アクセスしてみると何十種類の骨壷カタログで、とてもじゃないが「このデザインがいいかしら」「名入れするならこのフォントね」なんて気持ちになれなくて即閉じた。どうでもいい死のイメージはいくらでも飴玉のようにしゃぶっていられるのだが、いざ固有の死について向き合おうとすると具合が悪くなってしまうのだから、お笑いぐさである。

2018-04-03 このエントリーを含むブックマーク

去る3月31日、長きにわたって支え続けてくれた相棒、ジャリが永眠しました。口腔ガンの進行により、安楽死を選びました。2001年の5月25日生まれで、うちに来たのが7月だったから、16年と半年ちょっとを一緒に過ごしたことになります。

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過ごした年月の長さもありますし、ペットという関係性もあり、親や近しい人を亡くしたときとは、ちょっと別種の感慨に包まれています。やっぱり親といっても自分じゃない他人だから、その人がその人の人生を生きて死んだんだなあという、当たり前のかなしみを抱くわけだけど、どうしてもペットには自分に付随する存在というか、自分の部分をなしていたような錯覚があったようで、たとえるなら目が覚めたら肘から先を失っていたのを直視したような、マジか、ないんだ、ないのかーっていう胸の痛みに包まれ、まだそのただ中にいます。

安楽死ですから、言葉を慎まなければ私が一存で殺すわけです。文字通りこの手の中で。熟慮する時間があった末のことなので殺すことに迷いはほぼ残っていなかったのですが、それでも自分で自分の腕に斧を打ち下ろしたような、取り返しのつかないことをした感覚は拭えません。

3月14日に受診した際、鎮痛剤のレベルが上がり、はっきりと安楽死をすすめられました。具体的には「もしあなたが今日安楽死を選んだとして、私は医者として早すぎるとは思いません」と。ただジャリはとにかく食い意地が張った犬で、食べることが生きる歓びと直結していたので、自力で食べられている間は見守りたい、と告げて合意に至りました。

同時に、起こりうるリスクについても説明を受けました。ひとつには腫瘍がこのまま発達し続けた場合、気道を塞いで窒息することがあること。これは苦しい死に方です。またガンが放出する物質が血管を塞いだり多臓器不全を起こしてショック的に死ぬことがあると。そして腫瘍が眼球を圧迫していたため、このまま進行すると眼球が飛び出てしまう可能性もありました。これがいちばん深刻で、実際最期の数日間は目が閉じられないまでに眼圧が上がってしまいました。

無事というのもだいぶおかしな話だけれど結局はそのいずれも起きることなく、29日の朝に少し食べたのを最後に、自力で食事が取れない状態になりました。口の中が発達し続けた腫瘍でいっぱいになり、何も喉を通らなくなったのです。痛み止めを飲むにも口を開くと激痛が走るようで、この先は腹減るわ痛いわ苦しいわだけになってしまうことが明らかでした。

ちょうど翌30日に診察が入っていたので、その際に「以前話したとおり、自力で食べられなくなる日が来ました」と告げて、少し急すぎるようにも思えたのですが、引き延ばすのは酷なこともわかっていたので、翌日の予約を取りました。その晩は眠れないまま、ジャリの横で過ごしました。正直な感慨を述べますが、こんなにしんどいことがあるもんかねえ。

昨日の小雨が打って変わって、31日は雲ひとつなく晴れて気温も昼には12度まで上がり、私は「今日は殺すのにもってこいの日」ってやつだな、と少し皮肉めいたことを考えたりもしました(90年代にそんな本が流行ったのです)。好きだった芝生を歩かせてやりたいと思い、家族でマッカレンパークに繰り出しました。もう家を出た時点で涙が抑えられなくなっているので奥さんも私もサングラスです。最初移動用のバッグに入れていたのですが、少しでも外を見させてあげたいと思って、腕に抱いたまま街を散歩しました。

寝込み始めてから次第に衰えた足腰に、強い痛み止めの副作用も加わり、立っているだけでもよろけてしまうほどなのですが、それでも芝生の踏み心地を少しは味わってもらい、また抱きかかえながら、死ぬのは自分でもないくせに、死刑台に向かう死刑囚のような気持ちで、やたら遠回りして獣医に向かいます。うちなりの「長い長いさんぽ」でした。

いつもバカやかましいスタッフが、神妙な顔をして迎えてくれました。膝に載せたまま鎮静のための1本目の注射を打つと、5分もかからず意識が遠のいていきます。心停止をもたらす2本目の注射が打たれると、30秒ほどで呼吸が止まり、私の手の中で心臓が止まるのがわかりました。苦しい表情を見せることもなく、眼に光がなくなり、生きていたものが死体になっていきました。

ジャリ。思えば最後の排尿までよろけながら自分で済ませ、少しも面倒にはなるまいと気高いまま死を迎えました。ただ助けられ、与えられるだけの年月でした。こんなにギブアンドテイクのアンバランスな関係もこの世にないと思います。どうか安らかに。いま居間でこれをしたためていますが、もう寝息も足音も聞こえてはきません。こんな悲しいことがあるもんかね。

Hiroshi Kuwashima Hiroshi Kuwashima 2018/04/04 15:17 Don’t blame yourself.

2018-03-03 このエントリーを含むブックマーク

しっかり者で音に聞くうちの奥さんが、生まれて初めてスマホを落としたと慌てている。紛失モードにして私の番号を表示させてみたが、日本じゃあるまいし、まあ戻っては来まい。早々にあきらめてカードを止めたのだが、翌朝電話がかかってきて、iPhoneを拾ったので取りに来いと言う。しかも男は「スコシ日本語シャベレマス」と言う。

海外での「日本語シャベレマス」は地雷原でもあるので身構えたが、その取りに来いという場所を聞くと、スケートショップだと言うのですっかり拍子抜けしてしまった。スケーターかあ。なら、おかしなことにはなるまいよ。奥さんはノコノコ出かけていって親父狩りにでも遭わないかと心配しているのだが、スケーターだし、そんな悪いエリアでもないし、午前中だし、まったく心配ない。と言い残して家を出た。当然、Vansのオールドスクールを履いて。

しかして着いてみれば、そこはショップ併設の屋内型スケートスクールで、店内はキッズまみれ。電話をくれたケヴィンさんはこのスクールの運営者で奥さんが日本人だという。聞けば、コーリーというインストラクターの彼女が道端に打ち棄てられていたiPhoneを拾って、スクリーンに日本語が表示されていたのでケヴィンのところに持って来たのだった。

もうひとつには表示されていた私の番号が857で始まり、これはボストンの市外局番なのだが、ケヴィンとコーリーはボストン出身なのでホーミーじゃんってことでなおさら連絡しなきゃってことになったらしい。「ところで俺もスケートしてたんだ、もう何年もやってないけど」と言うと、「入ってきたとき雰囲気でわかったよ。Vans履いてるし」ダヨネー。

しかも話せばコーリーはトラックメイカーでDJもしているという。なんだか色んなエレメントが噛み合った不思議な日になった。そういうわけで水曜の晩、スケートスクールに通っている。ロベルトという46歳の空手家がクラスメイトだ。まだまったく取り戻せないし膝も痛むけど、まあいい、ゆっくりやろう。ほんとは海にも入りたいけど、それにはちゃんとトレーニングしないとだな。

2018-02-15 このエントリーを含むブックマーク

線維肉腫という種類は、軟部組織のガンのなかでも比較的悪性度が高く、抗がん剤は効きづらい。早期なら手術が有効だが、その場合腫瘍から2、3cmの余裕をもって切除することが望ましい。ジャリの場合それは、下アゴをまるごと切除するということだ。そこまでしても再発率は高く、つまりダメージの割に得られる効果が乏しいので、いわゆるQOLの見地から判断を下すことになる。放射線は腫瘍を小さくし余命を伸ばすことには寄与するが、同時に強い副作用が生じるので、やはり難しい判断を迫られることになる。

このあとどうなるかというと、ひとつには腫瘍が大きくなって口が開かなくなり、自分で食事をとることができなくなって、衰弱する。もしくはガン細胞から血中に放出されるさまざまな毒性の物質によって衰弱し、死に至る。もしくは肺に転移して、呼吸不全で死ぬ。そうは書いてあるのだが、めしはガツガツ食ってるしマンションの廊下を駆け抜けたりしてるので、やっぱり現実みがない。さすがに染色された組織の顕微鏡写真を眺めていると、理性では認めざるをえないものの、心のどこかでまだ歯槽膿漏なんじゃないかと疑ってすらいる。

いずれにせよセカンドオピニオンがほしいところなので、心臓エコーの検査をしてくれた心臓外科医に連絡したところ、ガン専門医の予約は最短で21日になるという。ずいぶん先だが、まあ仕方ない。お願いしてしばらくしたら、折り返しがきて、11日にガンに明るい外科医の予約が取れるので、まず外科医に相談して手術の可能性を探ったらどうか、との進言。従うことにする。口を開くと痛むようで食事のスピードが遅くなってきた。鎮痛剤を投与する。

深夜になって日本が昼になったのを待って、かかりつけだった駒場のキャフェリエ先生にも電話してみる。先生の所見も検索して得られた知識のとおりだったのだが、ひとつ新しい見地として教えてもらえたのは、もし手術が体力的に可能なら、軟部組織だけでも切除することで口を開けるのが楽になり、自分で食事を取れる期間を延ばすことはできるかもしれない、ということ。ジャリは食べることがとにかく最大のよろこびなので、もしそんなことが可能ならいくらかQOLの向上にはなるのではないかとは思えた。

そんなことを考えながら金土とすっかり抑鬱状態で過ごし、奥さんと話していても自分が何をしゃべってるのかよくわからない程度には取り乱していた。亡くなった母が認知症になったとき、電話帳の親戚知人に片っ端から電話をかけるという迷惑行為を繰り返してたいへん難儀したのだが、気づいたら自分がLINEやメッセンジャーに登録してある犬猫の飼い主に音声通話をかけまくっていて、ああこれが血というやつか、と思ったりもした。ご迷惑をおかけしました。

ようやく11日に外科医の診察。所見は近所の先生と同じく、積極的な治療は望めないので、緩和ケアしかできることはないだろう、とのこと。もし希望するならCTスキャンをして、腫瘍の広がりを詳細に確かめたのち、何らかの処置の可能性を探ることはできるというので、これはほとんど飼い主のエゴなのだが、翌日にCTスキャンの予約を入れた。スキャンの結果はすぐ上がってきて、ガンはやはり骨部とリンパ節に転移しており、また腫瘍が顎関節の軟骨に広がっているので口を開くために切除する手術も不可能、とのことだった。自分としてもX線の図像で見せられて、ようやく現実を受け止めることができたように思う。

14日、鎮痛剤の追加をもらいに近所の獣医へ。体重を計ると、ここ数日のごちそう続きで600gも増えていて笑えた。いまの鎮痛剤が効かなくなったときはさらに強いものに切り替えることになるが、そうなると意識も朦朧としてしまう、とのこと。食事を取ることができなくなって衰弱したり、のたうちまわるほどの痛みに襲われた場合、アメリカでは安楽死を選ぶ飼い主も多いので、それも心の中に留め置いておいてほしい、とも。院長先生はジャリの毛並みと筋肉量をほめ、あなたが飼い主でよかったと思いますよ、と言ってくれた。苦い作り笑いくらいしか出てこなかった。

2018-02-14 このエントリーを含むブックマーク

ひさしぶりの更新だけど気の重い内容です。ジャリの口腔内にガンが見つかって、余命いくばくとのこと。一昨々年に父が死に、一昨年に母が死に、今度はジャリで、率直に言ってあんまり気が確かではありません。40代は喪失続きだね。

もともとジャリには慢性の歯周病があって、それは飼い主の歯磨きケアの至らなさでもあるのだけれど、6年くらい前に左の奥歯が腫れて膿んで、そのときに何本か抜歯したという経緯がありました。そのあとは定期的に歯石除去をやったり、人間用電動歯ブラシの導入で歯磨きもいくらかマシになっていたのだけれど、1年近く前だろうか、こんどは右の奥歯が痩せてふたつに割れてしまって、少し血が出たりしていたので治療しようかどうか迷っていたのだった。

迷っていたというのは抜歯には全身麻酔が必要で、その頃すでに15歳を超えた老犬にとって全身麻酔のリスクは小さくないのだった。ボストンの獣医とも「いつかは抜歯しなきゃね」と話しながらも、とにかく麻酔の事故を恐れて、6年前みたいに本格的に腫れてきたら手術しよう、それまでは様子を見ようと日和った態度で見過ごしたのだった。振り返ると、この判断が死に至らしめる病気を招いたと思う。

しかして1月の19日かな、右の奥歯あたりが腫れてるのを見つけて、ああ、とうとう腫れてきたか、と思ってブルックリンの獣医を検索しはじめ、週明け22日にgoogleマップのレビューがこのあたりでいちばん良かった獣医に行った。若い先生だったが、ああ歯周病ですねー、抜歯しないといけませんねー。ということで手術の見積もりをもらい、ただ老犬なので麻酔のリスクを見定めなければならないということで、血液検査と心臓のエコー検査をするよう言われたのだった。

まずはその場で血液検査をして、24日に検査結果が届いたのだが血小板の数値以外は良好で問題ないとのこと。ならもう抜歯してよと思ったのだが、心臓エコーの検査なしには麻酔できないと言うので、紹介されたゴワーヌスの総合病院で検査の予約を取って、翌週2/2にエコー検査を受けた。検査を待つ間にも腫れはどんどん大きくなっていったのだが、あらー膿んでしまったかしら、くらいにしか思っていなかった。それより抜歯手術の見積もり金額にマジかよと思っていたのだった(40数万円)。

エコー検査の結果は良好で、小型犬に多い僧帽弁閉鎖不全の評価も5段階で2番目と年齢にしては優秀とのこと。一安心しながら、心臓外科の医師に「ちょっと相談があるんだけど、この抜歯の見積もり、高すぎない?」と見せたところ、ドン引きのジェスチュアとともに「うちの提携病院だから何と言ったらいいか微妙なんだけど、これ相場の倍近いから、よその獣医に行ったほうがいい」と言われたのだった。それで翌2/3に近所の病院をいくつか下見して、いちばん雰囲気のよかったところに行った。もうgoogleマップの星は信じないぞ。

その2軒目、フロントでその日は予約でいっぱいと言われ、翌週の予約を取ろうとしていたときに若い医師が通りかかり「どうしました?」と言うので、「歯周病で腫れてしまって」と答えるなりその医師が「見た感じ、これ歯周病じゃないですよ。たぶん腫瘍、それもシリアスなものだと思う。今日は申し訳ないけどいっぱいなので、来週火曜に院長の予約を入れて、組織検査もしてください」と言う。「シリアスな腫瘍? それってガンってこと?」と聞くと、ジャリを触りながら「ええ、たぶん」。

それで翌週火曜日の予約を取って、それでも帰り道にはまだ「また大げさな。検査検査でかなわんな。あそこも商魂たくましい病院なのでは」とか別種の呑気なことを考えていたのだが、2/6の朝に検査のため預け、午後に引き取るときに歯科が専門だという院長と話せて、「これまでの経験で言うと、ガンの可能性が高いと思います」とのこと。それでもまだ心中では「まさかー」って思っていたのだが、2/8に生検の結果が返ってきて、線維肉腫という種類のガンだと判明した。

院長先生から説明ののち、「骨とリンパ節への転移が見受けられますので、手術、放射線、抗がん剤いずれも大きな成果は得られないと思います。残念ですが、ペインコントロールくらいしかできることはありません。余命をはっきりとは言えませんが数週間から数ヶ月でしょう。おいしいものを存分に食べさせて、看取ってあげてください」と言われる。ぜんぜん現実みがなくて、帰ってきてからも検査結果の医学用語を検索しながら、受け止めきれずに放心していた。すいません続きます。