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2006-06-29 企業実務家からみた労働契約法の必要性(5)

まだまだ続きます(笑)。今日は「解雇の金銭解決」と「有期労働契約」です。

季刊 労働法 2006年 04月号

季刊 労働法 2006年 04月号

(6) 解雇の金銭解決


解雇をめぐる紛争については、和解も含め、復職で解決した事件であっても復職は実現するよりも実現しない確率のほうが高いという*1。人事労務管理の現場では、法律上は事件が終わっても、現実には復職が困難な事情が存在することも多く、さらに金銭解決に向けての長い道のりがあるのが実態なのだ。金銭解決の導入による解決方法の拡大は実務的要請でもあり、したがって、一定要件のもとに使用者からの金銭解決の申立てを認めるという研究会報告の方向性は好ましい。

 この場合、解決金の水準が大問題となるが、研究会報告はこれを労使の事前合意によるとしており、「解雇の金銭解決の申立てを、解決金の額の基準について個別企業における事前の集団的な労使合意(労働協約や労使委員会の決議)がなされていた場合に限って認める*2」などとしているが、これは実務的には現実的でない。研究会報告は希望退職募集における割増退職金からの類推でこれが可能としているが、希望退職募集時の労使協議は、もはやそれが不可避であるという認識が労使間に形成され、企業の支払能力や従業員の生活実態、労働市場の状況といった現実が確定しているからこそ成立すると考えるべきであろう。企業経営が平常状態にある段階で、将来の解雇(当然、その時点での経営状態や支払能力も明確でない)を前提に解決金の額の基準を協議することは、少なくとも現在のわが国の労使慣行においてはほとんど不可能と思われ、これを金銭解決申立ての要件とすることは、金銭解決の活用の余地を大きく制限することとなろう。

 また、研究会報告は「解決金の性質は、雇用関係を解消する代償であり、和解金や損害賠償とは完全には一致しないと考えられる。*3」と述べているが、現実の解決金の金額決定にあたっては、損害賠償における過失相殺の発想を取り入れることが望ましい。解雇が無効とされた例をみるとその内容は多様であり、労働組合加入を理由とした解雇やセクハラ解雇のような論外なケースもあれば、労働者にも相当程度の非は認められるが、手続上の瑕疵や、解雇は過酷との判断により無効となることもあろう*4。使用者に一方的に非があるケースについては、解決金がある程度高額になる、あるいはそもそも使用者からの金銭解決の申立てを認めない*5ことも当然だろうが、いっぽうで労働者に相当の非がある場合と使用者に一方的に非がある場合とで解決金の金額が同じというのは常識的でない*6と考えることもまた当然と思われる。そこにはなんらかの過失相殺的な考え方が取り入れられるべきではないか。

 解決金の水準については、事前に労使で基準を決めるのではなく、希望退職に対する割増退職金の世間相場や、解雇による逸失利益*7(解雇後に就労すれば得られるべき収入を控除する)、企業の支払能力などを考慮して、過失相殺的な考え方も取り入れつつ、裁判所が個別に決定すべきものではないか。こうした判断を行ううえで、労使双方の審判員が参加する労働審判はまことにふさわしいと思われる。時間はかかるかもしれないが、具体的なケースが蓄積されてくれば、ある程度の相場観が形成されてくることも期待されよう*8


(7) 有期労働契約

 有期労働契約については、均等待遇と書面手続に関する問題点についてすでに述べたが、実務的に大きな問題点として、雇止めの制限がある。現在、有期労働契約が反復更新されるなどして、雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合は、解雇権濫用法理を類推し、雇止めに合理的理由を求める*9という判例法理があるが、実務家にとって雇止めの合理性についての予測可能性がきわめて低く、その結果、研究会報告も指摘するとおり、「使用者が判例法理の適用を避けるために有期労働契約を更新しない等の行動を取*10」らざるを得ない、結果として使用者も労働者も従来どおりでの更新を望んでいるにもかかわらず予防的に雇止めせざるを得ないという残念な事態が発生している。

 わが国では、長期勤続を予定した期間の定めのない労働契約で働くいわゆる「正社員」に対してかなり厳格な解雇規制*11を定めており*12、景気の変動や業務の繁簡に対応する経営的要請に対応するため、有期労働契約などの非典型雇用契約はその補完的な機能を果たしている*13。そのため、わが国の有期労働契約(ひいては非典型雇用全般)は、諸外国で典型とされているような臨時的必要への対応ではなく、多くの場合は雇用(あるいは派遣など)を打ち切るのが正社員よりはるかに容易であるという雇用の柔軟性の故に*14、雇用調整の手段*15とすることを念頭において活用されてきた。したがって、雇止めは有期労働契約のまさに実務的本質であって、いかに反復更新されようとも変化するものではない。実務的には、有期労働契約の期間の満了によって契約は当然に終了するという民法の基本原則が貫徹されることが、予測可能性の面からも望ましい。これは一見、労働者の期待利益を認めない点で労働者に厳しいように思えるかもしれないが、実務の実態としては、予防的な雇止めの必要がなくなる点で労働者にも相当のメリットがある。

とはいえ、反復更新などで事実上長期にわたった契約には一定の保護があってしかるべきとの考え方もまたもっともであろう。ただし、研究会報告では、解雇権濫用法理に関しては「解雇は、労働者側に原因がある理由によるもの、企業の経営上の必要性によるもの又はユニオン・ショップ協定等の労働協約の定めによるものでなければならないことを法律で明らかにすることが適当*16」、「客観的に合理的な理由となる解雇事由を分類しその基本的な類型を法律で示しつつ、それぞれの類型において使用者が講ずべき措置を示すことについて指針等で対応することが、最も適当*17」など、法律上の明文化や指針の策定などによってさらに規制を強化することを提言しているから、それと補完的な関係にある有期労働契約の雇止めについては、なんらかの規制緩和、予測可能性の向上のための対応が行われなければ均衡を欠くのではないか。

 これに対し、研究会報告は「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」*18について「労働契約法制の観点からもこのような更新の可能性の有無や更新の基準の明示の手続を法律上必要とすることとし、使用者がこれを履行したことを雇止めの有効性の判断に当たっての考慮要素とすることが適当である。*19」としており、これは告示を立法化するという点で規制強化ではあるが、一応予測可能性を高めるための対応として評価できる。しかし研究会報告はさらに「雇用継続への期待が合理的といえるかについてはその他の事情も総合的に考慮して判断されることになるので、単に手続を踏めば雇止めが有効となるものではない。雇止めの判例法理は労働者が有する契約の更新に対する期待を保護するものであるから、現在でも手続の在り方は雇止めの有効性の判断において考慮要素とされるもの*20」と述べており、予測可能性の向上はきわめて限定的なものにとどまると考えざるを得ず、これでは実務家としては状況が改善されるとはいいがたい。実務的には、手続規制を満たせば雇止めの有効性を推定するセーフ・ハーバー・ルール的なものとすることが望ましい。これもまた、予防的な雇止めを不要とするという点で、労働者にもメリットがあることに留意が必要である。

 このように、有期労働契約の雇止めについては、実務家としてはもう少し踏み込んでほしかったとの感は禁じえない。とはいえ、実際問題としては判例法理と告示が法として成文化されるだけという見方も可能であり、影響は軽微であるともいえる。結局のところ、研究会報告のままであれば、労働契約法制定後も企業は有期労働契約の予防的な雇止めを不本意ながら続けていくことになるのだろう。

*1:山口純子(2001)「解雇をめぐる法的救済の実効性」『日本労働研究雑誌』491号参照。

*2:研究会報告pp.62-64。

*3:研究会報告pp.60-61。

*4:たとえば、カジマ・リノベイト事件の第一審(東京地判平13.12.25)。なおこの事件は第二審で解雇有効となり、その後上告が棄却されて解雇有効で確定している。この事件が解雇無効となって原告が職場復帰した場合、これを受け入れる職場の負担は多大であって事実上不可能というよりなく、使用者からの申立てによる金銭解決の実務的な必要性が理解されよう。

*5:研究会報告も、差別的解雇など一定の悪質なケースにおいては使用者からの申立てを認めないこととすることが適当としている。研究会報告p.63。

*6:現行法制下では、内容にかかわらず解雇が無効であれば職場復帰というオール・オア・ナッシングの画一的な解決方法しかなく、これが法的に決着した後に金銭解決の交渉が必要となる大きな原因とみることもできよう。

*7:これはある程度企業の支払能力を反映すると考えられる。

*8:すでに交通事故については損害賠償等について裁判上の「相場観」が形成されており、(財)日弁連交通事故相談センター専門委員会の編集になる『交通事故損害額算定基準』(青い本)や、東京三弁護士会交通事故処理委員会と(財)日弁連交通事故相談センター東京支部の編集になる『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』(赤い本)などにまとめられている。人事労務管理の実務においても、労災補償などの際に参考とされている。

*9:菅野(2005)前掲書、pp.171-172。

*10:研究会報告p.67。

*11:わが国の解雇規制の厳しさについては、黒田祥子(2002)「解雇規制の経済効果」(大竹文雄・大内伸哉・山川隆一編『解雇法制を考える−法学と経済学の視点』勁草書房所収)を参照。

*12:従来、解雇権濫用法理は判例法理として展開されてきたが、平成15年の労働基準法改正で法律上明文化された。

*13菅野和夫(2002)『新・雇用社会の法』有斐閣、pp250-251を参照。

*14:菅野(2002)前掲書、p.253。

*15:菅野(2005)前掲書、pp.165-166。

*16:研究会報告p.56。

*17:究会報告p.56。

*18:平15.10.22平成15年厚生労働省告示第357号。

*19:研究会報告p.69。

*20:研究会報告p.69。

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