労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-10-29 西尾久美子『京都花街の経営学』

京都花街の経営学

京都花街の経営学

「キャリアデザインマガジン」第67号のために書いた書評です。著者は昨年の日本キャリアデザイン学会の研究大会で研究報告しましたが、その際のいでたちも和服で、大会でひときわ異彩を放っていました。「私はフィールドワークに出るときはいつもこの服装です」…なるほど。

以下転載です。

 こんにちも花街は全国に点在しているが、芸妓業が衰退産業であることは否定しようがないだろう。祇園をはじめとする京都花街も長期的にはその例外ではないわけだが、近年では従事する舞妓・芸妓の数も増え、売上も増加傾向にあるという。この本は、逆風の中をタフに生き延び続ける京都花街の、その強さの理由を長期にわたるフィールドワークによって解き明かした本といえるだろう。難解な経営学の理論が用いられているわけではないが、事例調査としてまことに興味深い。

 京都花街には「一見さんお断り」や「宿坊」などといった独特の慣行があり、私のような素人には敷居の高い世界である。だが、一見不合理にみえるこうした風習にも、実は合理的な理由があるのだという。常に優れた「おもてなし」を提供するためには、個別の顧客のさまざまな情報が蓄積されている必要がある。これを可能としているのが、おもてなしのあらゆる費用を立替払いし、後日一括請求する掛け売りのシステムであり、それを安定的に運営していくためには「一見さんお断り」などのしくみが必要となるのだという。

 そして、何より注目されるのが、その人材育成だろう。花街はサービス業であるだけに、その第一線を担う舞妓・芸妓といわれる人材の質が経営の決め手となることは想像に難くない。独特の閉鎖的な商慣行を持つことを考えれば、その質の高さを安定的に保証していくことは格別の重要性を持つだろう。

 近年では花街外部出身の舞妓・芸妓が増えており、したがってまったくの素人から育成していくこととなる。舞妓候補は置屋に住み込みで基礎的な技能を集中的に養成される。1年程度で現場に出るようになり、置屋の経営者を「お母さん」、メンター役の先輩を「お姉さん」と呼ぶ家族的で濃密な人間関係の中で徹底的なOJTが施される。もちろん「お師匠さん」によるOff-JTがそこに組み込まれる。そのための学校組織もあり、職業生涯を通じて技能を高めていくしくみが出来上がっている。長じて自ら「お姉さん」となることが、自身のトレーニングとなることもいうまでもないし、とりわけ重要なのはお座敷経験の豊富な、目の肥えた「顧客」による評価とそのフィードバックであるという(その最たるものが「旦那さん」ということだ)。

 長じて舞妓から芸妓になる際には、自ら「踊り」や「演奏」の専門分野を決め、さらに時期が来れば独立し、自営の芸妓業者となる。独立して専門性で勝負する、プロフェッショナルの誕生である。その技能の高さは「座持ち(のよさ)」という定性的な評価で業界に蓄積されていくほか、毎年正月には前年の売上ランキングが発表されるという「成果主義的」な一面もある。花街の最重要な経営資源である舞妓・芸妓を関係者すべてが関与して育成していくシステムの確立が、この業界を支えているのだろう。そして、さらに長じれば、芸妓のあとのキャリアとして置屋の経営者に進む人も多いという。

 もっとも、こうしてみると花街の人材育成も一般的な日本企業のそれと格別大きな違いはないという感もなきにしもあらずだ。未経験の新卒者を採用し、上司や先輩が仕事を通じて育成する。育成結果の評価、そのフィードバック、そして次なる育成というP−D−C−Aサイクル、時間をかけた適性判断と専門分野の選定。内部昇進と経営人材の育成と、むしろ互いに通じるところが多いことに驚かされる。考えてみれば、花街のある種特殊な高度技能と企業における企業特殊的熟練とは、長期間をかけてOJT中心で育成していくしかないという点では共通しているということだろう。そして、それを企業の競争力としていくという人材戦略にも通じるものがあるということだろう。結局のところ、人材育成こそがビジネスの継続・発展にとって最重要であるという点においては、一般企業も花街も変わりはないということなのかもしれない。

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