博士の就職難

引っ張らないと言ったわりには引っ張ってますが(笑)、もう一日だけ。週刊ダイヤモンドの特集「働き方格差」から、博士号取得者の就職難をとりあげた部分を。

 科学技術創造立国を目指して国が旗を振り、全国の大学で大学院教育の強化が図られた結果、博士が急増している。…しかし、博士の就職事情はじつに厳しい。〇七年の博士課程修了者の就職率は五八・八%である。
 というのも、大学などの研究職のポストには限りがある。企業も、修士ならともかく博士の採用には消極的で、博士自身も産業界で働くことへの興味は薄い。仕方なく多くの博士は「ポストドクター(博士研究員)」として大学の研究室に残る。“ポスドク”は給与こそ出るが、任期は平均三年でおおむね三五歳という年齢制限もある。きわめて不安定な立場なのだ。
 正規雇用でない博士の数は一万二〇〇〇人以上といわれる。立命館大学水月昭道研究員(人間環境学博士)は、著書『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)で、研究職に固執しつつ塾講師、肉体労働、ウエートレス、コンビニエンスストア店員などの非正規雇用で食いつなぐ博士やポスドクたちを紹介している。
 「博士の量産は悪いことではない。むしろ博士号を取るまでに学問を究めた人材が満ち溢れているというのは、すばらしく知的な社会。だが、その才能を生かす道筋がない。税金と家庭の資産をつぎ込んで育てておきながら“人材廃棄場行き”では、国のためにも家庭のためにもならない」(水月氏)

 事態を重く見た文部科学省も、〇六年度から大学研究者と企業の出会いの場を設けたり、博士課程の学生に対するキャリアガイダンス、派遣研修などの諸施策を打ち始めてはいる。加えて、指導教授をはじめとする大学側も、博士のキャリアパスについて情報開示し、アカデミック分野だけでない活躍分野について啓蒙・提示することが必要だ。企業も食わず嫌いをやめ、博士の採用に真剣に取り組むべきだろう。
 そしてなにより当の博士に、「働く」という行為の多様性を受け入れる努力と覚悟は欠かせない。

まあ、これは社会のニーズを読み誤って博士を増やしすぎた文科省の失政ではないでしょうか。もちろん「博士の量産は悪いことではない」でしょうが、それは大は小を兼ねるかぎりにおいてであって、小を兼ねない大は大の需要を超えればあふれるでしょうし、「小を兼ねない」という柔軟性の低さの点では不利でもあるでしょう。
これは企業・業種や学生の専攻にもよって一概にはいえないでしょうが、わが国の一般的な長期雇用慣行をあてはめて考えると、学士を企業内で育成するのと、大学で育成された博士を採用するのとどちらがいいか、という比較になるでしょう。おそらく一長一短があり、大学院ですでに就職見込み企業との共同研究を行っているといった場合もあるでしょう(そういう博士は就職の心配は少ないわけですが)。また、学士より修士、博士のほうが潜在能力の高い人が多い可能性もありますが、どちらかというと育成力に自信のある企業は早い段階で企業内教育をはじめることを望む傾向はあるのではないでしょうか。特に、大学での専攻と企業での業務とが必ずしも一致する保証はないので、その部分での柔軟性の高さを考えると、専門分野が絞り込まれた博士はやや不利になるかもしれません。
まあ、とりわけ理系については、現状では多くの企業で技術者の採用意欲が高まっていますので、「小を兼ねる」、具体的には処遇などは修士卒の第二新卒と同程度で業務も必ずしも専攻と一致しないという条件に対応することのできる博士であれば、案外民間企業への就職はそれほど困難でないかもしれません。また、企業に「食わず嫌い」があるのだとすれば、たとえばトライアル雇用の活用といったことも考えられていいでしょう。
なお、これは博士に限った話ではなく、ほかの資格でも同様ではないかと思います。たとえばインテリア・コーディネーターは知的でクリエイティブないい仕事だろうと思うのですが、だからといってインテリア・コーディネーターの資格(があるかどうか知りませんが)を取得すれば必ずインテリア・コーディネーターになれるというわけではないのは自明です。インテリア・コーディネーターがすでにどれほど存在し、どれほどの求人があるのか私は知りませんが、求人数をこえて資格を発行すればあぶれる人が出てくるのは当然です。で、あぶれる人が出てくれば労働条件が低下するのが自然な成り行きですし、それでもインテリア・コーディネーターになれずに別の仕事に就く人も出てこざるを得ないでしょう。需要を読み誤って過剰投資をすれば収益が悪化するのと同じことで、資格を取っても需要がなければ就職はできず、あるいは賃金も上がりません。世間では、パートタイマーが勉強して資格をとったのに時給が10円しか上がらなかったのはけしからん、非正規雇用問題であり格差社会である、といった論調がたまに見られますが、必要性の低い資格を取得しても時給が上がらないのはむしろ当然で、それでも10円上がったというのは資格取得に取り組む積極性が評価されたのかもしれません。
思い出したので、一時話題になった「博士が100にんいるむら」へのリンクを貼っておきます。最後のオチはかなり誇張があるらしいですが。
http://www.geocities.jp/dondokodon41412002/
なお、「「アルバイトは個人請負」か?「すき家」で噴出する労働者の悲鳴」という記事で紹介されている事例もなかなかすごいのですが、この事例はすでにhamachan先生がブログで論評されていますので、やはりリンクを貼っておきます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_db8e.html