ここがおかしい日本の雇用制度(5)

2週越しで引っ張ってしまった週刊エコノミストの特集「ここがおかしい日本の雇用制度」ですが、これで終わりですのでもう一回だけお許しください(笑)。今回は渥美由喜富士通総研経済研究所主任研究員が再登場し、「仕事と子育てを両立できない日本の父親たちの現状」を論じています。最近流行のワーク・ライフ・バランスの話題で締めくくる、ということのようです。

 我が国の育児休業制度は、諸外国と比べてさほど遜色がない。最長1年半の取得期間は、英米と比べて長いし、休業中の所得保障も同様だ。
 しかしながら、育休取得率に関しては諸外国と比べてその水準は落ちる。… 育児休業だけではない。そもそも、「子育てに関与する時間」を見ても、日本は際立って「妻の子育て時間が長く、夫の子育て時間が短い」。他国でも、「妻の方が夫よりも長い」傾向に変わりはないが、日本ほど偏りがある国は他にないのだ。
 ベネッセ教育研究開発センター発行の『乳幼児の生活の様子、保護者の子育てに関する意識と実態2005年』を基に、父親の家事・育児への参加状況を見ると、5年前と比較して「ゴミを出す」とか「食事の後片付けをする」が増えている一方で、育児への関わりが減っていることが分かる。夫は妻に気を使っているものの、子育てへの参加は遅々として進んでいないのだ。これは、長時間労働故である。父親が帰宅する時刻と育児への参加状況の関係を見ると、帰宅が早い父親は育児に参加する比率が高い。
 長らく続いた平成大不況のなかで、企業はリストラを図り、残った従業員に課せられる負荷が増えた。また、賃金が伸び悩むなか、残業代を稼ぐために遅くまで会社に残っている者もいるだろう。そうした構造的な要因が長時間労働となって父親の家庭回帰を難しくしている。

「賃金が伸び悩むなか、残業代を稼ぐために遅くまで会社に残っている者もいるだろう」とは実に率直な意見でちょっと驚きましたが、それはそれとして、私は長時間労働だから育児参加できない、という議論は少し用心が必要ではないかと思います。なにかというと、逆になっている可能性がある。つまり、育児参加するくらいなら長時間労働したほうがいい、という男性がかなりの割合でいるのではないか。これに「長時間労働して残業代を稼いだほうがいい」まで加わると、配偶者も同じ考えである可能性もあります。ハイペースで働いて早く仕事を切り上げ、帰宅して育児参加することもできるけれど、マイペースで働いて(残業代も稼いで)ゆっくり帰宅して育児参加はしないほうがいいや、というスタイルの男性はかなり多いのではないでしょうか。

 最近、筆者は日本企業に蔓延している「長時間労働は美徳」という“ウイルス”に対する“ワクチン”が「ワークライフバランス(以下、WLB)」だと考えるようになった。女性にはあまりウイルス感染者はいないが、男性には多い。…最近の「バリバリ社員」は二極化している。遅くまで頑張って仕事をしていると上司にアピールするため、日中はだらだら働いている「偽装バリバリ」社員がいる一方で、エース社員には「あの人は優秀だから」とどんどん仕事が集まってくる。当人の責任感の強さも災いして、同僚の何倍も働き、うつ寸前に陥る「過労バリバリ」がたくさんいる。重要なのは偽装バリバリを撲滅し、過労バリバリを守ることなのだ。

これは、ちょっと待てよ、証拠を出してみろ、と言いたくなるところです。二極化は流行りのキーワード、偽装バリバリ、過労バリバリと語呂もいいですが、優秀な人はみんなうつ寸前でそれ以外はみんな適当に長時間労働している(二極化ってのはそういうことでしょう)なんてことがあるわけない。想像するに、一番多いのはたぶん、仕事量が多いのでマジメに働きつつも長時間労働になっている人たちでしょう。生産性高く、しかし過労にはならない範囲で長時間労働のバリバリ社員もいるでしょうし、生産性は高くないと自覚しながら、他の人以上に長時間労働で頑張ることで生産性の高い人と同等の成果をあげようとしているバリバリ社員もいるでしょう。もちろん、ダラダラと残業代目当てに労働時間だけ稼いでいる人も一定数いるでしょうし、仕事が多すぎて追い詰められている人も少数でしょうがいるでしょう。長時間労働はおそらくは多様であって、「二極化」しているとはあまり思えません。
もっとも、偽装バリバリを撲滅し、過労バリバリを守ることが大切なことも間違いなさそうで、偽装バリバリにはダラダラをキビキビに変えさせて残業代目当ての残業をやめさせ、早く帰らせて育児なりなんなり仕事以外の楽しみを探させるか、あるいは仕事を増やしてキビキビと長時間労働させて応分の残業代を稼いでいただくか、なんらかの対応が必要でしょうし、過労バリバリは業務量を適正化する必要があるでしょう。特に仕事中毒で過労になっているバリバリには注意が必要です。

…WLBは様々な効用をもたらしてくれる。例えば、自分の時間が大切なのはもちろん、部下や家族の時間も尊重するようになる。このことに従業員が「気づく」ためのきっかけ作りが重要だ。
 例えば、独身男性など、子育て予備軍に意識改革を図るうえで、効果てきめんのデータを紹介しよう。筆者が調査をした「女性の愛情曲線」というグラフだ。
 女性のライフステージ別に100%の愛情の配分がどう変わるか調査したものだ。夫への愛情曲線は「出産直後」を境に、回復組と低迷組に二極化する。この二極化の理由を探ったところ、「子どもが乳幼児期に夫が手伝ってくれたか否か」という設問への回答と極めて高い相関関係を示した。以前、独身社員向けの意識啓発研修で、このグラフを見せたところ、研修会の後に企業の福利厚生制度にあった「お料理教室」に通い始めた男性が数人いた。
…また、WLBの考えを取り入れることは、従業員のやる気を引き出し、業務効率を改善し、時間当たりの生産性を著しく向上させることにつながるのだ。それがひいては、父親の育児参加の環境改善にもつながる。筆者は現在、保育園への送り迎えをしているが、業務効率は格段に上がったと体感している。日本企業はWLBに取り組む経営メリットに着目し、世界の潮流にもっと目を向けるべきだろう。

おやおや、「WLBの考えを取り入れることは、従業員のやる気を引き出し、業務効率を改善し、時間当たりの生産性を著しく向上させることにつながるのだ」ときたもんだ。証拠を見せてくれ、証拠を。生産性を「著しく」向上させているのだから、一目瞭然の証拠があるだろう。「筆者は現在、保育園への送り迎えをしているが、業務効率は格段に上がったと体感している」そうですが、周囲の同僚はどう思っているのかな。
もちろん、中にはそういう人も(少数だろうと思うのですが)いることはいるでしょうし、WLBが生産性を向上しないというつもりもありません。私も証拠を持っているわけではありませんが、WLBによってライフの充実がよりよい仕事へとつながる効果はあるだろうと思いますし、WLBのもたらすさまざまな影響をトータルすれば、生産性を向上させる効果のほうが多いかな、とも思います。しかし、WLBがすべての人の生産性を著しく向上させるかのような書き方をするのは明らかに行き過ぎというか、間違いでしょう。個人の志向するライフスタイルが多様であるとすれば、働き方もワーク・ライフ・バランスもまたさまざまでしょう。仕事一筋の生き方だってそれなりに立派だし、そういうライフスタイルを望む人の気持ちも尊重されるべきです。「WLBこそが正しい、生産性を著しく向上させるライフスタイルだ」といった画一的な考え方はとるべきでないように思います。