労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-10-15 阪神岡田監督の人事考課

大阪大学大竹文雄先生が、ご自身のブログで、阪神タイガースの岡田監督の辞任表明について、経済学の観点からコメントしておられます。

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/10/post-8e53.html

非常に興味深いものなので、ご紹介したいと思います。前半は、行動経済学の知見からのものです。

 阪神タイガースの岡田監督が、13ゲーム差を巨人に逆転されて、優勝できなったことの責任をとって、辞任するそうだ。結果的には、勝率0.582で、2位だったのだから、かなりいい成績だ。実際、阪神の歴代勝率でもかなり高いほうだ。でも、夏には阪神の優勝確実と誰もが期待したために、この成績でもファンが、がっかりしたということだ。もし、これが前半戦低迷していて、最後に優勝争いをして、結果的に2位だったとしたら、誰も岡田監督を責めなかっただろうし、来期も岡田監督で続投ということになっていたはずだ。

 これは、行動経済学の損失回避や現状維持バイアスと呼ばれる現象の一例だ。リーグ戦前半で、二位と大差の一位でいると、それがファンにとっては、当然のものとなってしまって、それ以下の結果は、満足度を大きく低下させてしまう。ところが、6位から始まっていたならば、最終的に2位になったとすれば、ファンの満足度は非常に高かったはずだ。今年、巨人が2位になったとしても原監督の評価は非常に高かったのではないだろうか。予想されたものよりも上であれば人々の満足度は高くなり、低くなってしまうと非常に低くなってしまう。最終的なチーム成績のみで満足度が決まるのではないようだ。当初の期待との差が、ファンの満足度に大きな影響を与えるのだ。

 そうすると、シーズン当初は、低めの成績で行って、後半戦に勝負をかける方が、その逆の戦略をとるより、監督の評価を高めることができるはずだ。でも、それがわかっていてもそういう戦略がとれる監督は、チーム力に恵まれている場合に限られるのかもしれない。

(「大竹文雄のブログ」10月13日のエントリhttp://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/10/post-8e53.htmlから、以下同じ)

これは、当初は低く、徐々に昇給していく年功型賃金が好まれる理由の説明にもなっているわけですね。

さて、これは人事管理の世界(というか、心理学の世界なのだろうと思いますが)では「直近効果」とか「近時点評価」と呼ばれる現象の一例でもあります。ハロー効果や中心化傾向、寛大化傾向などに次いで(ハロー効果の一類型という分類もあるらしい)代表的な考課エラーとされているもので、このケースでいえば、前半戦の好調よりも後半戦の不調に評価が影響されて、「最終的に首位と僅差の2位」とい現実の結果よりも評価が厳しくなってしまう、というものです。実際、昨季は3位だったわけですから、「首位と僅差の2位」という結果だけみれば、大竹先生もご指摘のとおり、監督辞任どころか年俸アップでもおかしくなかったはずです。

もっとも、こうした考課エラーが本当にエラーなのか、というのは議論があるところかもしれません。中心化傾向や寛大化傾向は明らかに考課者のパーソナリティにもとづくエラーといえるでしょうが、直近傾向についていえば、「前半不調・後半好調で最終的に2位になった監督」のほうが、「前半好調・後半不調で最終的に2位になった監督」よりも優れている、という評価基準がある場合には、それはエラーでもバイアスでもなく、正しい評価だということになるからです。成績の上下ではなく、最終的にファンを気持ちよくさせる監督がいい監督だ、ということなら、それもありうるかもしれません。

また、現実問題としては人事考課というのは考課者と被考課者だけで完結するものではありません。考課結果は、当然いろいろな形で組織の中の第三者たちに周知されますし、それら第三者も含めた組織全体での考課への納得性というものは、組織運営上かなり重視せざるを得ないでしょう。そのときに、第三者たちの大勢が「前半いくら調子良かったのに、結局連敗して優勝を逃した監督がどうして留任するのか、年俸アップするのか」という直近効果を持っているとしたら、「最終的に首位と僅差の2位だったのだから留任」という評価は納得性が低く、「前半首位だったのに後半不調で2位に終わったから辞任」という評価が納得を得る、ということになります。これだってプロセス重視の評価といえばいえるわけで、そういう評価をしたほうが組織の生産性が向上し、結果として業績も上がるということであれば、なにもそれを考課エラーと排除することもないわけです。実際、組織の大勢が直近効果を持っているときに、それを排除することは非常に困難でしょうから、こうした評価が行われている組織は案外多いのではないかという気がします。

さて、大竹先生のエントリの後半もご紹介しましょう。

 前半戦で、阪神が独走した影響は、セリーグ全体の収益にどのような影響を与えたのだろう。優勝の行方が決まるリーグ戦の最後の方の試合は、あまりテレビの中継がなかった。これは、阪神が早々と優勝を決めそうだったので、リーグ戦の終盤は、消化試合ばかりになると、秋の番組を決定する夏の段階で予想されていたのではないだろうか。そうすると、今年の阪神の期間別の勝率配分は、セ・リーグ全体の収益には、あまり望ましいものではなかったのかもしれない。

なるほど、言われてみればたしかにリーグ終盤は中継が少なかったような気もします。

いっぽう、阪神が独走していた夏から秋口にかけては「猛虎優勝や」みたいな特集雑誌が山のように売られていて、現在では読売の「伝説の大逆転」みたいなのが山になっているわけなので、雑誌屋さんにとっては今年は一粒で二度おいしいシーズンだったかもしれません。これで、クライマックスシリーズで阪神か中日が読売に勝ったりすれば、雑誌屋さんはさらに儲かるでしょう。いやそうでもないか、読売が勝ってまた新しい雑誌を出したほうが売れるか…。

 プロ野球監督の仕事は、優勝を目指すということが一番大事だ。阪神が一位を独走していたころ、阪神ファンは毎日楽しかったはずだ。その分、最後に逆転されたことのショックは大きい。でも、今年一年のファンの満足度を毎日計測してその合計を測ってみると、おそらく阪神ファンの満足度の方が巨人ファンの満足度よりも高かったはずだ。それにも関わらず、現時点のファンの満足度は、巨人ファンの満足度の方が高い。今回の岡田監督辞任が、来シーズン以降の阪神ファンの幸福度を下げることにならないことを祈る。

たしかに、順位と関係なく日々の勝ち負けで幸福度が決まるのなら最終勝率の高い読売のファンのほうが満足度が大きくなりますが、現実にはおそらく満足度は日々の順位により大きく左右されるでしょう。となると、残り数試合というところまで阪神が首位だったわけですから、順位のグラフの積分は1にかなり近いわけで、最初は最下位で最後の最後に首位に立った読売(どのくらいでしょうか、0.6くらいはあるでしょうか)よりかなり大きいでしょう。もちろん、最終的に勝ったのは読売ではありますが、それではこれほど楽しませてくれた岡田監督を辞任させてしまって本当にいいのか、岡田監督を支持する一阪神ファンである私としてはまことに心配です。

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