労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-08 現場からみた労働政策(3)高齢者雇用対策の方向性

「労基旬報」紙に連載しているコラム「現場からみた労働政策」の第3回です。

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/

内容的にはこのブログで何度も書いていることの繰り返しです。改正高齢法施行以降は大きな動きの少ないテーマではありますが、森戸先生の本が出たりして、少し思い出されているかなと思ったので取り上げてみました。


高齢者雇用対策の方向性


 急速に高齢化が進むわが国において、高齢者雇用が重要な課題であることは論を待ちません。さる2009年4月1日に発表された厚生労働省の「高年齢者等職業安定対策基本方針」においても、「平成25年3月までに、すべての企業において確実に65歳までの高年齢者雇用確保措置が講じられるようにするとともに、…希望者全員が65歳まで働ける企業(65歳以上定年企業等)の割合を平成22年度末を目途に50%とし、…、65歳を超えて「70歳まで働ける企業」の割合を平成22年度末を目途に20%とするなど年齢にかかわりなく働き続けることができる雇用の場の拡大に努める」とされています。現下の雇用失業情勢を考えれば、公的年金が満額支給される65歳以上の人について数値目標を設定してまで雇用の場の拡大に努めることが妥当なのかどうか、はなはだ疑わしいわけではありますが、高齢者雇用に限って考えればこういうことになるのでしょう。そのキーワードは「年齢にかかわりなく」で、この「基本方針」だけでも6回登場します。

 この「年齢にかかわりなく」が定年制を念頭においていることは明らかでしょう。昨年5月に発表された、やはり厚生労働省の「『人生85年ビジョン懇談会』報告書」では、「検討すべきは、定年制の在り方である。専門家の研究によれば、他の条件が一定の下で、定年を経験すると働き続ける確率は2割程度低下する。…長期的には、年功的な賃金制度の見直しや職業能力評価制度の充実等と相まって、一律の定年制ではなく、職業生活からの引退時期を働く人一人ひとりが選択できる制度づくりが期待される」と、定年制の廃止・禁止への期待が表明されています。しかし、定年制はわが国の人事管理に深く定着しています。本当にそれを廃止してもいいのか、十分に検討する必要があります。

 定年制が長期雇用慣行と密接不可分であることには異論はないでしょう。企業は定年まで何らかの形で働く場を確保することを約束し、それと引き換えに企業のニーズに応じた柔軟な人事異動や配置転換、能力開発、さらには生産性向上や人材育成への協力といった貢献を期待するわけです。これは、企業と働く人の双方にとってメリットのあるしくみとして支持されてきました。

 『人生85年ビジョン懇談会』が「定年を経験すると働き続ける確率は2割程度低下する」と指摘するように、定年制の廃止を主張する人はともすれば定年後ばかりに注目しがちなように思われます。しかし、いっぽうで定年制が存在することで、定年まで、特に50代後半期の雇用が安定するという効果には非常に大きなものがあります。わが国ではほとんどの企業で60歳定年が採用されていますが、実際には60歳でもバリバリに働けて定年延長や再雇用の対象となる人もいるいっぽうで、50歳を過ぎる頃から能力の衰えが目立つ人も増えてきます。いまは定年制があるので、「60歳まではがんばろう」ということで職場も本人もさまざまな努力をします。職場では、体力が落ちた人は比較的軽易な仕事に配置転換したり、視力が衰えてきたのであれば職場の表示を大きくしたり拡大鏡を配置するなどの工夫がされていますし、本人もなんとか60歳まではということで、新しい仕事を覚えることや、健康の維持などに努力します。それで仕事の能率が低下しても、賃金などをそれほど大きく減らすようなことは行われません。その分は元気に働いている人たちが少しずつ負担しているわけですが、それは誰しも能力が衰える可能性はあるのだから、という互助的な考え方によって納得を得ているわけです。

 こうしたしくみのおかげで、働く人は定年までの仕事と収入が期待でき、計画的な人生設計が可能になります。それを前提に住宅ローンを組み、60歳定年までは毎年の返済額はこれだけで、最後は退職金の一部でこれだけ返済する、といった人生設計が可能なのは、長期雇用と定年制があればこそです。これは働く人にとって大きなメリットであり、したがって企業もそれに応じた大きな貢献を期待できたわけです。

 もし、定年制を禁止したらどうなるでしょうか。もちろん、今でも再雇用などの対象になるような人は、60歳を過ぎても元気に働き続けることでしょう。しかし、60歳を前に能力の衰えが顕著になってしまった人はどうでしょうか。おそらく、定年制がなければ企業・職場はそうした人を60歳までなんとか雇用しようという努力はしなくなるでしょう。解雇もあわせて禁止してしまえば、これは死ぬまで雇用しなければならないという文字通りの終身雇用になりますが、それはさすがに現実的ではありません。となると、定年に替わって、なんらかの理由で会社をやめていただく必要が出てきます。おそらく、60歳定年を前にして、50代なかば、あるいは前半でも、能力減退を理由に解雇される人が相当数出てくることを覚悟しなければなりません。

 40歳、45歳のときには元気でも、50歳を過ぎて引き続き元気かどうかの保障はありません。そのいっぽう、50代で解雇された人の再就職の条件が厳しいものになることは明白です。病気などは保険でカバーできるとしても、能力の減退による解雇に備えるためには、貯蓄などによる自己防衛が必要になります。計画的な人生設計という面では大きな制約になるでしょうし、十分な貯蓄もできないままに解雇されれば、その後は生活のためにボロボロになるまで低条件の仕事で働きつづけなければならない、という悲惨な末路が待っている可能性すらあります。

 会社のやめ方という面でも、定年制がなくなれば、能力が衰えた人は「あいつ、早く解雇されないか」と周囲から白眼視され、石もて追われるように会社を去っていくことになります。定年退職であれば、職場や周囲にかなりの負担をかけていた人であっても、感謝状をもらい、花束を渡されて、拍手とともに「惜しまれて」会社生活をハッピーエンドで終わることができます。どちらがよりよい社会なのかは考えるまでもありません。誰しも、「あなたは衰えて、もう使えないから」と言われて仕事を失うのはつらいでしょう。こうした場面においては、年齢というのは実に公平かつ客観的で、納得の得られやすい基準なのです。

 企業にとっても、従業員から大きな貢献が期待できる以外のメリットがあります。定年制があれば、毎年どれだけの定年退職が発生するかをかなり確実に予測できるため、要員計画や採用計画の策定が容易となります。もちろん、定年延長や再雇用などを要員計画に織り込むこともあるでしょう。また、わが国では、現在のように企業が余剰人員を抱えて雇用調整を余儀なくされているときに、退職者の補充を行わない「自然減」による対応が広く行われますが、定年制の存在がこうした調整を容易にしていることは見やすい理屈でしょう。

 もちろん、60歳になったからといって突然仕事ができなくなるなどということはありません。「年齢にかかわりなく、その意欲と能力に応じて働くことができる」というのはたしかに正論でしょう。しかし、現実をみれば、定年制の持つメリットは非常に大きく、その廃止の弊害はきわめて大きいものがありそうです。わが国においては今後も定年制は堅持し、高齢者雇用の促進には個別の定年延長や再雇用などで対応していくことが望ましい方向性ではないでしょうか。

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