労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-09 労働政策を考える(4)非正規労働問題とはなにか

「賃金事情」2563号(2009年5月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。


非正規労働問題とはなにか


 雇用失業情勢が悪化する中で、非正規労働の問題がクローズアップされています。その多くが有期契約で、期間満了にともなう雇止めで職を失いやすいことが問題の中心と考えられています。

 パートタイマー、契約社員、派遣社員、請負などの非正規労働は、1990年には雇用者の約5分の1にとどまっていましたが、バブル崩壊後の前回の雇用調整期に大きく増え、現在では雇用者の約3分の1にまで達しました。これには派遣会社や請負会社の正社員も含まれてはいますが、しかしその大半は有期雇用契約と思われます。こうした人たちが今回の急速な景況悪化、とりわけ製造業の大幅減産にともない、雇止めなどで失業するケースが増えているわけです。

 非正規労働の増加については、世間では往々にして「パートタイマーなどの賃金の低さに注目して、企業がコストダウンのために非正規労働を増やした」などと言われています。しかし、実態は少し異なるようです。非正規労働に関する調査結果は多数あり、結果もかなりばらついていますが、非正規労働を利用する理由については、賃金が低いという理由より、忙しいときだけ働いてもらう、営業時間の延長に対応するといった雇用のフレキシビリティに関する理由が多くなっているようです(もちろん、それも結局はコストダウンにつながるわけですが)。

 この背景には、日本企業が長期雇用の正社員を人材戦略の中心においていることがあります。長期にわたって人材育成・人材投資を行い、それをやはり長期間かけて回収していく長期雇用は、知識や技能の効率的な蓄積だけではなく、企業独自の技術やノウハウ、あるいは変化や不確実性に対応する知的熟練の形成にも優れ、日本企業の成長と競争力を支えてきました。いっぽう、長期雇用は事実上定年まで何らかの形での雇用を約束するものであり、その約束のもとに労働者も能力開発や人材育成に取り組んでいることから、この約束を使用者が一方的に反故にして労働者を解雇することにはかなり強い法的な規制がなされています。したがって、正社員は企業にとって強力な戦力となるいっぽう、雇用のフレキシビリティは低いわけです。

 ですから、従業員をすべて正社員にしてしまうと、景気が悪化して仕事が減少したときに余剰人員が発生しやすくなります。もちろん、かつてから非正規労働は存在しましたし、多少であれば時間外労働の削減などで調整できます。経済が成長し、企業組織が拡大すれば、いずれは余剰人員も余剰ではなくなることも期待できるでしょう。しかし、前回の雇用調整期はかなり長期にわたって経済不振、企業業績の悪化が続いたため、時間外労働の削減などを行ってもなお余剰人員の存在が大きくクローズアップされました。さらに、経済の成熟や少子高齢化などによってかつてのようには国内経済の成長も期待できなくなったことから、企業は雇用のフレキシビリティの確保にかなり神経を使うようになりました。その結果、正社員に較べれば雇止めなどによって雇用調整が容易な非正規労働が増加していったわけです。むしろ、2006年、2007年頃には、技能の伝承などの観点からその行き過ぎが反省され、非正規労働から正社員への登用がかなり活発化していました。

 そう考えると、昨年秋以降の急速な景況悪化の中で、非正規労働者の雇止めなどが多発したことは、残念ではありますが自然な成り行きでもあったといえるでしょう。今回はかつてなく急速かつ大幅だった点で特殊ではありますが、長期的にみても、今回ほど大規模でないにせよ景気後退のたびに同様なことが起こるでしょう。たとえば解雇規制を撤廃するなどして長期雇用をやめてしまえば非正規労働の問題は起こらなくなる、という意見もあるようですが、企業の人事担当者としては、長期雇用をやめてしまって本当に企業が競争力を維持できるのかどうかはかなり不安でしょう(職種や業界にもよるでしょうが)。

 しかし、長期雇用慣行がある以上は非正規労働問題が発生しても致し方ない、ということではすまない実態も出てきています。非正規労働そのものは、現状ほど比率は高くないものの、従来から存在していましたし、不況期に非正規労働が失業しやすいというのも今に始まったことではありません。ただ、かつては非正規労働といえばいわゆる「主婦パート」や「学生アルバイト」など、家計においては補助的な役割しか担わない人たちがほとんどでした。世帯主の大半は正社員などで収入を確保できていたので、非正規労働の失業が生活の困窮につながりにくかったわけです。

 ところが近年では、先般の就職氷河期に正社員として就職できず、非正規労働を続けている人や、母子家庭の母など、非正規労働の収入で生計を維持する人がかなりの規模に拡大しているといわれます。こうした人たちは非正規雇用の賃金では貯えなども十分でなく、失業すれば即座に生活が困窮することはみやすい理屈です。

 それでは、どのような取り組みが必要でしょうか。非正規労働をなくすことは不可能でしょうし、それで問題ない人も多いわけですから、大切なのは必要な人に必要な支援がもれなく行き渡ることでしょう。

 具体的には、至急に必要な施策として生活のセーフティネットの整備があげられます。これに関しては、非正規労働には雇用保険の被保険者から外れる人も多かったため、そうした人たちもカバーするよう雇用保険の範囲が拡大されました。住居の確保に関する支援も始まっています。それでも洩れ落ちる人がいないかどうか確認し、必要であれば追加の支援が求められます。

 その上で、最重要なのは非正規労働であっても技能を蓄積し、能力を伸ばし、キャリアを形成していけるしくみ作りとその支援でしょう。技能やキャリアが高まっていけば、自然と賃金も雇用の安定もついてくると期待できるからです。

 まずは、職業訓練、能力開発への支援が求められます。現時点でも人手不足の職種・業種もありますし、景況が回復して求人が増えたときに何らかのスキルを有していれば再就職の条件もよくなるでしょう。今回の景気後退は長引くことも考えられますので、失業給付が終了してなお再就職できない人については、職業訓練やカウンセリングなどを受ける一定期間については生計費補助的な給付を行うことも検討すべきでしょう。また、海外の例をみると、訓練施設などでの職業訓練より企業でのOJTのほうが効果的だという結果もあるようですので、受け入れる企業に適切な助成を行ったうえで、民間企業での就労を職業訓練プログラムに取り込んでいくことも考えられます。

 また、現状では正社員と非正規労働者は仕事内容の面でも働き方の面でも違いが大きいことが、非正規労働者が正社員に変わりにくい一因という指摘もあります。そういう意味では、正社員と非正規労働者の間により中間的な雇用形態、たとえば5年を上回る7年、10年といった有期雇用や、勤務地や職種を限定したうえで当該勤務地や職種がなくなった場合には退職を予定する雇用契約などを可能にしていくことも考慮に値するものと思われます。

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