労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-02-18

[]労働政策を考える(8)マニフェストの非正規労働政策

「賃金事情」2570号(2009年9月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2009_09_05_H1.pdf

 7月下旬、8月30日の総選挙に向けて各政党がいわゆる「マニフェスト」を公表しました。本稿が掲載される頃には選挙も終わっているでしょう。

 民主・自民両党のマニフェストをみてみると、ともに非正規労働問題を取り上げているのですが、よくみると微妙に表現が異なっている部分があります。なにかというと、民主党が「正規・非正規にかかわらず、同じ職場で同じ仕事をしている人は同じ賃金を得られる均等待遇を実現する」としているのに対し、自民党は「パートや有期契約労働者の正社員転換、均衡処遇の取組みを支援する」となっているのです。双方のキーワードは「均衡処遇」と「均等待遇」と、非常によく似ているわけですが、なにが違うのでしょうか。

 これについては、2002年に発表され、現状のパート労働政策の方向性を示した厚生労働省のパートタイム研究会最終報告書『パート労働の課題と対応の方向性』が、「法制の内容について」という項で次のような整理をしています。

 「「均等処遇原則タイプ」とは、事業主に対し労働時間の長短による合理的理由のない処遇格差を禁止するものであり、これに対し「均衡配慮義務タイプ」とは、事業主に対して労働時間の長短による処遇の格差について均衡に向けた配慮を義務づけるものである。」

 つまり、これらはいずれも「正社員とパートの処遇格差に合理的理由を求める」という基本的な趣旨においては共通ですが、「均等処遇」では処遇格差に合理的理由がないとされれば賃金等の取り決めについて私法的に無効となるという強い効果を持つのに対し、「均衡待遇」は格差に一定の合理性がある場合も含め、パート労働者の処遇の改善という政策目的にてらして必要な配慮を企業に法的義務として求めるソフトローであるという違いがあります。

 もともと、パート労働者の賃金の改善を念頭においた「通常の労働者とパート労働者の賃金等の均衡」という考え方はかなり以前からあり、すでにわが国のパート労働行政の端緒ともいえる1984年の「パートタイム労働対策要綱」にも記載が見られます。これに加えて「均等処遇」が主張されはじめたのは、おもに大陸欧州諸国においてその法制化が進み、1997年にはEUパートタイム労働指令として共通のルールとなったことが背景にあります。それに先立つ1994年にはパート労働者の均等処遇を求めるILO第175号条約(パートタイム労働に関する条約)も採択されています。もっともこの条約の批准は現時点で11か国(わが国は未批准)にとどまっており、その求める内容の実現はなかなか容易ではないことがうかがわれます。大陸欧州諸国では職務概念が社会的に確立しており、職種ごとの賃金が産業別協約により存在し、これにより賃金と職務とのリンクが明確になっている分野が多いことから、均等処遇をルール化しやすい社会的環境にあるといえましょう。

 これに対して、わが国では正社員は長期雇用のもとに内部育成でキャリアを形成することから、職務や職種によって賃金を決めるのではなく、能力やその発揮された結果としての成果などによって賃金を決める部分が大きくなっています。また、賃金以外の労働条件においても、たとえば配置転換や海外を含む転勤の有無など、正社員とパート労働者では大きな相違があるのが一般的です。したがって、一時点では外形的に同じ仕事をしているとしても処遇が大きく異なることが普通にみられ、これは正社員とパート労働者、あるいは正社員と非正規労働の間だけに限らず、正社員相互の間においても存在します。さらに、従業員に対する報酬は賃金だけではなく、賞与や昇進昇格、配置、権限の付与なども報酬の一部となっています。これはまさに、企業がそれぞれの経営ポリシーにもとづき、能力開発への動機づけや意欲・満足度の向上のために「均衡待遇」の実現を重要な経営課題として推進しているということにほかなりません。

 このような人事管理はわが国社会に定着しており、かつその効率的な人材育成や柔軟な人員配置などがわが国産業の競争力を支えていることを考えれば、これを大陸欧州型の職種別賃金・労働市場に変更することは不可能というよりなく、したがってわが国で大陸欧州型の均等処遇ルールを導入する余地はないと考えられます。これを無理に導入した場合には、多くの場合企業は正社員とパート労働者の職務・職種の分離を明確化して対応するよりなく、結果的にパート労働者の職務・職種の固定化をもたらしかねません。

 そこで、前述のパートタイム研究会最終報告書は、正社員とパートの均衡待遇を実現するための「日本型の均衡処遇ルールの確立」を主張しました。具体的には、均等処遇の考え方も一部取り入れ、「同一職務の場合には、合理的理由がなければ処遇の決定方式を合わせる」というルールの導入を求めました。これがパート労働指針に織り込まれ、それを契機のひとつとして大手スーパーなどでパートと正社員に同一の賃金制度を適用する先進的な取り組みが進んだことは周知のとおりです。さらに、2007年のパート労働法改正にあたっては、これが法的に義務化されました。

 もっとも、この「合理的な理由」というのは、わが国の雇用慣行に適応して幅広く認められおり、改正パート労働法で均等処遇が義務化されているのは、労働時間の長短以外に一切違いがない、具体的には職務だけではなく残業や転勤、配置転換の有無といった人事管理、あるいは昇進昇格の可能性といったキャリア形成などがすべて同じケースに限られます。そこで、同報告書では均衡処遇の考え方を引き続き重視し、処遇の決定方式を別にする合理的な理由があるものの、現在の職務が正社員と同じケース等においては、幅広く均衡配慮措置を求めました。処遇に格差があることは認めつつ、そのバランスに配慮する、つまりあまりに大きな差はつけないように配慮してほしい、という考え方です。パート労働者などの意欲の低下につながりかねない大きな格差は企業の人事管理上も好ましいものではなく、この考え方も実態に適応したものといえましょう。この均衡配慮措置も2007年のパート労働法改正で努力義務化されました。

 こうした経緯をふまえて民主党・自民党のマニフェストをあらためてみてみると、民主党の「均等待遇を実現」については一応2007年のパート労働法改正ですでに一定の実現をみているといえます。「正規・非正規にかかわらず」としていますが、現実に正規と非正規とでは人事管理やキャリア形成に違いがあるのがほとんどであることを考えると、現状を拡大する余地はごく限られているでしょう。いっぽう、自民党の「均衡処遇の取組みを支援」についても、すでに政策的支援が行われているところではありますが、それをさらに強化しようという趣旨であれば、その必要性、可能性は高いかもしれません。

 とはいえ、民主党も自民党も背後にある思いは非正規労働者の賃金等を改善したい、というものでしょうが、それが基本的に外部労働市場での需給で決まる以上は、これを大きく上回る改善は期待しにくいでしょう。これに対しては、雇用創出の促進に加え、非正規労働者の能力を高め、より付加価値の高い仕事に従事できるようにしていくことで、賃金水準も雇用の安定も改善していく、というのが正攻法の取り組みではないかと思います。また、外部労働市場での時給の上昇が企業内で十分に反映されていない場合には、すでに一部で行われたように、春季労使交渉で労働組合が非正規労働者の時給の引き上げを要求するといった取り組みも重要になりそうです。

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