労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-02-19

[]労働政策を考える(9)解雇規制

きのうに続き、「賃金事情」2572号(2009年10月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2009_10_05_H1.pdf


 昨今の雇用失業情勢の悪化や、非正規労働の社会問題化を受けて、雇用対策、とりわけ若年雇用対策として「解雇規制の緩和・撤廃」を求める意見が一部からあがっています。最近の例としては、今年(2009年)4月に発表された規制改革会議の「平成21年度規制改革会議タスクフォース取組課題」にも「解雇権濫用法理の見直し」があげられています。常識的に考えれば、失業率が上がっているときに解雇規制を緩和したら、さらに解雇が増えて一段の失業率が上がるのではないか…と思われるわけですが、本当にそれが雇用対策になるのでしょうか。

 日本は国際的にみても解雇が難しい国だと言われていますが、これは日本で広く普及している長期雇用慣行と深い関係があります。日本企業では、事実上定年まで何らかの形で働く場を提供することを約束することで、企業に特有な(したがって他社では役に立ちにくい)技術やノウハウの蓄積や、生産性向上、人材育成への協力を得てきました。生産性向上や後進の育成に協力した結果、自分の雇用やポストが脅かされるようでは誰もそれらに取り組むはずがありませんから、定年までの雇用保障はその大前提だったわけです。したがって、それらに協力してきたにもかかわらず、企業が一方的に解雇を行うことは重大な約束違反であることから、解雇には正当な理由と社会的な相当性が必要であり、とりわけ労働者に非がないにも関わらず経営上の都合で解雇する整理解雇については、さらに厳しい要件が課されてきました。

 したがって、解雇規制の緩和は長期雇用の持つ利点を大きく損なう危険性があるわけで、企業としても単純に歓迎はできません。雇用調整が楽になってよかったね、では済まされない問題なわけです。したがって、経団連も旧日経連時代を通じて解雇規制の単純な緩和には一貫してネガティブないしリラクタントな姿勢を取り続けています。解雇規制の緩和を求めているのは、経営サイドというよりは規制改革に関与している有識者たちなのです。

 実際、こうした主張はかなり以前からみられ、たとえば1999年12月に発表された行政改革推進本部規制改革委員会の「規制改革についての第2次見解」においては、「解雇が困難であればあるほど,企業は採用を控える」「解雇規制は在職者には有利に働くが,これから企業に就職しようとする者や一旦企業を辞めて再就職しようとする者には不利に働く傾向がある」として、「解雇規制の在り方について立法化の可能性を含めた検討を行うことが適当であると考える」との見解が示されています。

 つまり、いわゆる正社員は解雇が強く規制されているので、仕事量が減ったときの調整が難しい、あるいは採用の失敗であまり良好でない人材を採用してしまっても解雇が難しいから、どうしても採用に慎重になってしまうのではないか、という考え方です。であれば、解雇を容易にすれば企業としても雇用調整や採用の失敗への対応が容易なので、安心して採用を増やすのではないか…という理屈になるわけです。また、解雇が増えればその分採用も増えるので、「これから企業に就職しようとする者や一旦企業を辞めて再就職しようとする者」には有利になるでしょう。実際、常用労働者の解雇規制の厳しい国ほど平均失業期間が長い、という国際比較もあるそうです。

 また、若年雇用対策としては、人件費が高い中高年を解雇すれば、人件費の比較的高くない若年をそれ以上に雇用できる、という主張もみられます。中高年が多い事業所では労働流入率、採用率、求人予定数が減少しているというデータもあるそうで、中高年の既得権を守るために若年が犠牲になっている、という表現が使われることもあります。

 しかし、これらの主張には疑問もあります。仮に解雇規制を緩和することで雇用が増えたとしても、その内容は変わってしまうからです。これまで安定的な雇用だった正社員も、解雇される可能性の高い不安定雇用になってしまうわけで、いわば「正社員の非正社員化」が起こるわけです。当然、人材育成なども後退しますし、長期雇用の持つ他のメリットも損なわれるでしょう。昨今、非正規労働が問題視されている大きな理由の一つがその雇用の不安定さであることを考えると、全体としての質の低下と引き換えに雇用の総量を増やすことが適当かどうかは大いに疑問です。とりわけ若年については、技能の蓄積やキャリア形成の観点から正社員としての雇用が望まれていることを考えると、これが問題の解決といえるとは思えません。

 また、中高年を解雇すればより多くの若年が雇用できる、という考え方にもかなり疑わしいものがあります。そもそも、中高年は若年の将来像ですから、若年にとって今は中高年が解雇されて自分の職が得られることは好ましいとしても、いずれは同様に自分自身のキャリアが後進のために断たれることになるわけです。それでも今現在職が得られるだけマシだという考え方もあるのでしょうが、しかしこのような職が魅力的なものとはあまり思えません。

 加えて、解雇規制が緩和されれば中高年が解雇されて若年に置き換わるということが本当に起こるかどうかも疑問です。なるほど、現に余剰人員を抱えている企業であれば、解雇規制が緩和されれば背に腹はかえられずに中高年の解雇に踏み切るかもしれません。しかし、多くの場合それはおそらく余剰人員が解消されるレベルか、せいぜいそれに加えて技能伝承のために必要なレベルにとどまり、それを上回る解雇を行ってその分若年を新規に雇用するということが起こるとは思えません。

 これはかなり単純な経済合理性の議論で、若年者は多くの場合未熟練なので、当初は教育コストがかかります。どの程度のコストがかかるかは人により仕事により異なるでしょうが、当分の間は企業の持ち出しになることが多いでしょう。しかも、高卒で5割、大卒でも3割が3年以内に退職するなど、若年の定着は決して良好とはいえません。せっかく教育したのに、それを回収する前に退職されてしまうと、また別の人を採用して教育をやり直さなければならなくなってしまいます。

 一方で、長期雇用慣行の下では賃金が貢献を上回っている中高年が存在することは事実でしょうが、1990年代後半以降、企業は「成果主義賃金」を導入するなどの取り組みによって、かなりの程度それを縮小してきました(副作用もまたあったでしょうが)。となると、中高年はそれなりに能力もあればノウハウも持っており、退職のリスクも低いわけで、賃金水準にこうしたさまざまな条件も加えて総合的に判断すれば、企業によっても異なるでしょうが、むしろ中高年を雇い続けるほうが合理的になる可能性が高そうです。解雇には他にもなにかとコストがついて回りますし、人が交替することで職場にかかる負担も大きく、実務的には中高年を解雇してまで若年に置き換えるということにはなかなか積極的になれないでしょう。

 このように、雇用対策として解雇規制を緩和することには疑問が大きいうえ、最初にも触れたように、現状では雇用失業情勢が非常に厳しく、本年度の経済財政白書では企業内の雇用保蔵は600万人と推計されています。こんな状態で解雇規制を緩和したらどうなるのか、常識的に考えて外れていることはないでしょう。理屈としてはあり得るのかもしれませんが、実情を考えると空論というよりなさそうです。

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