吐息の日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-03-23

[]労働政策を考える(13)公開会社法

「賃金事情」2581号(2010年3月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_03_05_H1.pdf

「2月5日に開催された法制審議会では諮問は行われず」と書いたのですが、校了後の2月24日に開催された法制審議会でしっかり諮問が行われ、掲載前からしおしおのぱーと相成ったのでありました。


 今年(平成22年)初め、千葉景子法務大臣が1月5日の閣議後の記者会見で、いわゆる「公開会社法」について2月に開かれる予定の法制審議会に法制化を諮問する方針を表明し、「会社の運営のあり方、情報開示の問題など問題は様々ある。議論を前向きに進めたい」と語ったとの報道がありました(平成22年1月6日付日本経済新聞朝刊)。民主党は昨年、総選挙に先立つ7月17日に発表した「民主党政策INDEX」の一項目として「公開会社法の制定」を掲げ、「株式を公開している会社等は、投資家、取引先や労働者、地域など様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められます。公開会社に適用される特別法として、情報開示や会計監査などを強化し、健全なガバナンス(企業統治)を担保する公開会社法の制定を検討します。」と記載していました。もっとも、現実には2月5日に開催された法制審議会では諮問は行われず、民主党の関連議員は昨年秋の段階で「2〜3年かけて制定」と発言してもいるようですので、おそらくもう少し時間をかけての検討となるのでしょう。

 上場会社等のコーポレート・ガバナンスを特に規律付けする公開会社法制が必要であるとの意見は以前からありました。金融庁の金融審議会「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」では、平成20年10月から「上場会社等のコーポレート・ガバナンスのあり方について」もっぱら金融・資本市場の問題点をふまえて検討されましたが、その中でも公開会社法の必要性が議論されています。しかし、結果的に昨年6月にとりまとめられた報告では「会社法と…金融商品取引法との適切な組み合わせの中で、株主・投資者の保護を図ってきたところであり」「現在直ちに、例えば、「公開会社法」といった法律を整備するということについては、なお克服すべき課題があるとの指摘があろう。」と述べるにとどめられています。

 いっぽう、昨年7月の日付がある民主党公開会社法プロジェクトチームの「公開会社法(仮称)制定に向けて」という資料をみると、企業集団法制の整備など金融庁のスタディグループと共通する内容も含まれていますが、会社法と金融商品取引法の並立を問題視し、「改正会社法下の政府の政策が、企業経営者の自由化のみを一方的に推し進め、それに伴うべき責任と規制のあり方が不十分」「「会社は株主のもの」として、短期の配当性向を過度に高めることを強要する動きが、企業の健全な発展や社会の安定の妨げになっている」など、「資本市場が要求する企業統治を実現する」とはしつつも、「企業の健全な発展や社会の安定」といった観点もふまえて、公開会社法の制定を求めています。この背景には、金融庁のスタディグループが「資本市場の主役は究極的な投資者である個人=市民である」と考えるのに対し、民主党のプロジェクトチームは資本市場、企業、市民とをそれぞれ別個のものとして捉えているという違いもあるでしょう。

 その提案は多岐にわたりますが、労働政策という観点から注目されるのは「監査役の一部を従業員代表から選任する」としている点です。ここでも、金融庁のスタディグループの報告書が監査役の機能強化について述べる中で、その独立性・外部性を強調し、従業員代表については一切言及していないこととの対照は際立っており、両者の考え方の違いが現れているように思われます。

 これに対しては賛否両論があるようですが、海外に目を向ければ監査役会などへの従業員代表の参加を法定している国はそれほど珍しいわけではなく、大陸欧州や北欧では多くの例がみられます。有名なのはドイツで、大企業では監査役会の2分の1が従業員代表です(議長は株主代表なので、賛否が分かれた場合は株主が優越できます)。ただし、ドイツでは大企業でも有限会社(GmbH、日本の有限会社とは一部異なる)形態をとることが多い理由の一つとして、こうした監査役会の構成をあげる意見もあるようです。他にも、オーストリアやデンマークなどでは原則として監査役会の3分の1が従業員代表とされていますし、スウェーデンでは取締役会に従業員代表の選出が法定されています。わが国におけるあり方も、わが国経済・社会や企業経営の実情を踏まえて、長短を総合的に勘案すべきものでしょう。

 監査役会に従業員代表を加える意義は、それが企業の重要なステークホルダーである従業員を代表し、その利益が軽視されることのないように取締役会を監視することにあるということになるのでしょうか。民主党議員の一人が自身のホームページ上で「株主への配当を減らして従業員の賃金を引き上げる」ことをそのメリットとする趣旨の意見を表明して物議を醸しましたが、連合が昨年6月に発表した「制度・政策要求と提言」においても「多様なステークホルダーの利益への配慮も含む企業統治や企業再編時の労働者保護を実現するための会社法制を整備する。また、企業の不祥事や法令違反を抑止するために、監査役・監査委員会の構成員に労働組合代表あるいは従業員代表を含める」とされています。「多様なステークホルダーの利益への配慮」というのは、端的にはこの民主党議員の言うようなことでもあるのでしょう。ただ、監査役会での議論がこうした目先の利益分配ばかりに終始してしまうとなると、その企業の先行きになにやら暗雲漂ってくるような気配も感じるわけではありますが。

 「企業再編時の労働者保護を実現する」との指摘も興味深いところです。連合としてはこれは従業員代表監査役を通じてではなく、より直接的な法整備によるということのようですが、しかし従業員代表監査役にもそうした役割が期待されることになるでしょう。実際、平成17年のライブドアによるニッポン放送買収事件はまだ記憶に新しいですが、合併や経営統合などによる企業再編に従業員が反対する例は多くみられ、それによって頓挫するケースも存在します。これは経営陣からみると経営判断の自由度が制約されるということでもありますが、逆にみれば従業員代表監査役が一種の企業防衛策として機能する可能性があるということでもあるかもしれません。

 そして連合は、「企業の不祥事や法令違反を抑止する」ことを「監査役…に労働組合代表あるいは従業員代表を含める」ことの目的としています。もちろん、不祥事や法令違反は企業経営へのダメージを通じて従業員の不利益につながる可能性が高く、従業員代表監査役がこれを厳格に監視することはもっともなことと申せましょう。これはつまり企業内苦情処理のしくみとして従業員代表監査役が機能するということになります。これが外部に対する内部通報を代替するのであれば、経営陣にとってもむしろ歓迎すべきものかもしれません。

 もっとも、こうした従業員代表監査役の役割は、いずれも労働組合の重要な役割であることも間違いなさそうで、必ずしも監査役制度によらなくても、労使協議を通じて実現していくことが十分に可能なようにも思われます。公開会社法は上場企業が主たる対象となるわけですから、大方は一定の規模を有し、経営もそれなりに安定しているものと思われます。また、わが国においては経営陣の多くは元従業員であり、従業員の事情にも相当の理解があるでしょう。

 そう考えると、経営判断の遅れや自由度の低下といった弊害も考えられる従業員代表監査役の導入を急ぐよりは、まずは労使協議制の強化・充実を進めることのほうが望ましいとの考え方も十分あり得ると思います。民主党は2〜3年をかけるとのことですが、ぜひ拙速は避け、慎重な検討をお願いしたいと思います。

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