労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-04-08

[]現場からみた労働政策(9)ワークライフバランスで見過ごされがちなこと

「労基旬報」1428号(2009年12月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。この連載は終了していますので、とっとと転載も進めないと(笑)

http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/backnumber2009.html


ワーク・ライフ・バランス論議で見過ごされがちなこと

 ここ数年、「ワーク・ライフ・バランス」が注目を集めています。さきの衆院選の際に現与党の民主党が提示した「政権政策マニフェスト2009」にも「全ての労働者が1人ひとりの意識やニーズに応じて、やりがいのある仕事と充実した生活を調和させることのできる「ワークライフバランス」の実現を目指す」とうたわれていますし、「民主党政策集index2009」にも「すべての労働者が、仕事と家庭生活の両立、健康確保、地域活動、自己啓発など、一人ひとりの意識やニーズに応じて、ワークライフバランスを保つことのできる社会、すなわち、男女ともに仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会を目指します」と書かれています。たしかに、この文言をみれば、それを「目指す」ことには異論は少ないでしょう。

 実際、これについては自民党・公明党連立政権時代の2007年頃から重要な政策トピックスと位置づけられ、たとえば労働市場改革の観点からは経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会が、少子化対策の観点からは「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議が、あるいは男女共同参画の観点からは男女共同参画会議仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会が、それぞれに検討や提言などを行ってきました。そして、経済財政諮問会議のいわゆる「骨太の方針2007」で、これらを踏まえて「仕事と家庭・地域生活の両立が可能なワーク・ライフ・バランスの実現に向け、「ワーク・ライフ・バランス憲章」及び「働き方を変える、日本を変える行動指針」を策定する」とされ、仕事と生活の調和推進官民トップ会議が設置され、年末には「憲章」と「行動指針」が策定されたわけです。それ以降も部会やワーキンググループの活動は続いており、本年(2009年)8月には現状をとりまとめた「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)レポート2009」という大部の報告書も発表されました。行政による各種施策も幅広く展開されており、内閣府の取りまとめによれば平成20年度の関連主要事業総額は6,600億円にのぼるとのことです(もっとも、先般の「事業仕分け」においては平成20年度に約10億円を支出した「仕事と生活の調和推進事業」が「予算計上見送り」となっていますが)。

 そこでこの「レポート2009」をみると、仕事と生活の調和の実現に向けて、各主体(政労使・国民)で様々な取組が行われてきており、数値目標14項目のうち検証可能(目標設定時より新しいデータがあるもの)な11項目のうち10項目で改善がみられるとされています。ただし、年次有給休暇取得率や男性の育児休業取得率等については「改善のテンポが緩慢」とされているほか、経済・雇用情勢の急速な悪化により、非正規雇用に対するセーフティネットの強化などが課題として浮上しているとの認識も示されています。

 今後の課題としては、企業による取組の実効性確保のための環境づくり、仕事と生活の調和に取り組む企業や人への支援、働くことによる経済的自立の実現、健康で豊かな生活のための時間の確保、および多様な働き方・生き方を選択可能にすることがあげられ、それに対する具体策も多数提示されています。非常に多数かつ多岐にわたるため、ここでは個別にはコメントしませんが、議論の全体にわたる問題として往々にして忘れられがち、あるいは考慮されにくいポイントがいくつかあるように思われます。

 民主党がいうようにな「仕事と家庭生活の両立、健康確保、地域活動、自己啓発など、一人ひとりの意識やニーズに応じて、ワークライフバランスを保つ」ことを実現させるには、現実問題として労働時間を短くすることが必要になってくるでしょう。「レポート2009」が「健康で豊かな生活のための時間の確保」を掲げているのも、ごく大雑把にいえば労働時間ではない時間を確保する、すなわち労働時間を短くするという趣旨でとらえられるのではないでしょうか。要するに、働く時間は短く、しかし生活は豊かに、ということで、それが望ましいことは間違いないにしても、本当に実現可能かどうかといえば疑問を感じる人も多いのではないでしょうか。

 ごく単純に考えて、時給2,000円で1日9時間働いていた人が1日7時間しか働かなくなれば、時間外割増が25%として一日の賃金は18,500円から14,000円に減少します。当然ながら、生活水準はその分低下せざるを得ません。最終的には織り込まれなかったものの、「憲章」の検討過程では数値目標として残業を半減するというアイデアもあったようですが、これはすなわち残業代の半減に直結するわけで、自由時間が増えているのだからそれでいいよ、というのであれば問題はありませんが、そうではないから「健康で豊かな生活のための時間の確保」が課題になるのでしょう。となると、労働時間を短くして賃金を維持するためには、それに相当する生産性向上を実現する必要があります(実際、私たちは過去ずっと生産性を向上することで労働条件を改善してきたわけです)。一応、「憲章」や「行動指針」には生産性の向上を支援するという発想は見られますが、しかし本当にどれだけの生産性向上が実現できるのかが検証されている気配はありません。

 それだけではありません。法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授は、毎日新聞のインタビュー記事で「ワーク・ライフ・バランスというと、短時間勤務とか、在宅勤務をイメージされがちですが、長時間労働や残業を減らし、有給休暇をきちんと取ることが重要です。…ただ、残業をなくすには、利便性を追い求めてきた社会全体の発想の転換が必要です。24時間営業のコンビニエンスストアが早く閉店しても仕方ない。そのくらいの覚悟が必要になります」と述べています(平成18年7月6日付毎日新聞朝刊)。実際、労働時間が短いとされている大陸欧州諸国を見ると、一方で消費者向けサービスの営業時間も短く、休日営業も少ないという実態があります。わが国には本家アメリカの2倍以上のセブン・イレブンが24時間・365日営業しているそうですが、労働時間を大幅に短くするためには、こうした生活の利便性、消費生活の豊かさといったものは相当程度犠牲にせざるを得ないでしょう。実は、「憲章」には一応、国民の役割として「消費者として、求めようとするサービスの背後にある働き方に配慮する」というまことに遠回しな文言もあることはありますが、これが具体的な政策に結びついている形跡はありません(啓発活動などには織り込まれているのかもしれませんが)。

 90年代はじめ、連合が労働時間短縮に取り組んだ際には、異論はあったものの、組織としては「労働時間短縮による一定の減収はやむなし」との意思統一がはかられていました。今回のワーク・ライフ・バランスの論議においても、その推進が重要な課題であればこそ、こうした面を見過ごしにせず、現実的な議論を深めていく必要があるのではないでしょうか。

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