ホンダ、中国の工場を週明けも停止 ストの影響続く

ホンダの中国の現地法人で大規模な労働争議がありました。

 ホンダは28日、中国の変速機工場で続くストライキの影響から、完成車を生産する中国の全工場の稼働を週明け31日も停止することを決めた。6月1日以降については引き続き労使協議を続け、31日までに決定する。工場再開に見通しが立たず、影響が拡大していることから中国の国外にあるホンダの工場から変速機の調達をする検討に入った。
 ストライキが続く広東省仏山市のホンダの変速機工場では28日、ストに参加した従業員らがホンダが提示した昇給案では満足できないと主張した。「日本人駐在員との給与格差が大きすぎる」との不満の声も上がった。
(平成22年5月28日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=9695999693819696E0EAE2EB968DE0EAE2E7E0E2E3E28698E2E2E2E2;b=20100529

ちなみに、本日(6月1日)の朝刊では「366元(約4900円)の賃上げ額」「実質的に約2割の賃上げ」を提示したことで、「大半の従業員は会社提案に合意し、一部の工程で生産が再開した」と報じられていました。解決に向かっているようで、まずはご同慶です。
さて、この記事で注目されるのは「「日本人駐在員との給与格差が大きすぎる」との不満の声も上がった。」という部分なのですが、これに関しては産経新聞のウェブサイトが少し詳しく報じています。

 中国広東省仏山にあるホンダ系の自動車部品工場で賃上げを求めて従業員らが行っているストライキで28日、中国人従業員らが日本から派遣された駐在員との「50倍」という給与格差問題をやり玉に挙げ、経営側を突き上げていることが分かった。
 江西省の衛星テレビなどが同日伝えたところによると、ストが起きている「本田自動車部品製造」の女性従業員が手取りで月額平均約1千元(約1万3500円)なのに対し、駐在する日本人技術者は同5万元。従業員らは経営側に日本人の給与を公表するよう迫ったという。
 中国では年内にも「同一労働同一賃金」を柱とする「賃金法」の成立が見込まれており、中国人従業員らはこうした法整備をにらみながら労使交渉を進めているものとみられる。
 部品工場のストには1千人以上が参加。経営側は約350元(約4700円)の賃上げを提示したものの、従業員側は拒否した。賃金の倍増となる1800〜2000元への引き上げを求めており、交渉は難航しているようだ。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100529/biz1005290806001-n1.htm

ホンダの「日本人技術者は同5万元」とのことで、これは(記事では1元=13.5円で計算していますが)安く見積もって1元=13円で閑散しても65万円になります。しかも「同5万円」の「同」は「手取りで月額平均」ですから、額面だと80万円は超えるでしょう*1。ホンダは賞与が多いので、年収だと1,500万円くらいでしょうか。大企業とはいえ製造業ですから、これは部長か部次長クラスではないでしょうか。海外駐在ということで特別な手当とかが支給されているのであれば、課長クラスでもこのくらい到達するのかもしれませんが、いずれにしてもマネージャークラスのエンジニアということになります。いっぽうでストライキに参加しているのは現業部門の技能工ですから、さすがにこれらを比較して50倍とか「同一労働同一賃金」とかいった議論をするのは的外れと申せましょう。
いっぽう、IMF-JCの春闘の資料によれば(http://www.imf-jc.or.jp/spring/2010spring/shiryou/20100325.pdf)ホンダの中堅技能職(たぶん35歳)のポイント賃金は347,600円、賞与は組合員平均2,073,000円となっています。これは単純に足し算することはできないのですが、まあ平均的なところで年収600万円前後というセンでそれほど大きく外れてはいないでしょう。もちろん実際の年収はこれに残業代や深夜勤務手当やらが乗ってくるでしょうし、福利厚生の違いなんかも大きいわけですが…。
日本でもホンダの部品メーカーはホンダほど賃金水準が高くないだろうことや、中国法人の現業労働者は日本の組合員よりかなり若いと思われることなども考え合わせて、とりあえず大雑把に目分量すれば、「同一労働*2」での日中のホンダの賃金格差は20倍もない、10倍台なかばといったところではないでしょうか*3。さらに今回2割賃上げするとなると、格差は10倍台の前半になるかもしれません。
まあそれでも大差ですが、それにしても中国沿海部への日本企業による投資が急拡大した当時には中国の人件費は日本の30分の1とか20分の1とか言われていて、それを売り物に外資を呼び込んでいたわけです。しかも、当時は「中国は内陸部に無尽蔵の労働力が存在するから、韓国やASEAN諸国でみられたような賃金の上昇は当分の間は起こらない」「したがって中国は韓国やASEANとは比較にならない大きな脅威である」といった論調も普通にみられました。それを思うと隔世の感がありますが、中国もいまや人件費の圧倒的な競争力だけで勝負するという段階を過ぎつつあるのかもしれません。
というのも、いくつかの報道(たとえばhttp://jp.wsj.com/Business-Companies/Autos/node_66358とか)をみると、どうやら現在の中国沿海部における外資の賃金水準は必ずしも生計費に対して十分に高い水準ではなくなっているように思えるからです。これは当然ながら賃金に上昇圧力を加えるでしょう。
しかも、上の産経の記事によれば、現地事情に詳しい関係者は「経済発展と一人っ子政策の結果、労働者にとって“売り手市場”になっている」と指摘しているそうです。内陸部の無尽蔵の労働力という話はどうなったんだ、という感じはしますが、しかし現実に人手不足であればこれまた当然ながら賃金は上がらざるを得ないでしょう。
実際、すでに低賃金を追求する企業はとっくに中国の工場をたたんでベトナムなどに進出しているわけで、中国政府は労働者の権益拡大に熱心なようですが、あまりやりすぎると企業が逃げ出して雇用が失われますよ、という各国共通の現象がここでも拡大するかもしれません。

*1:これは地方税がどうなっているかなどよってかなり変動するでしょうが

*2:これをどう定義するかが大問題で、年齢なんか関係ないじゃないかという議論もあるでしょうが、ここではあまり深く考えないことにします。

*3:これも議論しはじめればそもそも現行の人民元のレートがどうなのか、購買力を考慮すべきかといったことも問題になるでしょうが、やはりあまり深く考えないということで(笑)。

ILO総会 厚労相ではなく戦略相を派遣へ

これは5月30日の日経から。これはかなり変則的な状況ではないかと思うのですがどんなものなのでしょう。

 政府は29日、6月にジュネーブで開く国際労働機関(ILO)総会に、仙谷由人国家戦略相を派遣する方向で調整に入った。これまでは労働政策を担当する厚生労働副大臣らが出席するのが通例で、厚労省の閣僚級が参加しないのは初めてとなる。6月16日に会期末を迎える今国会の終盤情勢を見極めて正式に決める。
 厚労分野では年金制度改革やB型肝炎訴訟への対応など、戦略相が主導するテーマが目立つ。戦略相のILO派遣について、厚労省内からは「長妻昭厚労相の閣内での発言力の弱さが反映した人選」との指摘もあがる。連合など労働組合と距離を置く厚労相の派遣に、連合側が難色を示したとの見方も多い。
 戦略相は政府の緊急雇用対策本部の本部長代行を務めており、ILO総会では政府を挙げて雇用対策に取り組む姿勢を強調するという。
(平成22年5月30日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=9695999693819481E0EBE2E2E18DE0EBE2E7E0E2E3E28297EAE2E2E2;b=20100530

「緊急雇用対策本部の本部長代行」が出席して「政府を挙げて雇用対策に取り組む姿勢を強調する」のはもちろん大事でしょうが、それにしても厚労相もいっしょに行けよと思うわけで。もっとも、記事にもあるように、舛添前厚労相が出席していたかというとそうでもなく、昨年は当時の渡辺孝夫厚労副大臣が出席するなど、副大臣の出席が恒例になっています。今回は誰にせよ「大臣」が出席するということですから、例年にない力の入りようには違いありません。「緊急雇用対策本部」という枠組みで考えるなら、仙石大臣は記事にもあるように本部長代行、長妻厚労相は他の関係閣僚と並んで副本部長*1という位置づけなので、より格上の大臣が行くという形にもなってはいます。
そうはいっても、やはり仙石大臣が行くのに厚労閣僚が行かないというのは不自然な感じがします。まあ、労働担当の細川厚労副大臣社民党の連立離脱という状況の中で、会期末にかけて派遣法改正を通さなければならないこの時期にILO総会どころではないというのはあるでしょうが、とりあえず労働担当の政務官*2である山井和則氏が行けないという事情も考えにくいものがあります(官僚答弁禁止で国会審議の都合とかいうのがあるのかもしれませんが、それにしても厚労相がいれば問題ないはずではないかと思いますが…)。記事には「連合など労働組合と距離を置く厚労相の派遣に、連合側が難色を示したとの見方も多い」とありますが、それにしても山井政務官は行けばいいのではないかと思いますが…。
案外、「政府を挙げて雇用対策に取り組む姿勢を強調する」と言いながら、その実は派遣労働者の職を奪う派遣法改正などの逆噴射政策を推し進めている現状では、厚労閣僚としてはいまひとつILOで理屈の通った話をする自信が持てない、だから仙石大臣お願いしますよ…ということだったりして…いやさすがにそんなことはないか。今回も厚労官僚はたくさん行くようですし…。ちなみに話は変わりますが、日本代表団の構成をみると政府側が18人、労働者側が11人に対して使用者側はわずか4人となっています。政府側が多いようですが、半数近くは現地のレーバー・アタッシェです。労働者側は連合の古賀会長をトップに、代表団以外にも多数の活動家が現地入りするのに対し、使用者側は経団連の讃井常務理事プラス経団連事務局幹部3人です。いや讃井常務理事が悪いというわけではありませんが、しかしここまで力の入り方が違うというのはどんなものなのでしょう。旧日経連時代にはここまでではなかったはずですが…。
ときに、記事は「連合など労働組合と距離を置く厚労相の派遣に、連合側が難色を示した」と推測していますが、長妻氏大臣は連合とも疎遠なんでしょうか?まあ、特に近いということはないでしょうし、そういえば社保庁職員の雇用問題でやりあう場面もあったかなあとも思うわけですが。しかし、そんなことで連合が大臣のILO総会出席を拒みますかねぇ?いずれにしても、長妻大臣は経団連とも疎遠なようですし、官僚との関係はいわずもがなですから、まことに孤立したお立場のようで、とはいえご自身で好んで招いた立場でしょうからそれほど同乗する気にもなれませんが…。

*1:ちなみに本部長は鳩山首相、本部長代行は仙石大臣と菅副総理、副本部長は厚労相のほか内閣官房長官総務相財務相(菅氏兼務)、文科相農水相経産相国交相環境相、金融担当相、少子化対策担当相となっています。

*2:まあ、山井氏は労働担当といっても得意分野は福祉のほうなのではありますが。