吐息の日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-06-25

[]労働政策を考える(14)休暇の分散化

「賃金事情」2583号(2010年4月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_04_05_H1.pdf


 国土交通省の「観光立国推進本部休暇分散化ワーキングチーム」の第2回会合がこの3月3日に開催され、5月・10月にそれぞれ3日間(週末とあわせて5日間)の休暇を地域ブロック別に分散して設定することが提案されました。「国民の祝日」のうち、いわゆるゴールデンウィークの憲法記念日(5月3日)、みどりの日(5月4日)、こどもの日(5月5日)と、ハッピーマンデーの海の日、敬老の日、体育の日については「休日ではない記念日」として、その分の休日を新たに地域別に分散して設定する休暇にあてる、というものです。地域ブロックは「北海道・東北・北関東」、「南関東」、「中部・北陸信越」、「近畿」「中国・四国・九州・沖縄」の5つとされ、5月の休日は南から、10月の休日は北から順に設定されます。設定方法は毎週月〜水曜日に5週間にわたって設定するパターンと、月〜水曜日、水〜金曜日に分けて2週間半で設定するパターンとが提示されています。

 観光立国推進本部が提案する話なので、趣旨は第一に観光の促進、観光産業の振興というところにあるようです。会合に提出された資料をみると、その効果として「ピーク需要の平準化による旅行料金の低廉化」「交通渋滞や混雑の緩和による移動時間の短縮化」「環境負荷の軽減、混雑解消によるインフラ投資の効率化」などが掲げられています。つまり、現状では全国一斉に休んでいるため、その時期は観光地も道路も交通機関も混雑するし価格も高くなるから結局は満足な観光ができず、それなら出かけないという人もいるだろう。いっぽうでそれ以外の時期は閑散としてしまっていて、ピーク時にあわせて設備投資をすると稼働率が悪い。だったら、休暇を分散させれば、その分混雑もマシになり価格も下がり、結果として出かける人も増えるだろうし、ピークが低くなれば設備投資も少なくてすむし稼働率も上がる…ということでしょう。面白いのは効果の一つとして「観光地における雇用の安定化」があげられていることです。「雇用の増加」ではないのか、とも思うわけですが、意味するところはピーク需要が高く短く発生するとそこに対応するためにその期間だけの非正規労働者を雇用せざるを得ないが、それがなだらかに長くなればその時限りの非正規労働が減り、正社員が増えるのではないか…という思惑のようで、であればなるほど「安定化」ということになるでしょうか。

 さて、観光という観点からは休暇の分散化のメリットは大きいようですが、これは当然ながら企業の人事管理とも深くかかわってくる問題です。もちろん、連続した休暇を設定して娯楽や休養にあてるということ自体は人事管理上もたいへん好ましいことでしょうが、いっぽうでこれに対応するための人事管理の課題もまた多いように思われます。

 まず、全国展開している大手企業では、特定の地域の拠点だけが休業するということが事業上可能かどうかという問題があります。単純な話、全国の支店から担当者を集めて会議を開く、ということがやりにくい期間が年に2か月程度できてしまうわけです。あるいは、東京に本店がある都市銀行で、各地の支店は営業しているのに本店と首都圏の店舗だけが休業することが可能なのか、東京証券取引所の稼働日に証券会社の大阪支店が休業できるのかなど、さまざまな問題が想定されます。

 また、大手製造業の場合は、全国各地に事業所が展開され、それぞれの事業所が全国各地から部品や資材などを調達しています。逆に、一つの部品メーカー、資材メーカーが全国各地の事業所に納品しているケースも一般的です。地域別に異なる休日を設けると、地域をまたいだ物流がきわめて煩雑となり、混乱を招く可能性もあります。中間在庫の増加なども余儀なくされ、物流効率の相当程度の低下がもたらされる危険性は否定できません。また、当然ながら一時的な労働力需要も発生するでしょうから、観光産業で非正規労働が減った分、物流産業で非正規労働が増えてしまうということになるかもしれません。

 結局のところ、複数地域に納品している部品メーカー・資材メーカーは、納入先の稼働日にあわせて稼働せざるを得ず、結局休日が確保できなくなってしまう危険性も高いように思われます。現在でもすでに、業界内のセットメーカーの休日が異なるために部品メーカーなどの休日が十分に確保できないという問題があり、産別組織の中には業界内の休日の統一に取り組んでいる例もあります。

 こう考えると、多くの企業では分散された休暇の設定にかかわらず、それぞれの企業において働きやすく休みやすい勤務日割を労使協議によって設定することにならざるを得ないと思われます。となると、多くの地域で企業の休日と地域の休日とが一致しなくなることになり、観光という面でも家族がともに過ごす休日という面でもかえって好ましくないという結果になりかねません。

 また、この地域割の具体的内容は明らかではないのですが、資料に記載された人口から推測すると、たとえば「南関東」は東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県ではないかと思われます。しかし、茨城県取手市や栃木県小山市、山梨県上野原市などは東京都心への通勤圏内であり、特に茨城県内の常磐線沿線からは相当数の人が都心へ通勤しています。こうした場合は、近隣で就労する共働きの配偶者や子どもの学校と休日が異なることになってしまいますので、通勤圏に配慮した地域割が望まれるところです。同様に、単身赴任等で家族と異なる地域で就労している労働者も、自らの休日と家族の休日が一致しないという事態が発生します。

 このように、企業の人事管理の立場から考えると、残念ながら今回提案された休暇の分散化はあまりうまくいきそうな印象がありません。これはおそらく、事業所などの企業組織を一斉にストップさせて休ませようとしているところに問題があるように思われます。

 休暇の分散化をはかるのであれば、それは企業組織単位ではなく、個人単位で促進することが望ましいのではないでしょうか。具体的には、連続した年次有給休暇を各人が分散して取得することにより、企業組織は稼働させながら個人の休暇を確保するわけです。

 具体的には、これはこれで様々な課題はあるでしょうが、学校の夏休みをたとえば「7月中心」「8月中心」「9月中心」などと分散させ(別の学校に通う兄弟の休日が同一となるようなくふうが必要)、子どもの休みのどこかで親が数日連続の年次有給休暇を取得するといった方法も考えられます。各職場で年初めなどに各人の取得日を調整して事前に予定しておけば、生産計画や人員計画もそれを前提に策定することができ、業務上の支障は大きくはならないでしょう。年次有給休暇の計画的付与なども活用しながら、労使で主体的に進めることが期待されます。あるいは、さらに踏み込んだ取り組みとして、この分に限っては思い切って時季指定権を使用者に移行し、取得させることを使用者の義務とすることも考えられるかもしれません。わが国の年次有給休暇取得ははかばかしくなく、その取得促進にもつながるでしょう。

 いずれにしても、休暇の分散化は企業活動だけでなく社会的にも大きな影響が想定されるものであり、拙速は避け、さまざまなアプローチで十分慎重に検討を重ねてほしいと思います。また、実施にあたっても、まずは1〜2の地域に限定して導入して結果を検証するといったプロセスが必要となるでしょう。

[]伊藤守『コーチングの教科書』

戦略的人材マネジメント研究所代表の楠田祐さんから、伊藤守『コーチングの教科書』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

コーチングの教科書

コーチングの教科書

楠田氏はわが国賃金理論の泰斗、楠田丘氏のご子息ですね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100625