労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-11-08

[]労働政策を考える(20)有期労働契約の入口規制

「賃金事情」2594号(10/5号)に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_10_05_H1_P3.pdf


 この9月10日、厚生労働省の「有期労働契約研究会」の報告書が発表されました。この研究会は昨年(2009年)2月に設置され、18回にわたる会合が開かれたほか、独自の実態調査も行われています。今年の3月には、多岐にわたる論点を整理した中間報告がとりまとめられ、発表されました。

 今回の最終報告では、中間報告からさらに踏み込んだ見直しの方向性が示されるかどうかが注目されましたが、結果としては諸外国の事例などの新しい内容がいくつか追加されるにとどまり、明確な方向性は示されませんでした。具体的な検討は、今後労使の参加する審議会の場に委ねられることになります。論点は多いのですが、主要なものとしては有期労働契約に正当な事由を求めるなどの「入口規制」、更新回数や利用可能期間の上限の設定、現在判例法理として成立している雇止め法理(解雇権濫用法理の類推適用)の明文化などの「出口規制」、そして正社員など期間の定めのない労働者とのバランスのとれた待遇を求める「均衡待遇」の三点があげられます。

 この議論の難しさは、有期労働契約のあり方が、期間の定めのない雇用のあり方と密接に関連しており、その見直しが労働市場や企業の人事管理全般に対して影響を与える可能性があることでしょう。報告書にも「本研究会は、正社員に適用されるルールそのものを論ずる場ではないが、正社員に適用されるルールとの関係や正社員の在り方も含めた雇用システム全体への影響にも留意すべきである」との記述があります。

 周知のとおり、わが国では正社員については長期雇用のもと、企業内のOJTを中心に長期間をかけて人材育成を行う人事管理が普及・定着しています。こうした慣行のもと、労使はともに正社員の解雇を極力回避するようになり、法制度上も解雇は規制されています。いっぽう、企業は景気変動などによる業務量の変化に適切に対応する必要があり、一部分は時間外労働などの増減で対応しますが、それで対応しきれない分については、契約期間満了で雇止めが可能な有期労働契約を活用することで対応することになります。こうして、従来から有期労働契約は長期雇用慣行の重要な一部となってきました。

 バブル崩壊以降、企業組織の拡大が鈍化したことで、有期労働契約の役割は一段と大きくなりました。1995年に当時の日本経営者団体連盟(日経連)が発表した『新時代の「日本的経営」』は、新しい雇用慣行の考え方として、従業員を従来の正社員である「長期蓄積能力活用型」、高度な専門性のニーズに応える「高度専門能力活用型」、および「雇用柔軟型」などのタイプに分け、各企業が自らにとって最適な割合を実現しようという「自社型雇用ポートフォリオ」を提示しました。これは一部で誤解を受けているような「長期雇用を放棄した」ものではなく、むしろ「これまでに確立された長期継続雇用が崩壊する方向にあるとみる向きもあるが、それは正しい理解の仕方ではない」「それ(新しい雇用慣行)は長期継続雇用の重視を含んだ柔軟かつ多様な雇用管理制度」など、長期雇用を引き続き重視する姿勢を明示しています。ただし、それ以前のように企業組織が拡大するトレンドにある中では、一時的な人員過剰は相当部分が企業の成長によって吸収されてしまうことが期待できましたが、それが鈍化する中では、従来以上に有期労働契約の割合を高め、人員数を調整する余地をより多く確保することが必要になったわけです。

 実際、2009年に発表されたリクルートワークス研究所の「雇用のあり方に関する研究会」の報告書をみると、5年毎に実施されている総務省の「就業構造基本調査」を特別集計した結果が示されています。2007年には「常用・非正規雇用」(雇用契約期間に定めがないもしくは雇用契約期間が1年以上の非正規社員)が21.7%、「臨時・非正規雇用」(雇用契約期間が1年未満(日雇を含む)の非正規雇用者)が10.9%となっていて、ほかに派遣労働者(これは派遣会社の正社員である派遣労働者も含みます)が3.0%となっています。20年前の1987年には、これが順に12.6、6.9、0.2%となっていて、増加したのはもっぱら常用・非正規、つまり報告書によれば「くりかえし労働契約が更新され、結果的に勤続年数が長期にわたる常用・非正規雇用者が増加した」ことがわかります。有期労働契約研究会の最終報告もこうした実態について「…約7割の事業所が雇止めを行ったことがないとしている。結果として、雇用する労働者について、平均の契約更新回数が11回以上とする事業所や平均の勤続年数が10年超とする事業所も1割程度見られるなど、一時的・臨時的ではない仕事についても有期労働契約の反復更新で対応している実態も見られる」と指摘しています。一時的ではなくより長期的な、「いざという時に」雇止めができるようにという趣旨で有期労働契約を利用する例が増えているわけで、そういう意味では2008年のリーマン・ショック後にその雇止めが多発したのも自然な成り行きだったといえましょう(契約期間中の解雇が発生したのは大きな問題でしたが)。

 もっとも、それで本当に「いざという時に」雇止めが可能かというと必ずしもそうではなく、一定の有期労働契約については解雇権濫用法理を類推適用するという「雇止め法理」が存在します。報告書は「有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止するとの視点を持ちつつ、雇用の安定、公正な待遇等を確保するためのルール等について検討すべき」としていますが、「雇止め法理」の存在は「一時的・臨時的ではない仕事についても有期労働契約の反復更新で対応している実態」についても、その一部については裁判所が「不合理・不適正な利用」と判断しているということになりましょう。

 ここで、一時的・臨時的でない仕事を有期労働契約とすることはすべて不合理・不適正であり、業務量の変動に対応するために有期労働契約を活用することは認められないと考えるのであれば、そうした趣旨の厳格な入口規制を設けるのが適当ということになるでしょう。実際、そうした規制を行っている国もあるということです。しかし、先に書いたように、こうした規制を導入した場合、期間の定めのない労働契約にも影響を与えることには留意が必要です。企業はいずれにしても業務量の変動に対して適切な人員規模を実現する必要があるわけで、そのために有期労働契約を活用することが禁止されれば、別の方法、具体的には期間の定めのない契約の労働者を解雇するなどの対応を迫られるからです。わが国ではこうした経営上の事情による整理解雇にはかなり厳格な規制がされていますが、しかし不可能ではなく、強すぎる有期労働契約の入口規制は整理解雇の増加を招くことは確実と思われます。現実には、最終報告でも「締結事由に該当しない場合には、無期労働契約とみなすこととされているフランスなどの諸外国においては、無期労働契約の解雇について金銭解決が可能とされており」と述べているように、一定の法改正も必要となるでしょう。

 これは雇用慣行や企業の人事管理にもかなり大きな影響を与えるものと思われ、仮に実施するとしてもその得失は十分に吟味されるべきでしょう。現実には諸外国でも入口規制がうまく機能せず、むしろその弊害が目立つということで、その規制緩和に踏み切る例があるようです。有期労働契約を主体的に選択する労働者も多いことを考えれば、多様化にも逆行する入口規制には慎重であるべきと思われます。

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