社会調査というもの

出張の空き時間にあちこち巡回(出張先じゃなくてウェブ上ね)していたところ、池田先生http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51503880.html城繁幸http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/de8d14464269ac226bd39667c6f5b982の両御所がともに11月25日付朝日新聞朝刊の記事をとりあげて批判していました。どれどれと思って記事を読んでみたら、なるほど大筋では(ちと辛辣ですが)池田先生の言われるとおり「「派遣ユニオン書記長」なる人物が、東大の社会科学研究所の調査の調査方法に個人的に文句をつけているだけ」の記事でした。ちなみにここで登場している「派遣ユニオン」は通常派遣の組合と言われて想起される人材サービスゼネラルユニオンとは別物ですので為念。
さてその時はまあこんな記事が読みたい人もいるのだろうがしかしこれが朝日クオリティというものかなんだかなあこれにつきあう佐藤先生もマジメだなあなどと思っていたのですが、この「派遣ユニオン」というのの公式ブログ(http://hakenunion.blog105.fc2.com/)を見つけて読んでみたら、この調査結果を報告する社研のワークショップの当日に派遣ユニオンが社研の前で集会を行って気勢を上げたり、東大に公開質問状を送ったりして騒ぎを大きくしているようでびっくり。
ということで、このアンケート結果、発表時にはいくつか新聞報道もありましたが、現在ではウェブ上の記事はほとんど流れてしまったようです。とりあえず見つかったものにリンクを貼っておきます。
http://news.livedoor.com/article/detail/5038381/
http://www.asahi.com/job/syuukatu/2012/news/TKY201010130386.html
東大社研による速報はこちらにありました。
http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/jinzai/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%B5%90%E6%9E%9C%E9%80%9F%E5%A0%B1_20100927.pdf
日本生産技能協会のリリースはこちら。
http://www.js-gino.org/topics/20101007u-tokyo.pdf
さて公開質問状を送ったとのことですがちょっと探した限りではウェブ上で公開されている気配はなく、「派遣ユニオン公式ブログ」によるとこんな内容のようです。

…提出した相手は東京大学総長、東大社研所長と人材フォーラム代表(佐藤博樹教授)です。
 質問の内容は
 「製造派遣禁止に関する評価などを明らかにすることを調査目的としながら、製造派遣原則禁止に関する派遣法案の内容を説明せず、あたかも製造派遣禁止で失業するとの印象を植え付けてアンケートを行ったのはなぜか」
 「質問や選択肢が製造派遣禁止反対を誘導しているのはなぜか」
など。
 東大、東大社研の研究機関としてのあり方が問われています。
http://hakenunion.blog105.fc2.com/blog-entry-206.html

なんのことかよくわかりませんが、その前のエントリにはこんな記事があります。

今回のアンケート調査の疑問点をいくつか列挙します。

1.政府が国会に提出している派遣法改正法案は製造業務における登録型派遣を禁止する一方、常用型派遣を今までどおり存続することとしています。
 したがって、「製造業務で派遣社員として働くことができなくなる」ことを前提とする設問(問26など)は、そもそも前提が間違っています

2.「問26」は、以下のとおり、派遣法改正法案の内容とは異なる「製造派遣禁止」を前提としており、「派遣法改正によって失業する」と強く印象付ける内容となっています。


問26 もし今後、労働者派遣法が改正されて製造業務で派遣社員として働くことができなくなったとしたら、あなたが失業する可能性はどの程度あると思いますか。

 1)かなりある
 2)ある程度ある
 3)あまりない
 4)まったくない
 5)わからない


 中立的な立場に立って製造派遣の登録型禁止と派遣労働者の今後の雇用について質問するのであれば、以下のような設問にすべきです。


問26 もし今後、労働者派遣法が改正され、製造業務においては、登録型派遣が禁止され、常用型派遣のみが存続することになったら、あなたの雇用はどうなると思いますか。

 1)派遣先の直接雇用に切り替えられる
 2)常用型派遣に切り替えられる
 3)請負契約に切り替えられる
 4)失業する
 5)わからない


3.問29は「製造業務での労働者派遣を法律によって禁止することについてあなたは賛成ですか、反対ですか」と質問しています。
 しかし、前述のとおり、派遣法改正法案は製造業務での労働者派遣について登録型派遣を禁止し常用型派遣に誘導するものですから、この質問は派遣法改正法案とは全く異なる内容について尋ねているものと解釈せざるを得ません。
 しかし、調査目的においては「労働者派遣法改正による製造派遣禁止に関する評価などを明らかにする」としており、支離滅裂です。

4.データの読み方が間違っています。

1)数年後に希望する働き方では、「47.4%」が正社員を希望しているのに、「当面では正社員希望は少ない」が見出しになっています。(図表12)
 「今の請負・派遣会社の製造現場の管理者やリーダー」や「今の請負・派遣会社の営業所や本社スタッフ」など 「正社員」を想定して回答しているものを加えると「55.6%」の派遣労働者が正社員を希望しています。
 一方、請負・派遣社員を希望するものは「6.1%」しかいません。

2)調査結果では、働いている工場で正社員として採用する提案があった場合「76.2%」(図表13)が「応じる」、有期契約社員の提案でも「63.5%」(図表14)が「応じる」と答えており、直接雇用を望む声が圧倒的に多いことを示しています。
 ところが、コメントでは「採用提案を断わる者の比率はそれほど高くない」と記載され、直接雇用を望む声が圧倒的に多いことには触れていません。

3)全体的に、派遣という働き方に否定的なデータや正社員を望むことを示すデータには触れず、派遣という働き方に肯定的なデータを強調しており、中立的な調査結果とは言えません。

5.人材フォーラムの目的もメンバーも中立性がありません

 人材フォーラムは、そもそも派遣会社・派遣先企業(「ユーザー企業」)と研究者の 交流の場を設けることを「目的」としており、派遣労働者の立場はありません。
 メンバーも研究者と派遣会社、派遣先企業により構成されており、労働者(または派遣労働者)を代表するメンバーは含まれていません

 また、人材フォーラムはスタッフサービス・ホールディングスなどからの多額の寄付で運営されてきた「人材ビジネス研究寄付研究部門」を引き継ぐものとして開設されたものです。

6.業界団体・派遣会社経由のアンケートに本音で答えられません

 今回のアンケート調査は、「製造派遣原則禁止に反対」を表明し、また「製造派遣を原則禁止すると失業が増える」と公言している「日本生産技能労務協会」に加盟する企業を経由して行われており、中立的な立場で行われたものということはできません。
 ましてや、アンケートを配布したのは2008年秋から2009年春にかけての一斉派遣切りによって派遣労働者の仕事と住まいを奪った製造派遣会社です。
 派遣労働者が本音を答えられるアンケートではありません。

7.派遣切り被害者の声が反映されていません

 製造業の派遣切りで多くの派遣労働者が仕事を奪われた中、派遣で働き続けることができた人たちがアンケートの対象となっており派遣切りされて仕事を失った人たち、今なお失業に苦しんでいる人たちの声は反映されていません。

http://hakenunion.blog105.fc2.com/blog-entry-203.html

うーん疑問点といいますがでも社会調査ってそういうものだよね
この調査に関しては実施時期や調査対象、調査方法、設問などがすべて明らかにされています。人材フォーラムがどういうもので、その前身は人材ビジネス業者からの寄附講座であったことも明らかにされています。この調査結果はその限りにおいて結果がこうだったという以上の意味はないわけです。ですから、もしこの調査結果について「日本生産技能協会加盟企業以外の企業を調査しても同じ結果になる」とか「派遣切り被害者を対象にしても同じ結果になる」とかいうことを言えばそれはウソですが、東京大学や社会科学研究所、佐藤博樹先生はそんなことは言っていないはずで、であれば批判されるいわれはないでしょう。
この人が鬼の首を取ったように書いている「問26」についても、この設問はアンケート調査としては技術的にうまくないね、これだと調査目的は十分には達成できないんじゃないですか、という批判は可能だとしても(私はこの設問はなんら問題ないと思いますが)、だからといってこの設問に対してこうした結果が出たという事実には変わりはなく、それをそのまま公表しているのですから何の問題もありません。
この人は「中立」ということばを何回も使って「中立でないのがけしからん」というお考えのようですが、そもそも完全に中立な社会調査なんてあるわけがありません。というか、それ以前に何と何に対して中立であることを求めているのかも不明です。もし社研が「この調査は派遣業者と派遣労働者に対して中立です」と発表したのだとすればそれはウソでしょうが(いやひょっとしたら中立かもしれないが)、そんなことは言っていませんよね。
もしこの人が「もし今後、労働者派遣法が改正され、製造業務においては、登録型派遣が禁止され、常用型派遣のみが存続することになったら〜」という設問が「中立である」と考えるのであれば、ご自身でその設問で調査を実施し、その結果はこうでした、ずいぶん違いますね(まあ設問が違うのだから当たり前ですが)、と発表すればいいわけで、そのときに別の人から「いやそれはあなたがそういう設問でそういう調査をすればそういう結果が出るでしょうよ」と言われても文句は言えませんねという話です。なおこの人は「製造派遣の登録型禁止と派遣労働者の今後の雇用について質問するのであれば」とのことですが、社研の調査の問26は失業する可能性の多寡について質問しているのであって今後の雇用について質問しているのではありませんね。
「4.データの読み方が間違っています。」という批判については、端的に間違っていないとしか申し上げようがないように思われます。もちろん派遣ユニオンさんがご自分で書かれたものも間違いではありませんし、そのように書いてほしいという気持ちはとてもよくわかります。しかし、社研の文章も調査結果に基づいて事実どおりに表現しているわけですから、「間違い」との批判は失当です。この結果をどのように表現して発信するかについては、主義主張や価値観によって異なってきていいと思いますし、社会に対する発信方法としてどちらがいいのかという議論は十分にありうるものだと思います(私は社研の表現で違和感はありませんが)が、「中立的」でないから「間違い」だ、ということはできません。
「5.人材フォーラムの目的もメンバーも中立性がありません」というのも、人材フォーラムが中立を自称したり、メンバー構成を隠すまたは偽るなどして中立を装ったりしているのであれば非難されるべきでしょうが、明らかにされていれば批判の対象ではないでしょう。この調査は「こういう目的とメンバーの組織が調査したらこういう結果だった」というに過ぎないわけで、したがって「人材ビジネスのベンダーとユーザーが調査しているんだから、都合のいい結果を誘導しているに決まってる」という推測を述べることは可能だろうと思います。まあ、それを言い出したらあらゆる社会調査は同じ論法で調査者に都合のいい結果が出ることになってしまうわけで、まあ実際そういう傾向もあるかなあとも思いますが。なお私は研究メンバーを信頼していますのでこの結果も(意図的に事実と異なる結果を出そうとしていることはないという意味で)信頼しています。というかそんなリスクを取ったら損するような立場の先生方ですよねえ。
なお国立大学の研究所なんだから「中立」でなければならない、民間からの寄附講座を受けてはならない、というのはさすがに狭量というものでしょう。というか工学部なんかはそれがなければ相当部分が成り立たないわけですし、その成果が技術となって私たちの生活を豊かにしているわけですよ。民間企業がビジネスに有益な知見を得るべく寄附講座を開設することは学術の発展のためにも基本的には好ましいことのはずです。
「6.業界団体・派遣会社経由のアンケートに本音で答えられません」というのもそのとおりで、どうしてもこの手の調査というのは回答者に「できれば質問者が喜ぶような回答をしたい」というバイアスが入り込んでしまうというのもまあ常識でしょう。したがって業界団体、派遣会社経由だから当然そういうバイアスが入るよねと思いながら見ればいい(というか、みるべきな)わけで、社研もバイアスがないとか言ってるわけではないでしょう。バイアスがあるよと言ってくれなければ知らない人にはわからないよ、というのは気持ちとしてはわからないではないですが、しかし社研のワークショップに参加する人は知っているだろうと想定することはむしろ自然だろうと思います。ときに「2008年秋から2009年春にかけての一斉派遣切りによって派遣労働者の仕事と住まいを奪った製造派遣会社」ってのは気持ちはわかるけど事実なのかな。いやそういう製造派遣会社もたぶんたくさんあったでしょうが、このアンケートを配布した派遣会社がそうだったのかどうか、調べて書いているんでしょうかね。いやここまで悪く書く以上はもちろん調べて書いているんでしょうが。
「7.派遣切り被害者の声が反映されていません」というのもまったくそのとおり。で、これまた同じことで、社研は派遣切り被害者の声を反映しているなんて言ってないよねえという話です。派遣ユニオンがいかに「派遣切り被害者の声を反映すべきだ、それが「中立」だ」と言ってみたところで、社研が派遣切り被害者を対象とした調査をしなければならないということにはならないわけで。いやしたほうが知見が増えて望ましいということは一般論としては言えるとは思いますが。で、実際ちょっと探せばこんなのhttp://www.47news.jp/news/2009/07/post_20090727161403.htmlも出てくるわけで、こういうのを見せて「でも失業者を対象にするとまた違った結果が出てますよ」というふうに持っていってくれればまだしも建設的な議論になるのかなと思うわけです。まあこれもかなりバイアスきつそうですけどね。
ということで、派遣ユニオンさんが労働者の待遇改善のために奮闘しておられることは大変立派だと思いますし、派遣ユニオンさんにとっては派遣切りにあって厳しい状況におかれた失業者こそが客観的な事実であり「中立」的な存在なのでしょう。そういう状況でこうした調査結果や報道をみて憤慨されるのも情においてよくわかります。実際、この結果をみてあたかもすべての製造派遣で働く人たちがそのように考えているといわんばかりの記事を書いたマスコミがあるとしたらそれはいかがなものかと私も思います。いっぽうで、この調査自体は社会調査の作法にしたがって実施され、公表されていますので、その憤りを社研や佐藤博樹先生に持っていくのは筋が違うでしょう。ましてや「失業するとの印象を植え付け」とか「製造派遣禁止反対を誘導」といった自身の印象にもとづく根拠のない内容の公開質問状を送るというのはまことに非常識と申せましょう。まあ、派遣業者が嫌いで、したがって派遣業者の寄附で研究を行う研究者も嫌いだ、ということかもしれませんが…。