労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-01-26

[]労働政策を考える(21)有期労働契約の出口規制

「賃金事情」第2596号に寄稿したエッセイを転載します。

http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_11_05_H1_P3.pdf

 前回も取り上げましたが、この9月10日に厚生労働省の「有期労働契約研究会」の報告書が発表されました。本稿が掲載される頃には、労働政策審議会への報告が行われ、この問題を議論する同審議会労働条件分科会も開催されているでしょう。

 内容が非常に盛りだくさんなので議論には時間がかかるものと思われますが、その中でも労使の議論で現実問題として大きな論点となりそうなのが「更新回数や利用可能期間に係るルール」、いわゆる「出口規制」ではないかと思われます。

 報告書は、この研究会が独自に実施した調査結果をもとに「更新や雇止めの実態を見ると、7割の事業所が雇止めを行ったことがなく、結果として勤続年数が10年を超えるような有期契約労働者も存在する」という実態を踏まえ「更新回数又は利用可能期間の上限を設定して、それを超えてなお存在するような業務のための有期労働契約であれば、無期労働契約と同様の、又はこれに類するルールに従うものとすることが公平」と述べています。実際、同じ調査結果をみると、有期契約労働者に期待する勤続期間としては「出来る限り長く」とした事業所が40.4%で最多となっています。出来る限り長く働いてほしいのであれば期間の定めのない雇用とすればよさそうに思えるわけですが、そうなっていないのは前回も書いたように、長期雇用慣行を維持するために「いざという時には雇止めができる」ことを重視しているからだろうと思われます。

 出口規制は、こうした実態を一種の「解雇規制の潜脱」とみて、更新回数や利用可能期間について、一定の「区切り」(上限)を設け、これを超えた場合にはたとえば「無期労働契約とみなす」など、雇用期間の定めがなくなるような効果を与えようというものといえそうです。

 これは単純化していえば、こんなに何年も、あるいは何回も有期契約で働いてもらったんだから、それ以上働いてもらうなら期間の定めはなくしましょう、ということでしょう。その考え方自体は自然なものといえそうですが、これが有期契約労働者の雇用の安定や待遇の改善につながるかどうかは微妙です。これは結局、使用者に対して、上限に達する有期契約労働者について「期間の定めのない雇用にしますか、雇止めしますか」の選択を迫ることになるからです。もちろん、このタイミングで「この人を雇止めすることはない」と判断すれば期間の定めのない雇用で働き続けてもらうことになるでしょうが、上で書いたように「雇止めできる」ことが有期労働契約の実務的本質である以上は、雇止めが選択されるケースがかなり多くなるだろうことは想像に難くありません。そうなると、この規制がなければ勤続できたはずの人が職を失う結果になってしまいます。

 事実、類似の運用は現在でも存在しています。わが国ではすでに最高裁判例で確立した「雇止め法理」が存在し、報告書もその「明確化」に言及しています。具体的には「客観的理由を欠き社会的に相当と認められない雇止めの場合、更新拒絶の効力が否定され、当該契約が更新されたものとして扱われる」というものです。これに対応して、雇止めをめぐって紛争となったり、その結果効力が否定されるリスクを回避するために3年前後で予防的な雇止めが大企業を中心に多数行われています。前述の調査結果をみても、従業員1,000人以上の企業においては36.7%が勤続年数の上限を定めており(全体では8.5%)、その約87.9%が3年をはさんだ1年超〜5年以内に設定しています。実際の勤続年数をみても、上限を設定していない企業も含んだ従業員1,000人以上の企業全体で1年超〜5年以内が75.6%となっており、法務リスクに敏感な大企業を中心に、明示的な上限の設定の有無を問わず、予防的な雇止めが広く行われていることが窺われます。出口規制はこうした上限を法定しようというものですから、雇止めの増加をもたらす危険性は高いといえそうです。

 その弊害は決して小さいものではありません。有期契約労働者の雇用の安定が損なわれることに加えて、それにより能力向上にも悪影響が及ぶからです。能力向上にはある程度の時間とコストがかかるものであり、その人材育成投資を回収するには一定の期間が必要です。そう考えると、上限到達での雇止めが予定されている人に対しては、長期の勤続が見込める人と較べて人材育成が行われにくくなることが避けられないでしょう。能力が伸びにくければ、雇用の安定や処遇の改善も進みにくいというのもみやすい理屈です。実際、近年進展している非正規労働に関するさまざまな調査の結果をみても、長期に勤続することでより付加価値の高い仕事ができるようになる、処遇も改善し正社員への転換も進みやすくなるといったことが明らかになってきているようです。

 したがって、有期労働契約の出口規制を考えるにあたっては、なにより勤続の長期化を促すような制度とすることが重要ではないかと思われます。

 たとえば、現行の雇止め法理に替わり、勤続年数や更新回数などの事情にかかわらず期間満了による雇止めが有効であるとする法制度を導入することが考えられます。これにより予防的な雇止めが不要となるため、有期契約労働者の勤続は確実に伸びるでしょう。これにあたっては、勤続年数などに応じた金銭(雇止め手当)の給付を義務づけ、それがない場合には依然として従来の雇止め法理の適用を受けるという制度とすることも大いに検討に値するでしょう。一見、保護が後退して有期契約労働者に不利にみえますが、予防的に雇止めされることがなくなり、能力向上も見込めるようになるなど、現実にはかなりのメリットがあります。

 さらにいえば、雇用調整の柔軟性が確保されるのであれば必ずしも有期労働契約であることを要しないわけで、期間の定めはないものの、雇用調整が必要となる事情を契約時に具体的に特定し、それが実現した場合には退職する、という労働契約を可能とすることも有効と思われます。報告書も「多様な正社員」すなわち「従来の正社員でも非正規労働者でもない、職種や勤務地等が限定された無期労働契約で雇用される者なども含めた多様な類型の労働者」の環境整備に言及していますが、ここで当該職種や勤務地等が縮小した場合には退職することを予定するわけです。これも基本的には長期の勤続が前提できるわけで、人材育成が進みやすいでしょう。

 利用可能期間の上限を設定する場合も、できるだけ長期とすべきでしょう。現状では勤続3年前後で予防的な雇止めが行われていますので、それと同等以下の上限では雇止めの副作用が強く出ることは確実です。少なくとも5年、できれば10年くらいの設定が望ましいのではないでしょうか。逆に、10年間勤続した労働者について「雇止めしますか、期間の定めのない雇用にしますか」と問われれば、使用者が後者を選択するケースも多いだろうと思われます。仮に雇止めとなった場合でも、3年刻みに転職している人に較べれば、一企業で10年間勤続した人のほうが転職市場で高く評価される可能性が高いでしょう。

 有期契約労働者の雇用を安定させたい、処遇を改善させたいとの意図はよくわかりますが、理念先行で人事管理や労働市場の実態を乖離した規制を行ってもその効果は限られ、むしろ雇止めの増加のような副作用がもたらされます。能力が向上し、付加価値の高い仕事につくことで雇用も安定すれば処遇も改善する、というのが正攻法ではないかと思われます。

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