高年齢者の能力開発

日曜日の日経新聞が社説で高年齢者雇用をとりあげていましたので備忘的に。

 定年の60歳以降の雇用をめぐる論議労働政策審議会で始まった。厚生年金の支給開始年齢が上がるのに伴い、定年後も働きたい人は65歳までの雇用を企業に義務づけるかどうかが焦点となる。
 だが経済の先行きの不透明さを考えると希望者全員を再雇用する余裕が企業にあるか疑問だ。再雇用が義務づけられれば企業は膨らむ人件費を圧縮するため、人員削減や新卒採用抑制を進める可能性がある。
 経験や知識が豊かな人材の活用は労働力人口の減少を補うためにも重要だ。しかし再雇用の義務づけは影響が大きすぎる。60歳以上の就業機会拡大は能力開発を充実して需要のある分野へ人材が移りやすくするなど、労働市場の厚みを増すことを主眼にして取り組むべきだ。

 定年後の雇用を考える際には、同じ企業で雇用を延長するという以外の視点が必要だ。別の分野の仕事に就いたり自営の道を選んだり、定年後は様々な進路がありうる。
 再就職や独立を支援するため企業の労使は、社員の能力開発の制度作りにもっと力を入れたらどうか。国や自治体の在職者向けの職業訓練も民間委託を進めて活発にすべきだ。企業が費用を負担する再就職支援会社の活用も、社員の力が高まれば効果をあげやすくなろう。
 社員の能力開発は定年後に再雇用する場合にも重要になる。専門性に優れる人は嘱託などの非正規雇用でなく、正社員として雇用し続ける制度などがあっていい。社員の選択肢を広げるよう労使は努めてほしい。
平成23年9月18日付日本経済新聞朝刊「社説」から)

省略した部分では企業のコスト増と雇用への悪影響から希望者全員の問題点を論じていて、それはそれでもっともなのですが、労働者にも再雇用以外の働き方へのニーズがあることも大切なポイントでしょう。すでに希望者全員を再雇用している企業でも2割程度は再雇用を希望しないそうで、まあ年金が出なくなれば希望しない人は減るでしょうが、それにしても60歳まで働いていた企業で働き続けることを選ばない人が相当割合いるわけです。その内訳はわからないわけですが、もう仕事はいいから引退したいという人もいる一方で、いや働き続けたいけれど別の企業で働きたいという人もかなりいるように想像されます。再雇用の際には処遇も担当業務も大幅に見直されることが多く、いずれにしてもいわゆる「非正規労働的雇用」で働き続けるのであれば、これまで所属していた企業よりは知り合いのいない別の企業で働きたい、と思う人がいるのも無理からぬことではないでしょうか。
ということで「同じ企業で雇用を延長するという以外の視点が必要だ。別の分野の仕事に就いたり自営の道を選んだり、定年後は様々な進路がありうる」というのはそのとおりと思うのですが、「別の分野の仕事に就いたり」するために高年齢者に積極的に教育訓練を行うべきだと言われると少し難しいものがあります。もちろん教育訓練の中身によるのですが、教育訓練には投資の側面もあり、長期間の勤続が難しく、投資回収期間が限定的な高年齢者には、普通に考えてあまり多額の投資=コストのかかる教育訓練を行うことは難しかろうと思われるからです。
したがって、当然ながらある程度の付加的な教育訓練は行われてしかるべきとしても、やはり高年齢者は蓄積してきた能力を生かして活躍することが基本的に望ましいと言えましょう。そういう意味では、現行の政策が60歳以降もなるべく60歳まで働いてきた企業で働き続けることをメインにしていることも合理的と言えますし、現実にすでに7割超の人は60歳まで働いていた企業でそれ以降も働き続けているという実態が実現しています。
問題は、高齢化が進むことで限られた高年齢者適職が不足する中で、多額の設備投資を実施してまで高年齢者適職を増やすということが、経営的な合理性にとどまらず、人事管理の公平性・公正性の面でも問題ではないか、少なくとも現時点では労使間で問題ないとの結論に達することはできていないのではないか、という点にあります。教育訓練についていえば、60歳時点から付け焼刃的にやるよりは、40代、50代の時期から健康・体力の維持増進や技能の陳腐化防止に取り組むことのほうがはるかに重要であり、現にそれに労使で取り組んでいる例も多く、その際には現行の基準制度が労使で共有された目標として有意義に機能していることなどは、これは以前も何度か書きました。
なお、社説は「企業が費用を負担する再就職支援会社の活用」とずいぶん踏み込んでいますが、現有スキルを生かすという意味では(現行の狭い範囲の子会社ではなく)広く関係会社・取引先などに仕事を求めたり、あるいは同業他社なども考えられるわけで、このあたりも課題になりそうです。もちろん人材ビジネスをマッチングに活用することも検討されるべきでしょう。