吐息の日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-09-26

[]濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』

hamachan先生こと独立行政法人労働政策研究・研修機構濱口桂一郎先生から、ご著書『日本の雇用と労働法』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

すでにhamachan先生がご自身のブログで繰り返しご紹介されているようですので、概要はそちらをごらんください。売れ行きもなかなかのようでまことにご同慶です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-de6a.html

hamachan先生のブログはたいへんに進行が速いので上のエントリを探し出すのに苦労しました(笑)。なお最近の本書関連記事にはタグが貼られています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/cat45710534/index.html

[]芸能人の労働者性シリーズ(1)

上記の経緯でhamachan先生のブログを拝見したところ標題のようなシリーズのエントリを連投しておられました。

タカラジェンヌの労働者性http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-dc7b.html

ゆうこりんの労働者性http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-8a7f.html

タレ・スポの労働者性と育成コスト問題http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f75b.html

芦田愛菜ちゃんの労働者性http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html

労働者性の問題はこのブログでも過去何回か書いていますが、私自身は法の趣旨・目的に照らして考えればいいだろうとシンプルに考えています。ごくごく大雑把な例え話ですが、新国立劇場事件の例でいえば、役名やセリフがついてソロやアンサンブルを歌うような歌手であれば労働者性は乏しいでしょうが、その後ろで集団で歌っている歌手は労組法上の労働者性は認められてもよさそうで、ただそのレベルの歌手なら学校で教えたりお稽古で稼いだりもしているだろうしヨソの舞台に出たりとか自分の都合がそれなりに利くのでしょうから労基法上の労働者性まではどうかなあといった具合です。

そこでhamachan先生ご紹介の宝塚歌劇団の例ですが、

…これは、「女性セブン」2011年9月29日・10月6日号の記事ですね。なかなか普通は読まない雑誌ですが、大変興味深い内容が書かれています。

http://www.news-postseven.com/archives/20110922_31197.html

>華やかで美しく心ときめく、日本を代表する歌劇団、宝塚。しかし、近年はその人気に陰りが差し、空席が目立つようになっており、タカラジェンヌたちもこれまでにない苦労を強いられている。いったい何が起きているのか。

 元タカラジェンヌのA子さんは、トップスターや2番手ではないが、所属組での公演では、重要な役が与えられ、ファンも少なくなかった。

 宝塚にはこんなタレント契約がある。劇団員は宝塚音楽学校に2年間通った後、歌劇団に入団。最初は阪急電鉄の社員扱いだが、6年目にタレント契約を結び、以後毎年更新されるというもの。

 A子さんはその契約の際に、“クビ”をいい渡され、今年退団した。

この「タレント契約」ってのが、個人請負だということになっているのでしょうね。

>「私は劇団側からタレントとしての契約をしないといわれ、退団を余儀なくされました。理由は明確にはいってくれません。思い当たるのは、さばけるチケット枚数が少なかったことだけです」(A子さん)

 A子さんによれば、明確なノルマはないものの、劇団員が公演のたびに一定枚数のチケットをさばかないといけない暗黙のルールがあるという。もちろん、そんなルールは「プラチナチケット」などという時代には必要なかったことだ。

「宝塚という世界で上に行くためには、容姿や人気だけでなく、チケット販売の実績も重要なんです。劇団側がノルマを直接的に強いることはありませんが、トップだったら1公演最低200枚だとか、2番手3番手は150枚、4番手5番手は100枚というように、実質的なノルマがあるんです」(A子さん)

 うぎゃぁ、チケットのノルマが達成できないと「タレント契約」打切りですか。

 これは、古川弁護士には申し訳ないですが(笑)、歌のオーディションでダメ出しされた新国立劇場のオペラ歌手の人よりもずっと問題じゃないですか。

 売り上げノルマ達成できないからクビなんて、まあ個別紛争事例にはいくつかありますけど、阪急も相当にブラックじゃないか。これはやはり、日本音楽家ユニオン宝塚分会を結成して、タカラジェンヌ裁判で労働者性を争って欲しい一件です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-dc7b.html

  • ちょっと読みにくいように感じたので雑誌の引用部分は斜体にしました。

もう10年くらい前になりますが雑誌の連載を書くために宝塚歌劇団の人事管理について調べたことがあり(http://www.roumuya.net/jihou/kiyoku.pdf)そのときは確か8年めから1年有期への移行だったと思いますが、wikipediaをみるとその後短縮されたようです。いずれにしても5年なり7年なりは育成期間で雇用(呼称としては「学校」「生徒」となっていて育成が強調されています)を保障し、それ以降は実力で、ということなのでしょう。なお記憶は定かではないのですが調べた当時は確か個人請負ではなく普通の(?)1年有期雇用契約だったような気がします。であれば契約上当然に労働者であって労働者性の問題はないはずですが気がするだけで今ウラをとったわけではないので自信はありません(ご存知の方、ご教示ください)。

そこでこの記事ですがhamachan先生も書かれているようになかなか普段は読まない雑誌でどんな加減で読めばいいのかわからないのですが、まあ「上に行くためには、容姿や人気だけでなく、チケット販売の実績も重要」とか書いている時点でダメなんじゃないかという感じです。いや容姿や人気も大事なんでしょうが舞台芸能である以上は歌や芝居や踊りの技能が最重要なんじゃないかと思うわけで、それを全部すっ飛ばして容姿や人気を持ち出すのも変な話だなあと。もちろんメタボ体型の歌手が死の床のヴィオレッタやミミを演じても誰も不思議に思わない舞台芸術の歌劇に較べれば宝塚歌劇では容姿も人気も重要でしょうし、舞台の要素技能については当然だからあえて書かなかったということなのかもしれませんが。

さてhamachan先生は「チケットのノルマが達成できないと契約打ち切り」にいたく憤っておられるようですが、しかし「トップだったら1公演最低200枚だとか、2番手3番手は150枚、4番手5番手は100枚というように、実質的なノルマ」というのがどの程度のものかとは思います。衰えたとは言えまだまだ相当の人気を誇る劇団ですし、1公演で数十回は上演するわけなので、生徒から直接買えるなら10枚買って10回観劇しますというファン、5番手クラスなら相当いるんじゃないかなあ。あるいは観ないまでも買って応援しますというファンもいそうで、ネット上で出回っているチケットの一部はそういう代物ではないかとか思わなくもありません。

もちろんご無体な枚数を押し付けてカネで役を売るようなことをしているのならそれはブラックだろうと思いますが、それで宝塚歌劇のあの水準を維持できるとも思えず、宝塚歌劇というのもああいう(どういう?)世界なのでなにかとスキャンダルの類もあるようですが、とりあえずこの件に関しては、まあこのくらいの枚数ならブラックとも言えなかろうと思うわけです。というか結局のところチケットをどれだけ捌けるかというのは人気のバロメーターでもあるわけで、「人気はあったのにチケットが売れないからクビになった」というのは相当に自爆であるような気もします。ということで、事実関係を承知していませんのでまったくの推測ではありますが、「所属組での公演では、重要な役が与えられ、ファンも少なくなかった」とありますがおそらくはご本人の自己申告で、実際のところは要素技能か「容姿や人気」に問題があって契約を打ち切られたのではないかと想像します。それを「チケットが売れないから」と言いたいというのも、情においてはたいへんよくわかりますが、まあ裁判所に駆け込んでも雇止め有効となりそうな気がします。

続いてゆうこりんの労働者性ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-8a7f.html

…このリンク先を見ると、zakzakというメディアですが、

http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20110816/enn1108161540005-n1.htm

>はたしてタレントは「労働者」なのか−ちょっとした論争が業界内で広がっている。

 きっかけは7月5日に下されたタレント、小倉優子(27)への判決。今年1月、所属事務所「アヴィラ」に所属契約解除を求めた訴訟で、東京地裁は請求を認める判決を言い渡した。それによると、契約は昨年12月31日をもって終了。今後、アヴィラが小倉に業務を命じることなどをしてはならないという内容だった。

 この判決を聞く限り独立問題は小倉の一方的な勝利なのだが、「判決には芸能界の死活問題となりかねない内容が含まれていた」とプロダクション関係者が明かす。

 判決文には《タレントは労働者なので契約は無効であり、契約に縛られず自由に辞めることができる》といった主旨が書かれていた。

 つまりタレントはOLと同様の労働者で、会社を辞めるのも移籍も自由という判決なのである。

 ところが実態は異なる。芸能界では、タレントは「個人事業者」としてプロダクションと契約して、その仕事の内容によってギャラを得るというのが一般的。タレントは受け取ったギャラを確定申告したり、個人事務所で処理するケースが多い。またプロダクションは「育成」も行っており、タレントとの長期契約には先行投資の意味も含まれている。

 この「実態は異なる」という表現は、労働法でいう「実態」、つまり「就労の実態」という意味ではなく、業界がそういう法律上の扱いにしている、という意味での「法形式の実態」ということですね。

 そういう法形式だけ個人事業者にしてみても、就労の実態が労働者であれば、労働法が適用されるというのが労働法の大原則だということが、業界人にも、zakzakの人にも理解されていない、ということは、まあだいたい予想されることではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-8a7f.html

もちろん育成中とか、下積みの大部屋俳優とかいった人たちは労働者としてしかるべき保護を行うべきことは申し上げるまでもないところ、小倉優子さんのような大物であればその必要もなかろうと思うわけで、この判決がどういう文脈で「労働者」と述べたのか、非常に興味深いものがあります。

ウェブ上をざっと見た限りではこれ以上の情報はほとんど見当たらず、これまたまったくの想像で考えるしかないのですが、小倉さんが昨年末で所属契約を解除すると予告したところ事務所としてはすでに今年の仕事が入っているから解除はできないと主張したというところでしょうか。

もちろん労働契約であれ所属契約であれ過度に人身拘束的であることは人道的にも職業選択の自由の観点からも問題であり、今回も裁判所はそうした見地から判断したのだろうと思いますが、小倉さんを労働者、労働契約というロジックで救済するのは違和感があり、ほかの理屈はなかったものかという気はします。あるいは10年契約とかになっていたところ原告が本契約は労働契約であり労基法の上限を超える部分は無効とかいった立論をしたのかなあ。まあまったくの想像なのでなんともいえません。

まあ、所属事務所とタレントの力関係がどうかもはっきりしたところはわからないわけで、小倉さんともなるとタレントのほうが強いような気もするのですが、そうでもないのかもしれません。

さてタレ・スポの労働者性と育成コスト問題http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f75b.htmlというエントリが続編としてあげられているのですが、長くなりましたので明日に回します。

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