労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-10-31

[]労働政策を考える(30)最低賃金の改定

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。


 この7月27日、中央最低賃金審議会が本年度の地域別最低賃金額改定の目安(中賃目安)を示しました。この目安にもとづいて機械的に試算すると全国平均で6円の引き上げになるとのことです。

 2007年の最低賃金法改正以前の最低賃金は、物価や賃金の上昇が少なかったこともあって伸び悩み、2001年から2006年の5年間で10円の引き上げにとどまっていました。2007年以降は、同年の改正で地域別最低賃金を決定する場合には生活保護との整合性にも配慮することとされたことを受け、2007年度が14円、2008年度が16円、2009年度が10円と大幅な引き上げが続き、昨年度は政労使の雇用戦略対話において名目3%・実質2%の経済成長を前提に早期に一律800円、2020年に平均1,000円を目指すことが合意されたこともあり、17円の引き上げとなりました。今年度の目安は、2007年以降からのペースに較べれば減速したものの、それ以前に較べればまだ高い水準といえそうです。

 さて、中賃目安については例年中央最低賃金審議会目安に関する小委員会で実質的な議論が行われ、労使の合意ができないままに公益委員見解が示され、これが中賃目安とされるという運営が定着しています。今年も同様で、労働者側委員は生計費水準に達しない最低賃金の絶対水準の低さや、雇用戦略対話で早期に800円との合意が成立した事実を重視して全国有額の目安を主張したのに対し、使用者側委員は経済情勢が厳しい中で賃金改定状況調査結果がAランク以外はマイナスとなっていることや、雇用戦略対話の合意の前提となっている経済成長が実現していないことなどを指摘して、ゼロ円目安が適当であると主張し、合意には至りませんでした。

 双方の主張を踏まえた公益委員の見解は、最低賃金と生活保護の逆転が起きていない38県についてはAランク4円、B-Dランク1円が目安とされました。逆転している9都道府県については、昨年から引き続き逆転している5都道県(北海道、宮城、東京、神奈川、広島)については昨年度定めた予定年数(北海道2年、他4都県1年)での解消、新たに逆転が発生した4府県については2年以内での解消をはかるとされています。ただし、「地域の実情を踏まえて適切な審議が行われることを切に希望する」などの表現が随所にみられ、岩手、宮城、福島については据え置き、北海道・神奈川については解消予定の1年延長が念頭におかれているものと思われます。

 さて、今後、これを踏まえて各都道府県の地方最低賃金審議会で審議が行われることになりますが、公益委員見解も地方最低審議会に対して「その自主性を発揮することを強く希望する」と述べているように、必ずしも目安どおりに決まるとは限りません。昨年度も、引き上げ額は前述のとおり17円でしたが、中賃目安は15円でした。生活保護との乖離の解消や、雇用戦略対話での合意などを考えれば、「自主性の発揮」が最低賃金をより引き上げる方向に働くことは一応自然と言えそうです。もちろん、労使が合意の上で中賃目安以上の引き上げが実現するのであれば、それは基本的に望ましいことであろうと思います。

 しかし、残念ながら現実にはそうはなっていないことには注意が必要ではないかと思います。昨年度の地方最低賃金審議会の結審状況をみると、全会一致で決着したのはわずか8道県にとどまり、残り39都府県は多数決、しかも38都府県は使用者側委員全員反対の多数決となっています。これは一昨年度の16県に較べても非常に多く、最低賃金額を時間額表示に一本化した2002年度以降で最多となったとのことです。昨年度の中賃目安が地方の実態にてらして高すぎたのか、あるいは自主性の発揮が行き過ぎたのかはわかりませんが、各地で雇用戦略対話の合意を重視する労働側委員と前提となる経済成長が達成されていないことを重視する経営側委員の意見対立が先鋭だったらしく、合意ができた直後の審議ということも影響したのかもしれません。

 中賃目安も例年労使の合意ができていないことを思えば、地方でも合意ができないのは驚くことではないのかもしれませんが、とはいえ昨年度のような状況は労使の対話と合意を重視する三者構成主義の観点からみて好ましいこととはいえないでしょう。本年度は多くの地方で労使の合意が得られることを期待したいと思います。

 最低賃金と生活保護の逆転については、前述のとおり本年度も新たに4府県で逆転が発生しています。これはつまり最低賃金を引き上げて逆転を解消したにもかかわらず、生活保護の水準も引き上げられることで再度逆転してしまう、ということが起きているということでしょう。小委員会の議論では、使用者側委員から「地域の使用者の心情を代弁すれば、『逃げ水』のようだ」との発言もあったようです。

 もちろん、生活保護は生活保護で、その制度の趣旨を満足する水準を確保する必要があります。生活保護法はその目的を「生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する」と定めており、その水準は「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」とされています。これに対して、最低賃金法はその目的を「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与する」と定めており、その水準は「労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」とされています。このように、制度の趣旨や水準決定の考え方が異なる中では、常に最低賃金が生活保護を上回らなければならないと考えることには無理がありそうです。もちろん、生活保護が最低賃金を上回ると「働かずに生活保護を受けたほうが得」ということになってしまい、就労促進の観点からは好ましくないわけですが、あまり性急に、杓子定規に考えることなく、経済情勢なども考慮しながら漸進的に取り組むべきものだと思われます。

 なお、今年の地方最低賃金審議会の審議にあたっては、昨今の円高も大いに懸念されるところです。2010年の日本の最低賃金が平均730円なのに対し、米国のそれは7.25ドルです。1ドル=100.7円で均衡する水準であり、昨今の1ドル=80円を切るような為替レートでは、米国の最低賃金は円換算で580円を下回ることになります。最低賃金が高いとされているフランスでも8.86ユーロであり、昨今の1ユーロ=110円という円高では円換算で1,000円を下回ります。つまり、わが国の最低賃金が2020年に本当に1,000円になれば、現在のフランスを上回ることになります(もちろん、その間フランスの最低賃金も上がると思われますが)。

 もちろん、最低賃金の国際比較においては購買力平価や各国内での相対的位置なども考慮に入れることが必要であり、単純な比較だけで議論すべきではないとしても、しかしここにも相当のウェイトが置かれざるを得ないことも間違いないでしょう。各地方において、公労使による十分慎重な議論が必要ではないかと思います。

[]労働政策を考える(32)求職者支援制度スタート

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 この10月1日から、緊急人材育成支援事業(基金訓練)に代わる新制度として、求職者支援制度がスタートしました。2008年、サブプライム問題などで経済が停滞する中、雇用保険を受給できない失業者が多数発生して社会問題となり、同年11月に訓練期間中の生活保障給付制度が創設されました。以来、これはいわゆる「第二セーフティネット」として、姿を変え形を変えて拡大してきましたが、その間にこの制度を恒久化すべきとの議論が高まりました。そのため、労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会での議論を経てこの5月に職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律が成立、この10月から新制度のスタートとなったものです。

 制度の概要をおさらいしておきますと、本制度は雇用保険を受給できない失業者(雇用保険に加入できなかった人、雇用保険を受給中に再就職できないまま支給終了した人、雇用保険の加入期間が足りずに雇用保険を受けられない人、自営業を廃業した人、学卒未就職者など)に無料の職業訓練(求職者支援訓練・公共職業訓練)を実施し、本人収入、世帯収入及び資産要件等、一定の支給要件を満たす場合は、職業訓練の受講を容易にするための給付金を支給するとともに、ハローワークにおいて強力な就職支援を実施することにより、安定した「就職」を実現するための制度とされています。 ここで「求職者支援訓練」とは厚生労働省の認定を受けた民間訓練機関が実施する職業訓練で、「基礎コース」と「実践コース」に分かれています。

 「職業訓練の受講を容易にするための給付金」については、支援が真に必要であり、かつ職業訓練による能力形成を通じて真剣に就職を目指そうとする人に給付を限定するため、かなり厳しい受給要件があります。具体的には、本人収入が月8万円以下、世帯収入が月25万円または年300万円以下、世帯の金融資産が300万円以下、現住所以外に土地・建物を所有していない、全ての訓練実施日に出席する、などの要件を満たす必要があります。金額は職業訓練受講手当が月10万円に加え、訓練受講に必要な交通費として通所手当(原則実費・上限あり)の支給があります。

 ここは前身の緊急人材育成支援事業(基金訓練)と異なる部分があり、たとえば本人収入要件は基金訓練では年200万円でしたのでかなり厳しくなっています。世帯収入要件も、親と同居の学卒未就職者だと対象とならない例が多いと思われます。また金融資産の上限も800万円から300万円と大幅に引き下げられており、こちらは若い人はともかく、ある程度の年配者は病気や冠婚葬祭などへの最低限の備えとして300円程度の貯蓄は持っていることが多いのではないかと思われます。

 出席要件も、基金訓練では出席率80%とされていましたが、求職者支援制度は皆勤が必要です(やむを得ない理由があれば80%以上でも受給できますが、理由はかなり限定されています)。さらに求職者支援制度は訓練終了3か月後まで月1回ハローワークでの職業指導が必要とされているなど、真に支援が必要で、訓練を通じて真剣に就職を目指す人に限ろうとの意図が明らかです。なお給付額は基金訓練は扶養家族ありで月12万円、なしで10万円でしたが、交通費が出るようになっていますので人により損得がありそうです。

 また、給付金だけでは生活費が不足する場合には、求職者支援資金融資を利用することができます。同居または生計を一つにする別居の配偶者、子、父母がいる場合は月10万円、それ以外の人は月5万円の融資を労働金庫から受けられるというものです。基金訓練では有扶養で月8万円、それ以外は月5万円となっていましたので金額はやや増えたようにも見えますが、基金訓練では訓練終了後6か月以内に就職した場合には50%の返済を免除する制度がありましたので、やはり厳しくなっているといえそうです。

 次に訓練機関への助成ですが、求職者支援制度でも基金訓練と同様に認定職業訓練を提供する民間訓練機関への奨励金が支給されますが、これもかなり厳しく見直されています。基金訓練では、奨励金は1日以上出席した在籍者1人についてコースにより月6万円または10万円が支払われ、さらに新規にコースを設定した場合には、初期費用の助成のための新規訓練設定奨励金、具体的には期間・受講者数に応じた奨励金(最大期間9か月以上・受講者20人以上で300万円)と施設・設備の設置・整備に要した費用などの5分の4(上限あり)を支給する奨励金とが設定されており、訓練機関にはかなり手厚い給付となっている感がありました。これに対し、求職者支援制度では80%以上出席した在籍者1人について月6万円に加え、就職実績に応じて上限2万円が付加されるとされており、明らかに厳しくなっています。なお基金訓練の新規設定奨励金は先行して今年3月に廃止されており、求職者支援制度には設定がありません。

 さらに、認定職業訓練の不認定基準についても、基準値の引き上げや「退出を求める基準」の設置など、基金訓練に較べて厳しい内容となっています。基金訓練においては訓練が十分に就職に結びついていないとの批判もありましたので、認定職業訓練に対しても「訓練を通じて就職に結びつく」ことをより強く求めているということのようです。

 さて、求職者支援制度の検討にあたっては、財源が大きな課題となりました。この制度の対象となるのは雇用保険を受給できないか、受給を終わった人なので、本来であれば一般財源で全額を手当てすることが正論であり、労働政策審議会の部会においても公労使でそうした議論がありましたが、とにかく国の財政事情が厳しい、財源確保が困難とのことで、厚生労働相、財務相、国家戦略担当相の三者で雇用保険の附帯事業として原則2分の1を国庫が負担することで合意が成立しました。これに対しては、制度の趣旨に反するとのほか、公労使の議論を経ていないという手続きの問題も指摘されましたが、結局は施行後3年後には雇用保険から切り離すべく検討を続けることなどを条件として、3大臣合意の内容で決着しました。

 こうした経緯を考えると、求職者支援制度の内容が基金訓練に較べてかなり厳しくなっている背景には、財政面での制約があるのではないかと考えられなくもないように思われます。実際、認定職業訓練を実施する訓練機関への奨励金に関しては、常識的には良質な訓練にはそれなりに費用が必要であるとの考え方もあり、奨励金の減額などはかえって就職実績を悪化させるのではないかとの懸念も聞かれます(逆に基金訓練は手厚すぎたとの意見もあります)。

 いずれにしても新制度はまだ始まったばかりであり、今後どの程度の利用があり、効果が上がるか、注目していく必要がありそうです。もちろん、セーフティネットですからたくさん使われることがいいとは必ずしもいえず、また経済情勢などによってもその働きは異なってくると思われます。よりよい制度とするべく、管理のサイクル(PDCAサイクル)を回していくことが求められるでしょう。

[]労働政策を考える(33)労働法教育

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 経済の低迷、雇用失業情勢の悪化を背景に、解雇や労働条件の切り下げ、時間外手当の不払いなどをめぐる個別労使紛争が増えているといわれます。主な紛争処理機関における実績をみても、都道府県労働局が実施している個別労働紛争解決制度の施行状況をみると、民事上の個別労働紛争相談件数は2002年度の103,194件が2009年度には247,302件に増加しています。都道府県労働委員会が行っている個別労使紛争の斡旋の新受件数も2002年度の233件から2009年度は503件、平成18年に始まった地方裁判所による労働審判も平成19年の1,494件が平成21年には3,468件と同様の経過をたどりました。これは、厳しい経済情勢により労使紛争が増加しているという面と、これら紛争処理制度が周知されることで利用が促進されたという面がありそうです。

 これらは表面化した事例ですが、その背後には「法違反だとは思うが、どこに相談すればいいのか知らない」という事例もあるのではないか、ということは容易に想像されるところです。実際、今日の若年雇用問題に関する最初期のまとまった文献である玄田有史(2001)『仕事の中の曖昧な不安−揺れる若年の現在』(中央公論新社、2005中公文庫)は、その最終章で高校生に向かって「就職先でトラブルにあったら労働基準監督署に行こう」と呼びかけていますし、同じ著者が2005年に出した『14歳からの仕事道』 (理論者よりみちパン!セ、2011増補改訂イーストプレス)の巻末には、全国各地の労働相談窓口のリストが添付されています。

 さらには「そもそも法律の知識がなく、法違反であるとわかっていない」というケースも相当数あるのではないかという問題意識も古くから持たれており、北海道大学の道幸哲也先生や神戸大学の大内伸哉先生といった労働法学者が教材テキストの作成・普及などの活動に取り組んでおられました。こうした状況をふまえ、2008年には厚生労働省が「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」を開催しました。「非正規労働者の趨勢的な増加や労働契約の個別化、就業形態の多様化等が進む中、労働関係法制度をめぐる知識、特に労働者の権利に関する知識が、十分に行き渡っていない状況が問題として指摘されている」という問題意識のもと「労働関係法制度をめぐる実効的な教育の在り方を提示していくことを目的として開催」されたものです。

 そこに提出された資料をみると、連合総合生活開発研究所「第13回勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート調査」(2007年実施)によれば「失業しても、ハローワークに行って自分で手続をしなければ、失業手当はもらえない」ことを知っている人は88.1%、「雇われて働いている人は、年間一定日数の有給休暇を請求できる」ことを知っている人は74.7%と、比較的高い認知度となっていますが、「人を雇う時には、必ず一定以上の時間給を支払う必要がある」は66.0%とやや怪しくなり、「雇われて働いている人は、法定労働時間を超えて残業した場合は、割増賃金を請求できる」は53.9%と約半数は認知しておらず、「雇われて働いている人は申し出ることによって、原則として子が1歳に達するまでの間、育児休業をすることができる」は45.8%と半数を割り、

「雇われて働いている人は、誰でも労働組合を作ることができる」に至っては

29.4%と、3割に満たない認知度にとどまっています。それでも、2003年にやはり連合総研が実施した類似調査においては、年次有給休暇が33.4%、最低賃金が54.6%、割増賃金が39.9%、育児休業は41.4%でしたので、この間に認知度は上昇していると考えてよさそうで、やはりそれが表面化した個別労使紛争の増加につながった部分もあるでしょう。とはいえ、改善したとはいっても満足できる現状とはいえないように思われますし、集団的労使関係の根幹である団結権については、2003年調査では43.8%でしたので逆にスコアを大きく下げています。

 さらに研究会では独自の調査も実施しており、その結果をみると、学歴の高い人、勤務先の規模の大きい人、勤務先に労働組合がある・組合加入経験のある人、年収の高い人、正規雇用で働く人のほうが、そうでない人に較べて労働者の権利に対する理解度が相対的に高い傾向があることが見て取れます。また、社会人の約7割が勤務先で労働者の権利侵害が疑われる経験をしていること、こうした問題への対処として、5割弱の人が上司や同僚への相談など社内での相談・交渉を行っているのに対し、何もしなかったという人も4割強おり、労組や監督署・労働局など外部機関に相談した人は数%にとどまっていることもわかります。もっとも、アクションをとった人の半数近くは問題はほとんど解決しなかったと回答しており、解決したことの方が少ないという人まで含めると約4分の3に達しています。問題への対処として「転職した・辞めた」という人が2割以上いるのは、対処をとってもなかなか問題が解決しにくいことの反映であるかもしれません。さらに、「労働基準監督署」という用語の意味を理解している人も6割強にとどまっており、紛争処理機関に対する理解も十分ではなさそうです。

 こうした現状をふまえ、研究会は労働法教育の重要性を強調した上で、高校・大学のキャリアガイダンスなどの場において、まずは労働法の基本的な考え方、たとえば労働関係は使用者と労働者の合意による契約であること、労使間に非対称性があり、対等な合意のために労働三権が保障されていることなどを教えるとともに、労働契約の具体的内容である就業規則を確認することの大切さや、多様な雇用形態、さらには仕事の探し方や支援機関の利用などについても教えるべきとしています。その上で、就業直前には労働基準法などに定められた労働者の権利や、労働相談窓口について教えることが必要としています。

 もちろん社会人になってからの教育も重要であり、研究会は労働組合による教育の重要性とともに、使用者も紛争防止や労働意欲向上のために労働法教育に取り組む必要があることを指摘し、さらに使用者サイドの理解不足が紛争の発生やその解決の不調につながっているとの問題意識のもと、使用者教育の重要性も強調しています。また、家庭や地域社会における教育にも言及しています。

 こうした研究会の見解は概ね妥当なものと思われますが、これに加えて実務的な観点から重要なのは、労働者の権利が行使しにくいことを労使間の課題として捉え、労使の努力を通じてこれを解決し、権利の円滑な行使を促進していくプロセスを学ぶことでしょう。たとえば年次有給休暇の取得促進は政策的にも重要な課題ですが、個別の職場で取得しにくい状況がある中で労働者が「年次有給休暇は法律で保障された権利だから行使する」と宣言して実際に取得するというのは、もちろんなんら非難されるべきものではありませんが、しかし職場の課題を解決する方法としてはあまり建設的ではないという場面も考えられるでしょう。そうした場合に、労使で年次有給休暇の取得が進みにくい理由は何なのか、それがたとえば業務繁忙や人員不足であるとしたら、使用者は人員の確保や業務の見直しに努力する一方で、労働者も生産性の向上や人員確保にともなうコストの吸収に協力するなど、双方が努力して課題を解決するというのが、成熟した労使関係における課題の解決であり、わが国の労使関係が積み上げてきたスタイルではないでしょうか。

 もちろん、こうした良好な労使関係が形成されていない職場も多いとは思いますが、それも含めて、さまざまな労使関係のあり方と、その長短について知ることが大切なのではないかと思います。

[]労働政策を考える(34)高年齢者雇用

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 昨年(2011年)末、労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会が「今後の高年齢者雇用対策について」をとりまとめました。本稿掲載時点では、すでに労働政策審議会から厚生労働大臣への建議も終わり、法律案要綱の作成・議論に入っているものと思われます。

 内容をみると「1 希望者全員の65歳までの雇用確保措置について」と「2 生涯現役社会の実現に向けた環境の整備」の2部に分かれていますが、後者については企業や労働者に対する行政の支援などがほとんどを占めており、主たる関心事項は前者にあったことが伺われます。

 背景にあるのは、当然ながら「現行の年金制度に基づき公的年金の支給開始年齢が65歳まで引き上げられ」ると、現行制度では「無年金・無収入となる者が生じ」るという問題意識であり、これに対して「雇用と年金が確実に接続するよう、65歳までは、特に定年制の対象となる者について、希望者全員が働くことができるようにするための措置が求められている」と結論づけています。 そこで具体策の検討に入りますが、まず定年年齢の延長については「現在60歳定年制は広く定着し機能しており、法律による定年年齢の引上げは企業の労務管理上、極めて大きな影響を及ぼすこと、60歳以降は働き方や暮らし方に対する労働者のニーズが多様であることなどを踏まえると、直ちに法定定年年齢を65歳に引き上げることは困難で」、「中長期的に検討していくべき課題である」と退けました(定年制の廃止については話も出なかったようで言及もまったくありません)。

 次に希望者全員の継続雇用制度について「現行制度では65歳までの希望者全員の雇用を確保することとなっていない」として、「現行の継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は廃止することが適当」としています。ただし、それでは希望しさえすれば全員か、というと必ずしもそうではなく、「就業規則における解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する者について継続雇用の対象外とすることもできるとすることが適当である(この場合、客観的合理性・社会的相当性が求められると考えられる)」とされています。これは要するに、継続雇用を拒むことに合理性・相当性がある場合には継続雇用することを要しないということでしょう。問題は、どのような事情において合理性・相当性が認められるのかという点ですが、わざわざ定年延長を排除したうえで基準制度の廃止が適当としている以上は、定年前における解雇に較べれば幅広く合理性・相当性が認められると考えるのが自然だと思われます。

 なおこれについては労使の合意にいたっておらず、使用者代表委員から「企業の現場で安定的に運用されている」などの理由で「基準制度を維持する必要がある」、「現行の基準制度の維持が困難な場合には新しい基準制度を認めるべき」という意見が出されたことが付記されています。「新しい基準制度」というのは、現行の労使協定による方法では労働者の過半数代表者の正統性に問題があるケースがあることが指摘されていることから、労働基準法38条4項の労使委員会の決議や、過半数労働組合との労働協約による方法が念頭におかれているものと思われます。実際、再雇用基準を健康管理や技能水準維持の目標として有効に活用している事例も多くあり、こうした企業においては、退職金の金額や企業年金制度、退職後の生活支援などを総合的に判断すれば基準制度を活用したほうが労使双方にとって有利になるケースも十分に考えられます。こうした場合においても、代表性や民主的統制に問題のない労働組合との労働協約による基準制度を排除することは、労働組合の結成と労使交渉・労働協約締結の促進によって労使関係の安定と労働者の地位・処遇の改善をはかってきたわが国の集団的労使関係法制の趣旨に逆行するものとなりかねません。このあたりは、今後の国会での審議で議論が深められることを期待したいと思います。

 もうひとつ重要なポイントとして、雇用確保先の拡大があります。現状では連結子会社における再雇用が運用上認められているにとどまりますが、これについて「継続雇用制度の基準を廃止する場合…同一の企業の中だけでの雇用の確保には限界があるため、?親会社、?子会社、?親会社の子会社(同一の親会社を持つ子会社間)、?関連会社など事業主としての責任を果たしていると言える範囲において、継続雇用における雇用確保先の対象拡大が必要である」としています。長らく審議中の労働者派遣法改正法案において、高年齢者はインハウス派遣規制の対象外となっていますので、インハウス派遣会社を設立し、そこで常用派遣として雇用して企業集団内のどこかで派遣就労する、といった取り組みが拡大していく可能性がありそうです。

 そのほか、「老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の段階的引き上げを勘案し…できる限り長期間にわたり現行の9条2項に基づく対象者基準を利用できる特例を認める」とあるのは、2004年改正時と同様に、年金支給開始年齢の引き上げとあわせて段階的に継続雇用措置義務の年齢を引き上げていくという意味だと思われます。また、「未だ雇用確保措置を実施していない企業が存在する」ことに関しては「確実に措置が実施されるよう、指導の徹底を図り、指導に従わない企業に対する企業名の公表等を行うことが適当である」とするにとどまり、連合などが求めてきた民事効については見送りとなっています。

 さてこのとりまとめの評価ですが、今回の議論は年金支給開始年齢引き上げのスケジュールありきで始められたため、多分に問題含みのものとなりました。

 第一に指摘できるのが、そもそも雇用失業情勢が非常に厳しく、かつ円高などもあって国内雇用の海外流出が強く懸念されているこのタイミングで労働規制を強化することが本当にいいのか、という問題です。現在並行して検討されている有期労働契約やパート労働法なども含めて、雇用への影響はもう一度慎重に検討されるべきと思います。また、とりわけ希望退職などの厳しい取り組みを余儀なくされている労使にとっては、60歳以上の人だけは希望すれば全員が雇用される制度の導入には抵抗感があるのではないでしょうか。

 次に、個別労使での取り組みがまだ不十分なことがあげられます。かつて週48時間制から40時間制に移行した際には、個別労使が時間をかけてそれぞれに所定労働時間短縮に取り組み、業種別に一定割合まで拡大した段階でそれを法律でルール化する、という方法が取られることで、比較的円滑な実現がはかられました。今回は希望者全員が65歳まで雇用される企業はまだ半数にも達しておらず、個別労使の取り組みの積み上げが不十分な中での議論でしたので、公益代表委員をはじめとする関係者の苦心にもかかわらず、十分な合意に至ることができませんでした。

 もうひとつ、「特に定年制の対象となる者」という限定がなされていて、有期契約労働者については「2 生涯現役社会の実現に向けた環境の整備」の中に「有期契約労働者を含め離職する労働者に対して、再就職しやすい環境整備が一層必要」と一言言及されているにとどまっていることがあげられます。もちろん、有期契約労働者を対象にしたところで60歳前での雇止めが頻発するに終わることは目に見えているわけですが、「60歳時点で雇用していた企業に65歳まで面倒を見させる」という限定的な発想での議論に終始している感は否めません。とりまとめは一応は「企業、労働者、行政など社会全体で取り組む必要がある」とうたってはいますが、本当にそうした観点から幅広く考えれば、基準制度の在り方などもふくめ、もっと実りある結論が得られたのではないかとの思いは禁じ得ません。

 いずれにしても、今後さらに審議会や国会での議論は続くわけですので、多くの人にとってよりよい制度となることを望みたいと思います。

[]労働政策を考える(35)有期労働契約のルール

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 有期労働契約をめぐるルールのあり方については、一昨年10月以降労働政策審議会労働条件分科会で1年以上にわたって議論が行われていましたが、昨年末に報告がとりまとめられ、同審議会が厚生労働大臣に建議を行いました。

 この議論の内容はかなり幅広く、中でも主要な論点としては有期労働契約の締結を規制する「入口規制」、終了を規制する「出口規制」、および「処遇の改善」の3点がありました。いずれも労使の意見の隔たりが大きく、かつ業種・職種によっても事情が大きく異なることから、とりまとめは難航が予測される中での合意であり、関係者の努力に敬意を表したいと思います。

 内容をみると、まず入口規制については、有期労働契約の締結は合理的理由がある場合に限るべきとの意見もありましたが、締結可能な範囲をめぐる「紛争多発への懸念や、雇用機会の減少の懸念等を踏まえ、措置を講ずべきべきとの結論には至らなかった」とされました。長期雇用慣行が定着しているわが国では、業務量が減少した場合に人員数を調整することを念頭に「期間の定めのない契約では雇用できないが、有期契約であれば雇用できる」というケースが相当数あるものと思われるため、こうした理由での有期契約を禁止すると雇用機会が大幅に減少する懸念は強く、入口規制の見送りは妥当な結論といえそうです。

 出口規制に関しては、新たに通算「5年を超えて反復更新された場合には、労働者の申出により、期間の定めのない労働契約に転換する仕組みを導入することが適当」とされました。この場合、期間以外の労働条件は原則として従前同様とされています。また、期間の通算がキャンセルされるクーリング期間については、勤続が通算1年以上の場合は6ヶ月、1年未満の場合は通算期間の2分の1とされました。さらに、「有期契約労働があたかも無期労働契約と異ならない状態で存在している場合、又は労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されると期待することに合理性が認められる場合には、客観的に合理性を欠き社会通念上相当であると認められない雇止めについては、当該契約が更新されたものとして扱うものとした判例法理について…制定法化し、明確化を図ることが適当である」と、雇止め法理の法定化を求めています。

 これについては、前述のように人員数の適正化を意図している企業においては、雇止め法理への抵触を回避(雇止め可能性を担保)するために3年〜5年程度を上限に予防的に雇止めを行う企業がある一方で、更新時に契約内容を見直しながら5年を超える長期にわたって雇用する企業もあります。前者については大きな変化はないでしょうが、後者については勤続5年に達した時点で企業はその労働者を雇止めするか、定年まで雇用するかの選択を迫られることになります。定年までの雇用となると企業の負担も重く、5年を前にした雇止めが多発するだろうことは容易に想像できます。そのため、この規制が本当に有期契約労働者の雇用の安定につながるのかどうかの評価は難しいように思われ、報告でも5年「到達前の雇止めの抑制策については労使を含め十分に検討することが望まれる」とした上で、5年後にこの規制が現実化してから3年経過後に施行状況をフォローして必要な措置があれば講ずるとされています。

 もっとも、期間の定めのない契約への転換は形成権であり、その申出を行うかどうかは労働者の自由意思によります。したがって、労働者は申出をせずに有期労働契約を継続することも選択できます。期間の定めのない契約への転換にともない、勤務時間などの自由度が低下することも考えられ、現実には労働者自身の意思として有期を継続するケースが多くなるかもしれません。いっぽう、企業の側からこれを提示することまで認めると法改正を骨抜きにすることとなり問題でしょうが、なにもなく雇止めとなるよりは選択肢がある分だけ労働者にメリットがあるとの現実的な考え方もあるでしょう。このあたりは個別に労使で望ましい着地点を見出すことが望まれます。

 なお、雇止め法理については、通算期間の上限を設定すれば不要となるとの意見もあったようですが、現実には5年を超えても有期契約で働く人が出てくるとなると、これの法定化にも一定の意味はありそうです。

 処遇の改善については、「有期労働契約の内容である労働条件については、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、期間の定めを理由とする不合理なものと認められるものであってはならない」という形で織り込まれました。読み取りにくい記述ですが、期間の定めのみを理由とする合理性のない不利益取り扱いの禁止ということでしょうか。しかし、期間の定めの有無にかかわらず配置の変更の範囲等が異ならないというケースは仮にあってもきわめて稀であると思われます。有期労働契約の処遇を改善したいとの意図はよくわかるのですが、合理性の範囲を狭くとると企業の実務に甚大な混乱が予想されることもあり、この部分はその意思を読み取るにとどめ、効力は限られたものと考えるべきでしょう。

 全体的にみると、論点の多さに較べて小幅な法改正にとどまり、かなり現実的な内容となっているように思われます。厳しい雇用失業情勢が続く中にあっては制度変更が労働市場に与える影響が予測しにくく、とりわけ円高などの影響で雇用の海外流出が強く懸念される現状では、ちょっとした規制強化が大規模な雇用喪失のトリガーを引く危険性があることを十分に認識しておかなければなりません。そういう意味で今回の改正が小幅にとどまることは妥当であり、その運用にあたっても極力抑制的であることが求められるでしょう。

 いっぽうで、有期労働契約におけるキャリアの形成、能力の向上といった観点があまり感じられないことは非常に残念です。近年、いくつかの調査で同一勤務先での勤続が長くなるほど能力の向上、処遇の改善、あるいは正社員への転換などが起こりやすいという傾向が確認されています。有期労働契約であっても、スキルが向上し、より付加価値の高い仕事につけば雇用も安定し、処遇も改善するでしょう。そのためには勤続の長期化を促すことが重要になるわけですが、今回の通算勤続の上限を5年とするという改正は残念ながらそれに逆行する面を多分に含んでいます(もちろん、それによって期間の定めのない契約に転換した人は勤続の長期化が見込めますので、両面があります)。また、期間の定めを理由とした不利益取扱いの禁止は、合理性の範囲を狭くすればするほどに、企業は職務や配置の違いを明確化しようとするでしょう。その結果、有期労働契約が現状以上に低付加価値でスキルの伸びにくい、処遇の改善しにくい仕事に固定化してしまう懸念があります。

 一連の議論から感じられるのは、有期労働契約の問題点は有期労働契約のルールだけで解決できるものでもなさそうだ、ということです。より幅広く、労働市場や労働契約のあり方を多様化し、さまざまなキャリア形成や能力開発がはかられるような環境整備が求められているものと思われます。

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