労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-06-26

[]2017年労働政策研究会議(3)

少し間が空いてしまいましたが、さる6月18日に開催された労働政策研究会議の感想の続きです。今回で終わりたいところですがさあどうなりますか。

午後は総会のあと「非正規社員の処遇をめぐる政策課題」と題したパネルディスカッションとなりました。パネリストは姫路獨協大の大木正俊先生、お茶の水女子大の永瀬伸子先生、慶大の樋口美雄先生、JILPTの前浦穂高先生で、準備委員長の永野先生がモデレータを務められました。

まずパネリストによるキーノートスピーチがあり、トップバッターとして樋口先生がわが国労働市場の現状について報告されました。私なりにポイントをまとめますと、過去20年程度、失業率が低下しても賃金が上がりにくい状況が続いており、企業収益回復の賃金上昇への反映は限定的なものにとどまっている。いる。この間の労働市場の最大の変化は柔軟性の高い非正規雇用労働者への需要の高まりで、リーマンショック後の一時期を除いてパートタイム労働者の求人は求職を相当程度上回っており、近年はその幅が拡大している。いっぽうで一般労働者の求人は一貫して求職を下回り、2015年にようやく求人が求職を上回った。パート労働者の賃金はこの状況を反映して上昇を続けているが、その水準は依然として一般労働者を大きく下回っている。そのため、この間一般労働者の賃金が概ね横ばいだったにもかかわらず、全雇用者の賃金水準はパート比率の上昇により減少を続けた。

こうした中で、世帯主が非正規雇用となったり、新卒者が非正規雇用となるなどの社会的に好ましくない非正規雇用が増加した。連動して、正規雇用での就労を希望するもののかなわず、やむなく非正規就労する不本意非正規も増加した。その中には、すでに長期にわたって勤続し、企業の基幹的な業務の一部を担っている例も少なくない。

現状の日本の労働市場は正規・非正規の格差が大きく二極化するという「よくない均衡」に陥っている可能性が高い。これを格差が小さく連続的な「よりよい均衡」に移行させるためには、企業が正規・非正規の処遇決定を共通化し、格差について説明可能な人事管理を行うことが効果的であり、そのためには政府が「同一労働同一賃金ガイドライン」のような形で介入することが必要となる…というところでしょうか。

二番手は永瀬先生で、「非正規雇用正規雇用の格差:女性・若年の人的資本拡充のための施策についての考察」と題して報告されました。非常に広汎にわたる報告で興味深いものでしたが、まずは国際比較として日本では主要国と較べて「パート」(短時間労働か否かを問わず)であることが年収を大きく引き下げることなどが示されました。続いて、2002年度、2008年度の新卒者について、大卒男子については新卒時非正規の正社員化は進展しているものの高卒男子はあまり進んでおらず、女子はむしろ正社員比率が低下していること、さらには未婚女子に限っても正社員比率は横ばいで全体としては正規化はあまり進んでいないことが示されました。

中でも興味深かったのが就労調整との関係で、有配偶女性が明らかに103万円/130万円の壁を意識して就業調整していること、そのため賃金が有配偶女性にとって手頃な年間労働時間で103万円/130万円を上回らない水準に抑制されてしまい、非正規労働で生計を立てることが困難なレベルになってしまうこと、さらにはそれにより賃金の高い女性、すなわち夫の年収が高く優秀な女性ほど労働時間が抑制される傾向がある可能性が高いことなどが示されました。

こうした分析をふまえて、非正規労働であっても年収103万円/130万円、あるいは150万円を大きく上回って就業調整のインセンティブのない、それなりに生計維持可能な水準にまで賃金水準を引き上げる必要があると主張されました。さらに、現行規制は正規・非正規の職域分離を招き、非正規労働している女性や若年の技能水準の向上を阻害し、ひいてはそれを通じた賃金上昇まで阻害しかねないと指摘されました。その上で、非正規雇用者の賃金が技能に応じて上昇する道筋をつけること、正規雇用を増やすために求人・応募時点での機会均等を確保すること、正規雇用に転勤要件など過度な要求をしないことなどについて実効的な政策が必要であると述べられました。

続いて大木先生が「非正規雇用の雇用保障法理および処遇格差是正法理の正当化根拠をめぐる一考察」と題して報告されました。これはたいへんに刺激的な所論で、まずは標題にある「非正規雇用の雇用保障法理および処遇格差是正法理」を概観し、その上でまず雇用保障法理(雇止め法理、5年ルール)はいずれも採用を強制する=採用の事由を制限するものであり、従来最高裁判決が採用の自由については広く尊重していること、性差別や障害者差別のように反規範性の高いものについても採用の強制までは行われていないことから、正当化には相当の根拠が必要と指摘されました。その上で、雇止め法理があるのであれば5年ルールは不要であり正当化困難ではないかと述べられました。

また、処遇格差是正法理についても、私的自治・契約自由を制約するものであって相当の正当化根拠が必要であり、主に外部労働市場の未整備などを背景とした労使間の交渉力格差が不当に利用されている場合などに限った抑制的な運用が望まれると指摘されました。

そして最後はJILPTの前浦先生が「非正規雇用者の組織化と発言効果」と題して報告されました。まず短時間労働者の組織化について、全体の組織率が低下を続ける中、労組の努力もあって、十分とは言えないまでも短時間労働者については組織率、組合員数、全組合員に占める比率がいずれも上昇していることが紹介されました。続けて、広島電鉄、小田急百貨店、矢崎総業における労組の活動が紹介され、さらにJILPTが実施したアンケート調査の結果が分析されました。

広島電鉄は中村圭介『壁を壊す』でも詳細に紹介されている事例で、非正規雇用の正社員化・処遇改善のために従来の正社員の(それほど大幅ではないものの)処遇引下げが容認された重要な事例です。小田急百貨店については、人事制度の改定を機会に、労組が非正規雇用組合員の処遇と業務の整理に取り組んだ事例です。社内階層ごとに業務内容が定められているところ、それを逸脱した運営がされていないかを点検整理したという取り組みで、これについてはディスカッションの中で会場のどなたかから「かえって職域の分離を促してしまうのでは?」との疑問が呈されましたが、私が推測するにむしろ逆で、逸脱していた例については上級階層への移行が行われたのではないでしょうか。だから人事制度改定時にやることの意味があったわけで。矢崎総業については、老朽事業所の整理統合が行われた際に、労組が転勤が不可能な非正規組合員の働く場として事業所の一部を分室として存続させたという取り組みで、組織化が雇用の安定に寄与した例です。

JILPTのアンケートでは、労組を「(1)組織化・非正規組合員存在(2)同・不在(3)未組織・組織化検討中(4)同・同未実施の4つの類型に分け、そのうち非正規労働者が存在する(1)(3)(4)の間にどのような違いがあるのかを分析しています。結果は予想されるとおりで、組織化の進んだ労組ほど、非正規労働者とのコミュニケーションが活発なこと、格差縮小の必要性に対する意識が高いこと、賃金制度の公開が進んでいることなどが示されています。さらに、組織化の効果としても、組織化の進んだ企業ほど人事制度の接続などの人事管理の高度化や、賞与や福利厚生、正社員登用など処遇改善が進んでいることなども示されました。

さて続けて会場を交えてのディスカッションとなりました。印象に残ったことをいくつかご紹介しますと、日本女子大大沢真知子先生が発言を求められ、非正規・正規間の格差も重要だが、正社員内部における格差も重要ではないかと熱心に指摘されました。同じ正社員であってもたとえば男性と女性では人材活用などに違いがあってそれが処遇格差につながっていたり、年功賃金のもとで明らかに同一価値労働でないのに同一賃金になっていたりする実態が残るままでは、正規・非正規の格差を是正することは難しいのではないかとのご意見ではなかったかと思います。これは私もかなり同感するところで、今回の同一労働同一賃金は正社員内部の格差には踏み込まないということになっているようですが、しかし正社員に非正規のベンチマークを置くことがかなり難しいという話にはなるでしょう。

もうひとつは、やはり大木先生の問題提起についての議論が盛り上がったわけですが、神戸大学大内伸哉先生が来場しておられ、「労使間の課題解決については対等性を確保した上での労使の取り組みによるのが原則であり、契約自由や労使自治への法の介入は謙抑的であるべき」とのご持論を強い口調で述べられたのに対し、樋口先生が「その議論は前提が誤っている。この間の大きな変化として企業経営者が株主の意向を強く意識せざるを得なくなっており、労使自治での取り組みでは限界があるので政府の介入が必要」との趣旨をやはりかなり強い口調で述べられるという一幕がありました。大内先生は「それは認めるとしてもなお法の介入には慎重さが求められる」と述べられてその場は収まりましたが、しかし通常であれば社会的課題に対して、法学者は規制や法制度での対応を主に考え、経済学者は市場による解決をまず考えるはずなので、今回はそれが完全に逆転していたことは多くの参加者の関心をひいていたようでした(樋口先生ご自身も帰り際にそんなことを言われていたと記憶)。

これについては私としては両先生にともに同感するところで、まあ民間の政策屋なので経済活動の自由を制約するような政府の介入は極力控え目にしてほしいと思う一方で、やはり民間の企業人としては株主の発言力が大きくなったことで経営の自由度が減退していることも間違いないとも思うからです。ただまあ株主の発言権が強すぎることが諸般の問題の原因であるならば株主の権利を制限することで対応するのが正論だろうとは思うところで、企業の人事管理に手を突っ込んでなんとかしてやろうという今回の同一労働同一賃金ガイドラインは筋悪だという、繰り返し書いてきたとおりの感想は持つわけです。いや一方では「成長戦略」と称してコーポレートガバナンスを強化して企業に不採算分野から撤退させればそこで働いていた人たちは空から降ってくる成長産業の雇用に移動するから生産性が上がりますみたいな議論が大手を振って歩いているわけでしてね(ここまでカリカライズするとわら人形かな?)。

ということで全体を通じてきわめて収穫の多い、勉強になる研究会議ではありました。私は集団的労使関係にこだわりもすれば期待もしている人なので、兼業やフリーランスといった先端のテーマに加えてこの分野にも一定のウェイトが置かれており、特に前浦先生のご報告は集団的労使関係の重要性を強くサポートするものでもたって、たいへん心強く感じました。パネルの人選も議論が盛り上がるもので、準備委員会のご努力に敬意を表したいと思います。

なお例年大物が来場される本会議ですが、今年は連合の逢見事務局長が午前中のかなり早い時間帯から来場され、会議後のレセプションまでつきあわれたのが目をひきました。ということでなんとか最後までたどりつきましたので今日はこれで終わります(笑)

高原正之高原正之 2017/06/29 10:23 大内先生と樋口先生のやり取りは、経済学者と法学者の経済的自由と国家権力に対する感覚の差が出ていたように感じました。経済学者には経済的自由それ自体に価値を認めるというよりもそれを認めることによって経済的に望ましい結果が得られるから認めるという感覚があるでしょう。経済学で市場の分析が深化するにつれて、適切な規制によって経済的パフォーマンスが改善することが分かってきました。そのために適切な規制を行う主体としてのみ国家(権力)を捉える傾向があります。法学者は自由そのものに価値を認める傾向が強く、経済低自由もその例外ではありません。また、国家権力が暴走する危険をかなり強く意識していて、国家権力が自由を制限することに対して警戒心が強いのでしょう。そのような基本的な発想の差が表れていて面白い議論だったと思います。

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