労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-03-05

[]ホワイトカラー・エグゼンプションの議論はなぜダメなのか(3)

前回、前々回のエントリには多数の反応があり(ありがとうございます)、中でも多かったのが「監督強化や厳罰化が必要」とのご意見でした。これについては、このブログを以前から読んでいただいている方はご存知のとおり、私もほぼ同意見であって監督強化については繰り返し訴えているところです(たとえばhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141130#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140430#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20111129#p1

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110822#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160401#p1あたり。他にもあると思います)。厳罰化についても悪質事案は送検すべきとは繰り返し主張しています。罰則の強化には慎重さが必要だとは思いますが、(どこかで紹介したと思うのですが)送検されて罰金を払ったほうが得だとかいう実態があるとしたらそれは罰則強化が必要でしょう。裁量労働制にしても、前も書いたように、例の「調査的監督」を見ても、現場は裁量労働の届出がされた事業所に対してはそれなりに頑張って監督しているわけですが、届出をしないブラック企業の監督までは手が回っていないというのが実情のように思われます(某大手不動産会社の過労死案件がニュースになっていましたが、このケースでも裁量労働の違法適用に対して特別監督が行われていることには注目してほしいと思います。かとく労基署は頑張っているのです)。【かとく案件ではないそうです。澤路さんご教示ありがとうございました】たしかに、裁量労働制がなくなればブラック経営者がそれをダシに使うことはできなくなるでしょうから、その限りにおいては制度にも罪はあるのかもしれません。しかし、裁量労働制がなくなればブラック経営者やブラック人事やブラック上司がすべてホワイトになるとは思えないわけですから、その撲滅には監督や罰則の強化が最重要であろうことは論を待たないものと思います。

実際、今回の働き方関連法案には行き過ぎた長時間労働をなくすための労働時間の上限規制が含まれているわけで、それに違反する使用者を実効的に監督することが求められます。それを先取りしてすでに平成29年度予算で監督官の定員を50人増やしていますし、今年も厚生労働省は概算要求では100人の定員増を求めています(予算案でどうなっているかは少し調べた限りではわかりませんでした。中の人が教えてくれないものかしら)。

ところが、なぜか国会の議論はここには踏み込めていないわけで、それが今回の議論で最もダメなところだと、私は思います。以下、野党に対してかなり辛辣なことも書きますのでムカつく方も多いかと思いますが(これを最初からいきなり書くと燃え上がりそうな気がしたので後回しにしました)、正味の話期待を込めての意見ですので、そのようにお読み願えればと思います。

さてわが国の監督行政の体制がどうかと言いますと、昨年開催された規制改革会議の「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」の厚生労働省提出資料で実態が示されており、現状での国際比較はこうなっています(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/roudou/20170316/170316roudou02.pdf)。

 日本アメリカイギリスフランスドイツスウェーデン
監督する者の数3,2413,8782,7421,7066,336262
雇用者1万人当たりの監督官の数0.620.280.930.741.890.64

米国は法制度も紛争処理のしくみもかなり異なりますし、その他の国々も行政組織などそれぞれ異なるので単純比較はできないわけですが、それでもいささか見劣りするようには思えます。これもいつか書いたと思いますが日本の場合は監督官が監督署長や1課長を務めていて実質稼働していない・一部稼働しかしていないという事情もあります。ILOは先進工業国については雇用者1万人あたり1人の監督官を置くことを求めており(これは国際標準といえる)、やはり強化が必要なように思われます。

同じタスクフォースの別の資料(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/roudou/20170406/170406roudou06.pdf)には監督官の定員数の推移が掲載されていて、こうなっています。

年度定員数対前年比伸び率
19972,640 
19982,6520.45
19992,6801.06
20002,7000.75
20012,7200.74
20022,7631.58
20032,8121.77
20042,8591.67
20052,8931.19
20062,9692.63
20073,0111.41
20083,0762.16
20093,1040.91
20103,1351.00
20113,1691.08
20123,1810.38
20133,1980.53
20143,2070.28
20153,2190.37
20163,2410.68

思いのほか?小泉政権とそれ以降の自民党政権ではけっこうがんばって定員を伸ばしていたようであり、その末期から民主党政権時代にかけて伸びが鈍化したことが見て取れます。ちなみに2017年の数字はありませんが前述のとおり50人定員を増やしていますのでおそらくは1%を超える伸びになっているでしょう。今年の100人増が実現すれば3%前後の増員になりますが、さてどうなるのか…。ちなみに同タスクフォースは「労働基準監督業務の強化のために民間活用を拡大する」「労働基準法違反に対する抑止・是正効果を高める措置について、引き続き検討する」ことを提言しており、前半の流れと思われる「時間外及び休日労働協定点検指導員等を増員する」ことを含む「長時間労働の是正に向けた監督指導体制の強化等」については倍増に近い予算増になっているようですが…。

ということで、ここに論点もツッコミどころもあるわけですよ。それにもかかわらず、国会会議録検索システム(http://kokkai.ndl.go.jp/)を使って検索した限りでは、今国会の衆参の予算委員会でこの問題が議論された形跡は(現在会議録が公開されている範囲では)まったくありません。野党は何やってんだと、正直思います。「過労死」や「命」といったものを訴求するのであれば、裁量労働や高プロにかかずらわっている場合じゃないはずなんですよ。労働時間上限規制をどう運用して、長時間労働抑止に実効を上げていくのか、そのための監督体制は十分なのか、十分でないならどのように充実させていくのか、国会ではそこを議論していただかないと。まああれだな、民主党はもともとマニフェストで「国家公務員の総人件費を2割削減」とか言っていたわけですし、事業仕分けで未払賃金建替払制度廃止とか労働大学校(元はと言えば労働基準監督官研修所だぞ)縮小とかバリバリとやっていたわけなので(前者はさすがに支持母体の連合から「バカなことはやめなさい」(大意)と言われて存続となりましたが)、当時の民主党の人がいまさら「労働基準監督官の増員」とか言ったらどの口がと思うでしょうが、しかし君子豹変してほしいと思います。

まあとりあえず裁量労働と高プロは労政審で労働者代表委員が異論をとどめたところなので、そこは支援者への配慮ということでまずは優先して取り上げたということなのかもしれません。考えてみればまだ法案も出ていないわけで、重要な案件は厚生労働委員会での法案審議の中で、ということであれば、おおいに期待したいと思います。たとえば衆参両院の厚生労働委員会の附帯決議で「向こう*年間で労働基準監督官の人員を段階的にILO基準に達するものとする」と決議するとかいうのは十分考えられると思います(2,000人程度の増員が必要になるので時間は相当かかると思う)。たぶん厚労省も内心では反対ではない、というか歓迎ではないかと思いますので案外実現性があるのではないでしょうか(経済界は一般論として公務員が増える話には反対だろうと思いますが、しかしこれは声高には反対しにくいと思う)。まあ財務省は大反対でしょうし、国民がそれでもなお「国家公務員を増やすことはまかりならぬ」というのであれば、ある程度はブラック企業世にはばかるのも甘受いただくよりないというのも過去繰り返し書いてきたところであり、まああまり楽観できないなと相変わらず弱気になるわけですが…。

最後にホワイトカラー・エグゼンプションからは離れるのですが、今回の動きを見ていて感じたことをいくつか書きたいと思います。いずれも労政審の建議に関わるものです。

ひとつは裁量労働制拡大が取り下げになったことで、企画業務型全体を対象とした健康確保措置の強化や、裁量労働制全体を対象とした始終業時刻決定の裁量を法律に明記するといったこともセットで取り下げになってしまったという話で、私もこれは残念に思いますが、しかし致し方ないとも思う。労働者保護を素朴によしとする考え方からはなかなか納得できないでしょうが、しかし公労使で議論を重ねて建議したものを取り下げて差し戻すという話なので、当該部分全体を差し戻すのが筋というものであり、建議にはそれだけの重みがある(私はもっと重みがあると思いますが)ということだと思います。連合の事務局長談話(https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/article_detail.php?id=959)でも、取り下げは歓迎しつつ一括取り下げに異論を述べていないこともご参照いただければと思います。

関連して、野党は続けて高プロの取り下げも求めるようであり、上記連合事務局長談話もそれをサポートしているわけですが、しかし難しかろうなとも思います。裁量労働制についてはデータの使用が不適切だったから取り下げになったわけで、高プロには(まだ)そういう事情があるわけではない。私としてはやはり過去書いたように高プロ制度自体はそれほど出来がいいものだとは思っていないので多少の修正(始終業時刻決定の裁量の明確化とか、勤務間インターバルや健康確保時間上限の下限設定とか)はあってもいいと思いますが、法案提出後の厚生労働委員会でやればいいかなと思っています。予算委員会ではもっと議論すべき大事なことがあるのではないかと思いますが、まあ、首相が出席する予算委員会で、「過労死」「命」を情緒的に訴求することが政治的パフォーマンスとして効果的だ、というのがあるのかもしれませんが…。

もうひとつ、議論が始まった当時には関連法案すべての撤回を求めるという主張も見受けられ、「過労死」「命」を訴求しているのに労働時間上限規制まで撤回しろというのはどういうことなのだろうと思いましたが、さすがに現時点では裁量と高プロだけを撤回しろという話でまとまっているようです。上記連合事務局長談話もそういうスタンスですね。一方で、今回の上限規制を「過労死ライン容認法案」と呼んで撤回を求めているという人もいるらしく、まあ気持ちはわからないではないですが労使の努力をなめてるなとも思う。長年にわたってなかなか実現してこなかったものが、労使の大いなる譲歩によってようやくここまでこぎつけたわけですよ。しかもその背景には、個別労使が営々として限度基準に収まる時間外協定を締結し普及させてきた努力があるわけです。それに対してご自身の狭量な価値観で悪しざまに述べるというのは、まあどういう独善かなと思うわけですが、それが「信念」というものなのだ、ということなのかもしれませんが…。

ということで、最後は愚痴めいたことをグダグダ書いて締まらない感じになってしまいましたが、今後はダメな議論ではなく建設的な議論が展開されることを期待して終わりたいと思います。いやほんとがんばれ