ペンとサイコロ -pen and dice- BLOG

ボードゲーム・3Dプリント作品・3DCG制作を行う「ペンとサイコロ」のブログです。公式サイトはこちら→http://penanddice.webcrow.jp/

マニュアル製作の現場より

著作隣接権を出版社が持つか、という話が問題になっているらしい。
たとえばこちら。
・リンク → ★なぜ出版社は「著作隣接権」が欲しいのか | 赤松健の連絡帳
そして、編集者側からの意見。
・リンク → 少年サンデー編集者・石橋さんの『最近思うこと』−Togetter
そしてそれに対するマンガ家の方々の様々な意見。
・リンク → 「著作隣接権に関する議論」に端を発する森川ジョージ先生の漫画界への熱い思い−Togetter
・リンク → 少年サンデー編集者・石橋さんの『最近思うこと』に対する作家クラスタの反応−Togetter


で、今日は何を書くかというと、マンガの話じゃないです。
多分、ほとんどの方の知らないであろう、「取説・マニュアル」の話。

Apple IIc Owners's Manual / juandesant

マニュアルの書き方

仕事でマニュアル作りには結構関わっている。
取扱説明書・ユーザーズマニュアルというと、本体に添付されているペラ一枚から、数百ページの大作まで多岐にわたる。
そのどちらの制作経験もあるし、その関わり方も様々。


大手の会社ならマニュアルは個人ではなく、通常はチームで作る。
一例だが、例えばこんな感じになる。

  • 印刷会社・マニュアル製作会社
  • 商品の開発部署の担当者(開発者ではない)
  • 商品の開発会社のマニュアル統括部門


マニュアルの製作のうち、どこまでを開発した会社が受け持ち、どこまでを外注先に投げるかは様々。
印刷会社は、自社の校正技術を元にマニュアルの受託を狙っている会社が多く、
メーカー側は少なくとも構成やイラスト作成などは外注しているのがほとんどだと思う。
線画イラストで簡単なアイコンぐらいなら1,000円程度から依頼できる。


文字を実際に書いていく「ライティング」は、特に民生品で無い場合は業界の常識や業界用語の知識が必要になる。
マニュアル製作の実績がある会社ほど、テクニカルライターと言われる技術的素養のあるライターを抱えていて、
このライターの質でマニュアルの質だけでなく、作る工数(手間)がかなり変わる。

Shadow of a Writing Hand / lowjumpingfrog

極端な話、ラインナップ機種で、マニュアル製作会社の人間もその商品を分かっている場合、
「この商品(A)の仕様で、この商品(B)の外観で、詳細な設計図はこれ」
と資料を渡すだけで作ってしまうことも可能だったりする。
(実際にやったことがある。ライターさん、その節はありがとうございました)

マニュアルって、役に立つの?

ではマニュアルは「誰でも作れる物」なのか?


携帯電話など、数百ページにわたるマニュアルは「読まない物」の代表にあげられるし、
「マニュアルがない」ことでiPodは有名になった。

Apple iPod shuffle 2GB シルバー MC584J/A

Apple iPod shuffle 2GB シルバー MC584J/A

では、マニュアルは不要で、トラブル時のExcuse(言い訳)として会社が作るだけの物なのか?


作っている人間として言わせて頂くと、そんなつもりは無い。
作る側は、少しでも分かりやすく、かつシンプルに作ろうと努力しているはずだ。
(少なくともその「つもり」)
昨今の巨大なシステムを説明するからにはマニュアルも巨大になるし、
全機能を網羅し、誰にでも分かる書き方をすると冗長になる。
その結果「読んでられるか!」と言われるような分量になってしまうのは作る側の力不足だが、
だからといって「誰にでも書ける内容でしょ」「付加価値はないよね」といわれるとそれはちょっと違う、と思う。

マニュアルの価値

マニュアルの役目の一つは、分からなくなったときに最終的に戻る場所だと思っている。
人が入れる巨大な迷路には、一定区間ごとに非常ベルを用意したり、物見櫓を建てておくなど
「緊急避難ルート」を確保している。

The Maze, Chevening House / L2F1

お化け屋敷などもそうだ。
最初はとりあえず楽しんで入るが、途中で困ったときには、緊急避難のために非常ベルを用意する。
マニュアルはそういう「最終手段」として役立つ物になっていなければいけないと思っている。
そのためには、全機能を網羅しなければいけないし、機能をすぐ探せるように一覧になっていなければいけない。


もちろん、始めて使う人の「教科書」でもある。

Book Set 1 / BDegan

始めて使う人が戸惑わないよう、順を追って、電源の入れ方から操作を一つ一つたどる物でなければいけない。


これを両立し、破綻しないのが良いマニュアルだと思う。
そのためには、「素人の目線」「困っている人の目線」にならなければいけない。
「初めての人は、ソフトのインストール方法が分からないから、インストーラーの使い方から説明しなければ」

Installing Windows XP in VirtualBox / Akira Ohgaki

という感覚になれるかどうか。
その際に、「さすがにダブルクリックの説明は要らないだろう」と言う判断も必要になる。
この加減が適切なら「分かりやすいマニュアル」だし、丁寧すぎても「細かい手順ばかりで読む気がしないマニュアル」になる。
正解はない。
マニュアル作りは、自分と、ユーザーの、相手にとっての常識を想像する作業の積み重ねだと言える。
この「分からない人の立場になる」のは、その商品に詳しい人ほど難しい。
だからこそ、マニュアル作りにはノウハウがあるし、専門性も創作性も高いと思っている。

「素人になる」のがどれほど難しいかは、任天堂宮本茂氏のゲーム制作の関わり方が参考になる。

彼は制作中のゲームを、なるべく遊ばないようにするらしい。
できる限り接触する回数を減らして、自分が素人であろうとすると。
そしてたまに制作中のゲームを触ることで、
「あれ?ここでどっちに行けば良いの?」
と気づくことが出来る。
たまにしか確認しない上に、その疑問がより素人目線の根本的なもので大変更になるから
彼の現場での制作スタイルはちゃぶ台返しと言われるんだが、
とにかく彼ほどの天才クリエーターでも、素人目線になるのは難しいということ。
マニュアルを一字一句書きつつ、全体で「どこが分かりにくいか」と考えるのが難しいことがイメージできると思う。

マニュアルは誰の物?

そうして作ったマニュアルは個人的には、立派な著作物だと思っている。
例えば今回制作した、新商品のマニュアルは140pを越える。
その段落構成・文章・イラスト・校正まで全部自分で行った。
もちろん多いことが善ではないし、自分でやるから偉いわけでもない。
単に中小企業で分業化するリソースがないだけだ。

さすがにイラストまで自分で描くのは業界の常識からして異常だと思う。
マニュアル製作会社の担当者も絶句していた。
使用しているソフトがフリーソフトだと知って更に絶句していた。
Dynamic Drawは、フリーなのに個人的にはものすごく役立っているソフトです。
・リンク → Dynamic Draw
ちょこっとしたイラスト書きに、もっと広まって良いソフトだと思うので、ここでご紹介。
頑張ればこんな線画も描けるよ!

印刷会社に頼んだのは、ページのレイアウトデザインだけ。


マニュアルでは「書かなければいけないこと」だけで留まらず、
ユーザーが理解しやすいようイラストや概念説明図、チャート説明を盛り込んだ。
それが良いかどうか、あるいはそれだけで本当に分かりやすくなっているかは兎も角、
作る側としての創意工夫はしている、と断言できる。


だがマニュアルには、本やマンガのような奥付はない。
どの会社の、何の商品のマニュアルかが重要で、制作者の名前は出ない。
マニュアルはそれ自体が商品ではなく、商品に付属する「部品」だからだ。
通常、工業製品には設計者やデザイナーの名前を一々記載しない。
マニュアルも同じだ。

著作隣接権のやりとりにおける、出版社や編集者の態度

話を戻すが、著作隣接権に関するやりとりで気になったのは、その中での編集者の態度。
「編集がマンガに関わっているのに評価されない」という意見があったが、
それを主張するのはおかしいんじゃないか?と門外漢としては感じた。


フリーのプロ編集者ならともかく、意見を言っていた編集者は出版社につとめるサラリーマン編集者。
その仕事の中での、個別の作品への編集作業は、自分にとってのマニュアル作りと似ている気がする。
その仕事は「出版社の日常業務」の一環で、一つ一つに成果報酬を求めるのがおかしいんじゃないか?
マンガ家や作家は、作品一つ一つの成果給でメシを食っているので、その権利は貪欲に求めるべきだと思う。
でも編集者は違うだろう。
いくら作品に貢献しても、会社という後ろ盾があって発言する編集者は、作品に成果給を求めてはいけない。
作品の成果給を入れるなら、作品が売れなければそれに応じた減給も同時に徹底しなければいけない。
出版全体を仕事としているのなら、そのトータルの成果で評価されるべきだと思う。

Comics-4 / surprise truck


実際、今マニュアルを書いていて、「このマニュアルが凄く良いので、給料上げてくれ」「ボーナス寄越せ」
なんて言うつもりも無いし、それは筋違いだろうと思う。
例えマニュアルを100%自分で書いて、それが良い出来でも、会社ではそれは業務のほんの一部でしかない。
その商品が売れて、その要因としてマニュアル大きく貢献していたなら、ボーナスは望んでも良いかもしれない。
そのぐらいが会社組織での働き方だろう。
文句があるなら、フリーになって、マニュアル製作自体で高い料金を請求すれば良い。


編集者で言えば、編集によりマンガなり作品が売れることも含めて仕事の一環であり、
それで請求すべきは出版社内での評価の上下であって、作品にそれ以上の権利を主張するのはおかしくないだろうか。
契約としてはそこで完了するべき物じゃないのか?
文句があるならフリーになって、堂々と「原作者」になったら?と思うんだが。
あるいは、それ以上の権利が欲しいなら契約上そう取り交わすべきであって、
出版社サイドがこの権利についてマンガ家と意見を交わすことは良いと思う。
もちろん著作隣接権を出版社に寄越せ」「編集者にもっと権利を」と後出しで言うのはルール違反だろう。

権利を主張するぐらいなら、仕事しろ

要はですね、「編集は報われない」なんて言っている人達、
マニュアル製作なんて、それ自体取り上げたらもっと報われないよ、と。
でも、これで良いと思ってるよ、という一意見。
商品のマニュアル作りは、商品のことを開発より詳しく知り、営業よりお客様の使い方・要望を知らなければいけない。
つまりは販促からデザインまでの販売戦略の中で、マニュアルも位置づけられなければいけないと思っている。
Apple「マニュアルがない」は、その最も極端な例と言える。


細かい権利を寄越せと編集者が個人で騒ぐぐらいなら、
出版社の業績に貢献して自分の給与水準が今の倍になるように頑張るべきだろう。
自分はそう思っているので、マニュアルはもちろん頑張って作るが、その個別の見返りは求めない。
それよりも、営業に「今の倍売ってくれ」と言って、その戦略や戦術を立てることが大事だと考えている。

あなたの給料はどこから振ってくる?

この件を見ていて、マンガ家が怒っているのはよく分かる。
その中でも「編集は売れなくても給料をもらえるし」という意見が散見されるんだが、
これはそのマンガ家に対応した編集者が「給料は自動的にもらえる物」という感覚の人だったんじゃないだろうか。

Money! / Tracy O

実際、会社からの給料は、自分が会社に儲けさせた金額の一部を還元してもらっているはずなのに、
大した成果も上げずに「給料は貰って当たり前」という感覚の意見を聞くと、結構衝撃を受ける。
「オレが会社に儲けさせてやってるんだから」と言う人は、会社を辞めたら良い。
だって、会社にマージンを取られない個人事業なら、もっと儲かるわけでしょ?
そうでないなら、あまり横柄な態度は取らない方が良いと思う。


最初にも書いたとおり、これは別にマンガ家とか出版社に限った話ではない。
会社にいる限りは、給料を貰った分だけ稼いでから文句を言おうよ、というごく普通の意見。
こういうと社畜になれということか!」という意見が出そうだが、そんな訳じゃない。
理不尽な待遇を受けたのなら文句を言えばいい。
ただ、無い袖は振れないし、成果給を求めるなら「減給のリスク」も同時に負おうねということ
会社で働くということは、会社というシステムを利用して、各個人が利益を上げ、
それを再分配する仕組みに参加することだといえる。
会社としての当たり前の仕組みを謙虚に、上手く使いましょうよ、という話。


なんだか普通の結論になっちゃったが、まぁ4月ですし新入社員に向けるということで。