Hatena::ブログ(Diary)

Random Work To このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-06-26

新人からみた偽装請負がダメな理由

23:27 | 新人からみた偽装請負がダメな理由を含むブックマーク

新人といっても2年目だが。

中小零細IT企業で採用されて

去年はほとんど教育も無く社内待機。


愚痴を言うつもりは無い。

ただ、学生時代は偽装請負の何が悪いのかわからなかったから

ちょっとエントリを書いてみようと思った。


雇用契約上、法律違反なのはわかっていたが、

そんなの現場の人間と直接関係あるとは思えなかった。


次のような記事を見ても現場の人間がどう困るかわからなかった。

IT業界のタブー「偽装請負」に手を染めてませんか


最後の若者の例にしても、

 最初は,「ばりばりのプロジェクトマネジャー」を目指してIT業界に入ったはずの若者が,「人と話すのは1カ月に1度」「開発の最初から最後まで携わったことがない」「指示書のままにプログラミングするだけで,職場でモノを考えることがない」。こうした現場を転々とする生活を10年すると「心が壊れる」。偽装請負についての取材のなかで出てきた実話だ。

あたったプロジェクトチームが悪いだけで偽装請負は関係ないと思ってしまう。


ただ、2週間ほど前から外部に常駐していてわかったことを書く。


質問・提案が許されない

まず、発注元の企業に気に入られないといけないため

指示された内容に「YES」と答える以外できない。

たとえその内容がプロジェクト進行上無駄な作業と感じてもだ。

自分は社内では指示された内容に対して納得できないと

納得するまで質問するようにしている。

会社としても質問は歓迎してくれる社風なのでそれは良かったと思う。


だが外部では指示が元請けの会社から出るので、

余計な質問・提案が出来ない。

面倒な奴だ→今度からこの会社に発注するのやめようかな

ということになりかねない。


ろくな作業がない・教育する気が無い

自分の能力の低さや新人という立場が原因かもしれないが、

プロパーからの扱いは体の良い「働きアリ」である。


ろくな作業は回ってこない。それが仕事だと言われれば

それまでだが、一日中単調作業(テスト)させられるのはつらい。

しかもタイト。一ヶ月続くとなると相当しんどい。


こんなんじゃ新人は育たないと思う。

他の企業の新人だから、最初から育てる気はないのだろうが。


結局まとめると

まあ、何が問題かと言われると

これらのような境遇になっても、自分で改善する努力が許されない

という点ではないだろうか。

自社内だったら言える。ちょっと生意気かもしれないが(2年目だし)

自分のところの上司には言うことにしている。


でも派遣先では言えない。会社の評判につながるからだ。


偽装請負ではなくて、請負ならば、

指示は自分のところの上司から来るので、

意見・質問・提案が言えるはずだ。

それは自分の評判にしか影響しない。


結局、愚痴っぽくなってしまった。すみません。


蛇足

ちなみに今の境遇を自分の先輩(かなりベテラン)に愚痴ったら、

「じゃあキミはこの状況を(自分の中で)生かして、マネジメントの勉強をしなさい」

と的確なアドバイスをくれた。


…こんないい社員がいるのになんでうちって偽装請負に手を染めているんだ?

経営陣がダメダメなのか?

経営陣の意識改革ってどうやればいいんだろう?


蛇足+

以下のイベントがあるみたいなので恥ずかしいけど応募。


KLab×はてな エンジニア応援ブログコンテスト


未熟者だということを晒すみたいでとてつもなく気が引けるけど

こういう機会に思い切って動かないと何も始まらないと

社会人になってようやく気が付いたので応募してみる。

2010-06-13

すごいこと手の届かないことなんてどこにもないのかもしれない

22:03 | すごいこと手の届かないことなんてどこにもないのかもしれないを含むブックマーク

CANAAN』というアニメを見た。

ずいぶん久しぶりに見た真面目なアニメ。


テーマはいろいろあったみたいだが、

自分が印象に残ったのは

ラストシーンの帰りのタクシーの中で大沢マリアが

「すごいこと、手の届かないことなんてどこにも無いのかもしれない」

とつぶやいていたことである。


大沢マリアとは

大沢マリアとは、カメラマンの卵であり、

好奇心は人一倍で何を見ても

「すごいすごい」と騒いでいる明るい女の子。


でも自分自身は全然すごくないと思っている。

そしてカナンという、すごい友達がいる。

最初はカナンのことに憧れて、

「カナンすごい、すごいよ」

と目をきらきらさせている。


だけど後半から、自分とカナンのすごさの違いを意識し始めて

「自分はカナンの友達にふさわしくないんじゃないのだろうか」

と思い悩むようになる。


これって実はみんな感じていることかもしれない

私にはこの心情がよくわかる。

いや、世界で生きている人の大部分が

感じていることかもしれない。


ちょっとそう感じるまでのパターンを書いてみる。

すごい世界に足を踏み入れる

→最初はすごいと素直に関心

→でもいざ自分がその世界に入っていくとなると自信がなくなる


このパターンって新しいことを始める人が必ず感じること

かもしれない。


最初の台詞に戻ってみる

で、大沢マリアの言葉

「すごいこと、手の届かないことなんてどこにも無いのかもしれない」

に返ってみると、なんだかストンと落ち着く感じがする。

大げさに肩に力が入ったまま

「やればできる!」

という感じの台詞より全然良い。


こんなふうにいい感じに肩の力が抜けて

(新しい)物事に取り組んでいけたらなあ

とアニメのEDを見ながら思った。

2010-06-12

『戦争の体験を語るわ』の感想

01:16 | 『戦争の体験を語るわ』の感想を含むブックマーク

久々に考えさせられる記事を読んだ。

戦争の体験談を語るわ その1


この記事を読んで我々がするべき行動は

より一生懸命生きることではないだろうか。


この戦争の体験を通して作者は懸命に生きた。

友達も子供の分際で友達を想いながら死んでいった。


命は確実に輝いていた。

懸命に生きていた。

自分を振り返って

今の自分は本当に平和ボケだと感じた。

日本という平和で小さな島国で生きているにも関らず

学生のころは学校がイヤだ勉強辛いと嘆いて

社会人になってからは残業と人間関係がイヤだと文句を言う。

日常では何をするにも行動が遅く面倒くさがりで

いつもだるいといっている。


なんとちっぽけな存在だろう。

全然命が輝いていないし、懸命に生きていない。

(もちろんこれまでの人生は自分なりに必死だったし、

懸命に生きてきたつもりだったが、こんな記事を読んでしまうと

どうしても薄っぺらなものに思えてしまう。)


でもちょうど自分を変えようと思っている。

この記事を読んだことを期に一生懸命生きてみよう。

願わくばこの意志が続きますように。

そうすれば何か一つでも世界をよくすることが出来るかもしれない。


追記:

コメ欄やブクコメで釣りかどうか騒がれていたけど

釣りとかそんなのどうでもいい。

その話に心が動かされたことが重要なのでは。

特に自分は同じ26歳だから何かを感じずにはいられない。

2010-06-04

真摯さってなんだろう

07:30 | 真摯さってなんだろうを含むブックマーク

『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら』(書籍のほう。ブログのほうも読みましたが。)

を読んだ。

※この記事にはネタばれが含まれます。


みなみちゃんが読みすすめていく『マネジメント』には、

「マネージャーの資質」ついて書かれていた。

才能ではない。真摯さである。


自分は当初、真摯さとは真剣さと同じ意味合いで捉えていた。

しかし、真剣であっても真摯さにかける場合は存在する。

例えば、テレビゲームをする場合である。真剣にすることはあっても、

真摯にすることはないように思える。

それにマネジメントにはこうある。

(真摯さは)学ぶことの出来ない資質、後天的に獲得できない資質である。

真剣さというのは、経験を通して身につくものであるので、

やはり真摯さとは異なる。


ではみなみちゃんは真摯だったのだろうか

物語を通して、みなみちゃんは野球部をマネジメントしていく。

そこには真摯さが見受けられる。

しかしみなみちゃんは野球部のためにマネージャーに

なったのではなく、友人の夕紀がマネージャーを続けられなくなったから

その代わりにマネージャーになったのである。

友人のために、友人が好きな野球部をマネージャーとして守ろうとするのである。


野球部の為ではない。友人のためにマネージャーを始めたのである。

これは真摯といえるだろうか。

この部分だけピックアップすると真摯でないように思える。

しかし、物語の中でみなみちゃんは確かに真摯だった。

なにか矛盾が存在する。


みなみちゃん自身、物語の終盤で自分の真摯さを否定する。

それは大事なものを失って、真摯たる対象を失ったことによるものだった。

そのこともあって、

大事な試合を目前にしてみなみちゃんは逃げ出すのだが、

後輩に捕まって試合に戻ってくる。

しかしどういう心で望めばいいのかわからなかった。

しかし選手たちのプレーで心が動いていく。

最後には声をあげて泣いてしまう。

これは真摯さがあった証拠ではないだろうか。


みなみちゃんはこの物語の中で、自身の意思とは関係の無い涙を二度流している。

一度目はマネージャーの資質が真摯さであると知ったとき。

二度目は決勝戦で勝ったときである。

この二度の涙には共通点がある。

どちらの場合も、みなみちゃん自身の真摯さに触れていることである。


真摯さってなんだろう

頭の中でまとまっていないので、本当はまとめたくないのだが

一つの記事としてまとめないと真摯さに欠けると思うので書いてみる。


あくまでこの本を通じて考えた真摯さについてだが、自分の考えは

以下である。

真摯さとは、心の底から対象のことを想い、

最後まで付き合おうと心に決めた態度のことである。