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2010-09-28

休職しようと決心した、あのとき(逃げ出したPGのチラ裏)

23:50 | 休職しようと決心した、あのとき(逃げ出したPGのチラ裏)を含むブックマーク

会社から、1カ月間元請けの会社で出向して働くよう言われた(多重派遣)。

ちょっとそこでの仕事内容は特定怖いんで割愛させてもらうけど、自分が現場でひどい扱いを受けていたのは事実。毎日のように、現場のリーダー(別会社)からプレッシャーと、八つ当たりに近い説教を受けていた(偽装請負)。


ため込むため込む

初めての出向、初めての現場だ。慣れないのもしょうがない。ミスもまだ2年目だからしょうがない。

そう考えて笑い飛ばせればよかった。いくらリーダーに文句を言われても、開き直ってマイペースで仕事に取り組めば良かった。

しかし、もとから鬱病だった自分はそれができなかった。自分の中にため込んでいった。会社の人に相談するなんて器用なことは当然できなかった。

(ていうか毎日22時くらいまで残業で、仕事が終わったらくたくたで明日のために寝るだけ。胃が痛くて食事もほとんど食べず。相談どころではなかった)

たぶん傍から見れば大したことない状況なのだろうけど。



初めての現場でガクブル

初めての現場。2年目社員が一人で放り出される。知らない人に囲まれての仕事。人見知りの自分。知らないリーダー。理不尽な注意、説教。朝9時から夜22時くらいまでプレッシャーを感じながらの仕事。タイトなスケジュール。休憩なし(たまに非常階段に逃げ出し深呼吸していた)。


仲間なんていない

同じ会社の人も別のプロジェクトで同じフロアにいた。

説教されている自分をみて自分に近づいてきた。何かフォローしてくれるのかなと甘い考えを抱いていたら、追いうちの説教をされた。金もらってるんだからちゃんと働け、と。ごめんなさい、俺、あのとき本気で泣くかと思いました。元請け会社から散々な扱いを受けて心身ともにボロボロになっている時期に、仲間と思っていた人から追い打ち。20代半ばにして必死に涙を我慢した。同じ会社の人はいたけど、俺はあのとき確実に一人だった。

俺様のダメっぷり

仕事が一番忙しい時期、俺は混乱していた。会議の内容が頭に入らない。そこの現場はなぜか議事録は取っていない。必死にメモを取るが早くて追いつかない。だから会議で決定したことが俺の仕事に反映されない。てか毎日のように仕事の方針というかやり方がちょくちょく変更された。やっと覚えた仕事も次の週には別物に変わっていった(これっておかしいよな?)。当然、反映されていない俺の仕事をみてリーダーが怒る。怒られて初めて俺は会議での変更点を知ることになる。改善策なんて思いつかなかった。他の人に一つ一つ決定した内容を聞いて回るか?スケジュールがすごいタイトなのに。人見知りメンヘラの俺にできるわけないだろ。あほか。んで、新人がよく陥る負のループにはまる。ミスる、怒られる、焦ってまたミスる。またさらに怒られる。そのうち人格否定が入ってくる。派遣される前までドラッカー読んでいた記憶が妙に悲しかった。


雛見沢症候群L4

進捗表(エクセル:約900×40)への記入もミスった。これが一番怒られた。やってないことをやったと書いてしまったのだ。別に見栄をはったとかそんなんじゃなかった。単純に間違ったのだ。しかも何度もやってしまった。何度も見直したのにやっぱりミスが出てしまうのだ。もう自分のやることが信用できなくなっていた。自分の記憶が信用できなくなっていた。リーダーにも言われた。もうあなたの仕事、信用できません。どうすればいいですか?しらねぇよ。しね。おれもしのう。


3週間目くらいから、資料もよく失くすようになった。普段の自分ならあり得ないことだった。学校に忘れ物しない子だったのに。いつの間にかシュレッダーにかけていたのだ。逆にシュレッダーにかけたはずの資料が大量に出てきたりもした。あるはずの資料がなく、ないはずの資料がある。オヤシロさまの祟りか。混乱は一日中続いた。

最終日、逃げ帰った夜

たった1カ月で自分はつぶれてしまった。出向の最終日なんて出向先の会社から帰るとき走って逃げていた。もういやだ。ちかづきたくないかかわりたくない。気がつくと姉に電話していた。腐女子だけど唯一心が許せる存在だ。もういやだ。はたらきたくない。社会で生きていく自信がない。そんなことを終電の電車に乗る前に話していたのを覚えている。電話を切って、酒臭い終電に乗り込んで、夏なのに身体が震えていた。ガクガクブルブル


休職寸前の自分の考え

派遣が終わってちょっと落ち着いた。でも心はあの恐怖を忘れられないでいた。自社のデスクに座っていろいろ考えた。社会とはこんなに厳しいものなのか。今回派遣された現場がきつかった(自分に合わなかった)だけなのか。いずれにせよ、今回のような現場に今後も派遣される可能性は大いにある。もう、現場で働く自信がない。会社辞めよう。

いやいや一か月辛かっただけで何を言う、甘ちゃんが!という声が聞こえてきそうだ。その通りだ。反論はできない。だが、1カ月でこれなのだ。3ヵ月とか派遣されたら胃潰瘍で死んでしまう(ちなみに体重は週に1キロのペースで減ってた。食事がのどを通らなくて)。そして周りの先輩たちを見る限り、短期派遣より長期派遣の方が多い。


もしくはこう考えられる。普通、簡単な仕事を覚えるのって1カ月くらいかかるよね。

でも最近は短期案件増えているよね?つまりこういうこと。仕事覚えたぞ、ってなったちょうどいい時期に、はい、じゃあ、次の現場に行ってねー、となるのである。頭ついていかなくね?てか1カ月経つごとに、新しい職場に派遣され、新しい言語を覚え(これはまれみたい)、新しい人たちの中で仕事をするって精神的にしんどくない?

せっかく覚えた仕事、次の仕事ではまったく役に立たないんだよ?人に関しても、せっかく気に入られても(自分の場合逆だったが)、もう会うことはないかもしれないんだよ(二度と会いたくないが)?特に後者は人見知りにはつらい。人見知りって人種は、人と仲良くなるのに1年くらいかかる(俺基準)。1カ月ごとに知らない人たちの中に放り込まれ続けるなんて、考えただけでも恐ろしい話である。

ってこの話は

プログラマという職業に対する恐怖 - Random Work To

でもやったか。でももう一回話したくなったんだ。そういうことってあるだろ?


いずれにせよ、詰んだな、と思った。

身辺整理をおもむろにやりだした。といっても、パソコンにあるエロデータ・履歴をきれいさっぱり消しただけなのだが(今思い出したけどエロゲのデータ消してなかった)。

本気で死のうとしていたのかどうかは今となってはよくわからん。でも死にたかった。


結局、死ななかったんだけどね。とりあえず、休職してうつ病を本腰入れて治そうってことになった。今考えると凄い妥当。てかうつ病抱えながら派遣プログラマやるって、明らかに無理。やっている人、早めに休職した方が良いです。てか日本中の派遣IT会社、爆発しろ。どかーん。

ドラゴンドラゴン 2011/12/02 23:12 はじめまして。ruisouさん。
「IT業界よ、さらば」の日記を辿り、この日記を見ました。
自分もつい最近1ヶ月半近く休職(同業のITです)した身なので、
ruisouさんと似たような境遇で、あぁ・・・と共感してしまいました。

自分は昨日から職場復帰はしたものの、長期的な目で見ると
この先やっていけるのかな?という疑問もあります。
他の記事も拝見させて頂きますね。

ruisouruisou 2011/12/25 21:16 >ドラゴンさん
コメントありがとうございます。
返事遅れてすみません。
休職されたんですね。胸中お察しします。
復職されたということですが、おそらく今はIT業界を引退しようかどうか迷っているところだと思います。
自分の意見を言わせてもらうと、ドラゴンさんが情報系の学部出身なら続けていく価値があると思います。他の学部出身なら、若いうちに他業界に逃げたほうがいいと思います。やはり他学部からIT業界への転向はよほどのことがない限り厳しいと思います。いいように使われてポイ捨てされるのがオチです。
勝手なことを言ってすみません。あくまで一個人の意見です。

gyalangyalan 2012/09/06 03:36 はじめまして、ruisouさん。今、まさに同じような状況なので、物凄く共感しています。私は入って、3日で退職の意思を固めた所です。1ヵ月も我慢したruisouさんは凄いと思います。私は早々と逃げて、給料安くても自分に合う職場を探すことにしました。

ruisouruisou 2012/09/07 00:59 > gyalan さん
コメントありがとうございます。
決断力があってうらやましいです。やめるときは感情的にならずに淡々と事務処理をしたほうがいいでよ。
それはともかく gyalan さんに合う職場、早く見つかるといいですね。
私はまだもごもごとしていますが、体調崩すとやはり何もかもうまくいきません。体調管理だけはしっかりとやってください。。
では健闘を祈ります。

2010-09-24

現代人にうつ病が増えた理由・若者編

13:31 | 現代人にうつ病が増えた理由・若者編を含むブックマーク

※この記事は科学的とか医学的根拠に基づくモノではありません。自分が集めた情報と自分の実体験から導き出した現段階の考えです。


他人が引いたレールの上を走る若者

若者は他人(親・教師・ネット上の誰か・etc)からの

情報を鵜呑みにして進学なり就職なりしている。

いい大学に入って、いい会社に入って、他人の言うがままに自分の進路を決めている若者が増えてきている。

反論や例外もあるのは知っているが、4年制大学に進学して大学3年のこの時期に慌ててリクナビやらマイナビやらのHPを開いている大学生は少なくともこれに当てはまる。自分で情報収集して、自分探し(笑)をして自分なりにきめたように感じる己の進路は実は就職サイトにほだされて自分で決めたように思い込まされているだけなのである。

これは夏目漱石がいう他人本位の生き方である。

no title

現代風に言うならば他人の引いたレールの上を入っている状態である。


以前の日本も同じような状況だったが鬱病なんてものは少なかった。単に大雑把な人が多かったという話を持ち出すのは野暮ってもんだ。

昔はレールの上をきれいに走ることで、一生をそれなりに幸せに暮らせるという見通しがあったし、皆がそれを信じていた。レールの上を走ることが文化だったのだ。


先の見えないレールを走っている若者が考えること

んでもってレールの上を走っていた人が就職してしばらくたって考えることは

「これって俺がやりたかったホントの仕事なのかな」

「いや俺は自分の意思で決めて選んでライバルを蹴落として望む地位を手に入れたはずじゃないか」

という悶々とした自問自答である。

こんなこと考えているうちにも周囲はどんどん歩を進める。少なくともそのように見える。

焦る。焦る。

そしてサラリーマンとしてのストレス、パワハラ・セクハラ・いじめ・異動・転勤・超残業(しかもサービス)・休日出勤・飲みニケーション(笑)のほか

個人的な生活におけるストレス、恋愛・失恋・結婚・童貞・KIRIN・友人との付き合い・ていうか友達がいねぇ・ご近所への不満・最近おもしろいアニメないなぁとか

ストレスにストレスの上塗り現象が起こって、そのうちどれかが起爆剤となって、鬱病となるのである。

現代社会は若者にとって鬱病が発症しやすい社会なのである。


そのほかの要因

鬱病休職してから3週間が過ぎたがここ1週間は調子が良い。散歩とジョギングを始めたことが大きいと思う。

現代っ子は運動不足と言われているが、これってやっぱり鬱病の原因になってると思う。

外で体思いっきり動かして、汗書いて、透き通るような青空を見上げながらスポーツドリンクがぶがぶ飲む生活をしている人ってやっぱり鬱病にかかりにくいと思う。


統計的に増えている理由

鬱病という病名が一般的になったから。

今まで鬱病として扱われていなかった症状も鬱病として扱われるようになったから。

だから正確な数がわかるようになったというべきか。


補足:

2009-03-30

語彙が増えることによって考え方を手に入れることができるという記事なんだけど、これって鬱病にも言える。

最近では鬱病と言わずに、適応障害気分障害、さらには非定型うつ病など鬱病に関する語彙はだんだん増えている。鬱病に該当しなかった人も鬱病と呼ばれるようになっている。いいことか悪いことかわかんないけど、社会は精神的に弱い人に優しくなっていると信じたい。


関連記事

生き方を見つめなおしてみた - Random Work To

2010-09-19

なぜうつ病(適応障害)で会社を休むことになったのか

12:30 | なぜうつ病(適応障害)で会社を休むことになったのかを含むブックマーク

現在、うつ病(適応障害)治療中で休職してしまった新人エンジニアな自分。

ちょっとはっきりさせておきたいところなので書いて頭を整理しよう。

なぜ休むことになったのか

頭の中がぐちゃぐちゃになってもうまともに思考が働く状態じゃなかったから。仕事のせいで大量の薬を飲んで、仕事をするために大量の薬を飲む毎日に嫌気がさしたから。


それと悩みが山のようにあった ちょっと思ったことずらずら並べてみる

頭の中そのまま書くんで散文になるけどよろしく。


やっているうえでの悩み

じっくり仕事ができない。もともと一人でじっくり仕事をやるのが好きなタイプなので今の仕事は向いていない気がする。

それと軽く難聴。会議や先輩の説明で聴きとれないこと多数。聴き取れませんでしたと言う勇気はもちろんない。結果、わからない。

そもそもこんな職種についてしまったことへの後悔

下請けIT企業に入ってしまったことへの後悔。でも社員は意外と良い人ばかりで、ブラックな雰囲気はない。

でも所詮下請けIT。頑張っても夢を見れるような立場じゃない。

会社としては下請けから脱却しようと努力しているようには見えない。

じゃあ自分が変えればいいじゃないか、と一時期考えたりもしたが、体調も万全じゃないし、人脈も全然ないし、自分自身にも知識も実力もない。むりぽ。


プログラミングは好きだけど全然させてもらなくて毎日ドキュメント作ってるしあれおれ入社してからほとんどソース書いてなくね?て状態だし。それが仕事ってもんだって言われればそれまでだけどこのままじゃプログラミングのできないプログラマになってしまうよ。5年後に、「あ、やべ、マジでこいつ使えね」て言われている自分がリアルに想像できる。プログラマに向いている人とプログラミングが好きな人はイコールではないと最近知った。

この仕事向いてないんじゃないかと考えながらする仕事のつらいこと。


そもそもプログラミング好きだけどそんなに好きじゃなかったかもしれない。一番楽しかった仕事ってHTMLでサンプル作る仕事だったし。ビジュアル的に結果が見えるってすごく楽しかった。これってどっちかっていうとwebデザイナの仕事だよね。でも就職する前って、プログラマもwebデザイナも同じだと思っていた。俺のなんて情弱。

(愚痴ってた部分を省略)

こんな感じのことゴチャゴチャ考えていたら、医者に診断書書いてもらってた。休職、3ヵ月。

2010-09-15

自信を持つって意外と簡単なことかもしれない

21:43 | 自信を持つって意外と簡単なことかもしれないを含むブックマーク

自分は劣等感の塊だった。

何でかはわからない。でも周囲と比べてダメなところばっかり目がいったし

優れているところも素直に認められないでいた。


でも、今日気が付いた。

そんなこと気にしたって仕方が無いって。

気にしたって何も始まらないって。


こんなこと中学生でも知ってそうなのに自分は今日ようやく気が付いた。

自然な劣等感

思えば皆、感じているんだ。劣等感なんて。

皆、迷いなんて当然持っているんだ。

自分だけが特別ってわけじゃない。

みんな一緒なんだ。


確かに自分は劣っているところもあるかもしれない。

だけど、人間誰だってどこか劣っている。

コンビニの店員さんも、はてな村で有名なあのブロガーも

大企業の社長も、オリンピック選手でさえも

みんなどこか劣っている。

それが普通なんだ。


これからの努力

自分は劣っているところもいっぱいあるけど、優れているところもたくさんある。

それを認めてくれている人も少なからずいる。

今はまだ自分の優れたところを認められない自分がいるけど

少しずつ認めていこう。

これからは認める努力をしていこう。

今の自分に必要なのはそういう努力だと思う。


自信を持つって

なんだ簡単なことじゃないか。

自分が自分を認めてあげればいいんだ。

だれだれより劣っているなんて考えたらきりが無い。

そんなこと気にしたって何も始まらない。


蛇足

ブログ一周年です。

去年の誕生日に始めて、細々と書いてきてココまで来ました。

一年前よりだいぶ成長したなーっと以前のブログを見ながら感じました。

一年たったんで、一人前のブログとして認めてあげたいと思います。

よってこれから少しずつブログのデザインも変えていって

はてな村の一員としていいブログを作っていきたいなと感じました。

hibaripapahibaripapa 2011/02/26 14:54 そういう事だよ。
よく頑張ったね。

ruisouruisou 2011/02/28 15:06 コメントありがとうございます。
劣等感は自然に湧いてきます。この記事を読んで再び自分に言い聞かせています。
昔の自分、結構いいこと書いてますね(ぇ

2010-09-14

生き方を見つめなおしてみた

12:05 | 生き方を見つめなおしてみたを含むブックマーク

最近、うつ病休職してちょっとだけ自分と向き合った。

なぜうつ病になったのか?

どこからが間違いだったのか?

考えるべきことは無限にあるけど

ちょっとだけすっきりした部分があるのでまとめてみる。

自己本位に生きる

最初に出会ったのがこの記事。

no title

さて、「他人本位」が自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」から脱出する鍵を握っているに違いないと考えました。つまり、外から無批判に「鵜呑み」で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、丁寧に吟味し咀嚼して「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。

漱石は自分本位の考えを手に入れて「うつ状態」から脱している。

私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略〜)その時私の不安はまったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。

この「軽快な心をもって」の部分、うつ病患者が強く欲しがっているものである。

では自己本位の生き方とはどういう生き方だろうか。

引用の中では「外からの情報を鵜呑みにせず、丁寧に吟味し咀嚼して」とある。

つまり、自分で懸命に考えろってこと。

そして自分の生き方に対しても、外からの情報「アレがいいコレがいい」

とか言われても自分の中に入れる前にまず自分で考える。

例えば、親から「大企業に就職しろ」「公務員なら間違いない」とか言われても

「本当にそうなのか。自分はそれで満足なのか」と考えるべきなのである。


自己本位の生き方とは、自分に問いかけて答えを出してから進むという生き方

と解釈してもいいのではないのだろうか。


囁きに無自覚になる

次にであった記事。てか雑記。

はてなダイアリー

この人の文章は非常に魅力的で読んでいて吸い込まれそうになる。


この中で

そう。たぶん「大人」になることは簡単だ。「そうあるべき」という囁きに無自覚になりさえすればいい。

とある。

つまり大人になるってことは周囲の囁きに無自覚になるってことで

漱石の言う「他人本位」の生き方をするってことになる。

他人本位の生き方をしている人はうつ状態になりやすい。

つまりうつ病って意外と世の中に蔓延しているってことでおk?


そしてこの人の文章を見て思い出した。

空の青さと、緑の鮮烈さと、春の夜の秘密のにおいに対する感受性を失っていないだろうか。

自分は中学生のころ感受性豊かでいろんな本を読んでは感動していた。

世界はとても輝いていてあらゆるものが感動の対象だった。

しかしこの感動する心が思春期独特のものであり、大人になるにつれ

薄れていくということを知ったときそんなのイヤだと強く思った。

その心配は杞憂に終わった。今も自分は天野こずえのマンガを買っているし、

わくわくしながらライトノベルのページを繰っている。

しかし周りは変わっていく。気が付くと同じ感受性を共有できる友達と

いうものはいなくなっていた。*1

この生き方は不器用だけど「自己本位」の生き方で悪くないと思う。


余命あとちょっとの人の言葉

そして最後に出会った記事。てか2ちゃんまとめ。

余命あとちょいだけど質問ある? - まめ速


やっぱり死を覚悟した人の言葉は重みがある。*2

何をどう引用していいかわからないので感想だけ。

まあ結局、動く体と頭があれば生きて生きて生き抜いたほうがいいし、

生きるならやりたいことやってみたほうがいい。

「どうせ自分なんて」とか「アレをするのは特別な才能が無いと難しい」とか

言い訳をしてないで絶対動いたほうがいい。

だって生きてるんだから。


まとめると

自己本位の生き方をつかんで、生きていく。

――自分で考え自分で決める


周囲の囁きに耳を貸さず自分の感性を失わない。

――たとえ孤立したとしても


せっかく生きているんだからやりたいことをやってみる。*3

――人生いつ終わりが来るかわからん

*1:ネットで探せばいくらでもいるだろうけど

*2:こんなところでなんだけど>>1の冥福を祈ります

*3:やりたいことはまた別エントリで書きます

2010-09-05

やっぱり自分には社会で生きていくのは無理かもしれない

14:16 | やっぱり自分には社会で生きていくのは無理かもしれないを含むブックマーク

うつ病隠して、サラリーマンやっていたけど

やっぱりちょっと無理があったかもしれない。


社会人として歩いていたが

うつ病自体は大学院で発症した。

社会に出てからは改善したように思えた


しかしそれは細い糸の上を歩くようなもの

慎重に歩かないとすぐに足を踏み外してしまう危険な状態だった。

それでもうちの会社は新人には優しいため、入社してから

一年間は糸の上を歩くことが出来た。

これだけでも恩の字である。


しかし、2年目以降、徐々に状況が変わる。

簡単に言うと、一人前のIT派遣要員として扱われるようになったのだ。

以前のエントリにも書いたが、

プログラマという職業に対する恐怖 - Random Work To

うちはこのようなことが2年目以降の社員に対して行われる。

もちろん機会があれば1年目でも遠慮なく行われるだろうが。


自分の場合、仕事は月単位で変わっていった。

そのたびに上司も変わった(これは偽装請負のため)。

言語も変わった。対象業務も変わった。

毎日、頭は混乱し、「落ち着け大丈夫だ」を心で繰り返して仕事をしていた。

帰りには「もうむりぽ」と繰り返していた。


辞めるべきか休むべきか

この変化に富む状況が自分には耐えられなかった。

自分はついに休職願いを出した。


ホントは辞める気だった。

だっていつか復帰することを思うと、気が休まるわけもない。

そう考えていた。

でも主治医の先生が

「ゆっくり休んで、頭と体を休めて考えてみなさい」

としばらく休むことを勧めてくれた。

自分はそれにしたがって休むことにした。

3ヶ月。長い夏休みのようなものである。


今思うこと

働く環境がころころ変わる職場って、たぶんIT派遣業界特有のものだと思う。*1

もちろん、それを逆に楽しむ人がいることも知っているし、

それを乗り越えないと立派なITエンジニア(下請け)になれないことも知っている。


じゃあ自分はどうか。

自分はうつ病を奇跡的に完治させたとして、その環境、いやもっと過酷な環境が

待ち構えているIT業界でエンジニアとして生きていくことができるのか。

正直言って自信が無い。甘い考えかもしれないが

自分はもっとじっくりと一つの業務に対して仕事をしたい。

できれば先輩も上司もころころ変わって欲しくない。

もっと落ち着いて仕事がしたい。


社会のことはまだ良く知らないが、きっとそんな自分に合う仕事があるはずである。

わがままだって言われても、自分は自分に合った仕事を探したい。

もしくは社内改革を推し進めて自分に合った環境を作るか。

無理なのかなぁ。そんな都合のいい仕事なんてないのかなぁ。

やっぱり社会で生きていくのは無理なのかなぁ


いかん、復帰後のことは考えないよう、医者に言われているんだった。

とりあえず思考停止。休め。

*1:そう信じたい