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2012-10-04

「情けは人のためならず」は間違いではないのか

| 02:30 | 「情けは人のためならず」は間違いではないのかを含むブックマーク

前回の続き。内容が変わったのでいったん切りました。

「情けは人のためならず」という故事成語は、人に親切にしたら巡りめぐって自分にもいい事があるという意味も含まれている。

だけど世の中には、与えるだけで自分自身には与えられてない不幸な人もいるわけで……。


人助けは必要か?

なんといいますか、正直もう疲れました。

助けた人が幸せになっていく姿を見て、もちろん満足感はあるのですが、自分の姿を見ると思わず嘆きたくなります。

正直、たまに嘆いています。ここ最近ずっと嘆いています。

そろそろ自分の番がきてもいいんじゃないのか?と思っていますが、いっこうに来る気配はありません。

むしろ、人を助けた分、今の不幸が重く感じます。


そもそも自分はないがしろにされる

誰かに親切にすると、最初は感謝されるのですが、途中からは当たり前みたいになっていきます。

そしてもう親切が重荷になってやめようとすると、攻撃してくる人がいます。

「なんで以前のように親切にしてくれないんだ」と。

そして

「お前は役に立たないな」と言って、それ以降無視されます。

そこまではいかなくても、相談とか親身に何時間も聞いていても、次の日には忘れられてます。こいつにはお礼は必要ない、こいつからは親切にされて当然、と考えるようです。もしくは、棚ぼた感覚でラッキーと感じているみたいです。*1

今自分がこのように落ちぶれてからは誰も病気のことについては聞いてくれません。重過ぎるから当然かもしれませんが。

自分も精神病のかまってちゃんになりたくないからなかなか話さないというのもあります。だからここで愚痴ってます。自分のブログだから許してください。


そもそも自分の親切はおせっかいだったのでは

そうかもしれません。

だから、助けてと直接いわれない限りは、もう親切にすることはやめます。

道端で血を流して倒れている人がいても、助けを求められない限りは助けないことにします。応急処置や救急車を呼ぶ手際が悪くて逆恨みされるのはごめんです。


ないがしろにされる理由を考えてみた

考えられる身体的な特徴として、背が低い、目が死んでいる、声が小さい、というものが自分にはあります。

背が低い男は基本的に誰からも舐められます。街を歩いていても誰もよけないし、いつもよけるのは自分です、集団でちょっと悪いことをしていても怒られるのは自分だけだし、列の割り込みも日常茶飯事です。しかしこれは筋トレして筋骨隆々になれば避けられるという情報を聞きましたので、がんばれば回避できます。

目が死んでいるのは、まぶたの脂肪が厚いからそう見えるだけで、いざとなったら輝きます。ここ6年ほど輝いてませんが。冗談はさておき、まぶただけピンポイントで脂肪を減らせるとは思えないので、これは回避不可です。

声が小さいってのは、昔からコンプレックスでしたが、これが一番の理由だと思います。声に覇気というか張りがないと絶対に男は舐められます。実は親はとても張りのある通る声なのですが、自分は遺伝しなかったみたいです。後天的に小さくなった可能性もありますが、今となっては後の祭りです。

そして声だけでも治そうとネットで調べていたら、ヤフー知恵袋*2にこういう書き込みが。

でも・・・世の中でっかい声の人ばかり、ハッキリした声の人ばかり、だと・・うるさくてかなわないし、つまらない、と思いません?

声の大きい人もいれば小さい人もいる、響く人もいればこもる人も、ハスキーな人もいる、・・・・だから美しく、だからバランスがとれてるんじゃないですかね。

私もその同僚たちに、「歌うたってるくせに」とよくネタにされて笑われてましたけど、あまり気にしませんでした。

結局、自分の資質というのは、自分の長所や自分の打ち込む何か、に生かしていけばいい訳で・・何から何まで社会の平均値にあわせると、自分の長所や個性までなくなっちゃいます。

どんなサイトでもボイストレーニングを勧めているのですが、これを見てはっ、としました。

声が小さいというのは個性なのか。

もしかして自分が気にしている欠点の多くは個性なのか?

と考えるようになりました。


大学教授からもないがしろにされたのを思い出した

自分は学問的な話題ではすごく盛り上がるけど、下世話な話題には一切ついていけなかったし、バカ騒ぎも出来なかったので、飲み会では浮いていました。

そのせいで教授からも嫌われてたみたいです。当時は気が付かなかったですが。

やはり飲み会で騒げない人間はどこでも嫌われるみたいです。

同じように大人しい学生がいましたが、その子は女の子でした。女の子はあまり嫌われてはいませんでした。自分も女の子に生まれればよかったです。

しかしそれは偶然、その集団では男の大人しさが個性として認められなかっただけで、ほかの集団では認められるかもしれません。


欠点をざっと書いてそれを個性と捉えてみる

ちょっと本エントリの趣旨とはずれますが、ちゃんとまとめますので安心してください(何を?)。以下、わたくしの欠点です。

  • 顔の左右のサイズが大きく異なる→見方によってはチャーミングかも。。
  • さらに左目が二重で右目ははれぼったい一重→雌雄眼といって才能があるらしい。
  • 声が小さい→落ち着いた声かもしれない。
  • しゃくれでえらが張っている→個性的なおもしろい顔。
  • かなりの猫舌→かわいらしい。
  • 背が低い→威圧感がないぶん親しみやすい。
  • 短小包茎→貧乳好きがいるように、こっちがいいという人もいるかもしれない。。
  • 童貞→純粋。
  • いない歴年齢→誠実。
  • 白髪多くて前髪が後退している→苦労人。
  • 汗っかきで顔が脂ぎっている→代謝が良い。
  • 頭の回転が遅い、理解が遅い→隅々まで真剣に取り組んでいる。
  • 難聴とまではいかないが耳が悪い、雑音のあるところで会話が出来ない→1対1ではしっかりと聞いてくれる。
  • 動きがぎこちない、滑らかに動けない→ロボットみたいでおもしろい。
  • すばやい動作が苦手→しっかり考えて動いている。

……これらをこのような個性と認めてくれる人と出遭える確率はどのくらいでしょうか?

それにしても欠点多いですね……。


情けは人のためならず

自分は現在、情け循環?からは外れているみたいですけど、だからといって親切をやめるわけにはいかないと感じました。もし、自分を認めてくれる誰か/集団とめぐり合えたとき、親切をやめていたら顔向けが出来ないからです。

上述した内容の欠点を、個性と認めてくれる誰か/集団が現れる可能性があります。28年間現れなかったけど、29年目に現れるかもしれません。

結局、世間に騙されているような気もしますが、それでもふてくされて寝ているよりは、自分の生き方を貫いたほうがマシな気がします。

やはり昔の人の言葉には敵いませんでした。情けは人のためならず、です。

中学生の作文みたいな結論になってすみません。。

*1:たしかに感謝してくれた友人も一人だけいますが、もう結婚して家庭を持っているので愚痴をいうわけにはいきません。

*2:URLなくしてしまいました。すみません。