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2013-02-28

うつ病でまともな未来がない自分がそれでも生きている理由:『なぜ私だけが苦しむのか』感想

| 13:24 | うつ病でまともな未来がない自分がそれでも生きている理由:『なぜ私だけが苦しむのか』感想を含むブックマーク

ニートのまま三十路手前になってしまったこともあり、再就職はほぼ不可能な状態であるがあまり悲観してはいない。そもそも病気はついに6年目、治る見込みはなく再就職どころの話ではない。

はっきりいって悲観していた時期もあったが、『なぜ私だけが苦しむのか』を読んでちょっと生きる意味が見つかったような気がする。意味とかそんな大げさに捉えているわけではないけど、死ぬときがくるまで生きていてもいいかな、と思えるようになった。

ただし自分はこの本の紹介されている人たちほど不幸ではない。不幸の基準など、この世にはないのだが。


俺のネガティブな現状

散々このブログで語ってきたことなので、詳しくは書かない。悲惨さを演出して同情を引きたいわけではない。これらを読む人に伝えないとこのエントリの意味がないからだ。できるだけ明るく書く。以下、箇条書きにする:

  • うつ病:6年目。漢方治療中。
  • 童貞:あと少しで魔法使い。
  • 彼女いない暦=年齢:ラブプラスの寧々さんは除く
  • 低身長:しかも猫背だからかなり小さく見える。改善中。
  • 声が小さい:声変わりに失敗した。
  • 顔つきがだらしない:生まれつき。
  • 笑顔が気持ち悪い:よく言われる。
  • 無職:プログラマーの前科、職歴あり。これでも高学歴なんだぜ……。
  • アスペルガー症候群:これが一番の元凶だが、目立った才能は今のところない。
  • 原因不明の全身倦怠感・筋肉痛:30分の散歩がつらい。風呂上りだけ痛みから解放される。
  • 腰痛・肩こり・変形性膝関節症:痛くない状態を忘れてしまった。

精神面は、やや安定傾向。相変わらず死にたくなるときもあるが、うつ病患者にとっては普通のことなので気にしないようにしている。季節の変わり目だし……。

身体的特徴・世間体などは瑣末な問題。だがときどき酒でも飲んで忘れたくなるときもある。お酒は禁止中なのでポカリスエットで代用している。

一番の問題は、下三つ。アスペルガーについては現在勉強中だが、自己分析・今後の計画に役立つと確信する。

だが、体の痛み。これは手の打ちようがない。地元の整形外科の病院はすべてお手上げだった。総合病院は門前払いだったからよくわからないが。*1一日中寝ていればいいのだが、それだと気分が憂鬱になってくる。つまりうつ病がひどくなる。ますます体が動かなくなる。だから痛いのを我慢して散歩にいったり老人向けストレッチをしたりしている。

おそらく、精神的なものが体に悪影響を与えているのだろうが、自身の感覚としては精神的には安定しているから不思議だ。ストレスが精神ではなく肉体にきているのだろうか。実はこれを書いている今もかなり痛い。


嫉妬する心

ここまで体が痛いと精神も徐々におかしくなってくる。イライラすることも多くなったし、寝返りしただけで鈍痛が走るから、悲しいとか怒りとか通り越して笑えてくる。そして、こう思うのだ

「何で俺なんだよ!」

俺は決して品行方正ではなかったが、これまで関わってきた人と比べるとかなり善良な部類の人間だと思う。しかし自分よりよほど素行の悪かった人間が社会で成功して健康に生きているのを聞くと、なんだかやりきれなくなる。別に、失敗しろ病気になれ、というわけではないのだが、どうしても自分との学生時代(勉強量や成績、日ごろの行い)を比べ、嫉妬を覚えるのだ。

『なぜ私だけが苦しむのか』では、

嫉妬するのはよくないことだと道徳をもちだしたり、嫉妬など捨てるように話したところで、なんの助けにもなりません。嫉妬というのはきわめて強烈な感情です。それは私たちの心の深い部分に触れ、大切な部分を傷つけるものです。

とある。嫉妬は悪い感情だとわかっているのに、強烈に心を支配するのだ。

自分はそれを通り越して、自虐が多くなって自暴自棄にもよくなる。体の痛みがそうさせるのか。もう平常心の崖っぷちにいるような感覚だ。痛みで発狂する病人がいるといわれるがこういう感覚なのだろうか。

ただ、この心を友人が察すると、やはり自分から遠ざかる。当たり前だ。普通の人生・健康だというだけで憤りを向けられたらたまらない。

嫉妬をすることによって、ほかのだれでもない自分自身を傷つけ苦しめていることもわかっているのです。それでも私たちは嫉妬を感じてしまうのです。


すべての人は悲しみの兄弟

ただ、不幸というのは比べることができない。『なぜ私だけが苦しむのか』には次のような話が載っている。

古い中国の物語に、一人息子を亡くした母親の話があります。彼女は深い悲しみのなかにあってひとりの聖人を訪ね、次のように問いかけました。「どんな祈り、呪文を唱えれば息子は生き返るのでしょうか?」追い返したり諭したりする代わりに聖人は「悲しみをまったく味わったことのない家庭へいって、からし種を一つもらってきなさい、それを使って、あなたの悲しみを追い払ってあげよう」と告げたのです。

結局、悲しみを味わったことのない家庭などなく、彼女は行く先々で自分とは違う悲しみに明け暮れている家庭を目の当たりにする。そして同情し、助けることを繰り返す。からし種は最後まで手に入らなかったが、彼女の悲しみはいつの間にか消えていた。


おそらく、これだけが嫉妬を取り除く術なのかもしれません。つまり、自分にないものを持っているということで私たちが腹を立てたりねたみを抱いたりしている人たちにもまた、彼らなりの傷や痛みがあるのだ、ということを認識することです。

これは非常に重要な認識だ。よく悲劇のヒロインになる、と揶揄される人がいるが、ヒロインには周りの抱いている不幸が見えていないのだ。それを認識するのは自分自身の力でなければならない。他人から押し付けられた認識など、返ってヒロインを奈落の底に突き落とすことになるだろう。


だれもが悲しみを知っているという意味において、兄弟姉妹なのです。

この考えをすべて受け入れるには自分にはまだ時間が掛かりそうだが、むやみやたらに怒りを覚えることはなくなってきた。


何故底辺の俺が生きているのか*2

引用が多くなってきたので、ここからは俺の言葉で語らせてもらおう。同じ意味の内容が書いてあるが、ここからは現代底辺喪男版といったところか。

何故生きているのか?

俺みたいな底辺が頑張っている姿を見て勇気をもらう人がいるってことだ。

よくテレビで貧乏派遣男とかが特集されているが、彼女とも別れました、とか聞くと「市ね」と叫びたくなる。なんだよ彼女いたって。俺は手をつないだことすらねーぞ。自虐風自慢か、そーか、じゃあ死ね。

俺はな、成績も良くて運動もそれなりに優秀で、授業・部活をサボったことなど一度もないのに、学生時代はまったく女の子と縁がなかったぞ。社会人になってからも当然なかったけど。派遣やバイトが低収入で別れたみたいな言い方する奴、収入がそれなりにあってもまったく女の子と縁がない男たちに土下座しろ。

話が逸れた。ともかく昔は、テレビで苦境でも頑張っている人を特集して、視聴者に生きる勇気を与える趣旨のものがあった。難病などはいまでもあると思う。ここのところテレビは見てないから実際はよくわからない。穿った見方をする視聴者が増えていたらなくなっているだろう。

それをこのブログでやる、というのは大げさかもしれないが、コメントやメールを見る限り多少勇気をもらっているひとがいるのは確かだ。

高学歴なせいで典型的な底辺野郎ではないかもしれないが、無職童貞いない暦=年齢うつ病低身長などのコンプレックスを持ったおっさんは今の日本にはたくさんいるはずだ。俺はそいつら、いや、お前らの勇気になりたい。


余談:「働かざるもの食うべからず」とは最低な言葉

無職でも気長に構えられているのは親の保護(住居、食費などの提供)のおかげだ、という人もいるだろうが、そのとおりだ。だが新卒が焦って就職にしがみついて自殺するよりよほどマシだと思う。自殺した人を馬鹿にしているわけではない。ない、がその無念は馬鹿にしなければならない。

「無職は人にあらず」「いい年して親のすねかじりかよ」みたいな世の中が非常に生きづらい。考えてもみてほしい。日本の議員様たちは親のすねかじりではないのか。あまり批判すると消されかねないので言わないが、彼/彼女らはこう言うだろう。「使えるものを使って何が悪い」まあ、その通りだ。否定はしない。政治に使うのはどうかと思うが……ゲフンゲフン。

親が生きているうちに親に頼って何が悪い。新卒で就職しなければ親不孝だ、と考えている人も多いが、果たしてそうだろうか。卒業後に空白期間があっても、30になろうが40になろうが、最終的に”安定した生活”、”自分の夢”を得られればそれでいいのではないのだろうか。

「働かざるもの食うべからず」の言葉が蔓延している限り、日本人の、仕事を苦にした自殺は減らないだろう。森博嗣もどこかで同じようなことを作中に書いていたが、当時はわからなかった。新卒で就職して働き詰めの人は中々分かりづらいかもしれない。自分は仕事を辞めてから、よく考えるようになってようやくわかった。わかったというより頭に染み込んだ。


なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)
なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)

*1:紹介状がないと診察してくれない。

*2:ここからは一人称が俺になります。

nobunobu 2013/03/29 06:38 ruisouさん、初めまして。

鬱になり、かれこれ6年の者です。今日始めてブログを拝見し、とても興味深く読ませて頂きました。
私はあなたの様に、的確に自分の事を表現する事は出来ませんし、自分の醜いと思う部分を認めた上、更に公に語る勇気もありません。ブログを読ませてもらいながら、あなたに自分の事を代弁してもらっている様な気がし、少し晴れやかな気分になりました。また辛い経験をシェアーして下さっているのは承知でしたが、所々で笑みもこぼれもしました。(すみません、でも共感したが為の結果です。)ありがとうございます。

お体の痛みにお悩みとの事で、申し訳なく思います。
今までに、水泳、または水中で行う運動を試されたことはありますか? 関節の痛みに苦しんでいた知人が、水中では浮遊力に助けられ運動しやすいという事で頑張って続けた結果、関節周辺の筋肉を鍛える事により、症状が緩和したと言っておりました。医学的な知識もなく、またruisouさんのご症状に関して何も知らない私が的外れな事を申しまして、ご気分を害されたらすみません。ですが、なるべく早く痛みの原因が判り良くなられるといいと願っています。

ruisouruisou 2013/03/29 12:45 > nobu さん
コメントありがとうございます。
病歴6年なら似てますね! このブログを読んで少しでも元気になられたのならこちらとしてもうれしいです。
自分も匿名だからうつ病のことを言えるのです。ブログというものがあって本当によかったと思っています。掲示板などで語ったらたまに文句を言われますからね。お前の日記帳じゃねーよって。

体の件についてアドバイスありがとうございます。水中散歩などはやろうやろうと思っているのですが、今は諸事情でできないのです。早くて来月半ばくらいかと思います。どちらにしろ、運動の習慣は付けたいところなので近所の温水プールに行ってみたいと思います。

体のことまで気遣ってくれてありがとうございます。お互い自愛していきましょう。

れいれい 2015/06/05 02:54 「心の底から人生を楽しみ、幸福感を感じたい」
そう思われませんか?
私は思います。

そんな思いに応えてくれるかもと感じた文章を以下にご紹介します。
ご意見、ご感想を聞かせて頂けたらありがたく嬉しく思います。

(以下 ほぼ引用です)
日本には痩せ我慢を強いたり、権力者に対する自己犠牲を美化したりする格言や説話が多いがその通り実行していたら、庶民は不幸せになり、権力者(政治家や官僚)だけが豊かになるのではないか。

お金、ビジネス、子どもの教育、そしてさまざまな人生の試練をどう切り抜けていけばいいのか。

庶民の一人ひとりが豊かで幸せな生活を送れるように、具体的な手ほどきがある。

庶民から金を取り上げようとしている権力者の悪を見抜き、企みを見破り、しっかりと自己防衛して欲しい。
現実に一人ひとりが自分の幸せをみつけるために。

「良き仲間や家族に恵まれ、幸福な人生を送りたい」
そう考えるのは万国共通の人々の願いだろう。では幸福とは何なのだろうか

金銭的・物質的に満たされることと幸福(Happiness)とは関係ない

幸福とは幸福感のことだ。ある人が不幸と思っていることでも幸福感を感じる人はいる。要は心の問題なのだ。

人を悩ませ落ち込ませる不幸感をどうすれば幸福感に変えられるか

心の底から人生を楽しみ、幸福感を感じるための実行集

●人をほめること

 人に認められほめられることほどその人に幸福感を与えることはない。されば、人にほめられることを単に待つのではなく、自分から人をほめてみよう。そうすれば、少なくともその人に幸福感を与えることができる。

人に幸福感を与えることは自分に幸福感をもたらす一つの善行であると考える。
他人をほめることは一種の義務であるとすらいえる。
 まずは、あなたにとって一番身近な存在や大切な存在をほめることから始めてみてはどうだろうか。

●自分がなぜ生まれて来たか、を考えること

 自分が死んだあと残された人々が自分に対しどう言ってくれることを望むか、ということを考えること。そうしないと、いくら働きずくめで働いても何のために働いているかがわからなくなり、結局不幸感が襲ってくることになる。
 なぜこの世に生まれてきたのか、ということは、人生の目標と違う。
 会社で出世することや、起業して儲ける、いい大学に入ることは、現実的な人生の目標と目的である。しかし、この世に生まれて来た理由とは、まさに画家ゴーギャンの言う「我々はどこから来て、どこに行こうとしているのか?」ということである。
失業しても、恋人がいなくても、身なりが貧しくても、どんな人でもこの世に生まれた役割があるはずである。今の不幸を嘆くのではなく、この世での自分の役割とは何なのかを問い続けること。それが人生を切り抜ける力の源となり、幸福感につながっていく。

●「善いこと」を毎日習慣として行うこと

身寄りのない老人の世話をするとか、病人を看病するとか、ホームレスの人に小銭を渡すとか食事を提供するとか、色々の善行を実行することである。
自分がこの世に生まれてきた目的の日常的具体化であり、毎日一歩でも近づくと良い。


●喋るよりも聞く

 幸福感は「喋る」よりも「聞く」ことによってもたらされる。
人間に耳が二つあるのに口が一つしかないのは、よく聞くことが幸せをもたらすことだと言われているのである。
 人の話をよく聞くことは、?その人の存在を認めること ?その人に心を開いていること  ?その人を尊重すること、につながる。
人の話を聞かないことは、?その人の存在を無視すること ?その人に心を閉ざしていること ?その人を軽視していることになる。
傍らにいて自分に話しかける人間を大切に迎えるのか、それとも後者のように冷遇するのか、どちらが自分にとって幸福感をもたらすかはあきらかだ。

パリで猛烈に働いている男がいた。彼はパリでも有名な富豪であったが、結局妻に離婚された。その友人は私に言った。「彼女には、欲しいというものは宝石からバッグまでどんな高価なものでも買ってやった。地中海を旅するクルーズ・ボートも買ってやった。旅行に行きたいと言えば、いつもファーストクラスに乗せてやった。何一つ不自由はさせていない。なぜなのか?」と。私は敢えてコメントは控えたが、彼は、妻に物やお金は与えたが、心を開いて妻の話を聞いてあげることをしなかった。だから妻は彼と一緒にいて幸福感を持てなかったのである。
 話を聞いてくれれば幸福な思いに満たされる。ならば傍らにいる人に幸福感を与えようではないか。そうすれば自分も幸福感(人を幸せにしたという幸福感)を持てる。

●魂をあらゆる騒音から遮断する一日を持つこと

週一回、家族との時間、それも何物にも邪魔されない時間を持つこと。その時は、電話も、テレビも、仕事もだめ。
携帯、eメール、ファクシミリ、電話、コピー、スキャン、グーグル、パワーポイント、プリンター、と我々はテクノロジーに振り回される日常を送っている。私の若い頃はデスク上には電話以外何もなかったが、今よりも充実感があった。すべてのテンポがゆったりとしていたからだ。
 我々は携帯とeメールに支配されている日常から、少なくとも週に一日は解放され、「つれ合い」(つれ合いがいなければ犬や猫、ペットがいなければ“神”)と、ゆったりと語り合う時間が必要だ。
幸福感とは、息と同じで「吸って」「吐いて」の両方がないと流れないのである。息をする時に「吸う」だけをやれと言われたら死んでしまう。どこかでゆっくり「吐く」必要がある。
息を吐く、自分自身をあらゆる締め付けから解放してやれということだ。
そうすれば、「吸って」「吐いて」が調和し、それが幸福感につながる。


●不運が襲って来ても、その不幸を幸福感の持てる他のものに作り変えられるまで不運とバトルすること

 どんな人間でも一生の間に不幸や不運に見舞われることが絶対にある。交通事故に遭うかもしれない、目の病気で失明するかもしれない、滑ってころんで下半身不随になるかもしれない。そんな時に、どう幸福感につなげていくか?
不運に襲われても絶対にあきらめずに戦う。
苦難の犠牲者になることを絶対に拒否し、希望の灯りをともせる何か他のものに作り変えるまで戦い続けるのである。

「生き抜くのだ。この生をこの命を」という魂の叫びである。
「この命、この人生、この生、今生きているこの時」。
今、この時を力強く生き抜いて欲しい。
苦難の犠牲者になってはならない。受け止める、乗り越える。耐えることではなく、それを別の光の見えるものに作り変えるまで、不幸と戦い組み伏して行くのである。

ruisouruisou 2015/06/05 11:21 > れいさん
コピペコメントかスパムかわかりません。
どちらにしろあなたの言葉で書いてください。
返事が三日以上ない場合、スパムとみなして削除します。

れいれい 2015/06/06 12:07 大変失礼いたしました。
確かにそう受け取られても仕方のない内容を送ってしまったことに今頃気づき、
心から反省しています。

本当にごめんなさい。

あんなに長い引用ばかり送られてもご迷惑なだけでしたね。
削除して下さっても構いません。

私としては環境こそ違いますが自分も同じような悩みや苦しみを抱えている面があり、そんな中で感銘を受けた言葉があったのでご紹介したらもしかしたらお役に立つのではないかと思ったのです。
でもruisouさんにとってもそうとは限りませんものね。

本当にごめんなさい。

ruisouさんのブログを読ませて頂いて今まで私が自分自身うまくつかめずにいた思いや悩みなどをきちんと言葉で表現されていて、しかも発信することで人の心を助けている、すごい方と感じました。

頭の良い優しい誠実な方のように思えました。

(深く知っているわけでもないのに勝手に美化されてもご迷惑でしょうか。
 その時はごめんなさい。)

そんなわけで、もし出来ましたらruisouさんのご意見やご感想を伺ってみたかったのです。
本当に失礼いたしました。
ごめんなさい。
コメント下さり、ありがとうございました。

ruisouruisou 2015/06/06 15:45 > れいさん
コメントありがとうございます。
ヒトだったのですね、すみません。完全にスパムと勘違いしてました(失礼)w

長文の感想は、今の僕の感想で申し訳ないですが(この記事を書いたときの僕はなんと純粋だったのだろうと思います)、幸せに対する渇望が強すぎると思います。
もっと肩の力を抜いて生活し、自分の周りをじっくりと観察するといいかもしれません。
きっと敵意のある存在などどこにもいないし、いたとしても短期的なものでしょう。最低でも75日すれば忘れられるはずです。
肩に力を入れていると感じたのは、「善行をやる」「不運と戦う」など、どうも血気盛んな表現が多いからです。これらは、れいさんが不器用な人間(と決め付けるのも失礼かもしれませんが)なら、きっとうまくいきません。こういう行為は後から後から、器用で要領のいい人間がやってきて我々を追い出し、打ち負かすと相場が決まっているので……。

れいさんは僕よりかなり若い方だと思います。若いときはやはり思考が偏りやすいです。
今はちょっと、(何かしら感銘を受ける本を読んで)大きな知識・思想に熱をもっている状態だと思います。
偏りを修正し、熱を冷ますには、やはりいろんな(名著と言われる)本をじっくり読むことかと思います。これしかアドバイスできないのが申し訳ないです。
まだまだ自分も修行不足なので、どの本がいいとは言えないのですが。。

また、何度も謝らせて申し訳ないです。こちらは怒ってなんかいませんので大丈夫です。
こういう個人的な意見感想を求めるのは、本来メール対応するはずでした。メールアドレスを伏せていた自分に過失があります。誤るのはこちらのほうです。すみません。
メール再開しましたので、よかったらどうぞ。

れいれい 2015/06/06 17:30 こんにちは。お体が痛かったり、精神的に辛かったりされるはずなのに、こんなに早く誠実でお優しいお言葉を返して下さってありがとうございます。
お手数かけて申し訳ありませんでした。

私はruisouさんより一応年上のはずなんですが、精神的にも知能的にも未熟なのだろうと思います。

結構人に影響されやすく、すぐ感動しては「いや、待てよ」と疑う自分もいて不安定で苦しいです。
自分が良いと感じたものを素直に信じてしまいたい、だけど疑わなくては危険なこともあるから、無邪気に純粋に信じ切ることも出来ない…。

正直、辛いです。

頂いたアドバイスの通り、肩の力を抜いて周りをじっくりと観察してみます。
ruisouさんのおっしゃる通り、私はかなり不器用な人間のようです。
(しかもなかなかそれに気付けませんでした。何か人と違うな、変だな、生きにくいな、みんな私みたいなことはあまり考えないし、悩まないみたいなのに、どうして私はどこか違っているんだろうと思っていました。)

いろんな名著も読んでみます。

本来はメールでの対応がふさわしかったのですね。
すみません。
このお返事はこちらで良かったでしょうか?

すっかり長々と書いてしまいました。
お手間を取らせて申し訳ありませんでした。
これら一連の投稿がこちらにふさわしくないと思われましたら、遠慮なく削除なさってください。

ありがとうございました。心から感謝です。

ruisouruisou 2015/06/07 11:25 > れいさん
コメントありがとうございます。
この記事はもう2年以上前のものなので、このときよりずいぶん回復しました。精神的にも身体的にも悪くない状態です。油断するとすぐに悪くなる危うい状態ですが。。だから手数であるようなことではないです。

何かつかまれたようで嬉しいです。名著は最初から原文などきついかもしれないので新書サイズの解説入門書ものから入るといいかもしれません。肩の力を抜くなら、禅の坊さんが書いた本など個人的には良いと思います。

年齢の件は失礼しました。文章だけで年齢を判断するのはやめようと思います。ただ、れいさんの純粋な部分を読み取ってしまったとご容赦いただきたい。。

コメント欄で会話すると、ネットに半永久的に残ってしまうので、個人的な話のやりとりはしないほうがいいと考えています。また、長文もふさわしくないかなと個人的には思っています。長文だと、お互いのブログの本文で論じ合ったり、メールがいいかなと、古い考えですがそう思ってます。
ふさわしくないとかそういう考えは微塵もございませんので、安心してください。

はじめましてはじめまして 2016/10/11 10:14 はじめまして。
チラ見した程度なので、あなたを深く理解はしてませんが、
私もうつの体の痛みとアスペで年金と、手帳をもっています。
 うつ症状は、はっきりいって、医者との相性といわれています。ネットの有料サイトいはく「精神、心療内科の7割の医者は藪医者」なんていわれました。
 まず、うつ症状がどんなことか、起きるパターンを知って、医者を探すことですかね。
 私は「うつの体の痛み」の症状をうたってる医者のホームページを探して今はそこに通院してます。
 恐ろしいことに精神病関係はほんと自己責任で立ち回らなきゃならんです。
 死ぬかと思いました。

ruisouruisou 2016/10/20 00:18 > はじめましてさん
コメントありがとうございます。
これ関係のネットの有料サイトは見ないほうがいいかと思います。まあ、医者にとられるかサイトにとられるかの違いですけどね。若手の医者はだいたい藪医者ですね。カウンセラー含めて。

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