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2013-05-29

ダメだと思ったらダメ人間の物語を読むと落ち着く

| 21:39 | ダメだと思ったらダメ人間の物語を読むと落ち着くを含むブックマーク

ひどい一週間だった。気分のアップダウンが激しく、滝に打たれる修行僧のように気持ちが落ち着いたと思ったら、次の瞬間、『ひぐらしの鳴く頃に』のレナみたいにブチ切れる。二日以上、精神が安定している状態が続くことは、この一週間にはなかった。

両親もかなり困惑しているみたいだし、近所の人にもバレているだろう。

時代が時代だったら俺は狐憑きだと言われていたかもしれない。


落ち着くための処方箋

薬は確かに効くけど、せいぜい1時間くらいだし、即効性もない。

やはり何をやってもダメ*1なのは自分が無力だから。今から頑張っても就職とか絶望的だし、ネットで稼ぐといっても全然やる気が起きないし、そのくせ焦ってあたふたするし。

だけど、それが非常につらかったのは自分ひとりで闘っていたからだ。言っておくがネットでニート仲間を見つけたわけではない。

前回、話に出していた『NHKにようこそ!』をちらりと読んでみた(短時間で読めるので漫画のほう)。ああ、佐藤君はまったく自分と同じではないか! 自分がダメなのはひきこもりのせいだったのだ! と、単純な話では決してなく、自分の直面している問題はまったく改善していないのだが、同じ境遇の人間がいるというだけで、精神がすんごい落ち着く。

落ち着く、というのは正常な思考に不可欠なもので、そのおかげで今こうして文章にもできている、少し現状を打破できそうな気がしてきた。

さて、落ち着いたので、さらにダメ人間の物語を探し始めた(ループではない)。文字が生まれて幾千年、歴史上にもっとダメ人間がいるはずである! そいつらをみて精神を落ち着かせよう! もとい、生きるヒントにしよう!

そう思って教科書にさわりだけ載っていた『阿Q正伝』を読み始めた。

たしかに主人公の阿Qはダメ人間だが、精神的にかなりたくましい。ネタバレはしたくないので詳しくは書かないが、周囲の人間に悪口を言われようが殴られようが、最終的に自分の心の中で勝ったことにする「精神的勝利法」を彼は編み出していた。そのほかにも彼から学ぶことは多い。ときには反面教師ではあるが。

もう自分のようなマダオになると、高校生の青春など読んでいられない。いたたまれなくなる。阿Qのようなマダオの物語が精神安定剤だ。これが年をとるということか。

ということで精神を落ち着かせたい人は、自分かそれ以下の人間の物語を読もう。探せばいくらでもあるはずだ。

そして彼/彼女らからエネルギーをもらうのだ。


その後、取った行動

本を読んでエネルギーをもらった後、思い切って走ってみた。

痛くてしんどい腰とか肩とか知らない。明日の疲労とか考えない。

そう思って近所をランニングしてきた。かなりのハイペースで走ってきた。

最初は痛かったが、走っているうちに血行が良くなったため、途中からは痛みがなくなった。

健康だった頃の自分をちょっと思い出した。

そして河川敷を歩いた。時間的に誰もいなくて快適だった。

月が見えた。蛍も少しだがいた。

体はもはや羽のように軽くもあり、鉛のように重くもあった。


山月記』をざっと読んだ

『山月記』の主人公・李徴はかなり自分と似ている気がした。夜に走ったところなんてそっくりだ。

以下、ネタバレかもしれない。もっとも超個人的な解釈なので読んでも差支えがないと思う。「」内は個人的な現代語訳なのであてにはならない。


現代風にあらすじ:

李徴は立派に大学も卒業して就職したけど、職場の上司が気に食わず勢いで辞職、実家で文学を書いて生計をたてようとしたところ、新人賞にすら届かず、あきらめて職場にもどったけどかつてのダメな同僚や後輩の部下であることに耐え切れず、また作家に戻る。

そしてホテルで缶詰めしたところ気が狂って月夜に飛び出してしまったと。

現代なら虎ではなく統合失調症と呼ばれるはず。


しかしこの李徴という奴、妻子がいるとは生意気な。くたばれリア獣。まあ、時代的に恋愛とかでくっついたのではないかもしれないが、それでもしねと言わせてくれ。


李徴は次のように虎になった自分のことを語っている。

「俺はもう人としての心がなくなっていく。人としての思考が戻るのは一日に数時間だ」

この言葉がよくわかる。

自分も獣のように荒れることがある。叫んだり暴れたりする。そのたびに家具や自分の体が壊れる。家族は悲しむ。

すでに半分、虎なのかもしれない。

そして、人間としての思考がなっていく恐怖。そのときに回顧する己の運命。

「この気持ちは誰にもわからない。同じ境遇になった者でないと」

このセリフもよくわかる。

精神病の苦しさは精神科医やカウンセラーなどにも決して分からない。実際に精神を病んだ者でないと、やはりこの気持ちはわからない。

だからカウンセラーや精神科医にまず聞くべきことは、あなたは精神を病んだことはありますか? である。

彼/彼女らは上手に嘘をつくだろうけど。


次に、李徴が己の人生を反省して友人に懺悔をするシーンがある。その反省が胸に刺さる。


「同業の友人をつくり切磋琢磨するべきだった」

「しかしその辺の無能な奴らとグダグダするのもごめんだ」


これね。ネットでいくらでも交流できるのに誰とも交流をしない自分とそっくりだ。2chでたまに愚痴ってるくらいだ。これは悪い癖だから治したい。

そして有名な一文。これは本文のまま:

「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である」

よく聞く言葉だが、実際に物語の中で聞くとより深く、ぐさりと胸に刺さる。

そして詳しく語っている。これは勝手な現代語訳:

「もしかしたら文才がないのを恐れるがあまり、日々の執筆の努力をしなかった」

「難関大学卒業の俺は、平凡な奴らと意見交換もできず、ただ引きこもった」

あれ、俺とすげー似てない?

まあ、似てるように訳したんだけど。

俺は努力できないのは病気のせいにしているけど、工夫さえすれば己の目標のために日々精進できるはずである。病気なので健康な人ほど時間確保できないかもしれないけど。

つい先月亡くなったヤマグチノボルも病床の身で作品を書いていたらしい。重い病気なのに創作ができる人って本当にすごいと思う。彼の半分もつらい状況ではないはずなのに、甘えている自分が嫌になる。彼よりは明らかに時間を作れるはずだ。死人に悪いけど、ノボルよ勇気をもらうよ。


幸い、自分はまだ虎になる時間が少ない。一日一時間ほどである。まだ人間に戻れる可能性がある。

今こそ臆病な自尊心を振り切って目標に進もう。

尊大な羞恥心を捨て去って交流を。


蛇足

『山月記』にはいろいろな解釈があると思う。誰でも国語か道徳などで学生時代に触れたはずだ。

しかし大人になってストレートで何でもうまくいっている人でない限り、再び読む価値はある。短編なので他の物語を飛ばして山月記だけ読むなら数分である。

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)
故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)

李陵・山月記 弟子・名人伝 (角川文庫)
李陵・山月記 弟子・名人伝 (角川文庫)

 ふなぽん ふなぽん 2013/06/01 16:24 李徴はエリート、妻子もちだし、佐藤くんは岬ちゃんいるイケメンだし、、、
なかなか本当にダメな人間のお話ってないものですね、、、

ruisouruisou 2013/06/03 19:13 > ふなぽんさん
コメントありがとうございます。
そうですね……。
まあでもこのブログがある限りは私がダメ人間の見本ですから、安心してください。何を安心するかはよくわかりませんが……。

おぬーおぬー 2013/10/13 18:51 共感しました。
ruisouさんと似たような理由で、「ダメ人間 小説」とか検索かけることがあります。笑

そんでもって更に似たようなとこが(上記のふなぽんさんもそうかしら)、
そういうダメキャラに出会えても、
「でもあいつには○○があるじゃねえか」と、自分が持っていない彼・彼女の長所に
ものすごく敏感にというか音速で反応します。

案外みんなそうなんですかねえ。
他人の芝はなんちゃら…ていう感覚は実はものすご〜く普遍的で、
人間は本質的に「自分のほうがよりダメ」と思い込むようにできているんじゃ…
という気すらしてきました。

私も現在無職でひきこもっていますが、さっきたまたまruisouさんのページに出くわし、
過去の記事をいくつか読んで勝手にびんびん共感させていただきました。
それでもやっぱり、ruisouさんが大学院まで行ってたことを知った時点で、
凄いな!私なんか大学中退だよ格が違うよ…この人に備わっている忍耐力が無いんだよ私には…
と、みるみるうちにしぼんでいきました!笑

そんで次に私の頭が無意識にはじめたことといえば、
「いやでも私は以前ちょっと働いてたし…」とかその他諸々、
自分のほうが優れている(と思い込んでいる)点を探すことでした。
言い換えりゃ、他人の(ruisouさんの)あら探しをはじめてしまったんです。
みっともないですよねーーーー!(-_-;)

やばい、この思考の流れはもはや常態化している、と気付かされました。


んで思考は一周(?)しまして、なんかもう、

良くも悪くも「比べること」自体がすげえみっともない、意味ない。という結論に至りました。
究極的に考えれば人間みんなそれぞれ何か持ってるし何も持ってないんじゃ…とか思ったり。


いや、だから何だ、比べることやめたからって自分大好きみんな大好きめでたしめでたし、
とでもなんのかよアホか、て話なんですけど。
社会で生きていく以上どうしても他人と自分を比べずにはいられないし。


ruisouさんの記事を読んで何かそういうことを考えた、
て伝えたかったのでコメントを残しました、
失礼いたしました。

死んだら負けですよね、いきましょうね!
ありがとうございました。

ruisouruisou 2013/10/14 12:02 > おぬーさん
コメントありがとうございます。
宇宙から見たら人間なんて取るに足らないことがよくわかります。人間の感じる優劣なんぞ塵のようなものです。宇宙にいったことないですけど。
しかし深夜の散歩などいくと宇宙を感じることができます。満天の星空を見ながら、世捨て人ごっこ楽しいですよ。

2013-05-16

何をやってもうまくいかないくて笑えてきた

| 01:49 | 何をやってもうまくいかないくて笑えてきたを含むブックマーク

神様が「ヒトはうまくいかない状況が続くとどうなるか」という実験を俺を使ってやっているのではないのだろうかと疑ってきた。

あまりに、報われない。


病状が追加された

かなり特殊な病状なので、特定を避けるためここでは病状Aとする。

この病状A、何をするのにも気を取られる。瞑想も阻害されるし食事もしにくくなったし夜は何度も目を覚ますことになるし最悪だ。幸いに、少々対策をすれば痛みはほとんどない。だけど何もできない。

原因は分かっている。

ストレスだ。ストレスは溜まりすぎるとあらゆる不調をもたらす。ソースは俺。

前回のエントリ:

自信という言葉と「自分を信じる」という想いには大きな隔たりがある - Random Work To

で将来のことをちょっと真剣に考えたらこうなった。

ストレスに弱すぎワロタ。

もちろんこんな弱っている状況で就職などありえないから、30歳までに決定しようとかいうのは諦めた。どうにかして食い扶持を稼ぐしかなくなった。個人事業主というと大げさだから食い扶持を稼ぐという表現にした。

ていうか俺はいくつ病気を持っているのだろうか。全部ストレスが原因なのだから病名をつける意味はまったくないけど、名前をつければ人はとりあえず落ち着くらしい。「孤独童貞ストレス性疼痛症候群」とか言うことにしよう。やはり意味は無い。


悪循環とか負のスパイラルとかそういう言葉が甘っちょろく思えてきた

ならばそのストレスを解消すれば良いという考えに至るのだが、そう上手くはいかない。

以前からたびたび愚痴っているが、俺の体は腰を中心に全身が痛い。よって体を動かしてストレス解消というのができない。返ってストレスがたまることが多い。

アニメや漫画などは細切れに一時停止すればなんとか楽しめるが、はっきりいって集中が途切れるとせっかくの作品も面白くなくなる。一時停止する理由は腰が痛いから定期的にひねったり伸ばしたりしなくてはならないから。

というかまじめにストーリーのあるものを見ると自分と比べて悲しくなってくる。というか死にたい。銀魂の長谷川さんとかみてると落ち着く。

唯一のよりどころの瞑想も、症状Aのせいでかなりきつくなってきた。横になって天井を見るのもしんどい。

ていうか生きているだけで、存在するだけでしんどい。生きるとはこんなにもつらいことだったのか。

しかしストレス解消をやらなければさらにストレスがたまる。

ストレス解消にばかりかまけていると、世間様からは甘えだとか非難される。

もう誰か俺を殺してくれよ。


目標も他人に行うアドバイスも一切俺は言う資格は無い

これまでのエントリでさんざん目標を〜、とかうつ病のヒトは〜とか偉そうに言ってきたけど、最近は全然俺自身が守れていない。

生活も不規則になってきたし、酒とかタバコはやってないけど(買いに行く気力が無い)、白飯食いまくっているし、ストレッチも筋トレも散歩まじめにやっていない。

もうこれはだめだな。

何にもいえない。

言う資格は無い。

今までえらそうにブログ書いてごめんなさい。


世間の病気に対する考えが腐りきっている

いろいろ言ってるけど、一番の原因は自分の社会的底辺という立場を理解したからだろう。その現実を改めて認識したからその重圧で死に掛けているのだ。

ハロワで相談したが病気で空白期間がある人は、闘病生活してました、という正直な説明はしてはいけないらしい。言うなら障害者手帳を取得して、障害者として就職活動をしなければならないらしい。なんじゃそりゃ。

障害者の定義とはいったい何なのだろうか。

就職のために障害者認定してもらうってなんだか社会が歪んでいる気がする。その辺のことは無知なのであまり書かないことにしよう。

話を戻して、空白期間は勉強をしてましたとか言うのが正しい答えらしい。難関資格とかを並べればいいのか。それこそ自己管理能力がない人間に思えるのだが、世間では違うのだろうか。この年で難関資格を取って人生一発逆転しよう、と考えて結局目標達成できなくて就職活動をしているおっさんなぞ、俺が人事なら絶対に雇わない。闘病生活していた奴のほうが絶対いい。だけど世間一般では違うらしい。


神様の不幸実験

その実験に俺が選ばれたのだ、と電波的なことを言ってみる。神様は地球を使って知能生物実験をしていて、俺は「いくらやっても失敗が続いた人間の末路」とかいう論文の実験マウスにされているのだ。

マウスは迷路実験など、複雑な試験が続くと、ついには目的とはまったく別のことをしだすらしい。つまりは現実逃避をするのだ。今の俺だ。

また、孤独童貞のマウスは非童貞マウスより病気にかかりやすく、寿命も短いらしい。これは明らかに「孤独童貞ストレス性疼痛症候群」である(念のため言っておくがこんな症候群はない)。

神様はきっとこのことを神様学会にて発表して表彰されるのだろう。そのうちNHKのスーパープレゼンで放送されるに違いない。

そしてそれをみた孤独な童貞が絶望し、またひきこもりが量産される。つくづくNHKとは悪の組織である。ここでいうNHKとはN(日本)H(引きこもり)K(協会)のことである。

……久しぶりに佐藤君のだめっぷりを読んでみよう……。

NHKにようこそ! (1) (角川コミックス・エース)
NHKにようこそ! (1) (角川コミックス・エース)

わさび侍わさび侍 2013/05/17 22:50 社会はきれいな建前が好きなのですかね?「なんでこんなやつ採用した!?」
「うわ、この会社は上が屑ばっかじゃん」雇用のミスマッチが起こる原因だと思います。
確か、どこかのブログで発達障害の子がこんな事をつぶやいていたそうです。
「作り物の僕じゃないと気に入ってもらえないのかな・・・・」
それとも「失敗風情が何をこいてやがる」とでも思っているのか・・・
まぁ、どっちにしても無理がかかりやすい社会ですね。

ruisouruisou 2013/05/26 01:16 > わさび侍さん
コメントありがとうございます。
日本の社会しか知りませんが、日本社会は間違った方向に進んでますよね。しかもそれに気がついても特に愛国心などないから、改善したいとも思わない。思ってもできないですが……。

2013-05-04

自信という言葉と「自分を信じる」という想いには大きな隔たりがある

| 22:39 | 自信という言葉と「自分を信じる」という想いには大きな隔たりがあるを含むブックマーク

「自信を付けたい」という人は世の中にたくさんいると思う。しかしそのときの気持ちが「自分を信じたい」という人はほとんどいないのではないのだろうか。

自信がない人、自信がある人

世間ではどういう人のことを

「自信がない人」

と呼ぶのだろうか。

これは良く分かる。私のことだからだ。

ぱっと見た感じの印象が最も大きい。肩を落として猫背で眉も下がってさらには声も小さい。まあ、こんな人のことを指すと思う。グレンラガンの初期のシモンを思い浮かべれば良い。イケメン高身長ならアンニュイとか言われそうだが……。

逆に、

「自信のある人」

とはどんな人を指すのだろうか。

さっきと逆の人を思い浮かべればいいのだろうが、一言で言うと、根拠の無い自信を持っている人である。

おい、トートロジーになっているぞとか無粋なことは言わない。細かいことはおいといて、これ以上に「自信のある人」の的確な表現を私は知らない。知識不足なだけかもしれないが。


自信のある人は自分を信じているのか

根拠の無い自信というのは、確かに自分を信じていることとほぼ同じ意味にとれる。しかし、イメージとしてはその場限りのような気がする。

咲-Saki-』に出てくる「地獄待ち」をしている部長みたいな。アニメで輝いているキャラはみんな自分を信じているだろうけど……。

部長のこと言及したかっただけです。すみません。部長大好きです。でも地獄待ちで上がれません。

それはともかく、このことについては以前書いたような気がしたので探してみた。

自信を持つって意外と簡単なことかもしれない - Random Work To

書き方のスタイルが全然違うのはご愛嬌。

タイトルのわりに、劣等感を気にしないことに集中して書かれているけど、良記事かもしれない。自分で言うな。

思えば皆、感じているんだ。劣等感なんて。

皆、迷いなんて当然持っているんだ。

自分だけが特別ってわけじゃない。

みんな一緒なんだ。

ここの言葉が特に良い。しみじみ。


20代後半の人間が自分を信じるのは至難の業

しかもこれから何かを始めようとするとなおさら。

私はネットで稼ぐとか言っているけど、まだ体調と環境を整えている段階だ。はっきりいって焦る。しかし焦りすぎると、ちょっとしたことでまた転げ落ちるように不調になる。

今の努力が本当に報われるのか、などと考え出すと頭が狂いそうになる。

しかし将来のことを考えて煮詰まって、んではっとして今書いているのだが、これこそが自信ではないのか。すなわち、自分の今の努力(などの行為)が将来必ず報われると信じる。これが自信である。

私たちが普段使っている「自信を持つ」などの言葉はどちらかというと「確信」に近い。

「跳び箱の8段を飛ぶ自信がある

という言葉には

「(努力して将来的に)飛ぶ自分を信じる

という意味はなく、

「今飛ぶことができる確信がある

という意味しかない。

前者の意味を込めるなら、「将来的に、跳び箱の8段を飛ぶ自信がある」と言わなくてはならない。

だから「自信」は「確信」であって、「自分を信じる」ではないということ。使われ方はね。


しかし、無職20代後半の人間が自分を信じる方法は未だにわからない。しかし、先ほどの私の記事と

「自信とは自分を信じる」ということ。 - もっこもこっ

の記事をよく読んで考えてみると、ともかくあまり考えずに動けということになる。

確かに不安焦燥感はすさまじい。しかし将来のことなんて誰にもわからないのだ。庶民の暮らしなんぞお偉いさん方の指先一つでどうにでもなる。絶対安泰など幻想でしかない。安泰の代表の公務員だって議員様が気分を変えれば立場はなくなるかもしれない。

だからといって公務員が焦って将来のための(公務員とは関係ない)資格をとっているのを見ると(見たこと無いが)、お前は何と戦っているんだ? と聞きたくなるのが普通だ。戦ってない無職を見ると、もっと戦えよと言いたくなるのも、まあ普通だ。

はっきりいって気軽に就職活動をしたい。サラリーマンになって気楽に仕事したい。

もうすぐ30だ。この年を境に一気に求人は減る。高卒の新人との差が一回り(12年)開くと良くないと考えるのだろうか。自分はまったく気にしないが、人事は気にするようだ。向こうも気にするのか。

回復したら、人とあまり接することが無い、仕事内容も複雑怪奇ではない職場なら自分でもいけると思う。

サラリーマンが「気楽な稼業ときたもんだ」と揶揄される(調べたら映画みたいだったが)のも良く分かる。


このまま自分を信じて、いわゆる個人事業主を目指すか。

それとも妥協してサラリーマンになるか。

結構重大な岐路に立っている。

自信を持つのは案外簡単だが(上記の意味で)、自分を信じるのは本当に難しい。

そもそも空白期間もっている奴がそうそうにサラリーマンになれるのかというと、なれないだろうけど……。30歳までフルで活動すればどこかしら採用してくれるはず……。あ、なんか無理そう……。

この話はまた後日詳しく……。

わさび侍わさび侍 2013/05/06 01:11 はじめまして。マイノリティ雑貨店のわさび侍です。
自信ってけっこう雰囲気や態度(行動?)で判断されることが多いですよね。
たぶん、確信できている(=自信のある人)人はできる!といったことを素早く感知していると思うんですよ。しかも、ほぼドンピシャ。
今までの経験の応用を使うのがうまいのかな?
ドンピシャが当たりやすくなる理由も考えてみると、家庭環境とかで、褒められて育つと成功するタイプの経験が刷り込まれやすい。
そうすると、成功のやり方が判ってくる。
最近は減点主義の親御さんや上司が多いから、割と自信のある子供って少ないんじゃないかな〜と思いますね。
(特に発達障害とかあると余計・・・)

ruisouruisou 2013/05/08 20:11 > わさび侍 さん
コメントありがとうございます。
育てるときは褒めるのが基本ですよね。教師など教える立場の人がそれをわかっていないと悲しくなります。
個人的には経験の応用というより、嫌なことはさっさと忘れて、良かったことだけを覚えている『あまんちゅ!』のぴかりみたいな人だと思います。