Hatena::ブログ(Diary)

Random Work To このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-10-17

面白ければ、よいではないか:辛い経験を乗り越えるための一案

| 19:07 | 面白ければ、よいではないか:辛い経験を乗り越えるための一案を含むブックマーク

さて今年の夏、『有頂天家族』という毛玉臭いアニメが放送された。私は以前読んでいたことがあったのでアニメは原作レイプにならなければよいがと心配していたが、そこまでひどくはなかった。だけど原作で私が一番好きなシーンは結構テキトウだった。

森見さんの著書の中では一番好きだが、続編が出るといいながらまったく出る気配がないのはきっと他の何かと戦っておられるからだろう。


「面白きことはよきことなり」

主役である矢三郎の、今は亡き父・総一郎の口癖である。この作品は事件というかドラマというか小競り合いみたいなのが沢山ちりばめられているが、言いたいのはこの一言である。

「面白きことはよきことなり」

何か大事件があっても、深刻な状況でもこういって、わはははと笑えるような人間になりたい。これを言っているのは狸だが。

偉大な父・総一郎は、天狗すら化かすことの出来るすごい狸だったが、一番すごいのはこの台詞を言えることである。


辛い人生ってネタだらけ

よく考えたら、辛い人生ほどネタに困らないものはない。全ての経験をネタにできるようになるまでは、私はもう少し時間が掛かりそうだが、できるようになると強いと思う。

話をするときは基本的にネタが必要だが、それは自分の生の経験が一番説得力がある。普通の人がしないような辛い経験を沢山した人は、この点が他の人間より断然優秀だと思う。

そして辛い経験を面白おかしく語ることができるようになればもっと優秀である。

このことはシャーロック・ホームズもどこかで語っていたが、なるほどまったくその通りだと思った。ホームズは、辛い経験は後から酒の席で話すネタになる、みたいな感じで語っていた気がする。手元に本がないからおぼろげで申し訳ない。

人間というものは勝手なもので、他人の不幸は大好物である。詩でも小説でも舞台やドラマなどの脚本でも、悲劇や不幸は常に一定の需要がある。火の粉が降りかかってこない不幸は誰でも興味があるのだ。

当事者からしたらたまったものじゃないが、そこでちょっと考えてみる。この経験をコメディにしたら中々面白いのではないか。というか酒の席での会話には死ぬまで事欠かないのではないか。そう考えると悪くないが、愚痴にならないよう注意したい。

問題は酒を飲む相手がいないことだ(切実)。


地球のコメディアン

自分を地球という星のコメディアンだと思えば、少しは辛い経験と距離をとって語ることが出来るようになるかもしれない。

チャップリンとかそんな感じだったのではないだろうか。よく覚えていないが、本人にちょっとした不幸がやってきて、それを面白おかしく演出して笑わせる。これが基本的なスタイルだったと思う。

これを自分の人生で実演できれば強い。そのコツはきっと

「面白きことはよきことなり」

の一言に尽きると思う。

我々人間の人生なんぞたかが知れているのだ。狸とそう変わらない。ならば狸のように阿呆に生きても良いだろう。


ただし、他人に強要はするな

本ブログを読んでいる人には、周りにメンタル負傷している人がいるかもしれない。その人たちに注意したい。不幸話を笑い話にするのは、絶対に本人だけであって、周りが強要するべきではない。示唆するべきでもない。こればかりは本人が自分で考えを変えるのを待つしかない。

2013-10-10

私がモテないのはどう考えても、当たり前だった

| 15:23 | 私がモテないのはどう考えても、当たり前だったを含むブックマーク

『わたモテ』アニメ最後まで見た。自分の過去を見るようなシーンが多く心が痛かった。ネタバレはないです。

高校時代、もこっちみたいなクラスメイトがいた

もこっちみたいな感じの女の子がいて気になっていた。休み時間いつも一人で机で寝たフリをしている女の子だった。もちろん俺も一人だったが、空いた時間は推理小説を読んでいた。変わった名前の子だったので、今でも名前は覚えている。声は忘れた。もしかしたら橘田いずみさんかもしれないが、身長が違いすぎるからやはり違うと結論を出した。

もちろんチキンな俺は、話しかけるなんて真似はできなかった。

しかし、文化祭か体育祭で係が一緒になって話す機会があった。というか誰もやりたくない係を逆らわないやつらに押し付けた形で、押し付けられたのが俺のクラスからは俺と彼女だった。彼女というと誤解を招きかねないので、彼女の名誉のために以下、黒木さんと呼ぶ(もこっちの本名が黒木智子だから。かえって失礼か……?)。

さて黒木さんは、本当にしゃべらない子で最初は意思疎通もままならなかった。しゃべっても聞き取れないことが多いし。もちろん、次第に話してくれるようにはなったが、慣れてきたころ、その係の仕事は終わった。

そのまま話すこともなくなった。打ち上げをやるような気が利いたメンバーでもなかったし(俺含め)、当時は携帯電話もお互いなかったから連絡先交換なんぞもしていない。今の高校生は携帯電話持ってて当たり前とかうらやましい時代だ。どちらにしろ俺の電話帳が埋まることはなかっただろうが……。

黒木さんの進学先も知らないし、現在何をしているかも知らない。元気にしているといいのだが。俺とかなり似たような空気を持っていた気がするので、同じ無職かもしれない。さすがに失礼か。今更だけど。


思い出した黒歴史

そもそも高校時代に、恋愛感情を誰かに持つことはなかった。詰め込み型の進学校だったので、そんな余裕がなかった。休み時間の読書だけが心のゆとり時間だった。器用な奴は勉強も恋愛もスポーツもこなしていたが、要領の悪い俺には勉強だけで精一杯だった。

しかし部活も本格的な運動部に入っていて、毎日へとへとになるまで頑張っていた。だけど基礎体力が伸びただけで、実力は伸びなかった。部長からは「お前は努力はすばらしいが、センスがない。はっはっは」と言われ、見返そうとより努力したがやはり弱いままだった。

しかし足だけは速くなって、マラソン大会では上位入賞できた。部活の誰よりも速かったが、ゴール近くで応援していた同学年の女子は必死に走っている俺の顔を見て「ちょwwwなにwwあの顔www」ってまんまコピペのような反応をして笑っていた。

ゴールしたとき膝は折れなかったが心は折れていた。後からゴールしてきた部活仲間には黄色い声援が飛んでいた。顔が崩れるほど必死に走ってなどいなかった。彼らのほうが賢かった。あれがセンスというものだろうか。教えてください、部長。


ただし、イケメンにかぎr

「結局、世の中顔かよ」とひねくれてこの歳まできたが、よく考えたら俺は顔より何より、運が悪い。女性運がないとかそういうのじゃない。

憑き物に憑かれているような運の悪さなのだ。数えるほどしかない女の子との交流を思い返してみても、俺の運の悪さにドン引きして縁を切られるパターンが多かった気がする。

運の悪さ、というのは考え方しだいだ、という人もいるかもしれないが、不運が重なるとどうしても心が折れてしまう。ポジティブシンキングには限界がある。修行不足なだけかもしれないが。

他人から見ると、俺はきっと不気味なのだ。理解不能の運の悪さ、悪運。

くじ引きをすればハズレを引き、席替えをすれば、俺の席だけ指定され忘れる。

老人からいきなり道を聞かれてわからないと応えたら俺が怒られる。

タクシーに乗れば、運転手のおっさんから説教される。

同僚と同じミスをしても俺だけ怒られるし、新人なのにきついプロジェクトに回される。

お気に入りの本屋は潰れお気に入りの作者は心の病で断筆する。

不運という言葉より呪われているという言葉のほうがふさわしいかもしれない。

さすがに呪われた人間のそばにいたいと思う人間はいない。できるだけ距離をおきたい。それが正常な反応だ。そしてこれまで俺と縁を切った人間は、男女問わず、物の怪と接しているような感じだった。いや、正確には物の怪憑きか。

こんな人間と接したいと思う人間は、黒魔術でも研究している偏った人間だけだろう。そういえば黒木さんは黒魔術とかやってそうだった。俺のことを研究にこないだろうか。俺の爪の垢を煎じて飲んだら誰もが不運になるとか判明しそう。そして二人は黒魔術薬を売って幸せに(ry


……あまりに失礼なので最後にフォローしておくと、黒木さんはしゃべることこそ下手くそだが、素材はとても良かったので大学とか会社でそれなりの男性に見初められて幸せに暮らしている可能性が高い。真面目だったし、少なくとも無職ということはないだろう。


どうでもいいがエンディングが大好きだった。キャラソンに近いが。

TVアニメ 「 私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 」 エンディンググテーマ 「 どう考えても私は悪くない 」