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2014-07-24

なぜ、ヒトは新しい環境に希望があると勘違いするのか

12:07 | なぜ、ヒトは新しい環境に希望があると勘違いするのかを含むブックマーク

古今東西、人々は目の前の行き詰まった状況を打開するために新天地を目指した。

西洋人のアメリカ開拓とかオーストラリア移住とか、日本人にしてもブラジル移住は有名だ。あっちにいくと日本人ってだけでモテるらしいが本当だろうか。


僕の新天地は職業訓練なのか

以前、職業訓練を受けて、環境を変えようといっていた。

結論から書くと、職業訓練は、どうも僕にとっての新天地ではないようだ。

自分に合いそうな訓練を調べて、応募までしたが、面接予約の電話応対で非常に”嫌な予感”がした。この予感は当たることが多い。そして訓練が始まってからその予感が的中していたのを知っても、遅い。

訓練は、(分野にこだわってないから)他にもたくさんあるのだから、ゆっくり探せばいい。

だけどたぶん、僕に合うようなものはない。そもそもサラリーマンには戻りたくないのだから……。とりあえず受けに行ってやるか、くらいの気持ちで受講すればいいのだが、ふぁーさんくらい余裕がある人じゃないと無理だと思う。

職業訓練にいけばすべてが、とまでは言わなくても、大半は解決すると勘違いしていた。実際は、問題が増えることのほうが多い気がする。早合点は危険だけど、焦ってすがる方が危険だ。

というか、職業訓練なんて若い人が多いだろうから、年齢が高めってことでハブられる可能性が高い。また、講師より高学歴ってばれたら、講師からの嫌がらせ・いじめもありうる。


暗い森を抜けるのは3歩で良いのかもしれない

最近、山のずいぶん上のほうを散歩するようになった。高低差400くらいあるからもはや登山である。

わざわざ悪路を選ぶ理由は人が少ないからなのだが、そこで気が付いたことがある。

森の中はじめじめして歩きにくいし虫も多いし、蛇とか獣もよく見る。登山用に整備された道じゃないから当たり前だが、危険な感じである。田舎育ちだからそこまで危険でないことは知っているけど、サイズが大きくなると何でも怖い。

だけど、日向に数歩でも出ると、とたんに穏やかな山の風景になったりする。それこそ、ジブリ映画のようだ。

そして振り返って森の中をみると、暗くて何がいるかわからない不安な空間があるのだ。

その不安な空間から、僕はほんの数歩しか進んでいない。それこそ3歩である。

でもその地点で太陽が穏やかに照りつけていて、風も心地よく、足下で花が咲いているわけである。

もしかしたら現実もこうなのかもしれないと感じた。

現実も、暗くてじめじめした環境で(個人では)どうしようもなく、絶望している人は多いと思う。僕もそうだ。

だけど、森と同じで、案外ほんのちょっと、3歩だけ進むと、違った景色が見えるかもしれない。そこから、良い環境が見えるかもしれない。


わざわざ環境を大きく変える必要ない

田舎には確かに嫌な老人が多い。だけど早朝にはいない。早朝は気の良い老人が多い。早朝は毒が抜けているだけかもしれないが。

少し前から朝五時起きで散歩を始めたが、案外悪くない。コースさえ選べば、早朝に嫌な人物とすれ違うことはない。

(散歩は)ちょっと時間を変えただけで、快適になったのだ。

(勉学も)ちょっと場所を変えたら、快適になるかもしれない。

勉学用にしていた地元の図書館は(事実上)追い出されたが、隣町の図書館や喫茶店は快適かもしれない。今は主に家でしている。

少々移動時間とお金が掛かるが、必要時間・経費と割り切って快適さを手に入れようと思う。

わざわざ、職業訓練のために引っ越しをする必要はない。*1

まあ、一人暮らしはどちらにせよ計画中だけど……。これはまた別の機会に必要だと感じたら書く。


蛇足

以前、孤独でい続けると、虎になってしまうかもしれないと心配していたけど、僕は

せいぜいタヌキである。虎なんて大物になれるわけがない。山でタヌキを見かけて思った次第。アライグマだったかもしれないけど。

でも彼らは意外と凶暴だから山で見かけても近寄らないように。病気持っていることもあるらしいし。

*1:田舎なので地元には良い職業訓練がない。

柚 2014/08/01 22:58 あっ!
なんだか良い方向へ向いていますね!

森を抜けて3歩!なんか良い感じですね!
私も少し山に行ってみようかな。

ruisouruisou 2014/08/03 07:01 > 柚さん
いつもコメントありがとうございます。
山は良いですよー。自然とふれあうのは楽しいです。サバイバルなときもありますが……。行くなら準備を怠りなく。
それはともかく、近くの環境で良いところを探しているところです。良いところが
あったら報告しますね。

2014-07-12

(ネットの)ニュースなんか庶民は見ない方がいい

12:28 | (ネットの)ニュースなんか庶民は見ない方がいいを含むブックマーク

無職で暇だけど、自戒を込めて書く。

文章が助長だし、最近特にニュースサイトが乱立して、ページの質が下がって、さらには広告もうざくなったし、文章力そのものも落ちて読みにくくなった。

かといって紙の新聞が読みやすいかというとそうでもないが、余計な広告がチラチラするネットニュースよりはマシな気がする。

そしてネットだと気軽に1次情報まで自分で検索できることが多い。それが非常に時間の無駄だと感じる。良いことだが、別に論文を書いているわけではない。ある程度信頼できるサイトと数字のトリックにだまされない論理力があれば、それで十分である。


大手だからといって信頼できる時代は終わった

別にどこのサイトが悪いとか言うことは書かない。しかし大手でもかなり恣意的な記事が多いし、むやみに信頼してはいけないな、と感じる。

数字だって「30パーセント増」と書かれているのと「増加率1.3倍」と書かれているのでは印象が違う。

最近はこれをかなり意図的に操作している印象がある。私の思考回路がひねくれただけかもしれないが。

特に「アベノミクスで景気回復!」と謳っている記事が多いが、これで庶民の給料は増えたのだろうか。たとえ増えたとしても、経営陣はその10倍以上増えていると考えた方がいい。また、商店街のシャッター店舗はなくなっただろうか。

景気とはある意味、空気、雰囲気である。皆が使えば、世の中の金回りが良くなって、景気が良い状態になる。

よって多少誇張でも、「好景気!!」とニュースで流せば、金を使う人が増え景気が良くなると考えているのだろう。

確かにそれは正しい側面もあった。しかし時代が変わり、庶民が気軽にインターネットをできるようになって状況が変わった。ほとんどのメディアはそれに気が付いていない。ようにみえる。


ネットで明るみに出た庶民の将来

ネットで一番広がった情報は、普通の人間の生き方、である。これは紙媒体に乗らなかったものだし、(怪しい)雑誌に載っている程度だった。信じる人は少数派だったし、実際に好景気だったから笑って見過ごせた。と、予想できる。

しかしネットで、特にブログや2chで広まった自分語りで、普通の人間の人生が見えるようになってきた。

その結果、自分の将来がなんとなくわかるようになってきた。そして何より、困ったときにはお金が必要だと、みんなが理解し始めた。必然、お金を貯める人が増えてくる。物心ついたときから不景気しか知らない人間ならなおさらだ。

みんながお金を貯めるとどうなるか。

やっぱり不景気になる。少なくとも数字上は。この辺は改めて書くかもしれない。


ノーガード戦法

結局、私たちのような”弱者”はニュースなど「見ない聞かないチェックしない」で

生きるのがちょうどいい。ここでいう”弱者”とは、どうあがいても政治的発言力を持つことがない人間のことである。

明日の天気と地域のイベント程度で十分。あとは自分の趣味のニュースでもチェックする程度だろう。

んで天気のいい日に早起きして軽いジョギングでもしたほうがいい。起業のアイデアでも思い浮かぶかもしれない。

情報弱者になって、無知なまま生きる方が、幸せな人生もある。”弱者”は情報に対してノーガードで生きる方がいいことが多い。精神的には。

もちろん、情報戦争に参加して前線で戦おうという人たちは、その限りではない。それは無職だろうが大企業役員だろうがネットがあればできる。


精神安定に時間を回せ

特に障害やらでまともに労働社会に参加できない人間は、ニュースなど見て暗い気持ちになる事が多い。

私がそうなのだが、ニュースを見て分析・考察をしても、社会はとても非情で自分はとても無力であることがわかるだけである。

これは精神的にくる。特に社会との接点がない無職にはズシンとくる。

もう、ニュース見る時間を映画やアニメにまわしたほうが絶対に健全である。

結局「下手の考え休むに似たり」という言葉につきる。

duke77duke77 2014/07/22 02:04 一連の記事を拝見させていただきました!
執筆系の「才能」が十分あるのでは。と思いました。
これだけ、書いているのだし。

ruisouruisou 2014/07/24 10:47 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
一連の記事を読まれるのは気恥ずかしいですね。。しかしありがとございます。
執筆系の能力はこれからの時代、必須になると思っています。特に私のような、社会のはみ出し者は。。
日本語以外の言語も執筆できるようにしたいところですね。。

duke77duke77 2014/07/24 19:48 >ruisouさん
実は、私も発達障害を抱えているサラリーマンなのです。
一連の記事は、自分の今後の人生を考える上でも、本当に参考になります。
これからのブログも、楽しみにしています!

ruisouruisou 2014/07/25 12:30 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
このブログが発達障害の人の力になれて(←思い上がり)何よりです。
私は思いつきで書くことが多いので、鵜呑みにしないよう十分に気をつけて読んでください。自分なりにしっかりと考えて、自分の中に取り入れてください。
これからもよろしくお願いします。

duke77duke77 2014/07/26 01:07 将来的に、発達障害を抱える人たちのために、何かできることがあればなぁ、とか考えています。
特殊な才能を生かせないのは、やっぱりもったいないと思ってしまいますね。

ruisouruisou 2014/07/26 06:34 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
いいですね。体験を元に人助けをするのは良いことです。
心配無用とは思いますが、狭量な過保護路線の発達障害支援団体などには注意してくださいね。
応援しています。

2014-07-01

人の器、将来の夢

17:47 | 人の器、将来の夢を含むブックマーク

僕には夢がある。目標と言った方がいいか。

しかし一人では心が折れそうである。というわけで実家からしばらく離れることにする。少なくとも半年は離れる。


心が折れる瞬間

心はどんなときに折れるだろうか。身の回りに不運が連続で起こったら、と以前書いた気がするが、それは時間が解決してくれる。

しかし、今やっていることが意味がなくなる、もしくは誰も望まなくなる、という状況がやってきたらどうだろうか。

僕は後者の状況がやってきた。僕の目標は誰も望んでないのだ。地元に貢献しようと頑張っているのに、地元の人間から迫害されるのだ(大げさな言い方だが……)。若者が努力していると権力構造に変化をもたらす可能性があるので、本能的に嫌うのだろう。

少なくとも地元の人間(主に老人とその取り巻き)は望んでいない。このまま古い時代を維持して、ゆるやかに衰退していくのが望みのようだ。


とはいっても生きる意味が欲しい

今の自分は人々に感謝などされぬともよい。100年後、200年後に誰かが私の生き方を知って感銘を受けて、行動してくれれば良い。

といったのは、吉田松陰先生で*1、僕はこれをまねして生きようと思っている。

生きているうちに達成したい目標があるからこそ、人は生きられるのだ。

こんなの思春期で終わりにしとけと批判されそうな考えだが、あいにく僕はアスペで社会常識的な思考回路がない。

ふだん人生の目標など他人に話すことはないが(このブログは特別)、これを持ってないと死んだように生きることになるのは確実である。

ということで今の老人がどう望んでいようが、目標は継続である。

狭いところから出よう

さて、人には器というものがある。その器はどうやって決まるか。僕は環境だと思う。

人は何にだってなれる可能性がある。器の大きさは本来決まっていない。僕だってこれから宇宙飛行士にもなれるし、映画俳優にだってなれる。可能性だけはある。年齢制限がなければ。

しかし、引きこもっていては絶対になれない。器の大きさが決まってしまうから。アニメとかに出てくる引きこもりの超天才ハッカーとか知らん。

宇宙飛行士になりたければ、その訓練を受けれられる施設に行く必要があるし、映画俳優はよくわからないけど、オーディションを受けたり学校があるなら学校に行く必要がある。

もちろん、物理的な制約で引きこもりは目標を達成できないというのもあるが、引きこもっていると思考の幅が狭くなるので、これが一番目標を遠ざける。

狭いところにいると、考えが狭くなってしまうのだ。

強靱な意志とか、支えてくれる仲間とかいれば別だろうが、僕にはどちらもなかった。

回避策として、やはりいったん外の世界に出なければならない。田舎から出なければならない。できれば日本から出たいけど、病み上がりに海外はハードすぎる。勘弁してください。


無職という立場を利用した策

就職だけが、唯一の手立てだと思っていたけど、無職には「職業訓練」というものが用意されている。職業訓練なら無料で受講できる。交通費と教科書代はかかるが。。

ひとまずこれで社会との接触ができる。

そして勉強に集中したいからという大義名分で一人暮らしもできる。田舎から離れることができる。貯金も1年分の一人暮らし程度ならある。

問題は体が持つかという点だが、去年の今頃よりは確実に良くなっている。動けないことはない。受講だけなら、たぶん何とかなる。

うつ病患者向けの作業所というのがあるようだが、僕はそこですらぼっちになりそうなので、職業訓練校のほうがまだマシだ。こっちでは、たとえぼっちになっても、授業についていけばとりあえず目標達成なのだから。


恐れているのは組み込まれること

『キルラキル』というアニメで、主人公が敵対する相手の制度を利用してお金・富を得ようとする回がある。そのせいで親友と心が離れていってしまうのだが、結果はネタバレになるので言わないが、非常に印象的な話だった。

簡単にまとめると、目先のお金に目がくらんで友情にひびが入ったのだ。しかし個人的に、もっと重要な点は、相手の制度を利用していたはずなのに、逆に組み込まれて、それがダメだとわかっているのにやめられない状況に陥ってしまったことだと思う。

現実の日本では、経団連とかそのあたりの作った制度がこれであろう。僕はこれからその制度を利用することになる。『キルラキル』の主人公みたいになってなならない。

もしかしたらとんとん拍子に事が進んで、訓練後に好待遇の仕事に就職できるかもしれない。だけど安定した生活が手に入ると、きっと僕は目標を捨てる。自分に言い訳をしながら、安定した生活にしがみつき生きていくことになる。

もちろん大げさな思考回路だし、そんなことまず起こらないだろうけど、可能性として考慮しておく必要がある。


余談

しかしここまで書いておいてなんだけど、職業訓練って定員制だから、不合格になる可能性もある。不合格だったら笑ってください。。

ちなみに、『キルラキル』というアニメ、ちょっとエロというか破廉恥なので、苦手な人は注意。

*1:正確にはちょっと違うが、こういう内容のことを言われている。

柚 2014/07/01 22:54 職業訓練良いですね!

前のコメント実はかなりドキドキしてました。
次見たときに削除されてるかもな…。って。

私のニュアンスが伝わっているのか不安でしたが、前をしっかり向いているようなので全く不安がっている私の一人相撲でしたね。

応援してます!

ruisouruisou 2014/07/02 13:08 > 柚さん
いつもコメントありがとうございます。
削除なんてとんでもないです。前を向いているかどうか不安ですが、どうにか進めそうです。
これからもよろしくお願いします。