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2014-11-29

密漁を見て思ったこと:中国も日本も倫理観が足りない

22:07 | 密漁を見て思ったこと:中国も日本も倫理観が足りないを含むブックマーク

中国人の密漁が目に余るというニュースをよくきく。ほとんどの人にとっては許せないがどこか遠い話だろう。実際、僕は赤珊瑚の存在と貴重さを今回初めて知った。

しかしこのエントリで政治的な話をするつもりは無い。そもそも政治や法律の話は難しいくせに結論への道筋がが感情的になりやすいから、結局文章にする意味がなかったりする。テレビの政治討論とかを見ているとよくわかる。が、あれは自分も感情的になったりするので精神的に参っている人は見ない聞かないほうがよい。ネットの掲示板やSNSも同様である。


近所で密漁している老人

珊瑚の密漁は遠い話だが、そのほかの密漁は意外と身近なものである。

先日、僕の近所の川で密漁している老人が二人いた。隣の県の軽トラに乗って、漁協の管理がない川に網を投げ入れていた。

僕は通りかかった手前、注意をした。すると老人は

「何て法律がこの川での密漁を禁止してるの? どこに行けばそれがわかるの?」

と偉そうに返してきた。商売をするには(その収穫物は地元で売るそうだ)まず自分で法律を調べるのが当たり前である。しかし、80も過ぎた老人にはそんな倫理観はない。

盗っ人猛々しいとはこのことである。そもそも川とはその土地の住人の重要な資産である。河川の維持にだって税金は使われているし、ゴミを投げ入れないよう注意しているし(少数の人は残念ながら捨てているが)河川敷は憩いの場であり、その水は生活の糧であり、なくてはならないものである。

法律がないからといって(実際にないのかどうかは知らない)、自分の近所の川にいきなり隣の県の人間が来て、密漁しているのを見て住人が心穏やかにいられるかというとおそらくそんなことはないだろう。

「法律が無ければ、誰もとがめなければやっていいというのは、小学生の論理です」

と僕が返したが、馬鹿にしたように笑っただけだった。

彼らは密漁を続けていた。


警察に注意するよう頼んだ

そのあと偶然にパトカーを見かけて、そいつらを注意するよう頼んだが、僕はそこで警察の事なかれ主義を見た。

密漁していると説明をしたのに、にやにや笑ってまともに取り合ってくれなかった。事情より何より僕の住所と氏名と電話番号生年月日を聞き出し、それからやっと現場に向かった。それ以降どうなったかは知らない。しかし何もしていないだろう。彼らには正義などかけらも見受けられなかった。

とにかく僕の情報ばかりをほしがっていた。僕が(彼らの常識の範疇で)怪しい身なりをしていたのかもしれないが。密漁者を捕まえたいという意思はどこにも見受けられなかった。

どちらかというと、なるべく事を荒立てたくない、穏便に済ませたい、むしろ密漁者など見かけたくない、という意思がありありと伝わってきた。

僕は脱力感とか無力感とか絶望感とか、その辺のやるせない気持ちのまま、残りの散歩をすませた。


珊瑚の密漁と政府の対応

さて、僕の近所で密漁をしていた老人と中国人の態度はまったく同じであった。

日本人だから高尚な意識をもっているなどと考えるのは、安直である。

中国人にも悪い奴がいるし、日本人にも悪い奴はいる。

中国人も密漁をしているが、日本人だって密漁している。

そして政府の対応と僕が話した警察の対応も同じだった。

「面倒事は起こしたくない。いくら相手が悪人だろうとなるべく穏便に済ませたい」

これが役人の思考である。情けない限りである。正義を実行する気概のないやつは警察などやる資格はない。正義の無い警官など、年金でパチンコに行く老人よりたちが悪い(税金の無駄遣いという意味で)。その辺の草刈りでもやってもらったほうがよほど役に立つ。

しかし、事なかれ主義は何百年も変わってない役人思考だろう。歴史を学べばよくわかる。このような対応は何百年も行われている。役人だけでは無い。国民性と言っても良い。

悪いことでは無い。争いが起きにくいのだから。しかし悪人は図に乗る。「誰もとがめないからやっていい」という理屈で悪行をおこなう者はいくらでもいる。日本人にも中国人にも、おそらく他の国にも。これは事実だ。

だから注意警告する者が必要なのだが、役人は頼りにならない。もちろん、僕が話した役人が偶然役立たずだっただけかもしれないが。


必要なのは法律だけではない、倫理だ

専門家やら何やらはえらそうなことを言って、急速な法整備がとか言っている。

確かに法律の整備は必要だ。しかしこの激動の時代、法律の整備など追いつくわけが無い。

今、世界に必要なのは法の整備では無く、正しい倫理である。しっかりとした道徳である。

道徳と言えば子供の教育のように感じるかもしれないが、今必要とされるのは大人への道徳教育である。

大人というより、学校を卒業したあとの人間への教育である。日本だけでなく世界で共通だと思うが、学校卒業後、倫理のたがが外れる種類の人がいる。卒業前からはじけている奴もいるが。

倫理のたがが外れた結果、詐欺や窃盗、そして殺人など犯罪を犯す。

このような現象は、宗教で押さえるべきかもしれないが、現在の世界において、宗教で押さえられているとは思えない。

無宗教に近い日本や中国の住人は、初めのうちは倫理も道徳も無い。お金さえ稼げれば良いのである。日本人は道徳心が高い方だが、それは教育のたまものだと言って良いかもしれない。しかしそれは経済的な豊かさでごまかしてきたからだろう。これからはもっと景気が悪くなり、多くの人間の倫理観も下がると考えられる。覚悟と準備が必要だろう。

経済的な豊かさでごまかしてきたことについては前回書いた。*1

僕はどうも世界中から倫理観が減ってきていると思う。もちろん、僕が学校教育で教わった、世界には当然のごとく倫理観が存在するというのが嘘だったのかもしれないが。

そして密漁などしない僕たちにも倫理観が足りていない気がする。物事の是非を金銭的利益・不利益で考える人が多い。もしくは法律の有無で考える人が多い。僕もそうだった。今もそういうところがある。

そういうことを考えている人が多いから、ついには戦争が起こってしまうのでは無いのだろうか。大げさかもしれないが、その積み重ねが悲劇を生む可能性があると自覚だけはしておいたほうがいい。

「(他人に迷惑をかけても)お金が手に入るからやる」「(他人に不愉快な思いをさせても)法律で禁止されていないからやる」

こんなことを言う人が身近にいたら要注意である。また、自分が言っていないか注意しなくてはならない。

お金は生きていく上で必要だが、他人にひどく迷惑をかけたり不愉快な思いをさせてまで稼ぐのはどうかと思う。どの程度までが許容範囲かというのは哲学の分野になるが、自分の家族に胸を張って言えるかどうかで考えてみれば、それが大体の答えであると僕は思う。

密漁を一つ見ただけでここまで考えてしまうのは考えすぎかもしれないが、社会の歯車からすっぽり外れてしまった僕はふとした出来事でこういうことを考えてしまうのである。

通りすがり通りすがり 2014/12/01 12:45 こんにちは。
3ヶ月ぶりくらいにコメントします。
今回はかなり熱の入ったエントリですね!

密漁が何の罪にあたるかは難しいところ(都道府県の条例違反?)ですが、その警察の対応はひどいですね。ただ、パトカーに乗ってうろうろしてるのはだいたいバカな交通課の若手とかなので、相談しても時間の無駄かもしれません。
役人は文書があるかないかで対応がガラリと変わるので、密漁の概要などをワードなどで簡単にまとめて、県警本部にメールで送るのがいいと思います。それでも動いてくれなければ、議員にメールしましょう。

正しいこととは何か、昔は私もよく考えていましたが、最近はあまり考えなくなりました。おっしゃる通り、「自分の家族に胸を張って言えるか」というのも大事ですし、「相手の立場になって思いやれるか」という想像力の問題でもあると思います。難しいですね。。

色々大変そうですが、お体に気をつけてがんばってください。

C4C4 2014/12/01 14:57 こんにちは。
偶然Googleの検索からやって参りました。
これからもよろしくお願いします。

自分も老人や警察には、何度も不快な思いをさせられました。
老人には「年の功」とやらで自分の信念を曲げさせらましたし、
警察には、単純な武力(権力を含む)で危うく罪を着せられそうになりました。

自分的には「今だからこそ哲学を」と思っているのですが、
現在の学校教育は「いかにしていい学校・会社に入れるか」ばかり偏重していて、
学校本来の目的である人間形成がおろそかになっていました(教育実習の経験から)。
「倫理では腹は膨れない」と皆口々に言っていました。
自分は「なんだかなあ」とモヤモヤを抱えながら教育実習を終えました。

そんな自分は、今うつ病を患い、それが原因でサラリーマンをクビにされました。
今は総務省の「地域おこし協力隊」に就任して復職しましたが、
現在でも精神科に通院中です。

ruisouさんも、どうかご無理はなさらないでください。
自分は比較的症状が軽いので、ruisouさんの分までがんばります。

ruisouruisou 2014/12/02 19:30 >通りすがりさん
コメントありがとうございます。
文書とかを揃えて密漁者や対応した警察を窮地に追い込むことはできますが、そのエネルギーを他のことに回すことにします。警察が役に立たないと改めてわかったのでよしとします。
また、「相手の立場になってみる」のも努力の価値がありますね。まあ、私は人と大きく感覚がずれているので、苦労しそうですが。。

まあなんとかやっていきます。

ruisouruisou 2014/12/02 19:39 > C4さん
コメントありがとうございます。
同じ苦労をしているようで、共感を覚えます。
教育現場も腐っているのは非常にまずいことだと思いますね。今回の選挙でそれを気にかけている政党はあるのでしょうか。政治家なんぞに期待はしてませんが。

復職、おめでとうございます。「地域おこし協力隊」もやりがいがありそうですね。しかし肩に力を入れすぎず、ぼちぼちやってください。

こちらもぼちぼちやっていきますので。

2014-11-09

目標あるいは指標を失った世界が不安定になる理由

18:17 | 目標あるいは指標を失った世界が不安定になる理由を含むブックマーク

早朝からめっきり冷えるようになった。しかし朝から老人は元気である。隣の庭で齢八十にもなろうかという老兵が、朝から芝刈り機をごうんごうんと回している。私の部屋はもはや洗濯機の中のようである。

ノイズキャンセルのヘッドホンを買おうか迷うところである。高いけど本当に効果があるのかわからない。芝刈り機の轟音を想定しているとは思えないが。


便利さを手に入れて、倫理観を失った

さて田舎はもはや完全に車社会である。特に坂が多い我が町は、歩行者(バス停に移動する老人を除く)は滅多に見かけない。そもそも歩行者用の道幅が30センチほどしかない。その横でコンテナトラックが堂々と走っている。

非常に滑稽である。車優先社会とはよくいったものだ。

先日も交通事故を見た。交通事故は非常に多い。死ぬ人もいる。危険なのはわかっている。だが乗るのを止めることはできない。

便利さが、危険を上回っているのだ。あるいは自分だけは大丈夫だとなぜか思っているのだ。人間、死ぬ寸前まで自分が死ぬとは思わないらしいがどうやら本当のようだ。僕は何度も死にかけて、身近に感じているのだが、たいていの人はそうではない。

人を殺す、あるいは自分を殺す、その可能性が(乗らない状態より)高いことはわかっているのに、それでも自動車に乗るのは止めない。止められない。

移動は確かに便利になった。運送も便利になった。しかしそれで人類は豊かになったのだろうか。

道を人が歩かず、車が走る。それどころか人が車に遠慮する社会。

2キロの荷物を運ぶために、2トンの鉄の塊を使う社会。

車の騒音で隣の者と会話もできない(これは我が家の壁が薄いのもよくないのだが)。騒音に関してはまた後ほど。

他人に迷惑をかけているのを自覚しながら、それでも己の利益のために車は手放さない、これが今の社会である。

「絆」とはよく言ったものだ。国民全員でコントでもやっているのだろうか。


他人に助け合いとか言う奴はたいてい自分が助けられることしか考えていない

「絆」で思い出したが、学生時代「助け合い」「お互い様」とかしきりにいう知人がいた。最初は私も賛同して、彼が困っているときいろいろと協力した。しかしあるときふと気が付いた。こちらはまったく助けられていない。むしろ思い返してみれば、面倒な仕事を押しつけられたり、責任逃れの道具に使われたり、こちらは一方的に迷惑を被っていた。最終的には、こちらがただ一度助けられなかったときに、彼がブチ切れて疎遠となった。

今の日本で声高に「絆」とか叫んでいる奴らは、彼に非常によく似ている。彼自身、現在進行形で「絆」とか言ってそうだが。

そんなことを口に出す奴は自分が助ける気は毛頭無い。助けられることしか考えていない。

本当に絆があるならば、そんなことをわざわざ口に出す必要など無いのではと思うのは、私が世間知らずなのだろうか。


便利なものは手放せない

さて我々は、自動車に限らず、大量の「(危険・不利益もあるけど)便利なもの」に頼って生きている。

原発が最もわかりやすい。原発は安くて多量の電力を国民に提供してきた。しかし大地震の影響で起こった事故を未だに終息できていない。

しかし原発の事故を受けて、節電に取り組んだ人はどのくらいいるだろうか。本気で(生活を切り詰めるレベルで)取り組んだ人は中々いないだろう。

庶民の反応はさておき、電力会社は原発をしきりに動かしたがっている。一つは稼働が決定した。住民は、将来の不利益より、目の前の利益を取ったのだ。

仕方の無い部分もあるだろうが、情けないことだと悔しがらなければならない。

何が情けないかというと、将来の危険より現在の利益を選んだことだ。利益とは、単純に、お金のことである。損得勘定はお金で計算される。

〜を〜すればいくら得だとか損だとか、次の行動を金額の大小で判断する事が多い。

これは高度成長期、もしくは環境破壊など負の部分を考慮する必要が無かった社会、資源枯渇問題を考慮する必要の無い社会では正しかった。正しいと思われていた。指標がお金だったからだ。

今は皆、違うと薄々わかってきた。だが、止めることはできない。

もちろん、テクノロジーの進歩によって、ずいぶん省エネで生活できるようになった。これからもどんどん進歩していくだろう。だからといって今エネルギーを浪費していいわけではない。そのしわ寄せは次の世代にのしかかる。


指標や目標を見誤っている現代先進国

どの国も経済経済と叫んでいて、GDPなどの金銭的指標を目標としている。企業も同様で、売上高やら株価やらを気にしている。これは成績を気にする学生のようである。学生の頃、やたらと内申点を稼ぐことばかり気にしていた奴がいなかっただろうか。彼らはきっと大企業や官僚になっていっただろう。そしてそのままの価値観で企業の幹部になり、官僚になり、成績という目標の代わりにGDPなどを目標に仕事をしている。

しかしその目標は間違っていた。国民の豊かさとGDPや株価にはあまり関連がないことがわかった。

相関はあるかもしれない。だが、不景気を経験した企業は、従業員に還元せず、企業の資産としてため込むことにした。企業を存続させるために、従業員が存在するようになった。結果、企業の業績と従業員の報酬に大きな溝ができるようになり、GDPや株価は役に立たなくなった。しかし次の指標がわからないので(あるいはわざと設定していないのか)、企業や国は既存の指標を使い続ける。


経済的余裕で問題を後回しにしてきた

日本には、どの国にもだが、細かい問題がたくさんある。スリ窃盗からホームレス、食料自給率、貧困問題、自殺問題など数えればキリがない。

しかし日本はその負の部分を経済的余裕でごまかしてきた。具体例としては、補助金や保証金である。問題をお金で解決してきたのだ。

一時しのぎには良いが、それだけで問題が解決されるわけが無い。しのいでいれば、時間と共に解決する問題もあるが、それだけではない。しかし日本は何でも後回しにした。

結果として、日本人は、一部の人を除いて、危機感の薄い、倫理観の低い、幼稚な国民となった。国内にはお金で解決できない問題が溜まっていった。

全てはお金で解決できるという錯覚から始まった。

その錯覚が、GDPや株価しか目標にできない企業や政府を生み出したのだ。

不安定な世界

私の精神も不安定だが、世界はもっと不安定だ。しかし原因は同じだと考える。目標が間違っていたのだ。

私の目標は、金を稼ぐことだった。金さえ稼げれば、少々グレーな商売をしてもかまわないと思っていた。だが間違っていた。価値観に合わなかった。私はますます精神を不安定にした。

一方、世界はさまざまな経済指標を目標にしてきた。だが、おそらくその指標では世界の安定は望めないことがわかってきた。実際に今、世界は不安定だ。

別の指標を用意するべきだと思うが、どう定義すればいいのか誰もわかっていない。ブータンでは国民総幸福量(GNH)を数値目標に頑張っているらしいが、まだ結果は出せていないようだ。個人的には頑張って欲しい。


無知の反省

一般人が無知なのは仕方がない。だが偉そうにしている専門家さまも無知が多い。

専門分野では優秀だ。しかしそれ以外を全く知らない、ということがよくある。それはよくない。少なくとも、隣の人が何をしているかくらいは知っておく必要がある。

そうでないと目標を見誤る。今の世界だ。

無職の私がこれ以上他人の無知を嘆いても仕方ないので、この辺で終わる。

私は目標の再設定のために、できるだけ知識を入れなくてはならない。私の場合、専門家さまが必要とするような知識では無いが、簡単ではない。しかし焦ってはならない。焦るといつも判断を間違う。焦って目の前の利益に飛びついてはならない。

HanaHana 2014/11/13 15:14 はじめまして。
こちらのブログにはたまたま辿り着いたのですが、大いに共感してしまい、
過去に遡って一から読ませて頂いております。
ちなみに、多分ruisonさんと同じ歳なので、余計に親近感を感じております^^

私は最近鬱から回復しつつある状態なのですが、自分には普通の会社勤めが合わないということが
分かりました。それまではなんとか合わせようともがいてきたのですが、それが却って自分を苦しめていたんです。
でも今回の鬱によって「本当の自分」の声に気付くことができ、これからは一般的な価値観なんて
気にせず、自分自身に素直になろうと思えるようになりました。

でもこういう話、どんなに親しい間柄の人であっても理解してくれないどころか敬遠されるので、
せっかく前向きになれたところで結局一人で抱えざるを得ず、息苦しくなるんです。
そんな中こちらのブログに出会い、私が考えていることや感じていることと同じようなことが
沢山書かれていてホッとしました。
ありがとうございます^^

私は普段、人様のブログへのコメントというものをしたことがないのですが、
ruisonさんにはこのままぜひブログを続けて頂けたらいいなと思い、
思い切ってコメントさせて頂きました☆

※長文失礼しました。

HanaHana 2014/11/13 17:51 度々失礼します。
大変失礼ながら、先程のコメントにおいて
ruisouさんのお名前をruisonさんと書いてしまっていました。
申し訳ありません・・・。

ruisouruisou 2014/11/13 21:56 > Hana さん
コメントありがとうございます。名前の件は気にしてませんのでご安心を。
回復の時期のもどかしさはないですよね。焦りが良くないことはわかっているのですが、人はつい焦ってしまいますね。
また、本ブログでいろいろと考えて貰えることができてうれしい限りです。
たまにふざけていたり感情的になっていますが、生暖かい目で見守ってやってください。

ぺろこまるぺろこまる 2014/11/16 21:08 ノイズキャンセル=イヤーマフ?
試してみたけど、なんか世間で広く聴覚過敏に良いと言われてるのが信じられないくらい僕には効果ありませんでした。
人の会話についてはくぐもって聞こえる感じになるのかな?
でも外から聞こえるような重低音に至ってはかえって増幅されているような感じでした…。

http://www.mmm.co.jp/ohesd/hearing/muff.html
↑このページの<「従来品1435の代替製品」3M™ PELTOR™ イヤーマフ H9Aシリーズ>

以上逆ステマでした。

ruisouruisou 2014/11/22 17:44 > ぺろこまる さん
コメントあるがとうございます。
イヤーマフの逆ステマありがとうございます。変な者を買わないで済みそうです。
ネットの噂っていうのはあまり信用ならないものですね。。
近所がうるさいときは大音量でゲームかアニメ鑑賞することにしたので、なんとかなりそうです(ただの安物ヘッドホンを使用)。