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2015-06-27

世の中を信じられなくなっているときは、思考を変える努力を

18:37 | 世の中を信じられなくなっているときは、思考を変える努力をを含むブックマーク

梅雨の時期、僕の部屋はパソコンの熱のせいかじめじめして蒸し暑い。エアコンをつけても古いせいかほとんどきかない。こういうときは出かけた方が良いのだが、世間の目が怖い。悪いことなんぞしてないから堂々と歩きたいものだが、無職の肩身の狭さが、「怖い世間」を作り出してしまう。しかし、無職でも大義名分があれば、堂々と出かけることができる。

世間どころか、世の中全体が信じられなくなったとき、どうすればいいか。僕が掴んだ考えのコツを少し書いてみる。

ネットの向こうを疑ってしまうとき

まずはネットからのネガティブな情報を遮断する。人はついついネガティブな情報に引きつけられる傾向にあるらしい。ネットサーフィンなどしていると、いつの間にかネガティブ情報の海に沈んでしまっているというのはよくある。僕は悪くない、まとめサイトと増田が悪いんだ。と開き直っても時すでに遅し。心が何だかネガティブな方に傾いてしまっている。

これは我慢すれば、回避できるはずだ。

それだけじゃなくても、最近はSNSが台頭して、その相手(たち)から辛辣な言葉・態度を向けられることがある。本当はSNSなんぞまったくしないで生きていくのがいいのだが、寂しがり屋の僕たちはそれができない。孤高の生き方をするには修行が足りない。

よって、時間を決めてやるのがいい。それ以外はスマホなどの端末に触らない。空いた時間にやるにしても、5分だけ、と決めるのがいい。相手に自然に宣言するといいかもしれない。

では、空いた時間に何をすれば良いのか、――読書である。これは明らかである。他のことをやってもいいが、ネットでライフハックなどを探すより、一冊の本を読んだ方が良い。最後にオススメ本を紹介する。

自分だけが不幸だと考えてしまうとき

一人でいると、つい思考が凝り固まってしまう。そして夜ともなれば、自分の不幸な過去ばかりが浮かんでくる。酒に逃げてもやはり不幸な過去からは逃れられない。もう末期になると、自分がなぜこんなに不幸の権化になってしまったのか、論理的に考えてしまうようになる。これはまず前提が間違っているから、いくら正しく証明しても意味が無い。僕なんて身に起こった不幸な事象を確率計算して、それが100万分1以下の確率だったので天文学的不幸だと言っていたが、そもそも確率の設定があやふやだった。

こういうときは視野を広げなければならない。やはり他の人の不幸な例が載っている本(小説でも可)がいいだろう。どういう風に回復していったかなど書かれていると良い。ネットで調べると余計な情報が付随してくるので、やはりオススメしない。

考えが煮詰まって思考がループしてしまうとき

部屋の中で、人生について悶々と悩んでいると、大体煮詰まる。

こういうときは、場所を変えるに限る。本の文面すら読めなくなるほど追い込まれているときは、外に出るに限る。一人で出かけるのがいい。うつ病などで体が動かないほど疲弊しているときは、近くのコンビニまでいってお菓子を買う、など小さな目標を決めて外出するとうまくいく。それができそうにないときは、シャワーを浴びるなどでもいい。

本当のオススメは散歩やジョギングだが、梅雨の時期はすこし厳しいかも。

監視されていると考えてしまうとき

コスパ悪いから、絶対に監視なんぞされない。人の監視なんぞ、二人ペアでやってもかなり苦労する。刑事ドラマがそれを証明している。殺人鬼候補でもないかぎり、絶対に監視されることなど無い。

長いこと引きこもっているとどうしてもこの思考にとらわれがちになるが、世間というものは、驚くほど他人に興味が無い。田舎は少し事情が違うが、それでも24時間の監視は不可能だろう。

参考に:

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)

……タイトル読んだだけもで安心する。お香でも焚いて、ゆっくりと読むと効果的。

道は開ける 新装版

……果たして不幸な人はどうやって、そこから抜け出したのか。いろんな人の事例が載っている。

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

……小説。江戸時代の話で気が触れた者も出てくる。昔からいたんだと少し安心するかもしれない。怖そうだが基本的に人情もので、案外こういう物語に浸るのもいいかもしれない。

massivemassive 2015/06/28 17:00 はじめまして。

脱ITの検索ワードでruisouさんのブログを発見して以来、時々拝見させて頂いております。
私はもうすぐプログラマを辞め無職になる予定です。
大分精神にきていますが、擦り減って取り返しが付かなくなる前に辞めようと考えております。
既に30歳近く再雇用なんて中々望めないと思いますが、日常が不毛で辛くたまらないです。
私もネットを使っていると、いつもネガティブな情報ばかりが目に入ってきてしまいます。
そっとしておいて欲しい、でもその一方で人の目が気になって気になって…
何か世間一般に負わなければならない義務をこれから放棄しようとしているような…
酷い息苦しさ、ジレンマを感じます。
そこら辺の感情の補完をネット上に求めてはいけないのですね

禅の本面白そうですね。読んでみようと思います。
長々と失礼しました。

ruisouruisou 2015/06/29 12:32 > massive さん
コメントありがとうございます。
環境を変えたいのなら、30歳前後という年齢はちょうどいいと思います。辞めるにしろ辞めないにしろ、何か環境を変えるのは勇気がいりますが、考えすぎはやはり良くないです。
僕が言うと説得力無いですが。。
禅の本でもゆっくりと読んで、それから考えてみて下さい。きっと良い考えが浮かぶと思います。

omaruomaru 2015/06/29 15:14 こんにちは。 

禅はいいですね。色々な本も読んできましたが、記事を読み、空について気付きがありました。ありがとうございます。

すべて自分が作ってるんですね。肉体の状況、思考の状況、意識の及ぶ空間の状況も。
今は空間、思考、肉体すべてあるがままで良いと感じています。あるがままに循環をうながす空間警備員に職業(浮世では無職)がランクアップしましたw

過去を振り返ると脳であれこれ考え、自分で空間にフィルターの様なものを設置し流れをせき止めていたと感じています。流れをせき止めていては水ですら流れませんし水は干上がってしまいますものね。

素晴らしい気付きを有難うございます。

ruisouruisou 2015/06/30 12:45 > omaru さん
コメントありがとうございます。
僕なんぞの記事で、何か気が付かれたようで、うれしい限りです。
水で思い出したのですが、「上善は水のごとし」と言いますよね。川に流れる水のように流れに逆らわず生きていきたいものですね。

無色燻銀無色燻銀 2015/07/12 20:42 >>政令指定都市未満に生まれるだけで人生の難易度が上がる
>>地方に比べて都会は有利だ。

私の住んでいる都市も政令指定都市の半分にも満たない人口です。
年々住んでいる人が減っていっているわりに老人ホームとかは増えてますね。
前に東京に行って若い人の多さに驚きました。大学とか多いのもあるんでしょうが。ただ都会はチャンスもある代わり、あぶれる人もいて若い人は同世代の格差も大きいのではないでしょうか。

>>地方求人は医療介護と運送が8割。
こっちも変わりないですね、そこにプラスして昔は製造の工場などが撤収し、ショッピングモールなんかに置き換わってますので、そういった求人はありますが。
前に飲み屋で北の地方に住んでいる方と知り合ったんですが公務員一族で自分一人だけ民間に就職したら、親族家族から負け犬負け組呼ばわりされているそうです。
かと言って独り暮らしできるような賃金でもないのでイライラしてらっしゃいました。
私もこのままでは行けないので、トヨタのようなお膝元で次を探すか悩んでます。

ruisouruisou 2015/07/14 16:51 > 無色燻銀 さん
コメントありがとうございます。
長期ニートから復帰した高齢の人の話をネットで見ると、たいてい都会の有利さがあるなぁ、と感じることが多いので、ちょっと挑発的に書いてしまいました。都会の人たちは競争相手が多いというのは問題ですが、仕事に多様性があるなぁとうらやましく思います。競争倍率は高いんでしょうね。。
大企業の恩恵にあずかって金を貯めるのはありかもしれません。体が丈夫なら。。問題は金を貯めてから、打って出る勇気かと思います。

無色燻銀無色燻銀 2015/07/17 16:03 >ruisouさん
>仕事に多様性があるなぁとうらやましく思います。競争倍率は高いんでしょうね
確かに都会は高給〜底辺までいろいろ仕事ありますね。
私は30代前半ですが、地方零細でリストラな職歴のため、リクルートに代表される
ような会社には相手にされませんし、いろいろあって名前の通りの状況です。
プログラムをやったこともありますが、なにぶん古い言語ですし、
次の職をどうするか悩んでいます。

ruisouruisou 2015/07/18 11:04 > 無色燻銀 さん
コメントありがとうございます。
次の一手、迷いますよね。。自分も最低限するべきこと(日頃から勉学に励んだり、体を鍛えたり)はしているのですが、不安はよく出てきますね。
就活っぽいことをしていると、特にひどいです。だからもう(就活は)一日二時間までと決めました。それ以上は心に毒なので。。何にせよ、就職のことで頭がいっぱいになって煮詰まらないようお気を付け下さい。

2015-06-22

政令指定都市未満に生まれるだけで人生の難易度が上がる

13:15 | 政令指定都市未満に生まれるだけで人生の難易度が上がるを含むブックマーク

最近、ネットで求人情報を見ているのだが、近くの政令指定都市と地方で求人数が違いすぎる。ネットのアドバイスとか見ていると、どうもそれなりの規模の街に住んでいることが前提であるようだ。

しかも基本的に、地方求人は医療介護と運送が8割。ほぼ体力勝負の仕事だ。そして何も生み出してはいない。医療介護にいたっては国の7割負担が無ければ成り立たない。これでは経済が停滞するだろう。


経済回復とは何だろうか

経済学で地方を語るわけではない。

だけど、地方はすでに新しいものをほとんど生み出していない。ただ、今あるものを維持しているだけだ。そのうちに頭打ちになるだろう。日本全体がそうなっているのだが、このままだと、明らかに日本全体より地方が先に倒れる。

やはり土建屋に金を回して、穴を掘って埋める仕事をしている。もうすぐ掘る穴もなくなるだろう。

しかし、無理に何かを壊して修理することで金を回していったい何になるのだろう。GDPのためだろうか。確かに僕たちにはそれが豊かさの指標に思えていた。今でも基準にはなるだろう。だけど、僕たちは疲れてしまった。

アクセルを踏み込み続けて、なぜ走っているのかわからないまま、走り続けてしまった。だけどそれを緩めるとは、経済の衰退、生活の質の低下を意味する。このあたりは渡辺京二の『近代の呪い』に詳しい。というか僕より明瞭に説明してくれている。


地方は不景気のまま

僕が考えるに、土地代が高い。身勝手な大型店舗進出によるものと言われることもあるが、それは時代の流れで、個人で対抗する手段はいくらでもある。

しかし土地代はいかんともしがたい。僕には土地代の交渉などする力などない。


住む場所が都会であるほど、有利

地方に比べて都会は有利だ。求人数だけ見てもおよそ10倍*1。当然、職種も多い。選択肢が多い。それだけで無職にとってチャンスが多いことを意味する。どこに住んでいるかどうかで、社会復帰できるかどうかのハードルの高さが違いすぎる。都会に住もうとすると、無職はしぶられる。そもそも今は都会などに住みたくない。

また、人との出会いなどで(ビジネス)チャンスを得た話を聞くが、それは都会の有利さである。就職や起業などで復帰した人の話を聞くと、都会であることがほとんどだ。田舎だと、偶然に親戚や知り合いが土地持ちだったとかが多い。田舎住民の最高のステータスは、土地を持っているかどうかである。


最も大切な能力

踏み台にされても、耐える体力。必ず、社会に出ると、相手を陥れ踏み台にして高い地位利益を得ようとする人間と遭うだろう。そのとき必要なのはそれに耐える体力である。仕返しなどはしてはいけない。キリがない。精神力と言いたいが、精神を鍛えるにはまず体力である。これについては又書きたい。

はっきり言って、普通の人生だと、誰も助けてはくれない。ネットやテレビ雑誌に載っているメディアの話ではよく誰かの助けが〜とか言われるが、それは一部の幸運な人間の話であって、たぶん僕たちにはやってこない。それが無いからと悲観してしまわないために何が必要か、体力である。一日の終わりに体が疲れてなければ、絶望感も浅い。「元気があれば何でもできる」とは意外にも素晴らしい名言の一つである。


キツいときは誰も助けてくれないと思うべし

世の中の人行う親切さには条件がある。それは「気軽に今すぐでき、かつ自分が目立つ親切さ」である。

ほとんどの親切な人はこのようである。そしてこの条件に当てはまらないと、なかなか助けてくれない。たぶんほとんどの場合、誰も助けてくれない。ライフワークにしている人は別だ。

「祖に逢うては、祖を殺し、仏に逢うては、仏を殺す」(無門関)

物々しいが、本当に殺すわけでは無い。祖先や仏様は困ったときに助けてくれそうな存在である。しかし、それに頼ってはいけない。自分自身の力で立ち上がり、進まなければならない。

無関門という仏教書ではそう言っている。

キツいときほど誰も助けてくれないものである。なぜなら、他の人たちもキツいのだから。自分の貴重な時間を浪費してまで他人を助けようとする人は、きっと人生損をする。僕は嫌いではないが。

それに、この事を自覚していれば、失敗してくすぶっているときに「誰も助けてくれなかったから、僕は失敗した」などと言わなくて済む。


参考に:

近代の呪い (平凡社新書)

……渡辺京二の講演会の内容をまとめたもの。近代世界に対するもやもやを少し晴らしてくれる。過剰な経済競争はなぜ起こったのか。抜け出すことはできないのか。それらについて考えたい人に、ぜひ読んで欲しい一冊。

*1:僕の住む土地と一番近くの政令指定都市の比較。統計はとっていない。主観的にこのくらいだった。

duke77duke77 2015/06/23 22:16 ruisouさんは、執筆業に適正ありだと思いますがね(^^)v
個人的には、一般的な会社組織での「最も大切な能力」では、社交性に一票。

ruisouruisou 2015/06/24 22:17 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
物書きになれれば素敵ですねぇ。
社交性も体力がなければ、化けの皮がはがれます!w きついときってやっぱり本性がでてしまいますから……。できるだけきつくならないよう、体力を補強しておくのは重要かと思います。

aaaaaa 2015/06/27 12:52 胸の中がざわざわして死にたい衝動にかられます。
どうしたらいいですか?
助けてください

ruisouruisou 2015/06/27 14:08 > aaaさん
コメントありがとうございます。
切羽詰まっているのなら、場所を変えた方がいいかと思います。落ち着いた喫茶店に行くとか、本屋の不人気コーナーに行くとか。。騒がしくない、落ち着いたところがいいです。
考えるのはあとにして、出かけた方が良いです。場所を移すというのは、心を移すことに繋がります。帰ったらこのブログでも読んで下さい。たぶん、更新しています。

2015-06-07

家に篭って夢を見ていたいのに、社会に出る時期がきてしまった

11:55 | 家に篭って夢を見ていたいのに、社会に出る時期がきてしまったを含むブックマーク

金がない幸せがない奴は俺のとこに来い、俺もないけど心配するな。どうにかなる。とでっかく言える人間になりたい今日この頃。

俗世(街のこと)に行って、お洒落な店に足を運んだりしているが疲れが酷い(小者)。なぜ無理に横文字を増やしたがるのだろう。そんなものIT業界だけで十分だ。なぜ街にはカップルが多く、おばちゃんたちは噂話を大声でするのだろう。もっと控えめさを知って欲しい。しかしこれも修行と思って、出かけることにする。僕はもっと俗世のことを知らなくてはならない。徐々に社会との接点を持たなくてはならない。


何も解決していないのに

何も解決していないのに(むしろ加齢により悪化している)、僕は以前より、人生を悲観していない。むしろ楽観している。高齢無職などいつの時代も雇ってはくれない。特に正社員の身分は。それがわかっているのに、楽観している。

楽観のコツは、ともかく悲観的な情報に触れないことだ。*1就職情報などの応募要項など見ていたら、自分があまりに当てはまらなくて否定された気分になる。急募の時給700円のバイトの応募要項に業界経験3年以上が条件って書いてあったら、自分が否定されたわけではないとわかっているのに、否定されたような気になってしまう。あんなのは連続で30分以上見るべきではない。ていうか見たくない。

自分の(心の)負担になることは、できるだけ避ける。しかし世の中、避けられないことも多いので、それに対しては、接する時間、考える時間を最低限にする意識が必要だ。

避けるのを逃げるという人がいるがそれは違う。

僕のようにすぐに負の感情に染まってしまう人間は、そもそも(自分を否定する)情報自体に触れるべきではないのだ。もちろんただの情報を否定としてとらえる自分も悪いのだが、否定に変換しないエネルギーは避けるよりエネルギーがいるので、やはり避ける方が無難だ。情報を否定的にとらえてしまうのは、多くの人間の癖であり、その思考を完全に止めるのは禅の修行を積んだ坊さんでも難しい、と僕は考える。

つまり、我々はカップルが多い時間帯に街にわざわざ足を運ぶ必要はない。

ただの情報として流す方法はいろいろあると思うが、その一つは「夢を思う」ことである。ここで夢とは、眠ったときに見る夢である。


胡蝶の夢

胡蝶の夢という有名な話がある。古代中国の思想家、荘子の説話の一つである。訳文をwikiより引用すると:

以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。

自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。

ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。

荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。

僕も夢にいるのではないか。

しかし夢にしては、いかんせん不都合が多すぎる。不具合だろうか。アップデートを要求する。

……もしかしたら不都合のない世界の自分が、ある意味底辺人生を体験したいと思って、見ている夢である可能性は否定できない。そんな悪趣味な奴がいるのかと疑問に思うが、僕のことだから満ち足りた世界に飽きて、今の僕を夢として体験しているのかもしれない。迷惑な奴だ。

しかし夢だと思えば、そこまで悲観することもあるまい、と漱石のようにどっしり構えることもできる。以前の僕を含め、悲観に浸かる人は、現実と自分が融合しすぎている感じがする。もっと夢を見ている自分がいると思って、現実を気楽に見つめてはどうだろうか。


思考の偏りと夢

人間は一人でいると思考が偏る。俗世に染まりすぎても良くないが、一人で部屋の中で考えすぎると煮詰まる。思考が偏る。

外に行くと言っても街に行く必要はない。自然の中で十分である。都会の方は美術館とか博物館とか植物園とか……。とよく言っていたが、それだけではダメなようだ。

僕は静かな環境を好むが、静かな環境だけで生きていくことはできないということがやっとわかったので、やはり騒がしい環境も我慢する能力が必要と感じた。

「小隠は山谷に隠れ、大隠は街に隠れる」

とは荘子の言葉の一つである。真の引きこもりは、街に隠れるのだ! とはいえ、その境地はまだまだ遠そうだ。僕はやはり静かな山がいい。

山の中で夢を堪能していたい。

だけどそういう時期でもなくなったのだろう。景気回復が形だけでも整ってきたからだ。


もうちょっと不景気でいればいいのに、形だけだが景気が良くなっている

日経平均を始め、景気回復と言われているが、それが我々の実生活にゆとりをもたらすことではないことは、薄々感じていることだと思う。自動車産業が儲かって、そのおこぼれとして関連産業の社員が金を使ってくれる、もしくは安く車を購入できる、という感じの回復はあるかもしれないが。

ニュースをチェックしていないから詳しくは論じることができないが、どうせ円安で自動車産業が儲かっているというおなじみの形だろう。

ただ、形だけでも回復している事実がやっかいだ。

何か流れが来ているように感じるし、世間に背中を押されているような気がする。実際、形だけでも、というのは社会に潜り込むには良いタイミングである。

ただ、僕は気の合いそうなサークルと接触をとろうとしていたのに、景気に回復されると、サークルよりまず就職ということになる。しかも好景気はそう長続きしそうにない(これは僕の予感。根拠なし)。基礎の勉学もそこそこしていたから、手土産に資格の一つでも取ろうとしていたのだが。

体調に関しても万全ではないが、条件さえ合えば常人の7割程度の仕事はできるほど回復している。

一言で言うと、準備不足なのに、再スタートするには良いタイミングがきてしまったというわけだ。もたもたしているからこうなる。

大隠になる覚悟を決める時期なのかもしれない……。

ああ、やだなあ。山谷に隠れていたいなぁ。夢に浸っていたいなぁ。


参考に:

老子・荘子 (講談社学術文庫)


こういう古典(入門)書を読むのは精神安定剤の効果がある、かもしれない。とくにインドアタイプの人間は、この老子荘子などは向いている。この本は時代背景も書かれているし、ちょっとお高いが、入門書としては最適。

*1:というわけでこのブログは、これから徐々にネガティブ情報を減らしていきます。

akisibuakisibu 2015/06/07 23:05 こちらでは、はじめまして。
大隠、小隠に反応しました。
参考までに、Wikipedia「文人」の項目で「隠逸」に関する事項があり、
「中隠」という隠逸スタイルの提案があったそうです。

duke77duke77 2015/06/09 22:31 「形だけでも回復」
まさに今の日本は、そんな感じしますね。

ruisouruisou 2015/06/11 10:00 > akisibu さん
コメントありがとうございます。お久しぶりです。
立て込んでいて返事が遅れました。すみません。決してwikiるのが面倒だったわけではありません。信じて下さい。
文人の項、目を通しました。中隠生活、いいですね。切り替え能力がかなり必要みたいですが、現代人には必要な能力なのかなぁと思いました。

ruisouruisou 2015/06/11 10:11 > duke77 さん
いつもコメントありがとうございます。
また返事遅れてすみません。
株価と庶民の日常生活はほぼ乖離してしまったといってもいいですね。最初からそうだったのかもしれませんが。