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2015-09-30

ニートがバイトとして社会に出たようです

17:34 | ニートがバイトとして社会に出たようですを含むブックマーク

アルバイトを始めた。とにかく社会との接点が欲しかった。だけど、バイトをやっても何も変わらなかった。

バイトは社会との(大きな)接点にはなり得なかった。何かが変わったという実感はない。日々のノルマをこなすのが厳しくなっただけである。張りがあると言えば張りがあるのかもしれないが。

まだ、始めて間もないので、実感していないだけかもしれない。


一気に追いつくのは不可能

ただ、アルバイトを始めて確信したことがある。それは、今までの遅れを一気に取り戻すのは不可能だということだ。人それぞれかもしれないが、僕のような無才の人間は、ほぼ確実に、不可能である。

少しずつ、社会に追いつくしかない。

マラソンや駅伝などと同じである。長距離の勝負では、3キロの差をつめるにしても、よほどの実力差がない限り、徐々に追いつくしかない。人生だと42キロどころではない。何万キロと続いているのだ。そのぶん、差も大きいが、一年に数キロずつ追いつけば、いずれ肩を並べることができるだろう。*1

というか追いつくべき社会がわからないからこまっているのだが、自身が認められる程度までいけばいい。そもそも競争ではないのだが、資本主義社会でのヒトの原動力は、悲しいかな競争である。競争そのものは悪いことばかりではないが、そのときどきに生じる競争心・虚栄心・嫉妬心などが我らの敵である。

まあ、その辺はともかく平均年収の8割まで追いつけばそれがいいと思う。金銭的なことなど二の次なので、対外的な目安に過ぎないが、とりあえずの目標は重要である。

ちなみに、アルバイトで金銭的な満足を得ようなどとは考えていない。社会復帰のための第一歩である。ひとまず半年も続ければ一人暮らしのアパート部屋を貸してくれるだろうと踏んでいる。無職のときは社会的な信用不足で保証会社に断られた。実家にいてはできないことが多くなってきたし、もう何年もいるからたまの外出でご近所の視線が痛い。体調に不安はあるが、まあコンビニと通販をフル活用すればいけるだろう。体調については次回、書くと思う。


『犬はどこだ』の主人公と僕

ほんの少しだが働き出したので、どれ現代の小説でも読んでみるかと思って『犬はどこだ』を読み始めた。あれよあれよと有名になった米澤穂信の、初期の作品。積ん読本の一冊だった。

この主人公は、僕の経歴と似ていて、優等生の道を進んでいたが、都会の生活についていけず、帰ってきたパターン。することがないから自営業(犬探し)を始めたとある。それがなぜか探偵業になってしまい、穂信お得意のミステリが始まる。

内容には触れないが、これを読んで、やはり持つべきものは友人だなぁと思った。主人公の長太郎には、仕事を回してくれる友人や、困ったら助けてくれるチャットフレンドがいた。

僕には愛嬌というものが欠けているため、いつも誰からも助けられず、だいたい後回しにされ、その間に自己解決してしまう。そして頼ることを忘れてしまった結果、人に頼ることをしない頭の固い人間と言われるようになった。

だから、地元に帰っても、会うべき友人はおらず*2、頼る人もいなかった。帰ってきた途端、カツアゲなどされなかっただけマシと思っておこう。それより、僕も探偵したかった。


これから

ともかく後回しが続いた結果、ニートになった。そしてアベノミクスで景気回復と謳われて早幾年、ようやくフリーターになった。相変わらず、30代でそれはまずいだろう状態ではあるが結婚子育て等を諦めていれば、大した問題ではない。泣いてなんぞいない。

ちなみにバイトは安月給で、交通費も出ない。バイトの日に飲みにでも行ってしまうと赤字になるほどである。居心地は良いので文句は言わない。

今後は、バイトを含め、日々のノルマをしっかりとこなすことに注力したい。今日は9月の一人反省会である。

また、何か社会人(運動)サークルへの参加もいいかもしれないと思っている。*3

そもそも社会との接点が欲しかったので、コミュニティ参加のこっちが本命かもしれない。バイトを始めたことで、社会人サークルへの参加敷居も下がった。こうやって、ジワジワと社会に溶け込んでいくしかないのだろう。気分はまるで化けダヌキである。

ただ、田舎はサイトなど持たないサークルが多いので探すのに骨が折れそうであるが。


参考に:

『犬はどこだ』 (創元推理文庫)

……軽く紹介したが、ずしりとくる表現がある。弱っている人は読まない方がいい。ただ、自己反省をしたい人は読むといいかもしれない。興味深い表現も多い。無難なところを少し引用する:

――現代は中世を克服したわけではない。中世の上に乗っかかっているものが、現代という時代である。現代に綻びがあれば、中世はいつでも滲み出る。(『犬はどこだ』p.235)

→これは作品中の本の一節である。小さな村の郷土資料の本に出てくる。この本は全体的にとても興味深い。実在するなら読んでみたい。

――刀折れ矢尽き、ただ逃げ続ける失踪さんを、私は哀れんでいます(『犬はどこだ』p.302)

→刀折れ矢尽きるという表現が好き。まさに田舎に戻ってきたときの僕であるが、表現通りに格好良くないし、そもそも逃げずに引きこもっていた。無念。

*1:しかし、アルバイトごときでは、広がるペースを緩めたに過ぎない。最初はそんなものだろう。

*2:そもそも若い人間はほぼ出て行ったのだが

*3:僕は運動が苦手だと思われがちだが、そもそも体を動かすのは好きだ。

霞 2015/09/30 18:15 ご無沙汰です。
すっかり寒くなりましたね。
バイト始められたのですね。大躍進ですね。
応援してます。(頑張れとは言わない)


カツアゲって…(笑

ruisouruisou 2015/10/01 12:47 > 霞さん
ご無沙汰です。コメントありがとうございます。
大したバイトではないのですが、そこがよかったりしてます。

カツアゲとは言わないまでも、不景気のせいか田舎はヤンキーやらチンピラやらが増えてますからねぇ。弱そうな見た目の僕は、油断大敵なのですw

akisibuakisibu 2015/10/01 17:41 すごい。
今までの遅れ…いろいろ思索するうちに、いや、むしろ進んでいるんじゃないか?と思ったり。

>コミュニティ参加のこっちが本命かも
余裕がある人々のサロンみたいなものに参加できるといいですね〜。

最近ニヤリとした名言。
「知と銭と閑の三つのもの備わざれば、究理発明すること能わず」(by大野弁吉)

ruisouruisou 2015/10/02 19:08 > akisibu さん
コメントありがとうございます。
お褒めにあずかり光栄です。しかし思考レベルの変動が激しいような気がするので反省しています。
コミュニティも自分に合うところがあればいいんですが。
>「知と銭と閑の三つのもの備わざれば、究理発明すること能わず」(by大野弁吉)
これいいですね! どこかで使いたいですw

duke77duke77 2015/10/03 00:12 バイト、良いですね。
あと、本好きだから、コミュニティとしては読書会とか良いかも。ですね。

ruisouruisou 2015/10/08 12:34 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
バイトも、焦らずに精神を安定させるのは、なかなか厳しいです。
山奥のど田舎ですから、読書など知的なサークルはないと思います。。

柚 2015/10/16 22:34 お久しぶりです。
バイトを始めたのですね!
すごいですねぇ!

ruisouruisou 2015/10/18 21:01 > 柚さん
コメントありがとうございます。そしてお久しぶりです。
気分はまだまだニートなのですが、働き出してしまいました。。半ニートと自称したいところですが、他のニートが許さないでしょうね。。
ともかく、お言葉ありがとうございます。

omaruomaru 2016/04/04 21:39 お久しぶりです。

精神不安定で二の足踏みまくってましたが私もバイト始めました。ちょっとした筋トレなんかもしたりして、参考にさせて頂いちゃっております。
特にこれと言って意見がないのですが、ありがとうございます。応援してます。

ruisouruisou 2016/04/09 12:04 > omaru さん
コメントありがとうございます。
返信遅れてすみません。また久々に来て戴いて、しかも報告までして戴いてありがとうございます。
バイト、大変喜ばしいです。バイトなどの、外に出なければならない、強制的な用事があるといいですよね。行きたくない、が口癖になりますが。。

日々に埋もれそうになったらバイトの先の目標を忘れないよう、少しだけ頑張ってみて下さい。そして、筋トレはしすぎないよう注意して下さい!キリがないですから!w

2015-09-15

人に与えた恩はすっぱりと忘れるべし

18:35 | 人に与えた恩はすっぱりと忘れるべしを含むブックマーク

人に親切にする、すなわち恩を与えるというのは、普段から誰もがやろうとしていることである。しかし『菜根譚』という中国は明代の処世訓によると、人に施した恩などはすっかり忘れた方がいいという。


忘れた方がいい理由

確かに、恩返しに(お礼に)いったとき、やっときたかと構えている人は、小人物に見える。そんな人より、ああそんなことか、忘れていた、とのんびり構えている人はともすれば大人物に見えなくもない。*1

たとえ大人物に見えなくても、僕個人としては、圧倒的に後者の人物に好感を抱く。

ということで前回のエントリで、さんざん自分は親切の輪に入れないなどといじけていたのは忘れようと思う。今後の行動に変わりはないが、日常の心持ちはずいぶん変わる。

ちなみに、『菜根譚』では、人に与えた恩は忘れていいが、人から受けた恩は忘れてはならないと教えている。


忘れる練習

記憶力が無くて嘆いている人はよく見かけるが、その逆は見たことがない。しかし記憶力があるということは、嫌な記憶も鮮明に覚えているということなので、ある意味不幸かもしれない。それが、トラウマになったりするのかも。

僕は記憶力そのものは至って普通なのだが、やはり嫌な記憶など忘れたい。そして先に述べた恩を与えた記憶も忘れたい。

特定の記憶を忘れるのは難しいが、だいたい記憶というのは放っておくと薄れていくものである。つまり、忘れたいなら、思い出さないようにすればいいのだ。そして他の記憶で上書きすればいいのだ。

記憶の上書きは、記憶そのものを削除するのではなく、なんかこう色んな記憶でごちゃごちゃにするのがいいと思う。


しかし外はだいたい嫌なことしかない

僕は外出すると、だいたい気分を悪くして帰る事が多い。詳細は省くが、最近は気分良く家に戻ったことはかなり少ない。近所はちょっと変わり者が多いし、近くの街に行っても、見た目の醜さからか良く笑われる。車でも持って、遠くに行けばまた違うのかもしれないが。

また引きこもり最強と思ってきたほどであるが、それでは記憶の上書きはできない。しかし外に出ても気分が悪いことしか起こらないなら、ネットゲームもありかなと思うようになってきた。何にもならないが、マイナスになるくらいならネットゲームの広大な世界を冒険するのもいい。ネットゲームで良い記憶を上書きするのも悪くないかも知れない。最近のネットゲームはミュート機能がついているものも多いし。ただ、運動不足には十分に気をつけたい。


本当は登山がいいのだが

最近は登山ブームなのか山に人が多く、全く落ち着かない。冬になれば少なくなると思うのだが。さらに、最近は噴火ブームなのか、色んな山が噴火している。これも冬になれば落ち着くのだろうか。

ともかく登山の最大の敵は、登山口までの人の目である。僕は車を持っていないし、車で行くほどの距離でもないし、そもそも登山口に駐車場がない。

登山口までの人の目なんぞは気にしなくとも良いのだが、狭い村なので、同じ人(年寄り)に何度も見られる。これが嫌だ。しかもこれでもかというほど見てくる。僕に孫でも紹介してくれるならまだしも、さすがに親のすねかじりをしている30代に孫は紹介しないだろう。

それでも山に入ると落ち着くことは多い。近所の視線・ひそひそ話もネットゲームのように回避・ミュートできればいいのに。嫌な人がいたらネットゲームのようにサーバの変更ができればいいのに。技術者さんたちお願いします。


蛇足:ブログ6周年

ブログが6周年になりました。相変わらず、全体的にネガティブで申し訳ないです。これから改善していく所存です。

定期的に読みに来てくれる人もいるようでうれしいです。アクセス解析などいっさいやっておりませんので、詳しいことはわかりませんが。

また、更新ペースも遅くて申し訳ないです。そのぶん、僕の考える良本をできるだけ紹介するのでそちらをよんで貰えればと思います。だいたい図書館にもあると思うので。


参考に:

『菜根譚』 (岩波文庫)

……僕の行動を全て見透かして、諫めているかのような処世訓のつまった本。有名な人が書いた本ではないのだけれど、書かれていることは至極まっとうで、最近は毎朝姿勢を正して読んでいる。しかしちょっと言葉が難しい。

*1:もちろん、そういう人を見て、利用する愚劣な人間がいることも忘れてはならない。

halu98halu98 2015/09/27 21:31 読み始めて、間も無いのですが。
自己表現が苦手な自分から見ると、6年書き続けるのは凄いな、と思います。
紹介のあった「道は開ける」を読みながら、
嫌なことを、さらに嫌なことで上書きしないで、
こういう言葉を記憶できればなぁ、と感じます。
これから出会う本に、何か生きるヒントが見つかりますように。

ruisouruisou 2015/09/30 14:55 > halu98 さん
コメントありがとうございます。
6年といっても、ペースが遅くて、あまり褒められたものでは無いです……。
本も良いと思ったものは、何度も繰り返し読むといいですよ。自分もよくおろそかになって、精神が乱れますが……。
また、自己表現が苦手というのはそれはそれでいいことだと思います。変に上手な人は、かえって怪しく見えるものです。