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2015-10-31

魔法使いになってから発動してきた魔法

| 23:32 | 魔法使いになってから発動してきた魔法を含むブックマーク

僕は生粋の魔法使い*1の見習いであるが、魔法が使えるようになった。もちろん、最初から使える人は使えるし、もっと歳を重ねてから使うようになる人もいる。ちなみに、お子様はできるだけ読まないように。読んでもたぶん面白くないし、読むことによって同じ轍を踏むことになりかねない。


使えるようになった魔法その1

まあ、年齢を重ねれば誰でもやるようになるのだが、駅やバス停・信号待ちでストレッチやマッサージをするようになった。もちろん自分にである。他人にやったら捕まっている。昔はじじくさいと馬鹿にした視線を送っていたが、今や仲間意識をもつようにすらなった。空いた時間にストレッチなど言語道断、ストレッチはストレッチの時間を確保し、集中して行え、と主張していたが、現代人は時間がない。よって、時間の隙間に筋肉をほぐすのは、当然の行為である。

しかし、周りに人が多い都会では、周囲の人の迷惑にならないようにやるべきである。田舎の、ガラガラのバスや電車、歩道だからこそできるのである。その点、田舎は良い環境かもしれない。

ちなみに田舎の人間は、そのほとんどが玄関から30秒以内にマイカーに乗り、そのまま目的地に直行するので、歩道も公共交通機関もガラガラである。そのぶん運賃が高くなっているのが、少々腑に落ちない。


魔法その2

魔法その1は、人の目を気にせず、どこでもストレッチできるようになったということだが、つまりはおっさん化しただけである。

魔法その2は、少し違う。これこそ現代魔法使いの代表魔法というべきところだが、それは、一度も艶事の経験がないがために、誘惑に打ち勝つことができるのである。花街を通る際に、風俗の呼び込みがあっても、毅然として断ることができるし、色気のある尻を見つけても長い時間よそ見をして事故に遭うなどという愚かなことがない。

一度でも艶事の経験があると、こうはいくまい。一度快楽を知ってしまうと、人間、その快楽に傾きやすいと聞く。手淫などとは比べるべくもない。こんなものはいくらでも我慢できる。しかし相手がいるとそうはいくまい。神聖童貞、もとい生粋の魔法使いだからこそ、我慢できるのである。

少し悲しくなってきたのでこの辺でやめる。


魔法その3

3つめの魔法は、少しこれまでと毛色が違う。これは単に老けたからかもしれないが、子どもに警戒されなくなった。特にちびっ子に好かれるようになった。スーパーとか公園でよく寄ってくる。特にしゃべったりはしないが、手を振ったりはする。

また、あるときは比較的ガラガラのバスの中でなぜか女子高生(今思えば中学生かもしれない)らしき者が隣に座ってきた。座ったと思ったら、そのままコクリコクリともたれて眠りだした。安心してくれるのはうれしかったが、これは何かの罠か夢ではないかとずいぶん緊張した。

もしかして、僕にはもう初老のオーラが出ているのだろうか。「おじいちゃんって安心する」みたいな。

確かに白髪がずいぶん増えているが、それは早すぎるような気がする。角度によっては僕はもう人の良い好々爺に見えるのかもしれない。

思い返せば、ちびっ子は保母さんフラグかもしれなかったし(考えすぎ)、女子高生らしき者は直接フラグだったかもしれない(希望)。しかし魔法その2が発動していたため無効化される。魔法その2が発動しているから、そういうことがあるのかもしれない。やはりおじいちゃんオーラだろうか。

*1:ここでは、三十路過ぎの童貞のこと。最近はそういう人も多いとのことで、30代はまだ見習いとされる。ハロウィンとは関係がない。

ぞんぞん 2015/12/21 02:59 この前の、返信ありがとうございます。
ブログ続けるのって根気要りますよね。
自分なんか文才無いし、到底無理ですな〜。
Facebookで政権の批判したり吠えたりしてるくらいです。情けないものです。

この時季はイライラします。
チキン喰ってケーキ喰って夜景でそしてエッチという日本の伝統行事が来つつあるし。

自分は、そろそろ変な妄想は捨て去らないとと思うようにやっとなって来ました。
あとは老いるのみ。
自分一人を食わせていければそれで良いわけだし(現在無職…)。

駄文失礼しました。

ruisouruisou 2015/12/23 12:38 > ぞんさん
コメントありがとうございます。こちらこそ、色んな記事を読んでもらっているようでありがたいです。

ブログ続けるコツは、あまり気負わないことです。下手に稼ごうとか考えるとつぶれます。。
文才なんて曖昧なものだから、やはり気負わないことです。

聖夜といいながら獣の行為をするカップルに制裁を加えたい気持ちはよくわかりますが、僕たちだけでも清らかに写経でもしてすごしましょう。恋愛要素のないゲームをしてもいいでしょう。

自分一人食っていくのを目標にするのは、とても良いと思います。まずはそこからだと思います。そのラインを越えてから、また別のことを考えればいいのかと思います。

2015-10-20

自律神経失調症の男が筋トレで回復しようと頑張った

09:27 | 自律神経失調症の男が筋トレで回復しようと頑張ったを含むブックマーク

以前、自律神経失調症の回復のために、体を鍛えると言ったが、結構絞った体になった。海に行けばモテたかもしれない。だけど今年の夏は修行だと言い聞かせほぼ引きこもっていた。今年は涼しかったので冷房代がかさむことはなかった。


病気は治っていない、だが自信はつく

結論から言うと、自律神経失調症は治っていない。相変わらず、諸症状は出る。だけど、指先の過剰乾燥は軽減されたかもしれない。以前は乾燥に伴う手荒れでキーボードを打つのも辛かった。今は平気だ。これから冬にかけて注意しなくてはならない。

ともかく筋トレは、ストレッチやヨガ、自律訓練法をうまく組み合わせなければ効果はないのかもしれない。僕は、発達障害のせいか、いつの間にかハードな筋トレばかりやっていた。これでは交感神経ばかり活性化してしまって、副交感神経は活性化できない。

現状、このままアンバランスで死んでしまうのではないかと不安になるほど、交感神経が活性化している。常に蛇が喉元に牙を立てているような緊張感である。筋肉のコリが尋常ではない。現在も骨きしみ、筋肉が圧迫されている。頭もなんだか痛い。

ただ、筋肉量が増えたので、日常の動作が以前よりスムーズになるし、面倒で後回しにしていた押し入れの整頓もぼちぼちできている。古本もずいぶん捨てた。ホコリがすごかった。


欠点

運動の習慣はいいことばかりではない。以下、3つほど欠点をあげる。

1.筋肉量が増えると腹が減る。

これは生物として自然なことだが、その辺の高校生より食ってるんじゃないだろうかというほど食っていた。だが、消化能力が追いつかなかった。一時期、消化不良で悩んでいた。プロテインを飲めばいいのだろうが、店頭の値段を見て諦めた。結局、運動量を意識して減らし、食べる量を減らしている。

2.傲慢になる

体が丈夫に、強くなると、自信がつくと言われているが、それは傲慢になることに繋がる。僕はずいぶんと傲慢になって、運動している人を見ると、ふくらはぎ太ももなどを見て、「あいつは大したことない」などつぶやいている。ツイッターではない。

また、ランニング中に追い抜かれると追い抜き返す始末である。相手が中学生だろうが高校生だろうが老人だろうが、目の前にいるとペースを上げて追い抜く。迷惑なランナーである。

その傲慢さを捨てるために、僕は走るのをやめた。だいたい今はウォーキングで済ませている。音楽でも聴きながら歩こうかなぁ。

3.目立つとライバルが増える

僕が走り出してから、明らかに走る人が増えた。残念ながらすべておっさんである。若い女性はいない。

そして、僕をライバル視してペースメーカーにする人(高身長角刈りおっさん、スポーツタイプ)がいた。かなり走りづらかった。軍人か何かなのか引き離せなかった。

これは天下の往来で、良いペースで走っていたためであると考える。目立つとそれに対抗してくる人間が出てくるのは自然だ。ニート(当時はニートだった)たるもの、目立ってはいけないと思って、先述の理由もありウォーキングすることにした。しばらくするとそのおっさんは見かけなくなった。


総括

自分の体が思うように動くのは気分が良い。活動時間も長くなって行動範囲も広がるから、それらも含めて気分がいい。

ただ、交感神経が過活動状態なのに、さらに活動させて無理やり動いてもだいたい限界が来る。数日間寝てることもあった。このとき副交感神経が活性化したとは思うが、いかんせん無理がありすぎる。

もっとバランス良く動きたい。ただ独力でバランス良く運動するのは思った以上に難しいかもしれないと感じた。偏るし、無理する。これからだんだんとバランス良くしていくつもりではあるが。

バランスよく運動ができるようになったとき、自律神経失調症は治るだろう、と信じて頑張っている。