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2015-12-30

どこにいても居場所がなく落ち着かない

18:20 | どこにいても居場所がなく落ち着かないを含むブックマーク

ここ最近、社会との接触を復帰させようと思い立ってから毎日緊張が続いている。そのせいで胃の消化もおかしいし、筋肉も硬直して痛い箇所が増えた。

家に居場所はあるはずだが、いかんせん三十路ニート(ここでは実家フリーターはニートに含まれる)である。何か常にせき立てられているように感じる。毎日のように近所の爺さん(70越え)が、改造軽自動車で爆音を立てているせいか、瞑想も捗らない。


特に、年末年始

僕の家は特に親戚づきあいがあるわけでもないので、親戚との交流という地獄のイベントはないが、生まれ育った場所なので、同級生などが帰省する。会いたくもないわけである。つまり年末年始は、家から出ることができない。早朝や深夜ならいいかもしれない。

そして近所の爺さんの家にも、息子/娘夫婦が帰省するわけである。その楽しそうな声を聞くことがなんと辛い拷問か。いつもはやくざのような爺さんも、孫には溶けたチョコレートのような声を出すのである。今年は高めのヘッドホンを装備してそれらの音をシャットアウトしたい。

しかし装備をしても、自分の半径一キロに楽しそうな家族が確実に存在すると思うと落ち着かないし、自分と同世代の友人たちも、故郷で、それなりに円満な正月を過ごすこと請け合いである。

それだけならいいのだが、鉢合わせを避けたいので、ちょっとした買い物にも行けないし、カフェにもいけない。

そもそも、結婚する人が減ってきていると言われているが、本当だろうか。我が田舎は小さな孫を引き連れた幸せ家族がひしめきあっているのだが。僕の家以外。長期の旅行にでも行けば良かった。いや、父上母上、孫の顔見せられなくてすみません。


行動すれども行動すれども

「何も行動しないからだ!」とおしかりを受けそうだが、個人的には精力的に活動しているつもりだ。僕も人(社会)に頼ったりしてみたが、結局今年はフリーターという半ニートにランクアップ(ダウン?)しただけだった。しかも精神状況はあまり安定しない。精神がもっと安定すればもっといいのだが、あいかわらずピリピリしていて、非常に落ち着かない。

助けて欲しいと頼っても、この年齢では、一人でやれ、とのことをやんわりと言われるだけである。言ってくれるだけ優しいのだが。

動き出す年齢で、世間の対応は違ってくる。やはり、20代のうちに動くのは意味があるのだ。とはいっても30代40代(あるいはそれ以降)でも、全生命をかけて事に当たれば、できないことは何もないはずなので、読んでいる人に30代40代(同)の方がいても落ち込まないで欲しい。20代の方が仲間・協力者が作りやすいというだけである。ただ、一般的な幸せは諦めなければならない。安定した仕事に就いて、結婚して子どもを立派に育てたいとか。一度でも異性に好かれたことがある人間は、絶対にそっちを(まずは)目指した方がいい。ていうかこっち来んな。


何をやっても楽しくないしリラックスできない

うつ病ではないのははっきりとわかるのだが、うつ病が治った(寛解か)ところで、楽しみが増えるわけではない。最初は楽しかったことも、すぐにいやになる。

というか、目標を持った途端、雑念が増え、リラックス中もうまく楽しめなくなった。どうしても焦りがある。楽しいのは一瞬である。最後に残るのはむなしさである。

年齢的なものなのか、仕事がない悲しさなのか、何をやってもむなしい。ニート状態でコミケ楽しんでいる人の精神力がうらやましい。これが若さというやつか……。

リラックスが非常に下手くそになった。

不安というか焦りというか、とくに年末はアクシデント(しかも全然大したことがない)続きで、自分のしたいことがほとんどできていないのがその原因かもしれない。アクシデントなんぞ、毎日のように起こるのだから、それが起こる上で計画を立てた方がいいのか。

今年の目標はほとんど達成できていない*1。5つある目標のうち、2つできたかどうかである。残り3つはどれも中途半端に手をつけていて、何をやったかもわからない。たぶん一番落ち着かない原因はそれである。

もっと目標と日程計画をきちんと表にして書けば、自分の立ち位置がわかって、安定するやもしれない。。それから居場所・落ち着く場所を探せばいいのかなぁって、これはもしかして常識なのだろうか。何か凄く当然のことのような気がしてきた。よし来年から本気出す。


オマケ:嫉妬心にさいなまれない方法を考えた

結局は、みんなが必要以上に幸せだと捉えすぎているのである。ちょっと変な人がいるが、彼/彼女にも特別な事情があるのだ。これは『なぜ私だけが苦しむのか』に「人類はみな苦しみの兄弟」と書かれていたことから確かである。

世間の人たちは皆、特別な事情で苦しんでいるのだ。彼氏彼女がいようと、正社員だろうと、家庭を築いていようと、苦しみがあるのだ。だから、目の前で幸せな寸劇(いちゃついたり酔っ払って騒いだり給料自慢したり家庭の愚痴を言ったり)を繰り広げられても、寛大な心で流してあげようではないか。某巨大掲示板のように嫉妬の心にとらわれてはいけない。と日々言い聞かせることにした。まだ自分のものになっていないが一ヶ月も続ければ、自分のものになっていることだろう。

ちなみに、僕は「人類はみな苦しみの兄弟」ではよく心に入ってこない日本男児なので、日本人らしく俳句にしてみた:

彼もまた 道行く人ぞ 心せよ

……むかつく奴がいても、彼もまた苦しみの道をゆく人に違いない。寛大な心で接してあげようではないか。


参考:

なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)

……つらいと思っている人が年末年始に読み返すべき本。素直な気持ちで読みたい。

*1:ネットでは宣言していない。宣言したら達成しないジンクスがあるから。どちらにしろ達成できていないが……。

massivemassive 2015/12/31 18:25 いつ何歳迄にこれはやっておかなければならない
こうあらねばならない、認めない
常に根拠の無い社会通念についつい急き立てられ悩まされてしまいますね
きっと、その様な不文律が有った方が管理する側からすると都合が良いのかもしれないですね
訳も分からず踊らされる人間がいて、
分かっていて踊らされる振りをする人間がいる
さぁ、踊れない人間はどうするべきか?
難しいですね

ruisouruisou 2015/12/31 22:11 > massive さん
コメントありがとうございます。
踊れない人間は、せめてひっそりと静かなところで余生のような毎日を過ごしたいですよね。ひっそりと暮らすことすら許さない社会は、みんな幸せなのかなぁと思ってしまいます。
いやあ、息苦しいですねぇ。気にしなきゃいいんですけど、日本は狭い!人口密度が高すぎる!ような気がします。

のび犬のび犬 2016/01/01 10:17 テレビ番組や著書等で威勢のいい発言を続けていた社長が、会社が倒産するとマスコミから逃げるようになり、それをネットでいじられているのを見かけたことがあります。
ruisouさんにも、怪気炎を上げていた頃・注目を浴びたかった頃・「人は死して名を留む」と唱えていた頃があるのではないですか。世の中は変えがたいので、僕たちが往時にまで戻るか、このまま消化試合をこらえ抜くかですね。

ruisouruisou 2016/01/01 15:50 > のび犬さん
コメントありがとうございます。
残念ながら、僕は今でも怪気炎を上げています。怪々気炎といわれそうな。。ブログは弱々しく書いてしまってすみません。。
しかし僕の目指すところは絶対ではないですし、急いでいるわけでもありません。カーネルサンダースより早ければいいなぁと思う程度です。
たまに不安で死にそうになりますが。きっと世の中、そういう苦悩に満ちていると思って何とか耐えてゆくことにします。

のび犬のび犬 2016/01/03 16:10 「IT うつ」で引っかけてこちらに着いたのですが、怪々気炎が上がっているなら何よりです。
勉学で自我を立ててしまった人は、ヤンキー出身の皆さんが支配するような職場では疎んじられるばかりでしょうし、もうそういう呪いがかかっているとでも思って、なるべきものに向かって進むしかないんでしょうね。お互いいい年にしましょう。

ruisouruisou 2016/01/03 22:04 > のび犬さん
コメントありがとうございます。
うつ病はもうほとんど寛解しているのです。今の問題は精神的なことが原因だと言われている各種の身体症状です。精神がきついよりはマシで、怪々気炎をあげることくらいならできます。
野蛮な社会では、確かに、インテリ系の人間は呪いにかかっているようなものですね。できるだけバカなフリをするのも処世術の一つかもしれません。関わらないのが一番ですが。
それでは、いい年にしていきましょう。

ほげほげ 2016/01/13 19:13 嫉妬にとらわれない思考は難しいです。
一歩外に出ればそこに「仕事をする人達」が
いるので、それを認識した瞬間に、舌の奥が
苦くなるのを感じます。
うつ病を治して何がしたいのか。
目標となるモノは何もありません。
日常生活という名の、平均的日本人の行動が
待っているだけのような気がします。
仕事をしたいという気もありません。
良くなるファクターがありません。

ruisouruisou 2016/01/31 11:33 > ほげさん
コメントありがとうございます。
返信、遅れて申し訳ありません。トラブルがあったもので……。

うつ病を治して何がしたいのか、僕もよく考えていました。
そういうとき、(日本の)歴史に触れてみてはどうかと思います。この長い歴史の中には、自分と似た人が必ずいます。もしかしたら志(こころざし)半ばで倒れた人かもしれません。
僕は偉人の志(こころざし)を、引き継ぐという意志のもと、頑張っています。(それにしてはのんびりしすぎですが……)ちょっとおおげさですが、自分だけのために生きない、というのは我々日本人のなくした心の一つではないでしょうか。うつ病になって真剣に人生に悩んでいるほげさんなら、この心の真意を掴んだとき、大きな力を得られると思います。
歴史をひもといてみて下さい。きっとほげさんの心を動かす偉人(有名でなくてもいいです)が見つかるはずです。

ほげほげ 2016/01/31 17:25 お返事ありがとうございます。
歴史に触れる、ですか。
本を全く読まないもので、どういった資料から
アプローチすればいいのか見当がつきません。
僕と似てる人、いるのでしょうか。
自信とよべるものがおおよそ無いので、変に
僻みっぽい文章で申し訳ありません。

ruisouruisou 2016/02/04 07:47 > ほげさん
コメントありがとうございます。
あまり気負わず図書館などで探せばいいと思います。人気の戦国時代とか幕末のマイナーな偉人とかいいですよ。考えるタイプなら、鎌倉あたりの仏教も中々。あとは西洋の学者とか、中国の古代思想とか。。
似ている人は必ずいます。もしくは、自分の中心にずばっと入ってくる思想があるはずです。
それを見つけることが、今の自分の最優先の仕事だと思って、図書館や本屋で頑張って調べてみて下さい。そして、見つかれば、あとは立ちあがるだけです。
大きな無理は禁物ですが、多少自分の尻を叩いて頑張ってみてください。健闘を祈ります。

2015-12-24

ぎりぎりで健常者の努力は意味があるのか

| 22:33 | ぎりぎりで健常者の努力は意味があるのかを含むブックマーク

三十路になって再び努力とかそんな感じのものを始めたが、全然実らない。それどころか、成長が感じられない。まだ1年ほどしかしていないから結果が出なくて当然なのだが、特に誰からも期待されず努力するのは、年齢が上がるにつれてこたえてくる。それに、ギリギリ健常者とテストでは診断され、先生からは軽度発達障害とみなされている。僕自身も軽度発達障害と思っているのだが、ちょっと努力が虚しい。


健常者の成長の早さ

できるだけ見ないように見ないようにと日々を送っていたが、バイトで健常者を見ることが多くなって、自分がいかに成長してないかを実感している。

とにかく健常者は、成長が早い。すぐに身につく。僕が必死にやって、何週間もかかることを、3日でマスターしてしまう。

しかも僕の場合、田舎に住んでいるから、よく見る健常者というのは60も越えた老人である。彼らより、僕は飲み込みが悪く、成長が遅い。

そして何より健常者は、老体であろうと体が丈夫で頭がクリアである。一方の僕は、とにかく体(内臓、神経)が弱く、頭もグチャグチャである。僕の体と頭なんぞ実質は60代と思っていたが、周りを見る限り80代程度と見て良いかもしれない。もちろん、我が近所の老獪が元気良すぎるだけだと思うが。


健常の老人より才能・体力がない

はっきり言うと、定年退職した老人たちより、僕は才能も体力もない。成長も遅い。背も低いし声も小さい。下手したら寿命も短いかもしれない。それはないと思うが、自分の体調と彼らの元気の良さを見ていると、必ずしも言い切れない。

彼らは自信満々で、社会を勤め上げ、孫もいる。僕は子ども・嫁どころか彼女もないし、社会的に何も達成していない。自信が全くなく、ほとんど失敗の人生だった。*1失敗の数はもしかしたら近所の爺さんたちに勝っているかもしれない。よし、少し自信が湧いてきた。……orz。


今の努力を続けていいのか

ようやく本題に入るが、軽度発達障害の僕は、こんな状況なのに、努力する意味があるのか疑問が出てくる。

現実として、僕なんぞより定年退職した老人を安くで再雇用したほうが、会社にとっては能力的にも金銭的にも有効なのである。

実際、多くの老人がシルバー人材として雇われていて、年金とセットでそれなりに裕福な生活をしているようだ。バイト帰りに見かける老人集団の酒臭いこと。時期的なものもあるだろうが。クリスマスなんてなくなればいいのに。

サラリーマンとして就職する気はないのだが(←できないだけ)、老人を雇う方が、すべてにおいて有利なのである。それでは若さという華やかさがないといわれそうだが、僕は若いが華やかさはない。

同年代の若者に勝てないのは、まだいい。若い世代に抜かれるのも、悔しいがしょうがない。だが爺さんに抜かれるとは何事だ。老人の体力が過去最高とニュースになっていたが、まさかライバルになるとは思っていなかった。

もはや僕に生きる場所はないのではないか。努力の先に、今より酷い現実が広がっているのではないか。


努力しない言い訳

人間はだれしも努力などしたくない。できれば遊んで暮らしたい。努力しない奴は社会で生きていけないと口を酸っぱくして言われていたが、僕の知り合いは皆大した努力もせず生きている。努力ばかりした僕が一人だけ、底辺でもがいている。せめて他に一人でもニートフリーターがいればいいのだが、さすが国立大学を卒業しただけあって、皆一人残らず正社員である。

やはり努力が足りないとか、根性が足りないなどの問題ではなく、頭が弱いのである。社会性が弱いのである。つまり軽度の発達障害がネックなのである。軽度なので社会的なサポートはない。*2それに見た目が普通で、頭の中に欠陥があるというのが実は会社から見ると一番扱いにくい。バイトくん以上の価値はない。人材不足でなかったら、僕なんぞバイトすらできない。

それにうつ病で半分寝たきりだった時期のブランクもある。考えれば考えるほど希望が見えない。

せめて、山奥で誰にも会わずに修行できる環境があれば、変われるのかもしれないが、それは時代も社会も許さない。莫大な金があれば別だが。

しかし、希望が見えなかろうが、環境が悪かろうが、僕は努力をしなければならないのだ。これらの悪要素を言い訳にしてはならない。


立ち止まるのが一番最悪の選択

少し前に動物のドキュメンタリーを見てこんなシーンがあった。

カピバラの子どもたちがワニに狙われている。しかし距離があったので、一匹を残して逃げ切ることができた。一匹だけワニに食われた。その一匹はなぜ逃げ切れなかったのか。それは怖くて立ち止まってしまい、一匹だけ孤立したからである。群れについていけば、おそらく助かったであろう場面だった。

僕はこれを見て、人間の社会も同じだと思った。人間も、立ち止まると食われるのだ。空白があると犯罪歴より嫌う人事がその例である。

僕は一度立ち止まっている。しかし幸い、命が残った。辛いことばかりで幸いと声を大きくして言うことはできないが、状況だけ見ると幸いである。何せ、ワニに食われていない。発達が悪かろうが見た目が悪かろうが頭が悪かろうが、今となってはもう、進むしかないのだ。老人に負けようが、近所の子どもに馬鹿にされようが、彼女いない歴イコール年齢の記録を更新し続けようが、進むしかないのだ。

もちろん、事情があって立ち止まることもあるだろう。そのときはゆっくり休んでいいと思う。ゆっくり休むのが腑に落ちない人は、進む時期なのかもしれない。

だけど、再び進み始めた人は、もう立ち止まることは許されないのだ。哀しいかな、次は食われる可能性が高い。現実は厳しい。しかし、個人的には進むスピードはどんなに遅くても良いと思う。この辺りはうまくつかめていないが、とにかく、立ち止まっていなければ、昨日の自分より一歩でも進んでいれば、それでいいような気がする。

*1:大学院まで出たが、それは失敗に向かって走っていたのだ。努力していたつもりだったが、失敗のダメージを大きくしただけだった。

*2:都会はそうでもないのかもしれないが。

duke77duke77 2015/12/26 01:06 今回のテーマは特に共感しました。
自分も人並に要領良くこなせないので。
だからといって、努力しなくなったら本当に何もなくなっちゃうんですよね。
周りからの見返りを求めず、自己満足でも頑張っていきましょう。自分にも言えることですが。

ruisouruisou 2015/12/26 15:29 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
同族がいてうれしいです。
見返りを求めず生きていくとは、簡単なようで実はかなり難しいことですよね。肩の力抜いた状態でそれができれば、器の完成も近いのですが。。
お互い頑張りましょう。

duke77duke77 2015/12/29 18:17 体感として、本当の努力をしているときって充実感あるので、人も引き付けると思いましたね。
努力というより「没頭」という方が適切かもしれませんが。
一生懸命になれるってのは、無敵なことかもしれませんね。

ruisouruisou 2015/12/30 12:34 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
「没頭」、いいですね。本当は生まれついての自然さでそれができるのが一番なのですが、社会にもまれてずいぶんとひねくれましたからね。。「没頭」状態を日々保てるよう、精進したいです。

のび犬のび犬 2015/12/30 16:02 俺もあなたの下位互換(ずっと低学歴)です。
かつては優等生だったのに、とあるバイト先で
「おまえはのび太みたいだ」と揶揄された時にはヘコみました(笑)。
結局、得意(少しでもましな)分野・少しでも好きで続けやすい分野で勝負するしかない、
他の分野では水を得られない魚のようだ・・・というのが今の俺の実感です。

ruisouruisou 2015/12/30 18:03 > のび犬さん
コメントありがとうございます。
のび太には意外な才能がありますし、何より優しさがあります。僕はどんなに仕事ができても、優しさがない人間は価値がないと考えているほどですので、むしろそれは褒め言葉と受け取っていいと思います。言い方にもよりますが。。ともかく、「がはは、褒め言葉じゃ!」ぐらいの気概でいいと思います。こんなのび太は想像できませんが。。
また、「得意な分野で勝負する」と意気込んでしまうよりは、「自分の適したレベルの場所に収まる」程度の気持ちで事に当たるのがいいかと思います。若いのならそれはそれでありですけどね!

2015-12-19

フリーターとは、足かせのついたニートである

12:27 | フリーターとは、足かせのついたニートであるを含むブックマーク

最近、はっきり言ってアルバイトに時間を奪われすぎている。家でもアルバイトのことが頭から離れないで、対策のために時間を取られてしまうことがある。

つまり、アルバイトで精一杯で、他がおざなりになってしまっている。立派なフリーターだが、僕はまるでニートのころより頑張っていないような気分になってしまっている。


気分としては足かせ

実家に住むフリーターとは足かせのついたニートである。僕はニート時代、自分に課したノルマがあった。ノルマというには大げさだが、予定表をつくり、それをできるだけ守って、一日を終える。主な予定は、リハビリとしての運動と掃除(部屋の整理含む)と勉強である。

特に掃除、もとい部屋の整理整頓は、全然進んでいない。もう使わなくなった道具や読まなくなった本を捨てようと頑張っているのだが、中々捨てきれない。数少ない思い出があるので困る。洋服はだいぶ捨てることができたのだが、たまに着るものがなくて困ったりする。ちょっと捨てすぎたかもしれない。世の中ほどほどが良いのだが、自分のこととなるとよくわからなくなる。


余計なことが気になり出す

バイトなどをしていると、どうしても容姿を整えなくてはならない。本当はシワシワのシャツにズボン、よれたスニーカー、寝癖のついた頭……、のような姿で(気負うことなく)仕事をしたいのだが、商売なのでそういうわけにもいかない。そんなことが許されるのは、大学の変わり者教授か、古本屋の店主くらいである。しかしそれは犀川先生*1レベルにならないと無理である。僕には修行が足りない。

つまり、バイトとは直接関係ないけれど、しかし怠ってはならない分野が出てきてしまった。それらは、自由なニート時代にはあまり関係がなかった。また、知り合いが増えたので街にでかけるときも、多少は気にしなくはならなくなった。


その足かせは必要

体力がある人は、足かせなどないかのように、自分のことも仕事のこともこなすのだろうが、僕にはその体力がない。結果、自分のことが後回しになる。ニート時代より夢から遠ざかっている気がする。いや、追いつくペースが遅くなった気がする、と言った方がいいかもしれない。自分のことだからよくわからないが。*2

しかし、社会に住まわせてもらう限りは、その足かせは重要なのかもしれない。もっとも、その足かせを自慢するような奴にはなりたくないが。できれば(時間がない!などの)言い訳にもしたくない。*3そういう人は案外多い。もしかしたら、世の中の大半はそういう人なのかもしれない。


蛇足:バイトで社会的なつながりは増えたか

アルバイトは、少人数でバタバタと回しているので、ゆっくりお喋りをする暇など無い。空き時間も仕事関連の話である。つまり、知り合いは増えたが、友情やらの関係は増えない。いい加減、何かサークルに所属したい。。しかし、いきなり年末の忘年会などに呼ばれたらハードルが高すぎる。年が明けてから改めて探すことにする(へたれ)。

参考:

すべてがFになる (講談社文庫)

……第1回メフィスト賞受賞作。心が疲れている人はミステリものなので注意。心がダークになります。しかしそろそろ犀川先生と同い年になるなんて信じられん。。予定では萌絵ちゃんみたいな女の子が慕ってくれているはずなのだが。。

*1:『すべてがFになる』で有名になってしまった感のある我が心の師匠。もうすぐこの先生の年齢に追いつくと考えると、なんと自分が幼いことか。

*2:ただ、ずっと一つのことを考えていると煮詰まるので、バイトはいい気分転換にはなっている。

*3:このエントリは言い訳ではない。弱音である。

duke77duke77 2015/12/19 12:46 森博嗣は自分も好きですね。独特で。

ruisouruisou 2015/12/19 16:28 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
森ワールドいいですよねぇ。久々に読み返したくなってきました。

massivemassive 2015/12/21 00:06 他人から与えられたことを受身でこなしていると、何だか自己実現から遠ざかっているような寂しさを覚えますよね。
"時間が無いから"もよく聞くフレーズですけど、言い訳を考えることすら諦めてしまっている思考停止のパターンも多いかもしれないですね。
自分自身がそうありたいと思う将来像・理想像より、世間が許すであろう現実像を優先せざるを得ないのも生きる上で仕方が無いことですが……
(実は社会人としての通過儀礼なのかも?)
私も30近いいい歳してまだこんな中二病の様な発想をしているんです(笑)。

"社会に住まわせてもらう"っていう表現はありきたりですけど良いですね。
私は自分勝手で、これが未だ純粋に心の底から出てこないんです。

ruisouruisou 2015/12/23 12:26 > massive さん
コメントありがとうございます。
経済成長が右肩上がりの時代では、社会で働いていれば思考停止でもよかったんでしょうけど、今はそうではないですからねぇ。つまり、中二病でもいいと思います!

「社会に住まわせてもらっている」との考えは、僕も心の底から思っているかどうか怪しいですw でもまあ、そのように心の底から思えるよう、思考的な努力をするのは悪くないのかもしれません。そうしているうちに、本当にその思考になるはずです。