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2017-09-15

幸せとは何か。ニートから自営業をして幸せになったか

11:56 | 幸せとは何か。ニートから自営業をして幸せになったかを含むブックマーク

僕は、自分の金銭にあまり執着が無い。金銭欲がほとんどない。世代的に、山一證券の破綻など見てきたから金銭で物事を判断するのはよろしくないと、教え込まれてきたところもあるが、金銭欲が無い。

貧乏の言い訳ではないが、自営業の収入も、あまり興味が無い。維持できればいいという消極的なものである。おかげさまで収入は順調に増えているが、それ以上にストレスや疲れ、精神的負荷がひどくて、全然幸福を感じない。

たぶん平均年収を超えても特に幸せを感じないんじゃないかと思い始めた。


収入のある自分

収入があるというのは、幸せなことである。高齢ニートや無職を経験した人間ならわかると思うが、大人になってからの無収入のプレッシャーはすさまじい。実家が貧乏なら精神崩壊レベルである。

しかし、ちょっとでも収入があれば(月収1万円でも)、一気に精神が安定する。というか頭がまともに回るようになる。それが幸運である。頭脳を自分で使えるというのは、それだけで幸せなことかもしれない。

まったく金がないと、まともな思考はできない。収入が無いと嘆いている人は、経歴にならなくとも、バイトしてみたほうがいい。抜け出すつもりでバイトをやれば、理不尽なことで怒られても、大して気にもならない。今は、僕のニート時代と違って、求人もまともになっているところが多いのでニート・無職脱出にはもってこいである。


金銭的幸福

ただ、収入がある程度上がっても、幸福は感じない。僕にとって金銭は、肉体を維持するための手段であり、目的ではない。だから、肉体的には幸福を感じているかもしれないが、精神はあまり満足を感じていない。もちろん、心身一体、多少は精神も満足を感じているが、目指すものが違う。

これは明らかにわかっていたことなのに、自営業とかしているうちに忘れかけていた。今日思い出した。


幸せの実行ができない

幸せとは何か。これを考えなければ、人間は生きていけない。とくに自分で何でもしなければならない自営業になってしまったからには、考え抜かねばならない。

ひとまず、外野のつまらん誹謗中傷に耳を傾けている時間は無い。リアル社会の妨害はできれば避けて、ぶつかれば蹴散らすのみである。

幸せは本人の主観に大きくかかわるものである。人それぞれなのである。他人がとやかく言うことではない。しかし最近は人のことに口出しをする人間が多すぎる。

ネットのアングラサイトで言っているうちは良かったが、それがリアルにも広がっているように思える。口が悪い。

我が道を行くスタイルの僕は、そういうのは気にしないタイプだったが、あまりにも周囲の騒音がひどくなって、ちょっと疲れている。僕は、カフェなど落ち着いた空間で音楽でも聞きながら、読書なり作業なりをしてゆっくりするのが幸せだったが、最近はそうもいかない。

カフェの隣の席で、見ず知らずの僕の陰口を聞こえるように言う主婦は一体頭の中はどうなっているのだろう。

リアル社会での悪態はもっと気をつけなければならない。みんな、不景気でイライラしているのだ。ネットに書き込む程度の軽い気持ちでしゃべっただけなのに命を落とすことになったらもったいない。


幸せを他に求めてはならない

結婚雑誌などが、結婚式を表紙に「私たち幸せになります」とか言っているが、そうとは限らないのに、と思う。男性にとって、結婚して幸せになる確率は、女性が異常なほど強くなった現代では、(極めて)低い。

自分の嫁が、たまたま席が隣になった見ず知らずの人間の愚痴を聞こえるように言っていると知ったら、幸福度は一気に下がるだろう。落胆どころではない。人生の選択を間違ったと嘆き後悔するレベルである。時代が時代なら責任を取って己と共に切り捨てるレベルである。

強くなった女性は、何でもやっていいかのように振舞う。たぶん昔の男がそうだったのだろう。なるほど、こんな感覚かと思う。しかし、社会的状況が自分の立場を強くしただけなのに、そこまで不遜な態度をとるのは、気味が悪いレベルである。行き過ぎれば、将来己の立場を悪くするだけであろう。

ともかく、そんな女性と夫婦になっても、疲れるだけである。若い女性に注意してほしいのは、ネットの思考に毒されないことである。強気になって事件を起こしても、よってくるのは警察だけである。良い男がほしいなら、しとやかさを保つことである。

さて僕の幸せだが、やはり一人でコーヒーでも飲みながら作業に没頭しているときである。静かな環境で。しかし静けさは現代社会では非常に貴重なものになってしまっている。

田舎においては芝刈り機と自動車(主に軽自動車・軽トラ)とおしゃべり(女性)がつらい。おしゃべり(女性)が多い地域は土地代を下げてほしいレベルである。街に出てもおしゃべり(女性)がすごい頻度で出現する。

自分の中で完結する幸せをもっているのに、その環境が無い。まあ、引越しかなぁと思わなくも無い。こうやって地域の過疎化が進むのだろうと、予想しなくも無い。たぶん見当違いだろうけど。


ブログ8周年

おかげさまで8周年である。たぶん初期から見ている人はもういないだろう。コメントの返信率もさがっているし(あからさまな誹謗中傷にいたっては相手するのが面倒なので削除しています)。もうそんなにたつのに、書く人の中身はほとんど変わっていない。収入にいたっては下がったし、外見(頭皮)も劣化した。しかも相変わらず童貞である。彼女いない暦年齢の記録を達成中であるが、もうこれを書くのも痛いレベルである。

まあ、頭脳は少しクリアになった。もう少し考えて行動できるようになりたい。記録と計画の反省をもっと時間を確保して行なえば、もっと人生が良くなると考える。幸せとはあまり関係ないかもしれないが。


単純にこんなものを

duke77duke77 2017/09/18 22:42 私も実は重要なのは「お金」だけではないと思います。
今の日本では、無料だったり安くモノが手に入りますしね。
やっぱり精神的なものも重要だと思います。

ruisouruisou 2017/09/24 15:38 > duke77 さん
コメントありがとうございます。
そうですよね。精神的なもの、必要ですね。方向は漠然とわかっているけど、実践できないのが現代人の罪というところでしょうか。

トモタカトモタカ 2017/09/25 05:54 幸福の概念も様々で、生きてる人の数だけあるのかな〜と思います。
世間一般で言われている、典型的な「幸福」って概念に縛られてしまうと、自分にとっての幸福というものを置き去りにしてしまいがちになりますね。

ruisouruisou 2017/09/29 12:52 > トモタカさん
コメントありがとうございます。
少し悲しいですが、いろいろと諦めなければいけない部分もありますよね。それのショックを少しでもやわらげるためにも、幸福について考える必要はありますね。

mamesukemamesuke 2017/10/02 16:20 ブログ8周年おめでとうございます。
無職、自営業というキーワードで検索していったらここのページにたどり着きました。何年も前に仕事を辞めようと思っていた頃に見たページに、似ているなぁと思い見て行くと、まさにそれでした。私も近いうちに今の仕事を辞め、自営業もしくはフリーターになる予定です。お互い幸せになれるといいですね。応援します。

ruisouruisou 2017/10/04 07:41 > mamesuke さん
コメントありがとうございます。
邂逅というやつですね。再びお会いできて光栄です。ブログの周年も祝ってくれてありがとうございます。
仕事は、職歴が3年以上あるのなら、転職も視野に入れてみてはどうでしょうか。最近は超売り手市場のようですので、ホワイト企業もあるかもしれません。

みぎがわのツバサみぎがわのツバサ 2017/10/10 10:56 初めまして。8週年おめでとうございます。
過去記事読ませて頂きましたが、「私と似たような価値観を持っている人がいるんだ」と少し安心しました。何が幸せで、何が不幸か?10人10色。これ大原則。
しかし、現代の左翼化した、或いは全体主義化した日本は、それを許さない。
出る杭は打たれる。この言葉も日本の悪しき伝統、思想を表していますね。
(この言葉を作った先人はエライ)

ruisouruisou 2017/10/11 23:28 > みぎがわのツバサさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
価値観が同じって、うれしいですよね。おそらく、僕らのような人間はずいぶん減っていますが、探せばいるはずなので、頑張って周りを探してみて下さい。
出る杭が打たれるのは、イケメン無罪があるので、絶対そうだとは限りません。不細工な杭が打たれているだけです。左翼右翼と言うよりは、村社会思想が関係しているような気がします。

トモタカトモタカ 2017/10/12 23:00 ネガに意識が向いてる時って、近くに当たり前のように存在する幸福になかなか気づかないもんです。 心が幸福感を感じることを拒否してるというか…心の持ちようによっては、あらゆる事柄がエンターテイメントになり得ますね。

ruisouruisou 2017/10/12 23:23 > トモタカさん
コメントありがとうございます。
身近な幸福に気が付かない、確かによくわかります。しかし、心の持ちようを変えるのは独力では非常に困難であると感じております。人は本当に無力です。