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2018-05-27

運が悪いのはすべて実家の周りに住んでいるじいさんのせい(仮説)

00:30 | 運が悪いのはすべて実家の周りに住んでいるじいさんのせい(仮説)を含むブックマーク

実家に戻ってから、神業かと疑いたくなるほど運が悪い。とにかく100万分の1ともいえるほどの不運を、数日に1回は引き当てる。

しかし、よくよく考えてみれば、すべて近所のじいさん(バブル世代を含む)の奇想天外な自己中心的判断によって起こっている、人災のような気がしてきた。

中途半端な田舎で共通に起こっている出来事だと思うので、比較的読む価値はあると思う。


道を譲らないどころかぶつかってくる

2018年5月、はてな村でちょっと話題になっている人にぶつかる話。今はこれ:

https://anond.hatelabo.jp/20180527010025

なんかね、それって単に物理的に狭い空間で毎日過ごしているから、ストレスがたまっているように思える。沸点低すぎでしょとか言っている人は無責任である。そもそも、批判している人は、自分たちの生活が、その人たちを踏み台にして成り立っていることに気がついていない。

特に人が集まる狭い空間(職場や駅など)ではその傾向が強いように思える。

しかし、田舎の道は十分に広い。ぎりぎり2車線くらいの道がずっと広がっているのだが、人なんて滅多に歩かない。

しかし、たまに正面からおっさん(バブル以降)が歩いてくる。

彼は絶対に道を譲らない。自分から道を譲ることは決してない。しかも2車線近くあるのに、わざわざこちらの進行方向に進路を変えて、正面からにらみ合うように近づいてくる。こちらが進路を変えるとおっさんも変える。

すれすれでひらりとかわす。お互いめちゃくちゃにらみ合う。

人が歩くには十分すぎる道幅があるのに、こういうことが頻繁に起こる。日曜の午後の出来事である。

バブル世代の勘違いおっさんがたまにいるのならわかる。しかし団塊の世代のじいさんも参加している。数が多すぎる。


威厳をしめすためにぶつかる

彼らは、そうやって威厳を示したいのだ。これは四〇年くらい前の高校生が自分たちの縄張りを示すときにやっていたことであるらしい。他校の生徒が歩いてくる。自分たちがよけると、相手より格下と思われる。よって相手がよけるのをまつ。ぶつかったらそのままけんかをして、どちらが強いかを判断する。これがルールだったのだ。

そして、そのままの価値観で成長することなく大人になっている人がたくさんいるのが僕の住んでいる田舎ではないのかと、推測している。

こんなことで威厳を示すことができると判断している時代錯誤な獣のような人間がまだこの日本にはたくさん生息しているのだ。恐ろしい限りである。

団塊・バブルの2連タッグである。氷河期・ゆとりの最弱コンビとしては、ぶつかる寸前でかわすという技で対抗するしかない。情けないがけんかをしたら負ける*1。そもそも僕たち世代は滅多に外出しないのだから、タッグを組めない。


いろんな場所を歩いているけど

僕は寂れた観光地が好きで、日本各地を回っている。しかも移動は徒歩が多いから住民の質も判断できる。しかし、こんなに住民の質が悪いのは、自分の実家の周りだけである。

確かに、どの地域でもたまには見かける。都会でも見かける。だが自分の近所は、異様なほど多い。

なぜだろう。

すべての原因として考えられるのは、やはり残っているじいさんの質である。

残念ながら、いい人、立派な人ほど早く死ぬ。好き放題にやっている悪人が長生きする。これはこの世の法則のようである。どの地域も、ある一定以上時代が経過したら、悪いじいさんだけが生き残っている悪夢時代を迎えるだろう。

おらおら系のじいさんだらけの世界なんて想像もしたくないだろうけど、日本の田舎は半分そうなっている。

あと10年もすれば(彼らもあの世に行くだろうから)良くなるかもしれないが、そのときにはもう遅い。若い人(かつ良心的な人)は皆引っ越した後だろう。


昼間はじいさんが多いので家を出ないのが一番という事実

もちろん、見た目がいい(この場合、体の大きさ)人は、明るいうちに外出しても問題ない。

しかし、小さい男はだめだ。老害のストレス解消相手にロックオンされる。昼間から歩いていたら、サンドバッグである。ひらりとかわすか、引き返して走るか(しかしこれは目立つし、怪しいやつとして個人的にロックオンされるからおすすめしない)しなくてはならない。田舎で生きるのはつらいことなのだ。

ただ、田舎は最低限の紳士協定があるのか、女性にはそんなことはしない。その点は都会と違って良いところかもしれない。

結論は田舎は、一昔前の自分のように、引きこもるのが一番の策だとわかる。

しかし、僕には本当に居場所がない。つらい。

*1:ぶつかってくるのは当然ながら身長が180以上あるおっさんたちである。道具を使わなければ勝てそうにない。

チッチーチッチー 2018/06/07 10:09 こんにちは、はじめまして。失礼ながら大変楽しく拝読させて頂きました。
地方都市のオラオラじいさん、分かります。私も中途半端な田舎在住なので、思わず「うんうん」と共感しながら読んでしまいました(笑)
銀行や市役所などで自分に都合の良いことばかりを捲し立てるおじいさんをよく見かけます。こういうおじいさんほどやたらアクティブで自分でやらなくてもいいようなことを自分でやろうとし、最近の勝手が分からないから理不尽にキレる、自分の古臭い価値観に合わないから相手を上から(実際上なのは年齢だけなのに!)批判する、というような印象があります。あの人はこれまでずっとああして生きてきたんだから死ぬまでああなんだろうなぁ、誰もなにもできないし、してあげる価値もない。見かける度こう思って何故かこちらが悲しくなります。こういう人たちばかりでは決してないんですけどね。レジなどで高齢者の方が対応してくれて、にこにこゆっくり作業してる時なんかは(自分もいずれこうなるかもしれないんだしカリカリしちゃだめ)と自戒しています。けれども理不尽な怒りや要求を突き付けられたときは、ちょっと前なら(こらえろ…コイツは私よりも早く死ぬんだ……しかも想像を絶する苦しみ方で…)と内心で呪詛を吐きつつ笑顔ですんなり受け流していた筈なのに昨今ではどうしたらいいのか分からなくなってしまうときがあって、相手が自分より先にくたばったからってなんだっていうんだ、先に楽になれるだけじゃないかって思ったりもして、自分も年くったなぁと感じるようになりました。
突然の長文失礼しました。また拝見しに来ます。

2018-05-22

労働力減少と地方弱者がするべきこと

11:28 | 労働力減少と地方弱者がするべきことを含むブックマーク

人手が足りない、外国人労働者が必須、と言う人たちはたくさんいるが、日本の大量のニートはどうするのだろう。かなりの低条件で働かされているフリーターはどうするのだろう。77万人もの(高齢含む)ニート*1、大量の非正規。それらを無視してシルバー人材、外国人労働者。外国人労働者の受け入れの学校などが天下り先としてほしいのだろうか。それだったら国民を救う真の職業斡旋所があればいいのにと思う。


Nスペの『縮小日本の衝撃 労働力減少そのとき何が』を見た

この番組を簡潔にまとめると、労働力が不足して老人や外人に働いてもらっているけど、事故とか厳しさでやっていけないというものだった。経営者としては日本の若者には愛想を尽かされてしまい、何も知らない高齢者や外国人を使おうという算段である。もはや、経営者ではなく奴隷業者である。

介護の現場の高齢者指導もひどかった。70 歳過ぎの老人のミスに「なんでできないの?」と女性スタッフが厳しく問い詰めていた。あんなミスは問い詰めるレベルではないし、大きめの付箋を目につくところに張れば解決できるレベルである。

ていうか、最後の老人は菜の花をたたえる小さな畑の横でまっていて、普段自分で畑仕事をしているようだった。畑仕事という超優良環境があれば、そこが最高の介護施設ではないだろうか。わざわざ介護サービスを受ける必要などない。

はっきりいって、お節介レベルの介護サービスが多すぎる。

幼稚園の送迎もひどかった。送迎の園児などは、昔は数えるほどしかいなかった。僕のところなんて園長自身が送迎していたものである。ほかは、母親が歩いて迎えに来ていた。幼稚園保育園の質が〜とか騒いで、遠くの優良幼稚園保育園と評判のところに通っているのだろう。近所の幼稚園保育園に通えよ。それだけで、かなりの問題が解決する。

この番組をみて感じたのは、本労働の本質的な問題は、過剰サービスという点である。それを求める欲望である。

仮に介護サービスがなくなって、じいさんが早めに死んだら、それは寿命である。天寿である。

幼児が十分な教育を受けられなかったら、それは運命である。親はそれを受け入れるべきである。*2それに、才能の大半は遺伝子で決まるのがわかっている。小さい頃に多少良いサービスを受けられても、将来への影響は少ない。


建築業界と介護業界の傲り(おごり)

ニートだって働きたいと考えている人物は多いだろう。ただ、田舎出身だと、地元で働くのは恐ろしくハードルが高い。特に高齢になると。ということで、昔よくあった住居付き(できれば、やさしい大家さんも)の仕事を用意すれば、人が集まるのではなかろうか。今は敷金だの礼金だの、「人間の移動」が高すぎる。しかしこれには事情がある。

住居付きの仕事をもっと作って、情報をきちんと行き渡らせることができれば、ニートはきっと激減するだろう。建設業界はそういうことをもっと推進すればいいのに、と考える。仮設住宅など建築業界のお得意分野だろうと考える。それを作って、迎え入れればいいのに、と思う。

介護も同様である。ただ、介護などに集まってくる人は、繊細な人が多いだろうから、アパートの個室がいるだろう。しかし、3畳ほどの部屋で十分である。大阪のあいりん地区の安宿が良い手本である。僕はあそこに何度か宿泊したが、トイレの数とシャワールームを増やして、もう少し壁を厚くしてもらえば、快適である。むしろ、狭い方が落ち着く人間は多いだろう。友人・彼女の連れ込みができない? いえ、ニートになるやつはそんなことする友人・彼女はいませんから。彼女持ちのニートは、甘えるな。さっさと幸せになって消えろ。


何かおかしい現実

近所のじいさんは、生き生きと庭仕事をしているのに、介護サービスを使っている。デイサービスとかいうやつ。近所のじいさんは80過ぎているのにハイカラな服を着て朝から変なウネウネ歩きで散歩している。何で若者に世話してもらっているのだろう。なぜバス代がタダなのに、車を2台も所有しているのだろう。

日本の行政サービスはおかしい。健康診断を必ずやるようにして、健康な人は祝い金を出して年金はゼロ、医療負担も三割にしてほしい。

しかしなぜ田舎の長男までいなくなっているのだろう。田舎には仕事がないとはいうが、両親を介護サービスにあずけて都会で稼ぐって、おかしくないか? もちろん、家庭の事情やどうしてもしたい夢があるのなら、仕方がないが、金融業とか現代の呪いの元となっているような仕事をしている人は、実家に帰って静かに暮らした方がずっと幸せになれると思う。ただし、生活の質(そんなものが本当に必要かどうかはわからないが)はずいぶんと落ちるだろう。近所の住人の質も落ちるだろう(これが一番きついかも)。

また、人が減っているのに、マンションラッシュの地方都市もおかしい。

まあ、老朽化が各地で進んで時期的に建て替えは起こるだろうが、それにしても住む人がいるかどうかも怪しいのにマンションラッシュしているのは何か変である。食糧供給やインフラの維持はできるのだろうか。

老人も若者も独り身が増えているのだから一人暮らしの狭い賃貸ラッシュならわかるが、そこそこ広い3〜4人家族向けマンションが多い。

また、僕の近所だけかもしれないが、スポーツジムとかスポーツクラブ・運動趣味教養サークルの数も異常である。本当に人材不足なら、そんなことしていないで、人手不足の業界に行けばいいのに、と思う。

事の本質は、人手不足でも何でもなく、過剰サービスである。超高齢化に合わせた縮小に取り組んでいないことが問題である。人がいないから店をたたもう、というのが本来の考えであって、老人に金を使わせるために介護サービスを始めようとは、実に醜い資本主義精神である。

また、消費者側も問題である。「何かに金を使わないと不安になる」という資本主義に踊らされた社会が問題である。競争社会のなれの果てともいえる。もう、競争はいいではないか。競争は天才たちに任せて、僕らは地方でゆっくり暮らしてはいけないのか。


ベーシックインカムの前に土地代下げろ

地方でゆっくり暮らすためには、ベーシックインカムだが、その前に土地問題がある。土地が投機対象になっているのが問題である。地方の土地は微妙であるが。

とにかく中途半端な地方都市は土地代(賃貸料)が高い。べらぼうに高い。ふざけるなというほどに高い。すべてではないが、都会近郊(一時間以内)より、クソ地方の中心地の坪単価のほうが高いのだ。住むにしても商売をするにしても、明らかに都会近郊である。*3

貧困にあえいでいる人にききたい。今借りている賃貸が、半額になったら、どれだけ楽になるか。給料が低いとか文句を言っている人が多いが、家計を圧迫しているのは明らかに土地代であろう。スマホ維持費も高いが。

地方に人がまだ残っているうちに、土地代を下げることができれば、その自治体は生き残る可能性がある。月曜から呑んでいる役人がいる自治体には無理だろうが。

土地代が下がれば、賃貸料も下がり、非正規でも十分に家庭を築けるし、企業だって店舗維持ができる。ほとんどすべての問題が解決する。


地方に住む僕たちがするべきこと

正直なところ、実家で引きこもって、何の経済活動にも参加しないサイレントテロが一番効果があるかもしれない。そうすれば、(誰も借りなければ)地価が下がっていくだろう(楽観主義)。ただ、一生ぼっちは避けられない。

まだ可能性のある人は、都会近郊に引っ越すべきである。これはかなり敷居が高いし金もかかるが、ぼっちで金があるのなら検討して良い。*4

土地所有者が調子に乗っているのが地方の直面する現実である。まあ、バブルの頃ハズレを引かされた人が、高くせざるを得ないのかもしれないが、現実を見てほしい。

もうとっくに、日本の価値は下がっているのだ。土地所有者は腹を切るときが来たのだ(違う)。


考えたい地方弱者へ

*1:参考:http://www.garbagenews.net/archives/1881478.html

*2:もっとも、仕事で産休を無理矢理とってでも、母親が教育するべきなのだが。

*3:もちろん、安くて条件のいい土地は誰かがすでに所有していて、僕が知るよしもないだけかもしれないが。

*4:僕は地元に帰ってきているのに、会ってくれる友達がいない。

通りすがりの神奈川の技術会社員通りすがりの神奈川の技術会社員 2018/06/24 13:19 見方が力強く面白いです。
いいねボタンがあれば皆さまいいねしそうだなと
思いボタンないのでコメントしました

ruisouruisou 2018/06/26 22:54 > 通りすがりの神奈川の技術会社員 さん
コメントありがとうございます。
細々とかいていますので、一部の人が読んで楽しんでくれればいいと思っています。また、良かったら読みに来てください。

2018-05-15

気にくわない人間を気軽にたたきつぶす世間、ディストピアの完成

12:25 | 気にくわない人間を気軽にたたきつぶす世間、ディストピアの完成を含むブックマーク

才能がない? じゃあ、帰れ。みたいな企業や人は多い。誰でもできる作業は、誰かがやっている。というか高齢者の再雇用で埋まっている。

人手不足とは誰が言ったのだろう。まったく仕事がない。

客が依頼する会社を選り好みして、特定の業種に集中しているからではないのだろうか。口コミサイトとかで偏りが生じている。もちろん、情報が事前にわかるのはいいが、口コミの中には、半分(被害)妄想に近いものもあるのではないのだろうか。

きっとある。そして、一部の企業にバブルのようなものが生じる。


誰もが世界トップレベルのサービスを求められる

失敗は許されない。それが田舎であっても。

都会人にあこがれて、都会人のようになりたい田舎の人間は、都会と同レベルのサービスがなければ、我慢ならない。

その顕著な例はカフェである。スタバを始め世界的チェーン店ができると、こぞって出かけて、少ない給料から高いコーヒー代を出す。そして一瞬だけ、質の高いサービスを受ける。五百円前後でリッチな気分になれる、お得なサービスである。

しかし、美形の店員は作り笑いのプロであり、給料はそれなりに高い。

個人のカフェは半分くらい廃業してしまった。

僕は小さくやっている自営業だから、ちょっとくらいサービスの質が低くてもいいかな、と思っていた節はあった。だけど、そうではない。

全国区のサービスを与えなければ、即刻、契約解除、これが田舎の基本方針である。しかも負の口コミを忘れない。最後に負の口コミまでしてくれるのは、女性が多い。しかもばりばり働いてきた「立派な」女性である。「立派な」女性は、相手のミスを許さない。かつて僕をうつ病に追い込んだのも、「立派な」女性だった。


全国区の看板

田舎は全国区の看板に弱い。全国区の看板を見れば、たとえ不条理なサービスであっても、「全国でそうなのだ。都会でもそうなのだ。だからこちらが我慢しなければならない」と自分に言い聞かせ、高い料金を支払う。

それで、田舎の経済はだんだんと疲弊している。だって、フランチャイズでは、本社に金が集まる仕組みになっているのだから。田舎から都会に金を吸い上げているのがフランチャイズである。

もちろん、田舎にはきわめて質の低いサービスの個人店は多い。しかし、良い店もそれなりに多いのだ。

フランチャイズが完璧なサービスをしているわけではない。しかしその価値の本質を理解する人が圧倒的に少ないし、理解する人だけを相手にしていても、実のところ経営が成り立たない。

本質だけを抽出するのなら、僕のやっていることは、全国に負けているどころか、質が高いと言ってもいい。だけど、田舎ではやっていけない。地域貢献とか意気込んでいた自分がばからしい。文句ばかり言われて、疲れた。全国区の看板を打ち破るのは容易ではない。


田舎の経済の秘密

不動産持ちの子が、世間体のためにやっていることが多いようである。

もちろん、必死に切り盛りしているところもあるようだが、そういう店はほとんどつぶれて、今は過去の遺産を食いつぶしているに過ぎない店が多いのではないのだろうか。

不動産持ちの子が、コネで店舗を開いて、賃貸料をほとんど払わず、コネで経営しているのである。当然赤字だが、別のところで不動産収入があるから問題ない。

僕だって、賃貸料金を半額にしてくれれば、何とでもなるように思える。だいたい、日本は賃貸料金が高すぎる。田舎でも高い。田舎の一部は安くなっているが、僕の住む地域はまだまだ高い。


スマホが出てきて

もう、ディストピアが完成していないだろうか。スマホが団塊世代バブル世代にも広がってから、世界がおかしくなった。

誰もが、高画質カメラをポケットに入れて出歩く社会。気にくわなければカメラを使って証拠写真を SNS や口コミサイトに投稿して、たたきつぶす。しかも被害者ぶって。被害者はこっちだ。田舎のおしゃべり人間とスマホは最悪の相性ではないだろうか。

スマホを使う人間は、まず道徳教育を受けてからにした方がいい、というか免許制にしたほうがいいのではないのかと考える。それでも無理か。学校で教えるのは、プログラミングより道徳教育ではなかろうか。

今はもう、ミスが許されない、完成されつつある監視社会。

特に自営業は、妬みやいじめの対象になりやすい。どこか大きい組織に所属していないと、いじめの対象である。

相手のことなんてどうでもいい。我が身さえ助かればそれでいい。それが今の社会ではないのだろうか。不景気で皆余裕がなくなっているのだろうか。

もちろん、自営業を開いてみたものの、僕に商売の才能がなかったのが悪いのだが、世の中はなんと厳しいものか。自己啓発本に書かれていたような、やさしい社会があると思っていたが、そんなものはないように思える。

こう愚痴るから運気が逃げて失敗していると指摘されそうだが、愚痴る人がいないから勘弁してくれ。ここで愚痴るくらい許してくれ。

kk 2018/05/18 22:41 はじめまして。

今日初めてblogを拝見させて頂きました。

文章にユーモアセンスを感じ、度々クスッと笑ってしまいました。(^_-) 笑

またblog見に来ますね。

ruisouruisou 2018/05/20 23:53 > kさん
コメントありがとうございます。
最近は悲壮感が多く出てしまって、申し訳ないです。できるだけユーモラスに書きたいと思います!
また見に来てください!