しあわせ

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朝、目覚ましが鳴る1時間前に、ふと目が覚めて、二度寝ができた。布団が暖かくて、温もりに包まれていた。気持ちが良かった。
夢の中で君に会うことができた。バイト先で想いを伝える前に辞めてしまった子だ。夢の中でも伝えることはできなかった。笑顔が可愛かった。
甘酸っぱくて、苦くて少し幸せな気持ちを思い出した。
今度は、目覚まし時計が鳴る2分前に目が覚めた。夢の照れ香い後味とカーテンを透けて注してくる光。カーテンを開ける、空は快晴だった。


朝日を浴びて、体内時計がオハヨウと言った。ふと、幸せに色があるとしたら、こんな光みたいな色なんだろうと思った。
テレビをつける。珈琲を落とす。シャツとネクタイを選ぶ。そういえば、新しいネクタイを買ってたんだった。光沢があって、擦れていない。鏡の前で顔を造る。気分がいい。
千円の新品ネクタイ。着るもので気持ちが左右されてしまうものだけど、やっぱり新品はいい。


珈琲が美味しい、決まってブラックで、目がぱっちりで頭がすっきりした。テレビのお天気姉さんの笑顔が綺麗だった。向こう五日間は晴れの予報をしていた。この分じゃ、今週末は晴れそうだ。洗濯物が気持ち良いくらいに乾くだろう。
パリパリに乾いたバスタオルが好きだった。想像して、少し幸せだった。


家を出る。同じアパートの下の住人がちょうど出て来たところだった。なんか、気分が良くて、大きな声で挨拶をした。おはようございます!!
おはようございます。笑顔が返ってきた。もう一度、軽く会釈をした。みんな同じ朝(じかん)を活きて生きているんだなと、妙に安心してしまった。少し元気をもらったみたいだ。
みんな、オハヨウ。自分もみんなも元気になれる言葉、つかっても減ることは無い。明日からも惜しみなくつかおう。


駅に着く。いつもどおりの改札前の人だかり。ジグザクに避けて通る。改札を抜け、階段を駆け上がる。電車がちょうど来たところで、狭いスペースに滑り込む。


車内に張られた中学受験を専門にやっている塾の広告。そこに頭をつかう算数の問題が書かれていて、3駅の間にスラリと解けた。
少し得意になった。鼻が少し高くなった。四角いアタマが丸くなった。なんだか周りを意識した、そして自分の存在を意識できたような気がした。
いつもたくさんの人々が乗り降りする駅で一人の痩せた顔色の悪い女の人が乗って来た。多くの人が降りて、それより多くの人が乗って来て、さっき以上に社内は窮屈になった。その女の人は青白い顔で冷や汗をかいていた。
途端にしゃがみ込んでしまった。「こっちに座ってください。」耳と鼻にピアスをした、鎖をジャラジャラさせた男が立ち上がった。周りの人に手を取られ、女の人は座り、何度もありがとうございますと繰り返した。
みんな鳥肌(さぶいぼ)が立ったと思う。幸せな空間の中にいた。自分にも出来そうな気がした。寝たふりで薄目を開けているより、元気になれそうだ。


電車で40分間揺れていつもの駅で降りる。長いエスカレーターに乗り改札を抜ける。凄い数の人の群れ。目の前の人がハンカチを落とした。
すみません!大きな声で呼び止めた。周りの人も振り返る。
おばさんは手を伸ばし、僕はその手にハンカチを返した。不機嫌そうだったその顔を一変させて、目が線になるほどの笑顔になって、一度だけ、短く、ありがと、言った。僕も笑顔で、どういたしましてと、その人が振り返ってしまう前に早口で言った。


階段を駆け上がり、地上に出た。日が強くて肌が少しだけチリチリした。太陽が生きている。肌が呼吸をしている。思い切り深呼吸して、少しだけ排気ガスの臭いがして、作られたオフィス街を邁進(まいしん)する。


どうして?なんで?なんて不必要な自問自答はせずに、ただ笑顔で前向きに、ただただ邁進する。
あの坂を上れば会社に着く、今日も素晴らしい一日になりそうだ。
自分とみんなに、心より、本日も笑顔で前向きに張り切ってマイリマショウ!!