小俣龍の「龍の言い分」

2018-02-11 貴乃花親方が育てあげた力士たち! [ 2018年2月10日 ]

まず、下の写真をご覧になって頂きたい。1月31日、弟子である貴公俊(たかよしとし、20歳)の新十両記者会見に臨んだ貴乃花親方である。久しぶりに満面の笑みである。




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貴公俊の十両昇の記者会見(朝日新聞Digitalより)




貴乃花親方が上機嫌だったのも当然であろう。貴乃花部屋に所属する力士はわずか9名である。貴公俊の十両昇進によって、そのうち4名が関取になったのだ。「関取」とは、幕内と十両力士の総称であり、力士は関取になって初めて一人前になったとみなされる。相撲協会からは給与が支給されるようになり、身の回りの世話をしてくれる“付け人”が付くほか、多くの特典がある。

相撲部屋を経営する親方は、日本相撲協会から力士養成の業務委託を受ける仕組となっている。育成奨励金を貰って、取的(とりてき)と呼ばれる幕下以下の力士を関取にするのが役目である。それにしても、9名のうち4名を関取に育てあげた貴乃花親方の育成手腕は飛びぬけている。

この日の会見に多くの記者が集まり、その模様がテレビなどで大きく報道されたのは、貴乃花親方が2月2日に開催される相撲協会の理事候補選挙にどう臨むかに注目が集まっていたこともあるが、貴公俊が一卵性双生児であり、弟の貴源治に次いで関取となったという話題性も大きかった。

貴乃花親方自身も兄弟そろっての関取であったが、双子の関取の誕生は大相撲史上初のことである。さらに、この兄弟はそろって大変な逸材であり、双子の横綱誕生への期待も高いという。

まず、二人の体格がすごい。先に関取になった貴源治は、身長191センチ、体重163キロである。これは白鵬(192センチ、156キロ)とほぼ同じであり、体格は既に横綱格である。

一方、貴公俊は、185センチ、143キロであるので、兄の方が一回り小さい。双子でもこういうことがあるようだ。この二人は中学を卒業してすぐに貴乃花部屋に入門したが、幕下に上がるころまでは、ほぼ同じような成績をあげ、同じようなペースで順調に昇進を続けていた。

その頃は、二人の身長、体重は殆どおなじであった。それが、幕下上位に上がってから、弟の貴源治の方が、取り口が“突き、押し”に変わると共に、急に大きくなり、そして強くなった。貴源治が十両に昇進したのが昨年の5月場所であるから、兄の貴公俊よりほぼ1年早いことになる。

この兄弟は、中学生時代はバスケットボールに打ち込んでおり、県代表に選ばれて全国大会で3位になったという。バスケットで鍛えた体力と俊敏性は、力士が強くなるためにはうってつけだという。この二人が大相撲に入った動機は、「親孝行がしたいから」、というから泣かせる話である。

今回は、貴乃花親方が育てあげた関取をとりあげ、彼の相撲道にかける美学を追ってみたい。




貴源治と貴公俊の取り口と将来性




まず、下の写真が弟の貴源治である。その堂々たる体格に驚ろかされる。手足が長く、均整がとれており、見るからに身体が柔らかそうである。あどけなさが残るが、中々のイケメンである。

風貌と体格、体型は大鵬と貴乃花を足して2で割ったような感じだ。

また、下半身の筋肉の張りがすごい。十分な稽古を積んで、下半身を鍛えていることがよく分る。




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弟の貴源治(ニッポン放送HPより)




貴乃花親方の稽古の厳しさには定評がある。稽古場には緊張感が漂い、親方の叱咤が続く。

稽古風景をyoutubeで見ることが出来るが、貴乃花親方の相撲道にかける思いがよく分かる。

「稽古の合間に、黙って四股を踏み続ける奴だけが強くなる」、これが口癖のようだ。

貴源治の取組みを何番か見てみたが、長い手足を活かしての“突き、押し”が身上である。

“突き”や“押し”で勝負がつかない時は、四つに組んで、“寄り”や投げ技で相手を倒している。

この取り口は、大鵬や貴乃花が十両から幕内に上がったころに瓜二つである。

まだ、立ち合いに甘さが残るが、これで立ち合いが強く、鋭くなれば、大化けすること間違いがない。

また、この力士は、サポーターや包帯などの白いものを身体に一切つけないで土俵に上がっている。

5〜6番見た取組で、相手力士が膝や肘、足首などに白いものを一杯つけているのとは対照的である。これは、「力士は、身体も取り口も美しくなければならない」、という貴乃花親方のこだわりだという。

一方、兄の貴公俊の取り口は、弟とは対照的であり、四つに組んでの“寄り”や“投げ”が身上である。

立ち合いで鋭く踏み込み、左下手を引いて、頭をつける取り口が多い。

貴源治同様、身体が柔らかいが、こちらは器用であり、業師(わざし)という感じである。

貴源治が大鵬や貴乃花によく似た取り口だとすれば、兄貴の方は三代目の若乃花(若貴のお兄ちゃん)に似ている。この二人は少なくとも大関は狙える逸材とみた。二人揃っての横綱も夢ではなさそうだ。

貴公俊、貴源治の兄弟は、3月11日に初日を迎える大相撲春場所(大阪)では揃って十両である。

貴乃花部屋からは、あの貴ノ岩も十両の土俵に復帰出来る見通しだという。貴公俊、貴源治の両兄弟に貴ノ岩が揃って顔を出す十両の取組みは観客を大いに沸かせるに違いない。

報道によれば、日馬富士から暴行を受けた貴ノ岩は、新たな診断書によれば、「頭蓋骨骨折の疑い」ではなく、「頭蓋骨の骨折」であったという。そうだとすれば、激しいぶつかり稽古等が出来ない筈であり、十両の最下位の番付で後がない大阪場所での成績が気になるところである。

その貴ノ岩は、貴乃花親方が育てた関取の第一号であり、ケガの前は将来を嘱望されていたのだ。




貴乃花親方自慢の弟子:貴ノ岩と貴景勝(たかけいしょう)




上の写真が、昨年の初場所13日目、貴ノ岩が白鵬を破った一番である。

この取組で白鵬が敗れたことによって、大関・稀勢の里の初優勝が決まった歴史的な一戦である。

控室で自分の優勝が決まったことを知った瞬間、稀勢の里の眼から一滴の涙がこぼれていた。




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白鵬を破った貴ノ岩( サンスポHPより )    




ご存知の方もおられると思うが、貴ノ岩は白鵬と同じモンゴル出身の力士である。

貴ノ岩は、同郷の大横綱を破って、日本人横綱誕生の援護射撃をしたことになるのである。

取組は、右下手を引いた貴ノ岩が、力相撲で横綱を破った堂々たるものであった。

貴ノ岩が、「あなた達(白鵬や日馬富士のこと)の時代は終わった。これからは、我々の時代だ」、と言ったとして、例の日馬富士による殴打、暴行事件の遠因となったという因縁の一番である。

貴ノ岩は、「そんことは言っていない」、と言っているが、少なくとも世代交代を思わせる一番であった。

貴ノ岩は27歳という年齢であり、そろそろベテランと呼ばれる年代に入っている。

身長182センチ、体重は150キロであるが、四股名のとおり、岩のような頑丈な身体つきをしている。

貴乃花を慕って貴乃花部屋に入門している。ケガを克服して、早く幕内に復帰してもらいたいものである。

下の写真は、昨年の九州場所で当時前頭筆頭であった貴景勝(たかけいしょう、21歳)が、横綱・稀勢の里を押出しで破った1番である。




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稀勢の里を圧倒する貴景勝(毎日新聞より)





貴景勝は、身長は175センチしかないが、体重が170キロもある豆タンクのような力士である。まっこうからの”突き、押し“で勝負を決める典型的な押し相撲である。

闘志満々で相手にぶつかり、決して引くことはない。九州場所では、激しい攻防によって口の中がズタズタに切れ、唇が大きく腫れあがった顔でNHKの勝利インタビューに答えていた。インタビューが長々と続いていたので、解説の北の富士さんが、「早く、開放してあげればいいのに」、と言って同情していた。

貴景勝の本名は、佐藤貴信(たかのぶ)という。十両までは本名の佐藤のままで土俵に上がっていた。

名前に「貴」がついているのは、お父さんが大の貴乃花ファンであったためである。また、四股名の景勝(けいしょう)は、貴乃花親方が最も尊敬する戦国の武将、上杉景勝(かげかつ)から採ったという。

ご存知の上杉謙信の養子であり、謙信の後継者だ。景勝も謙信と同じで、「義」を大事にした武将である。

貴ノ岩や貴景勝は、真正面から相手にぶつかり、激しい闘志を燃やして土俵を沸かせている。

貴乃花部屋の力士の取組は、この闘志満々の攻防を示すところが共通している。

貴乃花親方の信条は、「大相撲はスポーツではない。神技であり、文化である」というものだ。

貴乃花親方が育てた弟子たちをみると、この親方が考えている「相撲道」の美学が見えてくる。




貴乃花親方に繋がる“鬼”のDNA





下の写真は、平成13年(2001年)夏場所の優勝決定戦で武蔵丸を破った後に、貴乃花が見せた“鬼”の形相である。




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鬼の形相の横綱・貴乃花、武蔵丸戦(Girls Channel より)




この時、貴乃花は右ひざを負傷し、全く力が入らないどころか、もの凄い痛みと戦いながら、巨漢武蔵丸と取組み、相手を投げ捨てたのだ。貴乃花はこの勝利で22回目の優勝を遂げる。

ただ、これが最後の優勝となった。この時のケガが土俵生命を縮めてしまったのだ。

小泉純一郎首相が、内閣総理大臣杯を自ら渡していたが、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」の名文句を吐いた時である。記憶をしている方もおられると思う。

ご存知の方も多いと思うが、貴乃花の父親は、“角界のプリンス”と言われた大関・貴ノ花であり、貴ノ花の実兄が、“土俵の鬼”と言われた横綱・若乃花(初代)である。

そもそも、鬼とは仏教、陰陽道 (おんようどう) に基づく想像上の怪物であるが、これが転じて、「あるひとつの事に精魂を傾ける人」という意味で使われることがある。「仕事の鬼」や「土俵の鬼」がその典型例である。我々も現役時代に、仕事に猛烈に取組む先輩を、「鬼のようだ」と言って尊敬していた。

どうやら、貴乃花親方は現役時代と同様に、今度は“鬼の親方”、あるいは、“鬼の理事長”になって、日本の相撲道の変革に取組もうとしているようだ。貴乃花親方自身は、「自分の目指すものは改革ではない。時代に合わせて、変えるべきものは変えるが、昔から伝わるよいものは残していく」、と言っている。

この中で、「よいものは残す」、というところが大事である。

猛烈に稽古をして、基本を重んずる。前に述べた、「美しい身体と取組」を大事にして、それを追求する。

土俵上の所作を大事にし、礼を重んじる。

筆者もこの考えには全面的に賛成である。

是非、「鬼」になって、大相撲と相撲協会の改革を推し進めて貰いたいものである。




≪ 結論 ≫





2月2日に開催された相撲協会の理事候補戦で、貴乃花親方はわずか2票しか獲得できずに落選した。

ただ、貴乃花親方の考えに賛同する親方は増えており、貴乃花一門からは阿武松(おおのまつ)親方(元関脇・益良雄、ますらお)が理事候補に当選した。

阿武松親方も、阿武咲(おおのしょう)という素晴らしい力士を育て上げている。この力士も21歳と若く、取り口は貴景勝によく似ている。まっこうからぶつかり、激しい“突き”と“押し”が身上である。

貴乃花部屋とその一門が育てあげた力士達が、これからの相撲道の方向を見せてくれるはずである。