小俣龍の「龍の言い分」

2018-06-09 朝ドラ『半分、青い』と日本の弓  [ 2018年6月9日 ]

NHK総合テレビで放映中の朝ドラ『半分、青い』が快調に飛ばしている。

視聴率の推移を見ると、前作『わろてんか』同様、20%前後の高いレベルで安定している。

このドラマのヒロインは永野芽郁(ながの・めい)が演ずる“すずめ(鈴愛)”である。

子供の時に患った“おたふく風邪”によって、片耳が聞こえなくなったが快活な女の子である。

脚本家の北川悦吏子のオリジナル作品であり、原作はない。“すずめ”は現在漫画家の家に弟子入りしているが、いずれ漫画の世界から離れて、大変な発明をすることになるという。

一方、このドラマの中で大きな反響を呼んでいるのが、“弓道少女”の伊藤清(いとう・さや)の存在である。スズメの幼なじみである佐藤健が演ずる“萩尾律(はぎお・りつ)”が一目惚れをした相手である。彼女の弓を射るシーンが凛々しく、美し過ぎるというのだ(写真)。





f:id:ryu-omata:20180609101826j:image:w360

“弓道少女”の古畑星夏( “Cinema Café Net”HPより  )





“律(りつ)”は、彼の在籍する高校に弓道の試合に表れた“清(さや)”の弓を射るシーンを見て、一瞬にして心を奪われる。その後、バドミントンの羽を“清(さや)”に取ってもらうことによって、二人は運命的な出逢いをするという設定である。二人は偶然にも同じ西北大学(早稲田大学がモデルと思われる)に進学し、同じく弓を通じて運命的な再会を果たす。

さて、“律(りつ)”の心を奪った、美少女“清(さや)”の弓を射るシーンである。

筆者も大学時代に弓道に接したことがあるため、弓道については多少の心得がある。

その筆者から見ても、“清(さや)”の弓を射るシーンは素晴らしい。映画やテレビで、時々弓を射るシーンがあるが、総じて形になっていない。いかに“清(さや)”が美少女であっても、弓を射る形がいい加減では、ここまでの人気にはならなかったはずである。

彼女は、弓を引くのは初めての経験とのことだが、素人のままでは写真の“射形(弓を射る形)”を取ることは出来ない。相当の稽古を重ねてきたようであり、今では的に当るまでに上達しているという。弓道では、“巻藁(まきわら)3年”、と言って、実際に弓道場に立って的に向かう前に、ひたすら巻藁を相手に、地道に稽古を重ねてフォームを固めるのだ。

大事なことは力まず、下半身の力で弓をゆっくりと引き上げ、矢が唇にくっつくまで、ゆっくりと引き下ろすことである。彼女はこれが出来ている。今回は日本の弓にこだわって、日本の弓の凄さと、映画などにおける弓のシーンを見ていくことにしたい。




サムライによる弓矢の稽古風景




まず、次の写真をご覧になって頂きたい。今から150年以上前の1860年頃(万延元年)に撮影されたサムライ達による弓の稽古風景である。




f:id:ryu-omata:20180609102251j:image:w360

弓を引くサムライ達( “パンドラの憂鬱”HPより )




この写真を見た外国人達の驚きの感想が紹介されている。その一部を紹介してみよう。

・この光景はあまりに美しい。 ・力強さと荒々しさに満ちていて、カッコいい。

・弓の大きさが尋常ではない。 ・弓道とアーチェリーを比べるとアーチェリーはダサいな。

驚くではないか! 和弓を正しく引くシーンは、それが男性であっても美しさを感じるようなのだ。

また、サムライの姿には畏敬の念を抱くようであり、このシーンから「七人の侍」を連想した外国人もいたのである。それでは、万人に美を感じさせる和弓の深奥を探ってみよう。

和弓は、竹の3層構造で構成されており、複雑な工程を経て制作される。外国人が驚いたように、和弓の長さは7尺3寸(221cm)もある。和弓は世界最大の「大弓」なのである。

上下でその形は全く違っており、上から3分の2あたりに矢を据える。

弦を張っていない時の弓は逆さに反っている。これに弦を張る時にはかなりの力がいる。

逆さに反っている弓を反対側に押し戻して、弓を半円形にしなければならないからだ。

一人の力で弦を張る弓を「一人張り」というが、源平時代の最強武士・源為朝などは「五人張り」の強弓を駆使していたというから驚きである。一方、「一人張り」の弓であっても、これを引く時には大変な力を必要とする。実際に弓を引く時には、弦がギリギリという音を出すのだ。

日本の弓は、上下の形に違いがあるために、矢が放たれる時には、その反動からもの凄い威力となる。矢の飛んだ距離の日本記録は385メートルであるという。また、和弓の貫通能力は洋弓の比ではない。イギリスの長弓が人間に見立てた的に25センチまで刺さったのに対して、和弓は30センチであったという。和弓は殺傷能力が抜群の兵器なのだ。

弓道の試合では、射場から28メートル先にある、36センチの大きさの的を目掛けて矢を射る。

手許が1センチ狂っただけで、的には当たらない距離である。

筆者の経験でも、当たったと思ったら隣の的だった、ということがよくあるのである。

朝ドラの中で、“清(さや)”が達した弓道の境地がお分かりになったであろうか?

この和弓の魅力を映画に存分に取り入れたのが、あの世界的巨匠・黒澤明である。




「七人の侍」の弓のシーン




筆者は大の黒澤ファンである。黒澤映画の魅力は何と言っても筋立ての面白さにある。監督自らが脚本作りに参加し、徹底して面白さを追求する。そこには常に、観客を楽しませようとするサービス精神が溢れている。また、とことんまで細部にこだわり、“ホンモノ”を作りだそうとしている。

“真理(神)は細部に宿る”、というが、黒澤映画ほど、細部にこだわって映画作りをする監督も珍しい。例えば、映画『赤ひげ』では、赤ひげの部屋にある薬棚にはびっしりと本物の薬草が入っていたのである。開けることも、使うこともない薬棚ひとつに、ここまでこだわるのである。

その黒澤監督が描く弓のシーンでも、やはり徹底したこだわりをみせている。

まず、映画史上最高傑作のひとつと言われている『七人の侍』である。

『七人の侍』は3時間27分という超大作であり、途中に「休憩(インターミッション)」が入る。

そして、後半では、この映画のクライマックスである豪雨の中での戦闘シーンに入る。

映画での設定は9月だが、撮影が行われたのは2月というから俳優たちも大変であった筈だ。

志村喬演ずるリーダー・島田勘兵衛は、「残るは13騎!これを全部村に入れる!勝負はこの一撃で決まる!」と言って農民たちを鼓舞する。ゾクゾクするような場面である。

下の写真は、野武士達を村によび込んだ後、勘兵衛が矢継ぎ早に矢を射かけるシーンである。




f:id:ryu-omata:20120611095642j:image:w360  

島田勘兵衛が弓を引くシーン(blog.goo.ne.jpより)




美しくて、見事なフォームである。志村喬の弓の腕前はただものではない。

撮影段階では、途中でのカット無しで、約30分間もの戦闘シーンを撮り続けていたそうである。

この中で、勘兵衛は流れるような動きで、何度も矢を打っている。

冒頭で紹介をした幕末のサムライ達が弓を引く姿とそっくりである。

一方、ホンモノにこだわる黒澤監督は、遂に、映画の中でホンモノの矢を人間に射かけるシーンを持ってきた。1957年に放映された『蜘蛛巣城』である。この映画は、シェイクスピアの「マクベス」を 戦国時代に翻案した歴史劇である。ただ、映画としては失敗作であり、クロサワ映画の面白さがない。小生も、この映画を繰り返して観ることはなかった。

この映画の唯一の救いが強烈なラストシーンである。

主君を殺害して城主になった三船敏郎が演ずる鷲津武時が、大量の矢を浴びせられ、必死の形相で逃げ回るシーンである。




「蜘蛛巣城」の衝撃的なシーン




その衝撃的なシーンが下の写真である。三船敏郎の顔は恐怖で歪んでいる。




f:id:ryu-omata:20180609103212j:image:w360

恐怖で歪む三船敏郎(「良い映画を褒める会」HPより)




豪胆で鳴らした三船敏郎であるが、彼が恐怖で顔を歪めたのも当然である。

撮影ではホンモノの矢が三船に向かって射かけられていたのだ。弓の名人が集められ、三船から少し離れた場所に矢は放たれているという。それを望遠レンズで撮っているので、あたかも三船の顔のすぐ側に矢が当っているように見えるというのだ。

それにしてもホンモノの矢である。後に、三船は、「あれほど恐ろしい撮影はなかった」と言っている。また、三船は黒澤監督に「俺を殺す気か!」と思わず怒鳴りつけたという。

さらに、真偽のほどは定かではないが、三船は後日、散弾銃を持って監督の家の周辺を歩き回っていたというエピソードが残っている。黒澤監督をして三船をあわや殺さんばかりにこだわったホンモノの弓矢の世界である。

どうやら、弓の世界は我々を惹きつけやまない、独特の魅力があるようである。

企業がこの弓を射るシーンをコマーシャルに使わない手はない。最後に紹介するのが、大和ハウス工業によるテレビコマーシャルに登場する、美少女が弓を射るシーンである。




f:id:ryu-omata:20180609104813j:image:w360

大和ハウスの新企業広告(「大和ハウス工業(株)HPより」




このテレビCMは、「共創共生“京都・弓の道”」というタイトルで2017年に放映されたものだ。

美しい独特の形態を持つ京弓制作の伝統を受け継いできた弓師と弓道に打ち込む人々との交流をテーマとしている。ナレーターは、大竹しのぶの担当である。

こちらも、“弓道少女”の古畑星夏と同様、綺麗な射形を見せている。



≪ 結論 ≫



先日、ゴルフ仲間とラウンドをしている時に、NHKの朝ドラに出てくる美少女の弓のことを話題にした。なんと、一緒に回っていた仲間の一人は高校、大学を通じて弓道に打ち込んでいたという。弓道で、国体やインターハイに出場したこともあるということであった。

彼の最高記録は100射中90射であるという。なんと90%の確率で的を射抜いていたのだ。

一方、彼の仲間には、100射皆中(かいちゅう)という猛者もいたという。100発100中である。

筆者の最高記録は20射中7射であるから、その差は歴然としている。

朝ドラでも、“4射皆中(かいちゅう)”、という会話が出ていた。

これからは、朝ドラを少し違う角度で観ることが出来る筈である。



<参考文献>

都築政昭著『黒澤明の映画入門』(ポプラ新書刊)