小俣龍の「龍の言い分」

2016-01-06 クマムシから学ぶ”生命の不思議”  [ 2016年1月6日 ]

NHK・Eテレの『サイエンスZERO』は、筆者のお気に入りの番組である。

NHK教育テレビジョン時代の前番組『サイエンスアイ』の頃からほぼ欠かさずに観ている。

現在は、サイエンス作家の竹内薫と女優の南沢奈央がナビゲーターを務めている。

才女の誉れが高い南沢奈央の存在が、この番組を一層魅力あるものにしている(写真)。

彼女の発する素朴な疑問や的確な感想は、科学番組の進行には欠かせない要素である。

大学では心理学を学び、落語鑑賞が趣味だというから、女優としては珍しいタイプだ。

一昨年のNHK・大河ドラマ『軍師官兵衛』では、官兵衛の初恋の相手“おたつ”を務めていた。




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女優の南沢奈央(「こんな番組をみた」HPより)




この番組が、昨年12月末に2回にわたって特番を組んでいた。この特番は、今年で3回目になるそうだが、毎年特定のテーマについて若手研究者6人が最新の研究成果を発表し、スタジオに集まった観客が最優秀研究(プレゼン・キング)を決めるという特別番組だ。

今年のテーマは「生命の不思議」である。会場となったのはお台場にある「科学未来館」、ここに老若男女300名以上の熱心な観客が集まっていた。特に、子供の姿が目についた。

テーマの面白さがこの人気を呼んだと思われる。

6人の研究者は、持ち時間の5分間を使って、自分の研究テーマについて、これまでに分かったことを熱くプレゼンする。今年は、「宇宙から落ちてくる生命の素材」、「コンピュータシミュレーションで描く生命進化」、「骨から読み解く生命の秘密」、「クマムシから学ぶ生命の不思議」など、それぞれ知的好奇心を満足させる、充実したプレゼンばかりであった。

“神(真理)は細部に宿り給う”、という有名な言葉があるが、いずれの研究も特定分野(細部)を掘り下げて生命の不思議をつかもうとする意欲的なものであった。

観客による投票の結果、見事に最優秀プレゼンに選定されたのは、“クマムシによる生命の不思議”を発表した慶応大学の堀川大樹特任講師であった。堀川氏はクマムシの不思議な魅力に取りつかれて、長年この虫の研究に没頭してきたという。

今回は、特番で発表された研究成果を眺めながら、生命の不思議の一端を垣間見てみたい。




「生命の不思議」について




「生命の不思議」というと、筆者であれば、まず、そもそも地球上に生命が誕生した謎を知りたいと思う。地球が誕生したのは今から46億年前と言われている。それから6億年後の約40億年前に、原初の生命が誕生したとされている。いったい、どうやって無から有が生じたのか?

我々は、アメーバのような単細胞生物ですら、実験で作り出せずにいるのだ。

次に知りたいのが“生命多様性”に係る謎である。地球上には、推定では約1000万種とも言われる多様な生命が存在している。「40億年前に生まれたたった一個の単純な生命から、“突然変異”と“自然淘汰”によって、これだけの多様性が生じた」というのがダーウインの進化論である。

“突然変異”と“自然淘汰”という仕組みだけで、本当にこれだけ多様な生命(種)に分化するものなのか?この仮説によれば、新しい種の誕生には気の遠くなるほどの時間が必要だということになる。ただ、地球の歴史をたどってみると、新しい種が出現する時は、短期間に、かつ、爆発的に生じているのである。有名なのが、今から5億3千年前頃に起きた“カンブリア大爆発”である(写真)。この時に、現在地球上に存在する殆どの生物の原形が一気に出現しているのである。



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カンブリア大爆発(“暇つぶしニュース”HPより)




最後が地球外生命の存在についてである。「我々は広大な宇宙で孤児であるのか?」、という謎である。実は、1番目と2番目の疑問は、その謎が解明されれば3番目の謎も解明されるはずだと筆者は考えている。真理は細部に宿るし、単純な解が正解である可能性が高い。

今回の特番で発表された研究分野は、上記の生命の不思議に関する3つの謎のどれかに係るものであったが、どちらかと言えば「生命の多様性」に係るものが多かったようである。

例えば、コンピュータによって人工生命を作り、世代の進行をシミュレーションしてその進化をなぞる意欲的な研究もこの一環であった。ただ、この研究では、シミュレーションを行う上での条件(仮説)を3つに絞ったためなのか、捕食者は何千世代を経ても捕食者であり、食われる生物も、形態や行動様式は変わっても、食われる生物という本質は変わっていなかった。

条件(仮説)は、ほぼダーウインの進化論を前提にしている。この仮説を変えない限り新種は生まれないということを示しているのか、あるいは、シミュレーションの期間が短かすぎるのか? 

名古屋大学・鈴木麗璽准教授による興味深いテーマである。さらに研究を進めて貰いたい。




宇宙から落ちてくる生命の素材




「宇宙から落ちてくる生命の素材」も、実に興味深い研究発表であった。

我々地球上の生物は、たんぱく質、脂質、炭水化物といった有機物から出来ている。

この有機物は、炭素、水素、酸素、窒素といった元素の化学的加工物である。

実は、これらの元素のみならず、有機物もこの宇宙には無限と言ってよいほど存在しているという。

生命の維持には欠かせないアミノ酸なども、宇宙からの飛んでくる隕石に含まれていることがあるという。この宇宙から地球上に落ちてくる有機物が毎年300トンにも達するというから驚きだ。

「今から40億年前頃に、宇宙から地球に落ちてきた有機物が生命誕生の元になっている」、という有力な仮説がある。この仮説に基づき、宇宙塵に含まれている有機物を分析して、生命誕生の謎に迫ろうという意欲的なプロジェクトが、“タンポポ計画”だという。なぜ“タンポポ”と名付けたかというと、宇宙には、タンポポの綿毛のように浮遊する無数の生命の種があるからだという。

国際宇宙ステーションにある日本の実験棟“きぼう”(写真)に「宇宙塵(じん)」の収集装置を搭載したのが昨年のことであり、来年から収集装置で集めた有機物の分析に入ることになっているという。その分析を担当するのが、発表者の横浜国立大学・癸生川(けぶかわ)陽子准教授である。




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国際宇宙ステーションの“きぼう”(朝日新聞ディジタルHPより)




5分間という時間の関係で、有機物を分析して、何を解明しようとしているのかの説明がなかったことが、筆者としては残念であった。生命の素材である有機物が宇宙には無限にあり、原初地球の誕生当時から地上に降り注いでいたことは、ほぼ解明が済んでいるはずである。

問題なのは、生命の素材がどういうきっかけで、また、どういう仕組みで生命へと進化したのかを解明することであろう。宇宙から飛来する宇宙塵の中に、DNAの痕跡のようなものを発見しようとしているのか、あるいは、生命を誕生させる未解明の物質を探そうとしているのか?

実は、太陽系の最果てにある冥王星には水や有機物が存在しており、生命がいかにして誕生したのかの謎を解くカギが隠れているとされている。米国が打ち上げた準惑星探査機・ニューホライズンズは、昨年7月に冥王星に最接近し、克明な写真を撮り、地表や大気の組成などの各種分析を行っている。その成果はこれから徐々に明らかにされるという。

冥王星の分析結果と“たんぽぽ計画”によって、生命誕生の謎が解明されるかもしれないのだ。




クマムシに見る生命の不思議




冥王星は地球から50億キロも離れたところにあり、光の速度で行っても5分もかかる。

表面を覆っているのは窒素やメタンの氷と考えられており、温度はマイナス230℃で

ある。このような極限の環境にでも棲むことが出来るのが“クマムシ”だという(写真)。




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クマムシ(“CIRCLE”HP より)




今回の特番でプレゼンキングとなった堀川氏の研究は、確かに驚きの連続であった。

体長は僅か1ミリ程度、8本の足でモゾモゾ歩き、分類上は“緩歩(かんぽ)生物”だという。

道路わきなどに生えているコケの中に生息しているごく普通のムシである。

このムシが、とてつもない能力を身につけてしまったというのだ。プラス100℃の高温、マイナス270℃という超低温、さらには7万5千気圧という圧力下でも生きていけるという。

実際、宇宙空間に10日間もさらしてから地球に戻してみても生き返ったという。

この環境への対応力は、“乾眠状態”という特異な体質を身に着けることによって得たという。

我々人間もそうだが、身体の70%は水から出来ている。その15%を失っただけで生命はなくなってしまう。ところが、このムシは身体から水分が97%も無くなった状態で生きていけるのだ。

正に、カラカラの乾いた身体になるのだが、この状態で呼吸もせず、栄養の摂取も排泄もしない。

生きているというより、“死んだふり”の状態になるのだが、ここに水分を与えてやると生命が戻るのだ。“乾眠状態”にあるこのムシにとって、最大の敵は酸素だという。

なまじ酸素などがあると酸化を起こして死んでしまうというのだ。ここで会場は驚きでどよめいた。

宇宙空間のような極限の環境の方が、このムシにとっては生き延びるために都合がよいという。

このムシは、どうやってこのような能力を身につけたのか?正に生命の不思議である。




≪ 結論 ≫




クマムシのプレゼンの後、会場にいた小学4、5年生くらいの女の子から、「クマムシはどのくらい生きられるのですか?」との質問が出された。素朴だが、本質を突いた本当によい質問であった。

「普通の環境では1〜2か月で死にます。“乾眠状態”だと半永久に生きられます」が答えだった。

クマムシのプレゼンが優勝をしたのは、この質問があったからだといってよい。

この女の子も素晴らしい科学者に成長していくに違いない。