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Making of Ryukoku-cha

2018-06-10

陸前高田ゼミ合宿レポート(2018年2月)

竹村

 今回、私たちは、岩手県陸前高田市へ合宿に行きました。

 合宿に行く前の事前学習で、震災直後から今まで、伊達ゼミと交流をして下さっていた皆さんが暮らす高田一中仮設住宅が、震災から7年が経つ今年の3月に、「撤収」が決定していることを知りました。

 合宿前に、仮設住宅の自治会長の菅野さんへご挨拶の電話をした際、教えて頂いたのが、仮設住宅から退去することに対して、一中仮設の皆さんが不安な気持ちでいるということでした。

 「みんなで集会所に集まって、これからどうしようか、と毎日話し合っている。」

 「先のことが見えなくて不安。」

とおっしゃっていました。

 仮設住宅から出ることへの戸惑いが声にこもっていたように思いました。


 陸前高田へ向かう中で、

 「仮設住宅が取り壊しになることは決定しているけど、町はもうそんなに完成しているのだろうか?」

 そんなことを考えていました。

 合宿当日、陸前高田の町をバスの中から見て、工事の車両がとても多いことに気づきました。

 土地のかさ上げ工事を行っている影響で、道路もガードレールも土まみれになっていました。

 土を乗せたダンプカーが何台も走り、そのたびに土煙が立ち、立ち入り禁止になっている場所もいくつもありました。

 家やお店、町の再建がまだまだ進んでいないことを実感し、「まだ時間がかかりそうだな」と、とても複雑な気持ちになりました。

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 合宿2日目と3日目に、仮設住宅の集会所で、持ち寄ったお菓子でお茶会をしたり、手巻き寿司パーティーを鶴亀鮨さんご協力のもとで開催したりしながら、いろいろな方とお話をさせて頂くことができました。

 その中でも印象に残っている話題は、やはり仮設の取り壊しや新しい生活への不安についてです。

 仮設住宅がなくなると、住民の方々は、新しい住居や災害公営住宅、もしくは別の仮設住宅へ引っ越すことになります。

 ある方は、「せっかくここで仲良くなったけど、離ればなれになるんだよね」とおっしゃっていました。

 「私たち、最初は知らない人同士だったのよ」と教えてくれた方たちもいました。

 震災前はお互いについて知らなかった人たちが、仮設住宅で出会ってそれから仲良くなったそうです。

 仮設住宅の取り壊しや、仲良くなった人たちとの別れに不安を感じながらも、「仕方ないから」とお互いを励ますように話しておられました。

 その姿を見て、一中仮設での「思い出」、そしてそこで仲良くなった人との「つながり」が、仮設の皆さんにとって、とても大きな存在なのだと思いました。

 また、一緒に新しいダンスの練習をしていたとき、楽しそうに踊っていたある方は、「一中の仮設から出たら、もうダンスもしなくなるかも」とおっしゃっていました。

 その言葉を聴いて、少し戸惑ってしまいました。

 「健康のためにやってるの」、「ボケ防止のためよ」といいながらも、皆さんが踊っている時は、心から本当に楽しそうに踊っているからです。

 ダンスをするとき「踊るために集まる」というだけでなく、「みんなに会うために踊りに行く」、そんな交流や憩いの場という意味も、ダンスには含まれているのではないかと思いました。

 そして、仮設住宅から出ることで、その交流も少なくなるのではないか、一中仮設でできた「つながり」はなくなってしまうのではないか、と少し寂しい気持ちになりました。

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 震災前の町の様子を話してくれた方もいました。

 その方が、「陸前高田はおいしいお店がたくさんある」、とそんな話をして下さったとき、「津波で全部流されちゃった。震災前はお店、たくさんあったんだよ。」とおっしゃいました。

 それまでは話し方がすごくハキハキしていて、楽しそうな明るい声だったのが、その一言を言うときだけ、寂しそうな表情で、声も小さく、今までとは全然違う話し方でした。

 そのとき、私は、言葉が見つからず「そうですか」と返しながら、ゆっくりうなずくことしかできませんでした。

 その後、表情がパッと明るくなり、「アバッセ高田においしいおそば屋さんがあるから、行ってみたらいいよ」とおすすめのお店を教えて下さいました。

 しかし、私の心の中には、あの一瞬だけの表情と声が、今もはっきり残っています。

 震災による心の傷の深さや、悲しみに寄り添うことの難しさを痛感し、まだまだ自分は甘いとも思いました。


 バスツアーでお世話になった語り部の会の菅野さんや、気仙大工左官伝承館の武蔵館長は、お二人が震災当時に体験した地震や、津波にのみ込まれていった陸前高田の町について教えてくれました。

 「動けないくらいの強い揺れ」

 「あの建物をのみ込む高さの津波だった」

 「震災の時は、とにかく命を大事にしてほしい」

 「津波が来るとわかったら高いところへすぐ逃げてほしい」

 お話しの中の言葉一つ一つに、震災への強い思いが込められていました。

 お二人とも、ときどきつらそうな顔をされたときがありました。

 お二人とも、被災をされています。

 私たちのために、それぞれが抱えている悲しみや苦しみを振り返りながら、一生懸命お話をして下さいました。

 私たちは、お二人の話しを忘れないだけでなく、思いを受け止め、悲しみに寄り添っていく必要もあると思いました。

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 陸前高田を訪れて、一番思ったことは、出会った皆さんが、とにかく元気で優しいということでした。

 笑顔いっぱいで、

 「ここの踊りはこう!」

 「これ食べていきなさい」

 「遠くからよく来たね」

 「ありがとうね」

 そんな温かい言葉をかけて、私たちを迎え入れてくれました。

 しかし、その笑顔がふとした瞬間に消える時があります。

 どんなに笑顔でいても、みんな心の奥には震災への様々な思いを抱えていました。

 ふとした時に、かいま見える心の奥の思い

 今よりも「共感」するためにこれからも、陸前高田を訪れたいと思いました。

 今回の合宿は準備の時から不安なことだらけでした。

 私たちが陸前高田へ行くことで、迷惑に思われたりしないか、楽しんでもらえるか、喜んでもらえるか、笑顔になってもらえるのか、そのためにどうすればいいか何度も考えました。

 当日もできることを一生懸命しつつも、不安は心のどこかにありました。

 しかし、集会所を後にするとき、おばあちゃん達が「ありがとね」と声をかけてくれました。

 とってもうれしくて、「こちらこそ、ありがどうございました」と返すと、帰り際に「またね」と笑顔で言ってくれました。

 次回の合宿では、今回よりもっと喜んでもらうという気持ちを忘れずに、陸前高田を訪れたいと思います。

 そのときまで、どうか皆さんお元気で。

陸前高田ゼミ合宿レポート(2018年2月)

 今年2月に実施した、2回生の陸前高田ゼミ合宿のレポートをアップします。

高橋

 バスの中から陸前高田の町を見たとき、これまでに見たことのない光景に言葉を奪われ、ついにこの場所に来たのかと実感しました。

 震災から7年が経過しようとしている町は、新しい建物が立ち並ぶ様子も見られましたが、震災の爪痕が多く見られ、初めての土地、初めての被災地での活動に不安を感じました。

 私たちは、高田一中の校庭にある仮設住宅を訪れ、2月3日にはお茶会を。4日には手巻き寿司パーティーを行いました。

 仮設住宅に住んでいらっしゃるおばあさん達が、あたたかく私たちを出迎えてくださり、とても落ち着いた、心地よさを感じました。

 笑いあいながら楽しそうにダンスを踊る皆さんの姿を見て、とても幸せな、あたたかい気持ちになりました。

 手巻き寿司パーティーのとき、Sさんという、以前、教師をしておられて、お花が好きだと言っておられたおじいさんと隣の席になりました。

 私は、おばあさん達と一緒にダンスをしましたが、連続で踊る皆さんについていくのがやっとでしたた。

 Sさんが私の名札を見て「私の好きな花が入っているね」と言われました。

 それから、私のことを「ももちゃん」とニックネームで呼んでくださいました。

 そして、私が淹れたお茶を飲んで、「ももちゃんが淹れてくれたお茶はおいしいね」と何回も言ってくださいました。

 本当のおじいさんのように優しくお話ししていただき、心の底が温かくなるのを感じました。

あとから知った話なのですが、Sさんは津波で奥様を亡くされたそうです。

 津波が迫る中、Sさんは、奥様の手を握って逃げていたのですが、逃げている途中、奥さんの手が離れ、気づいたら姿が見えなくなっていたのです。

 大切な人が突然目の前からいなくなってしまうなんて、想像することすら辛いです。

 Sさんの素敵な笑顔の中には、あの日から抱えてきた様々な思いが今でもあるのではないでしょうか。

 奥様は料理が上手で、お孫さんのことが大好きな笑顔の素敵な人だったそうです。

 Sさんが帰られるとき、私はSさんとぎゅっと握手を交わしました。

 あの日、奥様の手を握っていたSさんの手は、とても温かかったです。

 本当に、素敵なおじいさんでした。


 同じテーブルに座っていたおばあさんたちに、「生まれも育ちもずっと陸前高田なんですか?」と質問をしたところ、皆さんが「そうだ」と答えました。

 一人のおばあさんが、「若いころ埼玉に住んだことがあるけど、都会は人がおおいからやっぱりだめ。ここが一番。」と言っておられました。

 やっぱり自分の地元が一番大好き、ということが伝わってきました。

 そこからしばらく、陸前高田の方言の話、私の地元の方言の話で盛り上がりました。


 手巻き寿司パーティーの後片付けをしているとき、お隣にいらっしゃったM子さんとお話をしました。

 とても素敵な笑顔が印象的でした。

 数年前まで趣味で登山をしており、60歳を過ぎてから登山を始めたということにとても驚きました。

 しばらくたわいもない会話を楽しんでいましたが、徐々に「あの日」のことについてお話しをしてくださいました。

 私はじっと耳を傾けました。

 「震災後何年かは、当時のことを話すことができなかったの。津波が来た時の光景は、まるで・・・お風呂に小っちゃいおもちゃを浮かべてぐるぐるかき混ぜたような、そんな感じだったの。」

 M子さんの言葉から、津波の様子を想像しました。

 浮かんだ光景に返す言葉が見つからず、私は頷くだけでした。

 「津波で家が流されていく光景をただ茫然と見つめることしかできなかった。涙は全くでてこないの。本当に茫然と見つめてるだけ。人ってね、本当に悲しい時には涙はでてこないの。」

 当時のことを振り返りながらそう話すM子さんの目は、少し潤んでいるように見えました。

 「全部なくなっちゃった」「命さえあれば良い」という言葉や、震災当時のお話を聞き、被災された方の笑顔の裏側には、震災に対する様々な思いが複雑に混ざり合っているのだと思いました。

 町は少しずつできてきても、傷を負った心は、7年がたとうとしている今でも、癒えることは難しいのです。

 今回、M子さんが私にお話ししてくださったことは、あまりに辛く、悲しい内容でした。

 被災地から遠く離れた京都からやってきた私は、言うならば「よそ者」です。

 よそ者だからこそ、M子さんは、私に震災当時のことをお話してくださったのかもしれません。

 相手の話に真摯に耳を傾ける「傾聴」を心掛けていました。

 M子さんの話にじっと耳を傾けました。

 震災当時13歳で、東北から遠く離れた島根県に住んでいました。

 直接震災の被害を受けることがなかった私は、震災に合われた方のお話を聞くことしかできません。

 聞くことしかできませんが、耳を傾けることで、少しでも被災された方の心の支えになることができれば、と思っています。

 今回の活動で、初めて仮設住宅を訪れました。

 おばあちゃんたちのあたたかい笑顔や優しい声を聞いて、この場所に来てよかったと思いました。

 それと同時に、もっと早く来たかった、またすぐにでもこの場所に来て、みなさんにお会いしたいという感情も生まれました。

 しかし、高田一中の仮設住宅は今年の3月でなくなってしまいます。

 仮設住宅がなくなるということは、新生活への一歩でもありますが、7年近くかけて築き上げてきたものがなくなってしまうことでもあります。

 後者のほうがより気がかりです。

 震災の影響で仮設住宅での生活を余儀なくされ、7年近くかけて、今の生活を作り上げてこられました。

 それが、あと少しで今の生活がなくなり、それぞれがバラバラになることは大きな不安があるに違いありません。

 年金暮らしをしているという面で、新生活に対する不安を口にされるかたもおられました。

 仮設住宅での生活が落ち着いたというと語弊がありますが、今の生活を手放し、新たな地、新たな家、新たな人間関係を築くのは、受け入れがたいことなのではないでしょうか。

 今回の仮設住宅を訪問したことで強く感じました。


 初めて訪れた陸前高田は、震災当時の爪痕が多く残っていました。

 津波の被害を受けて崩れた建物、

 曲がったガードレール、

 そして奇跡の一本松。

 盛り土で高くなった土地、

 すべてが初めての光景で、震災の大きさを感じました。

 目をそらしたくなるような光景もありました。

 しかし、陸前高田には、震災の爪痕だけではなく、新しい住宅街、新しいスーパーも出来上がり、少しずつ、確実に進んでいっていると感じました。

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 仮設住宅のみなさん、陸前高田市観光協会のみなさん、鈴木旅館さん、鶴亀鮨さんなど、様々な人にお世話になったからこそできた合宿でした。

 4日間という限られた時間でしたが、温かい人と素敵な街で陸前高田が大好きになりました。

 またすぐにでも訪れたいです。

 合宿を通してたくさん学ぶことがありましたし、私自身も成長できたと思います。お世話になった方、本当にありがとうございました。

2018-06-07

気仙茶の茶摘み

5月26日〜27日、ゼミ生3人と一緒に、陸前高田に気仙茶の茶摘みに行ってきました!

2018-04-30

陸前高田を訪問します。

今日と明日、陸前高田を訪問してきます。

「気仙茶の会」の総会にも出席する予定です。

小友・米崎町方面での行動が多いと予想されましたので、泊まりは、沼田屋さんです。

2018-03-31

卒業おめでとうございます

 3月15日、卒業式が行われ、一人ひとりに卒業証書を手渡しました。

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 他者の「痛み」をわかろうとする人間になってほしい

 こんな時だからこそ

 こんな時代だからこそ

 心から

 そう願っております

 私も努力します

 (伊達浩憲)

2018-03-21

訃報

 長年にわたり私たち伊達ゼミのお茶づくりをご指導いただいた木野正男さんが、3月18日にご逝去されました。

 ここに謹んで哀悼の意を表しますとともに、お知らせ申し上げます。