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Making of Ryukoku-cha

2017-01-15

陸前高田ゼミ合宿に向けて

 1月13日の2回生ゼミでは、2月の陸前高田ゼミ合宿に向けて、仮設住宅 集会場にて開催予定の「どんこ汁パーティ」の練習をしました。

 ゼミ生全員が、食べる人の気持ちを想像しつつ、心を込めた美味しい鍋を、しかも短時間でつくれるようになることが目的です。

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 とても美味しかったです!

 「個食」の時代。皆で鍋の素材を調達して、皆で調理して、皆で「いただきます」「おかわりはいかがですか?」「ごちそうさまでした」と食することの重要性をヒシヒシと感じました。(もちろん、最後の後片付けや掃除も大切です)

 

本願寺の御正忌報恩講法要にお参りしてきました

 1月11日、西本願寺の御正忌報恩講法要にお参りしてきました。

 「報恩講は、親鸞聖人のご遺い徳を偲び、そのご苦労を通じて、阿弥陀如来のご本願によるお救いをあらためて心に深く味わわせていただく法要です。親鸞聖人の三十三回忌のご法要にあたり、本願寺第三代 覚如上人がそのご遺徳を讃仰するため『報恩講私記』をご制作になられ、以来、聖人のご命日の法要は報恩講として、大切にお勤めされてきました。本願寺第八代 蓮如上人がお示しのとおり、正しくお念仏のいわれを聞かせていただき、身にいただいて、真実信心の行者になることが聖人の御恩に報いる道です。報恩講は、一月九日から十六日までお勤めいたしております。お念仏の道をお示しいただいた親鸞聖人のご遺徳を偲ばせていただき、お念仏に遇えた喜びをこの身に受け、共々にお念仏申しましょう。」(本願寺『御正忌報恩講しおり』)

 御斎(おとき)の献立です。

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 「仏教では、『食事(しきじ)』と呼ばれる、午前十時から正午までの間に食事をする習わしがあり、このときの料理を『斎(とき)』といいます。本願寺では、毎年一月十日から十五日まで、日中法要終了後にお斎の接待を書院(鴻之間)にておこなっています。本願寺でのお斎は、動物性の食材は一切用いず、一汁五菜を基本にした精進料理で、蜜柑(和歌山有田北組の皆様がご進納)と『本願寺せんべい』(本願寺にてお供えしております御仏飯を使用したせんべい)を土産にお持ち帰りいただいております。」(本願寺『御正忌報恩講しおり』)

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 御影堂での法要の後、さむ〜い書院の中でいただく温か〜い「汁椀」(白味噌仕立て)や「飯椀」。

 学生たちにも体験させてあげたい、と感じました。

ゼミ1期生と

 先日1月8日、ゼミ1期生が家族で経営する「南国サンサン食堂」(左京区銀閣寺道)にて、新年会を開催しました!

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 玩具メーカーやコンビニエンスストア本部の管理職、県警の管理職だったり、家業(プラスチック射出成型)を継いで経営者、学習塾の経営者だったり、家族で飲食店を経営していたり、税理士事務所職員、大学事務職員だったり、専業主婦だったり...、実に多彩な人生の物語。そこで交わされる会話は、とても斬新でした。

 そして、何よりも、まるで昨日のことのように語られる20年前の大学生活。下宿での鍋パーティのこと、学園祭の出店、入学式のこと、淡路島ゼミ合宿のこと、卒業式のこと...。

 とても懐かしく感じました。

 また開催しましょうね。

2017-01-06

2回生ゼミ合宿 in 岩手県陸前高田市

 2月10日(金)〜13日(月) 2回生ゼミ合宿 in 陸前高田です!

 10日〜12日、鈴木旅館に宿泊します。

 

 目的は「交流(交際)」です。

 例年のとおり、仮設住宅班は高田一中仮設団地で、漁業班は長部漁港の漁師さんにお世話になりながら、活動をします。

 現在、仮設住宅集会場での「どんこ汁」パーティ企画に苦戦中です。

 「どんこ汁」とは、陸前高田をはじめ、三陸沿岸地域の郷土料理です(こちら)。

 下記のYouTubeも参照。

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 「肝でどんこの旨みを出す」???

 肝心の「どんこ」(エゾイソアイナメ)は関西では入手困難。

 そこで、いつもお世話になっている陸前高田の村上食品店(魚屋大ちゃん)さんに「クール宅急便で送ってください!!」とお願いしたところ、快諾してくださいました。

 来週のゼミの時間に試作してみます。

 どうなることやら。。。

 最後の最後は、仮設住宅のおばあちゃん達に教えてもらうことになるのでしょうが、まずは、「かえって迷惑」にならないよう、私たちとしても、一通りのことはできるように準備してのぞみたいです。

 陸前高田の皆様、岩手県沿岸地域にお住まいの方々へのお願いです。

 私たちは、仮設住宅にお住いの方々と、各家庭で異なる「どんこ汁」の味、作り方等の昔話をしながら、楽しい食事会にしたいと考えております。

 ぜひ、情報提供をお願いいたします。

2017-01-05

本年もよろしくお願いいたします !

 あけましておめでとうございます。


 年明けの"The Huffington Post"のブログ記事、

『君の名は。』新海誠監督が語る 「2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきた」

を真剣に読んでしまいました。

 「僕たち日本人は『もしも自分があなただったら…』と常に考えるようになった」(新海誠監督)

 皆さんも、ぜひ。

 

2016-12-28

年末を陸前高田・大船渡で

ようやく時間ができたので、27日と28日、陸前高田の沼田屋さんに2泊。

陸前高田到着後、まず高田一中仮設住宅の佐々木自治会長さんに「来年2月、2回生たちがお世話になります」とご挨拶してきました。

今年8月、栃ケ沢地区の災害公営住宅が完成し引っ越しをする方が増えて、この仮設住宅の入居世帯もかなり減っていました。「おかげさまで復興も進み、150世帯が50世帯になりました」とおっしゃる佐々木自治会長さんは、一人暮らしの高齢者世帯を一軒一軒、巡回しておられました。

一人暮らしの高齢者世帯を地域社会がどう支えていくのか。仮設住宅だけでなく災害公営住宅でも大きな問題になっています。集まって住んでいるので余計に目立ちます。

「他人事」ではありません。東京や大阪では、一人暮らしの高齢者がバラバラに拡散して住んでいるので、問題が見えにくくなっているだけだと思います。2020年東京オリンピックに気を取られている場合ではありません。2025年には、問題はもっと深刻化しているように思います。(団塊世代の)一人暮らしの後期高齢者が、(就職超氷河期世代の)一人暮らしの中年の世話をする?共倒れ?)



今日は朝から、大船渡の碁石海岸周辺を散策し、リアス式海岸の絶景を堪能しました。

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穴通磯

向こうに湾口防波堤が見える

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赤土倉 巾着岩

遠くに見える半島は綾里崎。

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大浜から見える男島、女島。手前は、その昔、トドが岩の上で休んだと言われている海馬(とど)島

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ウミネコとオオセグロカモメとの見分け方

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雷岩と乱曝谷(らんぼうや)

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夕方、陸前高田の浜田川水門、高田松原の防潮堤を見に行きました。

沼田屋さんに戻り夕食。気仙地域の年末・年始の伝統食「ナメタガレイの煮付け」を美味しくいただきました!



明日は、「帰省ラッシュ」の真っ只中、新幹線を乗り継いで、長野で一人暮らしをしている義父のところへ行きます。

2016-11-24

NHK「きらり!えん旅〜岩手・大船渡から陸前高田へ〜」(2回生)

 先週の2回生ゼミでは、NHK「きらり!えん旅〜岩手・大船渡から陸前高田へ〜」を見て、感想を出し合いました。

宇野

 岩手県の気仙地域でお茶が栽培されていた。

 お茶といえば京都だと勝手な想像をしていたが、東北でも手間をかけて作られていることを知った。

 気仙茶を作るのにはたくさんの手間が必要になる。

 気仙茶は、自らが飲むために作っているお茶であり、女性ばかりが集まって家族など同じ地域の人のために栽培しているため、より親しみのあるお茶であり、お茶を作ることによって周りの人との交流も深まる。

 気仙茶は、普通のお茶よりも「荒っぽく、味が厚く、深い」。

 気仙茶は2時間も揉んで作る。

 長時間かけて揉むことで、深い味に出来上がるのだろうか。

 長時間かけて揉むことで、たくさんの思いが込められているのだろうか。

 森山良子さんの歌詞はどれも心に響いた。

 明日に向かうほど 近くなる昨日がある

 忘れないで 思い出はどこにもいかない

 簡単には理解できない。

 だからこそ考えていきたい。

 いつまでも忘れない気持ちを常に持ちながらも、未来へ向かうことの大切さが込められているのだろうか。

 地域の人びとにとって、気仙茶は大事な特産物。

 震災が起きてから、気仙茶はしばらく栽培も収穫もできなくなっていたが、またもう一度、一からひとつのことに向かってみんなで取り組むことの大切さを学んだ。



上野

 先祖代々守り継がれてきた伝統のある気仙茶の存在は、地元の人々にとっての大きなエネルギー源なんだと感じました。

 気仙の人々は、東日本大震災によって、家族はもちろん親戚や友人、家、そして田畑など多くのものを失いました。

 そのような中でも、気仙茶の存在があるからこそ、気仙の町は明るくなり、人々の笑顔につながっているのだと思いました。

 映像の中で、森山さんと気仙茶の会の方々が一緒に手もみでお茶を作っているときの、あの笑いの絶えない空間に、私は、とても温かい気持ちにさせられました。

 丹念に人の手でお茶を揉むことで、お茶を飲んだ時に家族との色々な思い出や、様々な感情が溢れてくると思います。

 もし私が気仙の人々だったなら、家族を思い出すお茶を飲むことは辛いです。

 もう一緒に作ったり、飲んだり、笑ったりすることが出来ないのだ思うと、私は気仙茶を飲むことが出来ません。

 しかし、コンサートで森山さんが歌っていた歌の中で、

 明日へ向かうほど 近くなる昨日がある

 忘れないで 思い出はどこにもいかない

 忘れないで ぬくもりはどこにもいかない

という歌詞を聞いて、私は胸がとても締め付けられました。

 そして、家族との思い出がたくさん詰まった気仙茶を飲むことによって、家族と過ごした大切な時間が今の自分の生きる源になるのだと、歌詞が私に伝えてくれたように思いました。

 気仙の人々は気仙茶と共に生きていくのだ、と今回の映像を見て思いました。

 そして、地元の人々に愛され、どんな苦難に陥っても大切に受け継がれてきた茶文化に、地元の人々の強さを感じました。



松本

 日本の北方で栽培されているお茶がなくなる危機にあるというのはとても悲しいことだと思います。

 それをなくさないように活動している伊達ゼミはやはりすごいと実感しました。

 昔からの製法で、湯がいたり、手揉みしたりと、手間のかかる作業ですが、だからこそ、そこに価値が生まれるのだと思います。

 それが、津波が原因で存続の危機に立たされているというのが、なんとも悔しい気持ちにさいなまれます。

 海沿いの松原も同じです。

 奇跡的に一本だけ残った一本松は、津波に負けない「気」のようなものが伝わってきました。

 苗木を育てていた現地の人たちは、とても長い目で町の復興と松原の成長を楽しみにされていました。

 その中で大事なのは、「松が成長する50年後には私たちはいない。見届けることができない。若い人たちに任せるしかない。」とおっしゃっていた点です。

 そこには、最後まで面倒を見きれない悔しさと、これからの東北復興への期待、若い人たちへ託す思いが伺えます。

 大震災の後、たくさんの人がその土地を離れても、諦めずに復興をリードしてきた人がずっと居続けるわけではなく、いつかはいなくなってしまうということを実感させられる言葉でした。

 震災や津波の影響でなくなりつつある文化や伝統があります。

 北限のお茶もその一つです。

 一度消えてしまってからでは、再復活するのは大変です。

 その規模は縮小してでも絶やさないことが重要で、そのお手伝いができればとの思いで伊達ゼミを選んだので、今は、その期待感が高まっています。


山本

 気仙茶をはじめ、今まで色々な東北の方々の話を聞いてきて、やはり東北の皆さんの団結力、諦めない力、やっていこうという前に進む力がすごくみなさんにみなぎっていることを。

 水野さんは気仙茶を作り続け、気仙茶が復活した時の水野さんを見て、とても喜んでおられるなと思う。

 それだけ気仙茶に気持ちを込めて育ててこられた水野さんの気持ちが伝わってくる。

 聞き手も、ウンウンと、水野さんの気持ちをあげるようにしないとダメだ。

 気仙茶を通して、人と人とのつながりがあり、気仙茶が復活することで、みんなとの輪も厚くなっていく。

 水野さんは「気仙茶は家族のためのお茶だ」と言っていた。

 「気仙茶を飲んで行きなさい」と、何度も、口癖のように語っていた。

 それだけ、常に水野さんにあるのは気仙茶だ。

 森山良子さんが「被災地を訪れてエネルギーをもらった」とおっしゃっていた。

 確かに私も、ビデオを見ていて、たくさんの勇気をもらっている。

 私が水野さんの立場にいたら、そんなにも前に進もうと力強い気持ちは持てていないだろう。

 1つのことをまたみんなでもう一度取り組むことの大切さを学べた。

 気仙茶にそれだけ気持ちをのせていた分、みなさんもあれだけ楽しそうに作れたのだと思う。


後藤

  「繋がりを作るお茶」

 陸前高田で作られるこのお茶は、私たちが普段飲んでいるお茶とは違い、特別なお茶だと感じた。

 陸前高田のお茶は、手もみで作られている。

 摘んできた茶葉を、湯どうしし、茹でた茶葉を専用の道具と素手で擦ったり揉んたりする。

 そして、炭火で乾燥させる。

 手で揉むことによって、苦味や渋み、甘味までかもしだされるという。

 昔ながらの伝統だ。

 こういった作業は、各家庭や、近隣どうしでなされている。

 一緒に作業をしたり、作ったお茶を飲む時間を、陸前高田の人たちは大事にしている。

 このお茶は、家族、近所の人たちを繋がらせることから、「繋がりを作るお茶」だと言われていた。

 DVDを見て、とても素敵だ、暖かいと感じた。

 昔ながらの伝統を、今も引き継いでいることも大切だが、人との繋がりを一番に想っているからだ。

 震災前から過疎化が進んでおり、震災によって亡くなったり、他県へ移動したりと、より人口が減少している街にとって、人との繋がりは何よりも大切なものだと知った。

 これは私の想像でしかないが、震災に合い、様々な困難と苦労を経験し、様々な援助を受けた人たちは、暖かい心を持っているのだと思う。

 自分のことより、他人を一番に考えている。

 DVDでも、陸前高田の人は、森山良子さんが訪れた時、感謝の気持ちを行動で表していた。

 私も、お茶に触れるとともに、暖かい心にも触れていきたい。



中村

 森山良子さんが、津波の被害にあった陸前高田に行く映像を見ました。

 そこには、津波に流されなかった松(のレプリカ)がありました。

 また、高田松原のDNAを継ぐ苗が育てられていました。

 それらの苗は、若い人たちに松を残してあげたいという思いと、これから復興していくための象徴にしようという思いで植えられていました。

 そんな苗の中に特別な苗がありました。

 なぜ特別かというと、現在は栃木県在住の男性が高田松原の松ぼっくりを拾って帰り、そこから盆栽として育て、震災後、復興の一助になればと送ったものでした。

 陸前高田の方がそれを受け取った時はものすごくうれしかったと思います。

 お金では買えない、大切に育てられた松が帰って来て、人の温かさで涙が出るほどうれしかったと思います。

 次に森山さんが向かったのは、気仙茶を作っている古民家でした。

 気仙茶は、北限茶とも呼ばれ、その目的は、商売用ではなく、家族や近所の人達とお話ししながら楽しく作り、その後ゆっくりお茶を飲みながら井戸端会議をするためのツールでした。

 津波でたくさんの人が亡くなり、多くの家が流され、なかなか以前のようにみんなで集まりにくくなっていました。

 ですが、ひとりのおばあさんが声をかけ、もう一度集まり、お茶を摘めるようになりました。

 また、いつもの皆の顔が見れてほっとしたと思います。

 そして、以前のように、頻繁に集まることはできないかもしれませんが、みんなで楽しくお茶を作り、お話ししながらお茶会をしたいと思ったと思います。