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Making of Ryukoku-cha

2012-09-10

陸前高田合宿 (4) 津波の被害をうけた茶畑の再生

 9月5日(水)、合宿2日目の気仙茶班の活動を報告します。

概要 

 この日のメインの作業は、津波の被害をうけた小友町の茶畑の再生作業です。

 今日も、「気仙茶の会」やNICEの皆さんと一緒に作業します。


 朝9時に矢作町の鈴木旅館をバスで出発し、気仙町・福伏の船着き場ちかくで漁業班メンバーを降ろし、10時前に、米崎町のマイヤで皆さんと待ち合わせ。

 その後、気仙茶の会の菊池会長、前田さんの車と、そして、急きょ、本日の作業に参加されることになった小野さんの車に分乗し、現地に向かいます。

(小野さん、ありがとうございました! おかげ様で、ゼミ生全員が快適に移動でき、小回りのきかない大型バスの駐車場やUターン場所の確保に悩まされずに済みました。)



(1) 米崎町にある気仙茶の茶園

 小友町での作業に先立ち、まず、「気仙茶の会」の方々に、米崎町にある畦畔茶園に連れて行ってもらいました。

 米崎町の茶畑で、「気仙茶の会」の菊池会長や前田さんから、「典型的な気仙茶のカタチ」についてのレクチャーをいただきました。

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 この茶畑は、8月3日と4日に、「気仙茶の会」とNICEさんが、ツル取りや、例の改造中刈り機を使っての剪定作業を行いました。

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 「気仙の畦畔茶園は、江戸時代から連綿と続いてきた在来種の茶畑で...」と、学生にアツく説明する前田さん。

 上の写真の奥のほうまでず〜っと続いています。

 合計300メートル分はあるそうです。

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 茶の旨味を増やすための被覆作業や施肥を見慣れている私達にとって、「自由放任主義」の気仙茶の茶畑は、とても新鮮に映ります。

 気仙茶の会・佐藤さんの「とくに肥料なんかやんなくても、在来種の樹は元気なんだよな〜」との一言に、考え込んでいる様子の永井さん。

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 畦畔茶園にそって、ずーっと奥のほうまで歩いていくと、リンゴ園に挟まれる形で茶の樹が育っていました。

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 「葉っぱを手に取って、香りを確かめ、実際に樹に触れて、自分の五感で、在来種の茶の樹のチカラを感じてみてください」と前田さん。

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 枝をかき分けてジックリみても、京都・南山城村の茶園とも、気仙町のKさんのヤブキタ茶園ともちがう、樹や葉の「勢い」を感じます。


(2) 小友町の、津波の被害を受けた茶園

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 周囲の風景

 ボランティアの方々が植えたコスモスやヒマワリが、元気よく咲いていました。

 向こうに海が見えます。

 あそこから、そして反対側からも津波がやってきて、このあたり一帯が浸水したそうです。

 国土地理院「浸水範囲概況図」より転載いたします。

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 赤いところが浸水地域です。

 陸前高田市の『復興計画』・「地区別計画(小友地区)」はこちら(陸前高田市のHP)を参照。

 なお、陸前高田市の『復興計画』「第1章 復興の重点計画の推進」には、下記の記述があります。

「小友浦地区・干拓地の干潟再生

(整備方針)

小友浦干拓地域を干潟に再生し、オートキャンプ場モビリアや市民の森と連携した体験型・滞在型観光拠点に活用するとともに、関係機関と連携した新たな交流拠点の整備を推進します。

(整備目標)

・ 小友浦干拓地の干潟の自然再生が図れるよう前浜の形成と干拓堤防の整備を促進します。

・ 干拓堤防背後地は、多目的広場や公園、産業用地としての活用を図ります。」




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 菊池会長のご挨拶や作業内容の説明の後、草刈り機、ヘッジトリマー、中刈り機、剪定バサミ、カマなど、それぞれの道具をもって茶畑に向かいます。

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 畑の持ち主の方は津波でご家族を亡くされたのだと、前田さんから伺いました。


 以前、小友町に住んでいたことがあるという「気仙茶の会」の方は、「向こうの道路から、ここの茶畑がよく見えた」と教えてくださいました。

 津波で浸水し、今は雑草が伸び放題になっている陸前高田の大地。

 茶畑の風景がほんの少しでも蘇ることで、被災者の方々の、ほんの小さな「心のよりどころのひとつ」になってくれたら。ほんの「ひとつ」でよいから。。。。

 そんなことを考えながら、剪定バサミをとりました。

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 樹の根元の雑草や笹をとっていると、口のあいていないムール貝や牡蠣、ビニール、網、衣類の切れ端などがたくさん樹にからみついていました。

 津波の爪痕。

 

 静かに手を合わせます。


 そして、根元から新しく出てきた枝を傷つけないように、ていねいに、ていねいに、その周りの枯枝、ツル、笹などを取り除いていきます。

 新しい命が、少しでも育ちやすいように。

 それが、今の私たちにできる精一杯のこと。



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 笹やツルを取った後、中刈機で剪定していきます。

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 菊池会長から「そんなに力まかせにハサミ入れてもダメだっぺさ。斜めにハサミ入れるんだ。斜めに」とアドバイスをいただきました。

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 たしかに、会長のアドバイスのとおり、斜めにするとよく切れます。

 さすが、ベテランりんご農家 !

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 津波を被って枯れた枝の根本から、実生から育った新しい樹がすくすくと伸びてきています。

 3月11日の津波の後に出てきたのでしょうか。

 「大きくなあれ」

 そして、この樹が大きくなる頃には、陸前高田の街が復興していますように。

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宗さんのレポート

活動2日目

 鈴木旅館で、2日目の作業にそなえてしっかり睡眠をとり、朝すがすがしい気持ちで2日目を迎えることができた。


 2日目は小友町の茶畑の再生作業を行った。

 小友町に行くまでに、陸前高田で一番最初に茶の樹が伝わった茶畑があるという場所に連れて行ってもらった。

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 米崎町のこの茶畑は、普段見る茶畑とは違い、まっすぐ続いている茶畑だ。

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 茶の樹の幹をみると、太く縦に大きく育っている。

 この茶の樹は、二百何十年も前から続く在来種の茶畑だそうだ。

 初めて見る大きさの茶の樹に、ここまで伸びていくものなのだと驚いた。

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 また、この茶の樹を挟んでりんごの樹がたくさんあった。

 りんごだけでなく、ブルーベリーなども栽培されていた。

 「ボランティア合宿(1)気仙茶の剪定作業」のブログでも述べた通り、ここ陸前高田では、茶の樹と一緒に、他の作物も栽培している。

 やはり、自家用茶にするからこそ、このように両立ができ、お茶も他の作物も一緒に味わえるのはとてもうらやましいと感じた。



 そして、この日メインに活動する小友町の茶畑へ向かった。

 この茶畑は、両側から津波が押し寄せられ、被害にあった茶畑だった。

 茶の樹が白くなっていて、これも津波のためだと感じた。

 1日目と同様、最初は茶の樹を中刈りして、後から細かいところは刈っていく。

 1つ違ったのが、津波による塩害により枯れてしまったところがあるということだ。

 この枯れてしまった樹は、白くなり、太くてもパキッと折れる。

 折れた断面をみると、色が白くなっていて、もう生きてはいないことが分かった。

 前田さんに、「可哀想だけど、こういう樹は折ってしまおうか」と言われ、悲しかったが、新しく出ている芽を見せてもらい、この芽のためにもたくさん養分を吸わせてあげようという気持ちになり、作業を続けた。


 作業をしていると、茶の樹に絡まったネットを見つけた。

 なかなか取れずしっかりと茶の樹にからまっていた。

 このネットは、「恐らく漁業に使われたものだろう」と菊池会長が教えてくれた。

 先に進むと、今度は、養殖に使うような段違いのネットが見つかり、そのそばには、ホタテ貝にくっついた牡蛎の殻が見つかった。

 津波で流されてきた物がそのままこの茶畑にあり、震災からこの茶畑は手入れされていないとわかり、「私達の手で再びきれいにしよう」と強く思った。

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 作業2日目ともなると、効率よく作業でき、あっという間に綺麗になった。

 私は、途中でお腹が痛くなってしまい、前田さんに気にかけてもらっていて、作業が終わった時に菊池会長に頼んで家まで車で連れて行ってくださった。(私が連絡をしなかったため、皆さんに迷惑をかけてしまいました。すみません。)

 急だったにも関わらず、菊池会長の奥様はお手洗いを貸してくださった。

 ありがとうございました。


 その後、他のメンバーも会長宅に到着し、少し休憩させていただき、なんと、■■■までいただいた!

 気仙茶の会の方が差し入れてくださった■■■!

 会長と奥様が、調理してくださった。

 今まで、■■■は好んでは食べなかったが、この■■■は、と〜っても美味しかった。

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 雨も降り出し、私達の作業が終わるのを待っていたかのようだった。

 二日間あっという間で、まだまだ作業を続けたいという思いでいっぱいだった。

 今回、「中切り」という選択をし、不安でしかたがなかったが、これだけの人の思いが詰まった作業だったので、茶の樹もきっと元気になり、可愛い新芽を出してくれるのではないかと思う。

 そして、私達のために仕事を休んで差し入れを持って茶畑に来てくださったKさん。

 面白くて、皆に的確な指示を与えてくださった菊池会長。

 急にお邪魔しても笑顔で迎えてくださった奥様。

 常に笑顔を絶やさず、皆に親切で、お茶を大切に思う気持ちを教えてくださった前田さんご夫妻。

 なれない作業を教えてくださったり、私達を明るく迎えてくださった気仙茶の会の皆さん。

 楽しい雰囲気づくりができて、作業もきっちりこなすNICEの皆さん。

 今回も、素敵な方々に出会えて、本当に良かったと思う。

 そして、またこのメンバーで集まり、新茶のお茶摘みがしたいと強く思った。

 その日まで、私達にできることは積極的にやっていきたいと思う。


 そして、今回思ったことがもう一つある。

 私達がこれから京都にいてできることの一つとして、茶の樹の状況を見て、今お世話になっている京都・南山城村の木野さんにアドバイスをもらうことである。

 しかし、今回、Kさんや気仙茶の会の方々と関わって、皆さん、茶の樹を大切にしているのはもちろんだが、私たちが京都でいつも見てきたような「常にお茶の樹の面倒をみている」のではなく、「茶の樹とともに、自分のペースに合わせて暮らしている」のが陸前高田なのだと感じた。

 それに合わせて茶の樹も成長していて、気仙茶は成り立っているのだなと思い、これからずっと関わっていくためには、私達も同じペースになって、気仙の茶の樹を見ていくことが大切だと思った。

 今回の合宿でも温かい人達に出会え、実際に現地に行かないと感じることができないようなことも感じられた。

 来年もぜひ陸前高田に行きたいと思う。

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 雨の中、最後まで見送ってくださった菊池会長、前田さん、佐藤さん

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 お世話になりました!

 また来ます!


(文責:宗)

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田辺くんのレポート

合宿2日目

 気仙茶が初めて伝わったといれる茶園へ。

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 前田さんから説明を聞き、200何十年経った今でも未だに新芽を出すお茶の樹に生命力の強さを感じた。

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 この日の作業は、津波が被った小友町の茶園。

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 昨日よりもゼミ生も増え、作業も楽だろうと思っていたが、ツタが思った以上にからまっており、棘の着いたものが多く、無心にツタ払いをしていると、気づけば腕が擦り傷だらけになっていた。

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 お茶の樹は、上のほうの枝は完全に枯れており、中刈機で、ある程度背を低くすると、下のほうに茶葉が見えた。

 よく見ると、枝からではなく、根から新たに出てきていたので、お茶の樹も「何とか生き残れるように、新しく根から芽を出すことを選んだのであろう」と思うと、何とも言えない気持ちになった。

 ボロボロになった衣類など、津波の痕がそのまま残っており、前田さんから「まだ当時から手つかずで、ここの所有者の方も家族を亡くされてしまったので、手入れするにも難しい」と聞き、言葉には表せられない気持ちがこみ上げてきた。

 作業後、きれいになり必死に生きようとしているお茶の樹を見て、元気をもらえたような気がした。

 このお茶の樹達が、また元気に芽を出し、収穫できる日が来るのを見届けたい。

◎感想

 今回は2日とも気仙茶に関わり、とても貴重な経験をすることができたことや、現地の方々と一緒に作業できたことが本当に嬉しかったです。

 今回、「商品としてのお茶」ではなく、「先祖代々受け継がれてきた生活の一部となっているお茶」の姿を見ました。

 また、日頃から作業で多くのお茶の樹たちと触れあっていたので、少しは気仙茶の樹達の気持ちがわかり、作業ができたような気がします。

 来年、可愛らしい新芽が芽吹くのを楽しみに願っています。

 今回の合宿では、現地の方々の優しさや強さにも触れることができ、本当に色々お世話になってしまいました。

 一緒に作業したり、ご飯を食べたり、休憩したりと、短い時間ではあったが、同じ時間を過ごすことができて、嬉しかったです。


 「伊達ゼミ生だからやる」のではなく「伊達ゼミ生であったからこそやる」と、たとえゼミ活動が終わったとしても、関わり続けたい、と心から思いました。

 就職活動を早く終わらせ、絶対来年もまた一緒に作業がしたい。

 「本当に伊達ゼミにはいってよかったな」と改めて思った合宿でした。




(文責:田辺)

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中西さんのレポート

私は、1日目はお茶っこ班、2日目、気仙茶班の作業に参加しました。

伊達先生から「いつもの茶畑のイメージは捨てるように」と言われていましたが、私は「捨てろと言われても、いつものイメージ以外思い浮かばないしどうしたらいいのだろう…。」と思いながら作業に参加しました。

本当にいつものイメージは捨てるべきでした。

伊達先生すみませんでした。


茶の木にはたくさんの雑草がおおい茂っていて、茶の木が見えないぐらいでした。

でも、雑草があろうが、茶の木は力強くそこにあり続けていることに、驚きと感動を感じました。

根本もしっかりしているし、本当に生命力がすごいなあと思いました。

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茶の木の雑草を取ってから木を刈っていくのをみると、すごくさみしい気持ちになりました。

すごくさっぱりしてしまって、そんなに深く刈るのを見たのは初めてだったので、衝撃的でした。

でも、みなさん「大丈夫」と言っておられて、根本もしっかりしているし、改めて、強さを感じました。

雑草を抜いていると、津波で流されてきた生活用品や布切れ、廃材などがたくさん、茶の木に引っかかっていました。

今でも、ここまで津波が来たことが信じられない。

茶の木の間から取り除いていきました。

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でも、津波をかぶっても、茶の木は生き残り、こうして生き続けている。

そう思うと、この茶の木を守るお手伝いが少しでもできればと思いました。

この再生活動に携わる人が少しでも増えればいいなあと思いました。




作業に慣れていない分、ご迷惑になったところもあったかもしれませんが、この作業に参加できたことに誇りを持ちたいです。

みなさんで力をあわせて一つのものを守ろうとしている姿は、とても頼もしくて、私たちも、もっともっとできることをしなくては、と思いました。

今回は1日だけの参加となり、少ししか携われませんでしたが、気仙茶の今の状況を自分の目で確かめることができ、私自身の中でも気仙茶の存在が大きくなった作業でした。



今回の合宿では、さまざまな方たちが時間を割いて、我々に力を貸してくれたことから成功したのだと思いました。

夕食の際もたくさんもてなしていただいて、申し訳ない気持ちと感謝ばかりでした。

NICEの方々は長期的に滞在し、私たちよりも多くの活動を行っておられて、本当に感心するばかりでした。

この活動を終えて、多くの人々と出会い、さまざまな考えに触れることができて、自分自身の考えをまた見直すことができたように思います。

震災の問題については、知れば知るほど、わかればわかるほど、わからなくなることばかりですが、それでも考えることはやめちゃいけないと思いました。

この合宿で感じたことを大切にします。

(文責:中西)

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岡嶋くんのレポート

 9月5日、津波の被害を受けた小友町の気仙茶の茶畑の剪定・除草作業を行いました。

 小友町の気仙茶の茶畑は、2方向から津波の被害を受けた、ほとんど手入れをしていない在来種の畦畔茶園でした。

 幅も高さも、昨日剪定したKさんの茶畑比べると、はるかに大きいように感じました。

 剪定・除草作業を行い、茶畑再生をめざす。

 まずは、気仙茶の会の菊池会長と佐藤さんが、大まかに雑草を除去。

 今日も僕たちは、中刈機隊として出陣。

 小友町の茶畑は、在来種で、枝が太い。

 中切り機の刃が通用しないところもある。

 田辺君、有光君に加え、今日は岡本君も中切り機隊に加わる。

 4人で支えて押すようにして進む。

 本当に足場が悪く、茶の樹の背たけが高いため、刈るだけで一苦労。

 茶の樹の下には、津波で流れてきたであろう破れた衣類、プラスチックの破片が散乱していた。津波の傷跡を垣間見た。

 最後は、自分の手で剪定バサミを使って葉を落としていく。

 ほとんど「台切り」と呼べるくらいまで、枝葉を落としていった。

 根元の太い枝を切る際、剪定バサミの刃がなかなか通らない。

 津波を受けてもしっかりこの地に根付いていた幹。

 軽い力じゃビクともしない。

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 菊池会長が「斜めに刃を入れるんだ、そのほうが切りやすいべさ〜」。

 言われたとおり刃を入れると、硬いが、確かに切れる。

 りんご農家の知恵なんだなぁと思った。

 ガソリンの掛けた布でスズメバチの巣を退治するなど、菊池会長は、エネルギッシュで本当にすごい人だなぁと思いました。

 今日で手前の一列を終わらせることが出来ました。

(感想)

 色んな人に今回もまた元気を頂きました。

 気仙茶には気仙茶の在り方がある。

 それは宇治茶や静岡茶とはちょっと違う気がします。

 前田さんは

「ご先祖様の植えた気仙茶の樹と一緒に暮らし、のんびりとお茶を作って飲む暮らしが再び戻ってくるといいな」

 と、親睦会のときに言っておられました。

 震災から1年と半年。

 この先、気仙茶がどういう方向に進んでいくかは、これから、気仙の方々がそれぞれ選んで決めていくことだと思う。

 僕らは、その方向に少しでも力になれたらいいな、と思っています。

 地元の方が地元の資源を守っていく。

 僕はこれからの気仙茶を見守っていきたい。関わって行きたい。

 Kさんを始め、気仙茶の会の皆さん、そして前田さんに再び会いたいなと思っています。

 関西とは違う、現地のゆっくりとした時間に触れることが出来た2日間でした。

(文責:岡嶋)

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 小友町の畑で。

 お昼休憩

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奥野さんのレポート

二日目は気仙茶班の方に合流し、気仙茶の会の皆さん、NICEの皆さんと、小友町の津波の被害を受けた茶の木の刈り込みを行った。

初めに、米崎町の畦畔茶園で、前田さんが気仙茶についてのお話を詳しく話して下さった。

200何十年も前からそこに生き、種が落ち自然に育った木以外は根の部分は昔から変わらないそうだ。

手を入れ過ぎず、自然に育った茶の木は勢いがあり、本当に強い生命力を感じさせられた。


その後、作業をする小友町まで移動した。

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まず、鎌や手で雑草を抜きながら、中刈り機で刈れるところまで刈りこみ、その後は手作業でさらに雑草を除いたり、枯れた枝を剪定鋏などで切ったり、手で折ったりしていった。

枯れた枝や幹は、太いものでも少し力を込めれば簡単に折れるものが多く、少しねじったりしながら折るように、と教えて頂いた。

こんなに深く刈ってしまっても平気なのか、こんなにたくさん折ってしまっても大丈夫なのか、戸惑いながらの作業だったが、茶の木の生命力を体で感じながら、未来に繋がることを信じて、思いを込めて作業した。


茶の木には、津波で流れ着いたものも、たくさん引っ掛かっていた。

カキやホタテの貝殻、養殖に使う網を見て、津波がどういうものだったのか、また改めて実感したように思う。

今回の剪定によって、生き残った茶の葉たちが強く元気に育ってくれることを、心から祈りたい。

(文責:奥野)

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奥田くんのレポート

2日目は気仙茶班に合流して、気仙茶の会の菊池会長や前田さん、NICEのメンバーらとともに茶畑の刈込の作業をお手伝いさせていただいた。

(1) 米崎町の茶畑

作業する茶畑に行く前に、気仙茶のルーツと言われる茶畑にお邪魔させていただいた。

そのとき見せていただいた茶畑は、およそ250年前に気仙の地に植えられたという。

それから現在に至るまで育ち続いているのだが、この茶畑は、頻繁には剪定なども行っておらず、茶の花が実となって次々に新しい芽を出していく。そういった形で長い間にわたって、気仙茶を作り出してきた。

また、この茶畑では肥料などを使っていないためか、普段作業している南山城の茶畑と比べて、茶の香りがあまりしなかった。

この茶畑は、津波の被害を受けることはなかったそうだが、昨年は、ほとんど手を付けることができなかったらしい。

しかし、手をいれていなくても気仙茶は生きることを続け、新しい芽を出し続けている。


(2) 小友町の茶畑

合宿の前から先生に「普段作業している茶畑とは全然ちがう」ということを聞かされていたので、それなりに覚悟を持って臨んでいたが、今回見た光景は、想像をかなり超えていた。

津波がやってきたと思われる海がそこから見え、周りには、更地が広がっている。

そして、一見するとどこに茶畑があるのかがわからないぐらい雑草が生い茂った中に、気仙茶の樹が埋もれて存在していた。


まず初めに行った作業は、茶畑に覆いかぶさっているツル、笹、雑草を除去する作業。

この雑草は、深く、量も多いので、まずヘッジトリマーで表面を刈り取ってから、カマや剪定ばさみを使って徹底的に取り除いていった。


そのあと、中切り機を使用しての刈込みを経て、台切りの作業へと移った。

最初のうちは、「こんなに深く切り込んでも大丈夫なのか」という葛藤も少しあったが、この作業をやらないと気仙茶は復活しない。深く切って新しい茶の樹が生存しやすい環境を作るのだと意識すると、思い切り刈りこんでいくことができた。

剪定ばさみを使って枝を切っていくのだが、根元近くの部分や太い枝などは、とても力が必要で、何度も挟み込まなければ切ることができなかった。

菊池会長のアドバイスで、斜めに鋏を入れたらラクにできるということを知ると、以前よりはあまり力を入れずに切ることができるようになった。

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作業をしている中で驚いたのは、津波の傷跡が生々しく残っていること。

茶畑の中のごみや雑草を除去していくと、普段そこにあるはずのないものが多く紛れていた。

大きな布切れや何かの金属片。

非日常的な光景があちこちに散らばっていた。

津波のすさまじさ、この地域に及ぼした影響の甚大さを感じた。


作業は3〜4時間ほどで終わってしまった。

とても短く感じた。

できれば、もっと長く作業して、力になりたい、そういう思いもあった。

菊池さんら気仙茶の会の方々は、こうした作業を7月あたりからやっておられるそうだ。

今回のような短期的なものではなく、長い期間を費やして気仙茶を復活させなければならないのだ。

 

1日目の終わりには、菊池会長、前田さんをはじめとする気仙茶の会の方々、米崎町の自治会の方々、そしてNICEの方々と合同でバーベキューを行った。


とても印象的だったのは、菊池会長のあいさつだ。

気仙茶が津波で流されてしまったこの状況で、多くの人が活動を行っているということ。

気仙茶の復活をあきらめずに立ち向かっていること。

その言葉の中から感じることができた。

食事中、NICEの方や気仙茶の会の方々とお話をすることで、少しでも被災地支援への想いを共有することができたように思う。

今回の合宿での活動をするにあたって、「震災から1年半が経過した状況下で、自分たちがどういう活動ができるのだろうか」ということをまず考えた。

仮設住宅でお茶っこサロンを再び開催するということになったものの、最初、自分自身では、本当にこの活動が被災者の方のためになるのか、という不安もあった。

しかし、実際に現地に行って、仮設住民の方々の笑顔を見ることで、自分たちが少しでも力になれたのではないかと実感することができた。

それは、目に見える力というよりも、「時間と空間を共有してのつながり」という部分が強いが、この活動が無駄ではないじゃないことを再認識させられた。


茶畑の活動では、本当に、周りの方の支えがあって成り立っているのだということを感じた。

気仙茶の復活は、地元の方々だけの力では成り立っていないということ、NICEの方々もそうであるが、いろんな方々や組織が関わり合い、知識を共有し、支えあうことで復活へと向かうのだと思った。


自分たちの活動はここで終わりではなく、次の世代、新たな学年の伊達ゼミ生へと自分たちの活動を伝え、また同じように活動をしていくことが大切だ。

陸前高田のことを忘れないこと。

継続して支えあうこと。

自分たちのできる最大限のことをやること。

少しでも早く陸前高田の人々に日常が戻るように、続けなくてはいけない。

(文責: 奥田)

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岡本くんのレポート

今回の合宿は、現地での作業が多く、非常に濃い内容の合宿になったと思います。

現地での活動が2日間だけで、今回の合宿でもたくさんの方々とふれあうことができましたが、個人的にはもう少し残って、茶畑作業をしたいと思いました。

2日目、気仙茶班に移動し、気仙茶の会の方々やNICEの方々と作業をしました。

先ず、米崎町の茶畑に行き、しゃおしゃんの前田さんから気仙茶について、色々お話をお聞きしました。

この日の最初に見せていただいた気仙茶の樹は樹齢200年以上の樹。

肥料を特に与えてるわけでもなく、自然に任せて伸び伸びと育てている。

自然の力を感じることができるかのように、茶畑から勢いを感じました。

雑草やつるで覆われていましたが、それに負けない太い枝を持っていました。

長い間続いている樹なので、根がしっかり張っているとのことで、土留めとしても役立っている。

自然のサイクルに任せた結果と言えるのでしょうか。

ここの茶畑では、近くで果樹栽培を行っています。

果樹栽培以前は、お茶栽培にも力を入れることができていたそうですが、現在では果樹栽培がメインになり、お茶栽培は徐々に縮小されてきた、とのこと。

しかし、完全に消えたわけではない。

この長く続いている気仙茶を、今後も現地の方に親しんでもらいたい。

そう思いました。


そしてその気持ちを持ちつつ、小友町の茶畑で作業をしました。

ここの茶畑は津波の被害を受けており、雑草が生え放題の状態で、最初は茶畑とはわからないぐらいでした。

津波により、漂流物がたくさん茶の樹に引っ掛かってました。

泥だらけの子供服を見たときは、何とも言えない悲しい気持ちになりました。

茶畑の周りではひまわりとコスモスが植えられており、夏と秋を同時に感じることができました。


始めに、雑草やつるを取る作業から始まりました。

茶畑再生のため、深く剪定しなければいけないのですが、まず、お茶の樹が見えるまで、雑草やつるを取り除きました。

作業が進み、お茶の樹が見えてくると、今度は中刈り機を使って作業を進めました。

しかし、茶の樹が太く、なかなか思うように進みませんでした。

手作業でも樹の枝を切っていきます。

終始、茶の樹に申し訳ないと思いながらも、「また、以前の生活に戻れるように」、「以前のようにお茶を飲めるように」、そう考えながら作業をしました。

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作業が終わった後は、気仙茶の会の会長である菊池さんのお宅にお邪魔させてもらました。

お忙しい中、おもてなしをしてくださいり、非常に感謝をしています。

やはり東北の方々は暖かい。


今回の合宿は、前回と同じように、たくさんの方とお会いすることができました。

仮設住宅の方々や、NPOの方々、気仙茶の会の方々、NICEの方々、本当に素敵な人たちに出会えたと思います。

お忙しい中私たちのために時間を割いていただいて、また、たくさんのおもてなしをしてくださって本当に感謝しています。

これからも、現地の方々が元の生活に戻れるように、微力ながらお手伝いさせていただきたいと思います。

(文責 岡本)

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有光くんのレポート

 二日目の活動の前に、気仙茶の会の前田さんが、米崎町で、二百年以上の歴史がある茶の樹を見せてくれた。

 現在はあまり管理がされていないらしいが、太い幹がとても特徴的だった。

 茶の樹の周りには、果物も栽培されており、そこで色々なものが栽培されてきたことがわかった。

 そして、そこから車で小友町の方の茶畑へと向かい、除草と刈り取りを行った。

 京都を出発する前に写真で見ていたが、その風景は「茶畑」と呼ぶには難しいものであった。

 実際その場所に到着はした瞬間は、そこが「茶畑」であることすらぜんぜん気付かないほどであった。

 言葉が出なかった。

 草が茂って、茶の樹は見えず、ただの草が茂っているだけのように見えた。

 この日は、伊達ゼミ生9人と、気仙茶の会の方々、NICEの方々と活動を行った。

 まず、茶の樹を覆っていたツルを電動の草刈り機や手バサミ、カマで刈っていき、その後、中刈り機を使って、茶の樹の上の部分を刈っていった。

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 前日との違いを一番に感じたのは、幹や枝の太さであった。そのため、中刈り機がなかなか先に進まず、刃と刃の間に枝が挟まり、動かなくなることも度々あった。

 それでも何とか、端から端まで刈りきったが、「もう少し深く切ろう」とのことで、かなりの深さまで、刃を当てて刈った。

 津波で流されてきたと思われる衣類やビニール、漁に使われるであろう道具の一部等が茶の樹に引っ掛かっているのが見え、津波被害の悲惨さを改めて実感した。

 茶の樹の中には、波や塩害などにより、腐ってしまっているものや弱っているものも多くあった。


 昼休憩を取り、そこでNICEの方々は次の活動に移動するとのことで、お別れすこととなった。

 昼休みの間、良く晴れていて、山と海と空が一つに繋がっているように見えて、とてもキレイだった。

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 昼食を終え、少し休憩をすると、午後からは、根が腐ってしまっている茶の樹を抜いたり、枝をハサミでさらに深く切ったりした。

 午後の作業はあっという間で、その後、落ちた枝や葉っぱを集め、使用した農具の回収を行った。

 訪れた頃とは全く違った景色が広がっていた。

 来た時には、ただの「草の塊」にしか見えなかったが、茶の樹は、しっかり顔を出していた。

 この風景の変わりように、達成感を感じた。

 また、その光景を見ていると、ほんとうに「また元気に育ってほしい」という気持ちになった。

 今回の合宿の二日間の活動を通して、気仙地域のお茶に対する思いが強くなり、地元の多くの人々の優しさも触れた。

 これまでは、「Kさんの茶畑をなんとかしてあげたい」という気持ちがあったが、今回の合宿を通して、他の茶畑・茶の樹も目の当たりにすることで、他の茶の樹も元気に成長してほしいという気持ちになった。

 また、現地の茶畑の状況、茶の樹の強さ、現地の人々のあたたかさを改めて知ることができた。

 今回、合宿で出会った人たちと、茶畑でまた活動したい。

(文責:有光)

                                                      •  

永井さんのレポート

 二日目は、津波をかぶってしまった小友町の茶畑の再生作業だ。


 その前に、陸前高田で一番最初に茶の樹が伝わったといわれている米崎町の茶畑を訪れた。

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 ずっと続く茶の樹。

 この茶の樹の根は200年ものだといわれているらしい。

 7年くらいに一回深く刈っているという。

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 隣にはりんごの樹がたくさんあった。

 もしかしたら、りんご園に与えている肥料が流れてくるために、今も元気で、強い樹になったのかもしれない。

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 「お茶の実がなるのは茶の樹が弱っている証拠だ」と聞いたことがあるが、そんなことが嘘みたいに強い樹、との印象を受けた。

 

 枝もしっかり太く元気だ。ここの茶の樹は苔とかは生えていないようだ。

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 これは、この茶畑でみた新芽。

 可愛らしかったので、思わず写真を撮った。

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 奥でピースをしているのがビンセントさんだ。

 彼は、前日のバーベキューで少し仲良くなって、この日もカメラを向けたらこうやってピースしてくれたり、作業中も気にかけて話しかけてくれた。

 英語が苦手な私にもわかるように、言葉を選びながら、単語でゆっくり話してくれたので、私もなんとなくわかって、楽しかった。


 剪定作業は、基本的にその日のうちに終わらせているようだ。

 この日も時間が限られているだろうに、こうやって私たちに気仙茶の歴史を教えてくださり、案内してくれた前田さん夫妻や菊池会長は、本当にいい人たちだと思った。


 200年以上ものの茶畑をあとにし、私たちは本日の活動場所、小友町の茶畑に向かう。

 この茶畑は、津波で流れてきたであろう小さい子供のくつやボロボロになった布切れ、さらには漁業で使われていたと思われるネット、甲殻類の殻が落ちていた。

 この茶畑は両側から津波が押し寄せてきたそうだ。

 塩害もひどく、茶の樹が弱っているのがよくわかった。

 私は、男性陣が中切りしやすいように、雑草ひきに徹底していたのだが、前田さんに、「弱っている樹は、残念だけど折ってしまってください」と言われ、折れそうなところは、手で折ることにした。

 あまり力のない私でも簡単にパキパキと折れてしまうほどで、津波の残した爪痕の大きさを知る。

 この茶畑では、茶の樹が見えなくなるまで伸びきったツルなどの雑草をきれいにするために、カマは手放せなかった。

 昨日作業したKさんの茶畑とは違って、足場も悪く、雑草をひくのにも一苦労だった。

 けれど、頑張ってきれいにして、樹が再生して、家族を亡くされたという持ち主の方の元気になった姿を想像して、がんばった。


 少しうれしいものを見た。枝が枯れてしまっても、根っこから新しい芽がたくさん生えている。

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 茶の樹は、枝が枯れてしまっても、根が生きている限り、死なない。

 茶の樹の生命力の強さを感じた。



 私はこの日、前田さんの車で移動した。

 その際、前田さんから、昨年春以来ずっと陸前高田の放射性セシウムの検査を続けてきた話を伺った。

 剪定しなくてもセシウムが格段に減った畑も、そうでない畑もあるという。

 「だから、セシウムを確実に減らすために、しっかり剪定をしている」そうだ。

 こうやって、気仙茶の未来のことを考えて動いている気仙茶の会の方たちは本当にすごいなと思うし、同時に、私たちにできることは精一杯やりたいという気持ちでいっぱいになる。


 改めて、気仙茶に触れて活動した二日間を振り返ってみる。

 笑顔で私達を出迎えてくれて、気を遣っていただいて、また、してもらってばかりだった。


 力になりたい。

 そう思って現地に向かうのに、逆に元気づけられる。

 日頃、せかせかと、あれをしないとだめ、これをしないとだめ、そうやって大切な何かを見落として、知らないうちに形あるものに固執してしまう自分。

 自分を置き去りに進んでいく世の中。

 何が大切なのかわからなくなる。


 けれど、陸前高田の人たちと触れ合うことで、大切なものを思い出すことができる。

 人の暖かさに触れることで、自分の今をしっかり見つめ直すことができて、生きている実感ができる。

 このように文章にしてしまうと、大げさかもしれないが、それほど深く暖かいものがここにはある。

 よそ者なのに、暖かく出迎えてくださって本当にありがとうございました。


 あっというまだった二日間。

 今回、気仙茶班として活動することができて、本当によかったです。

 これからも、ブログ等をチェックしながら、気仙茶のあり方のように、ゆっくりとしたペースで笑顔を忘れずに、寄り添い続けさせていただきたいと思います。

 そして、早く就職活動を終わらせて、ゆっくりと陸前高田に訪れたいと思いますし、来年の茶摘みに参加したいと思います。

 今回一緒に活動したみなさんとともに、気仙茶を味わえることを楽しみにして、私はこちらでやるべきことをしっかりがんばりたい。

 みなさんと出会ったことを忘れません。

 また来ます!

 絶対来ます!

 それまでお元気で。

(文責:永井)

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 合宿報告 最後の写真はやはりこれ。

 小谷園さんと「ありがとう りくぜんたかた」プロジェクトとのコラボ作品「まっ茶入り玄米茶」です。

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 こちらこそ ありがとう 陸前高田 !




 ご注文は、下記までお願いします。

◆小谷園茶舗(仮設店舗)

 営業時間 9:30〜18:00(定休日)水曜日

 電  話 0192-55-2541

 所 在 地 陸前高田市 高田町 下和野38-1

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