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Making of Ryukoku-cha

2013-10-09

陸前高田合宿レポート(3回生)〜気仙茶編 (4)

木村さんのレポート

 気仙茶の会の会長の家で、気仙茶の会、国際ボランティア団体NICE、伊達ゼミの交流会が行われた。

 バーベキューの火を囲み、お酒を飲みながら3時間、楽しい時間を過ごした。

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 バーベキューの網の上には、秋刀魚やホタテ、イカなど多くの地元で採れた海鮮が乗せられていた。

 今年は秋刀魚はなかなか採れないので高値だとニュースで聞いていたにも関わらず、大量の秋刀魚を用意して下さっていた。

 きっと、歓迎会のために奮発してくれたのだろう。

 気仙茶の会の方は、

「今年は秋刀魚が高くってねー、一匹二〜三百はするんだよ、でも脂がのって旨いからいっぱい食べろ〜!」

と言って、自分たちが食べるより先に、一匹まるごとお皿に乗せてくれた。

「食べろ食べろ!もっといらんか?」

と言って、終始気にかけてくれていた。

 本当に優しくて、人想いの方ばかりだった。

 ホタテも、私はホタテが貝に入った状態を実際に見たことが無かったため、ホタテの焼き方や食べ方を説明しながら焼いてくれた。

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 焼いてくれている間、

『まだダメ?まだ?』

と待ちきれず言うと、

「もうちょっとや、もうちょっと」

と笑いながら焼いてくれていた。

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「よし!もういいだろう!」

と、お皿に殻ごと置いてくれたホタテは美味しすぎて、

『おいしい!!!おいしい!!!』と連呼するほどだった。

 嬉しそうに私が食べていると

「美味しいだろ〜!!これがあるから俺たちは海を恨めんのや」

と、海がある方を見てボソッと言っておられた。

 とても楽しく笑顔で会話しているときでも、ふと津波のことが思い出されるのだなと思い、震災が残した心の傷の深さを感じた。


 気仙茶についても教えていただいた。

 気仙茶は挿し木ではなく、自分の実から増えていくため、横に広い根ではなく縦に強い根であることが特徴で、農薬や肥料を使わずに育てている。

 土地柄、葉の成長が早く硬くなり、害虫の影響が他より少ないため、農薬を使わないということが可能になっている。

 肥料を使うと、飲むときの香りや味はよくなるが、飲んだ後に口のなかに残る香りが弱くなる。

 気仙茶はその逆で、香りや味は劣ってしまうが、後に残る香りは強い。

 そのことを特徴にやっていきたいとも思っているが、在来種で葉も小さく、まだ量産できる段階ではない。

 気仙茶の何を最も強く特徴として押し出していくか、基盤から再構築していくことが必要で、まだまだ模索状態であると教えていただいた。

 すべてが勉強になるような多くのお話を話してくださり、そしてたくさんのおいしい海の幸やホルモンを用意して振舞ってくださり、気仙茶の会の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

 本当にありがとうございました。



 気仙茶の茶畑作業

 気仙茶の茶畑は、想像以上に草むらの中にあり、木野さんの茶畑との違いに衝撃を受けた。

 しかし、その草に埋もれている茶の木の葉っぱは艶やかで、濃い緑色がイキイキとしていた。

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 草とりをしていると、草の中から牡蠣の殻や、お茶碗が何枚も出てきた。

 海はかなり遠くに見えていて、津波によってここまで水がきて流されたということは、話だけでは実感がわかなかったが、それらの流されてきたものを見て、津波の脅威を目の当たりにした。

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 茶の木の周りの草をほとんど取り除くと、かなり茶畑らしくなった。

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 休憩には、前田さんがポットに冷たいお茶を用意してくださっていた。

 暑い中での作業の合間に飲むお茶は、体にしみ渡った。

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 みんなでお茶を飲んでいる間にも、前田さんは震災のときの話をしてくれた。

 休憩所から見える民家を指さして、その民家の軽トラックが流れたことや家のどの辺まで津波がきたかなど、当時のことを忠実に思い出して、私たちに教えてくれた。

 そのときの前田さんの表情は、前日のバーベキューのときでは一切見られなかった悲しそうな顔をされていて、その表情を見ると話がすごく心まで入ってきた。

 最終的に、周りの草をほとんど取り払った茶の木は、すごくすっきりした。

 たくさん栄養を吸収して、これからどんどん大きくなっていって欲しいと思った。

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 午前の作業の後に、茶園の持ち主の方から頂いたチョコモナカ・ジャンボの美味しさは格別で、冗談ぬきで、今まで食べたアイスの中で一番の美味しさだった。

(文責;木村)




廣瀬さんのレポート

 二日目、気仙茶の会の方々と、茶畑に行った。

 はじめに向かったのは、海から近いところで、震災のときには、二方向津波がきてこの場所でぶつかり、渦を巻いたそうだ。

 お茶の樹の周りに茂っていた草を抜いていった。

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 震災から二年たった今でも牡蠣の貝殻やガラスの破片などが出てきた。

 震災はまだまだ過去のことではないと実感した。

 海水に浸かってしまった茶の樹だったが、しっかりと葉も生え、青々としていた。

 津波に流されることなく、海水の塩分にも負けることなく成長する茶の樹は、本当に強いんだなと思った。

 このまま成長して、また以前のように、お茶が採れるようになってほしい。

 この畑は斜面にあり、お茶の畑は全部で三段あった。その間には作物を育てる畑があり、土が流れたりするのを防ぐ役割もあると言っておられた。


 前日には、歓迎会としてバーベキューを開いていただいた。

 ホタテやサンマなど、陸前高田の海の幸がほんとうにおいしかったです。

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 気仙茶の会の方々、ありがとうございました。


 午後からは竹藪の中にあるお茶畑に行った。

 竹を切り倒して下に降ろし、その竹の枝をすべて鎌を使って切り落としいく、そして竹を運ぶという作業だった。

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 会長さんは竹を使ってなれた手つきで枝をたたき落としていっていたのが印象に残っている。


 今回行った二ヶ所はどちらも商業用に作っているのではなく、あくまで個人の家で飲む用に作られているお茶。

 100年以上前から植えられているお茶もあった。

 竹やぶの中のお茶畑では、とても大きく育っていて、茶の樹がここまで大きくなることに驚いた。

 さらに元気に育ってほしい。

(文責:廣瀬)


平井さんのレポート

1日目の夜には気仙茶を守る会の方々にBBQをして歓迎していただいた。とても甘みがある大きなホタテ、脂ののった旬のサンマやイカ、ホルモン、どれもとてもおいしくいただいた。

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 ほんとうにありがとうございました。


合宿2日目は、気仙茶のお手伝いをおこなった。

 気仙茶は長い歴史があり、製茶工場がある茶産地で日本最北だそうだ。

 また、今回訪れたところは、自家用のお茶を作っていた方のところだった。


 午前中は除草作業を、午後からは竹狩りを行った。

 除草作業を行った場所は、津波がぶつかり合ったところだそうだ。

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 茶樹のまわりには、多くの貝殻が落ちており、津波の爪痕をしっかり残していた。

 津波が押し寄せたとは思えないほどのどかな風景だったので、津波の脅威を感じた。

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 しかし、津波がかぶったのにもかかわらず、茶樹は立派な葉をつけていた。また、茶樹の周りに生えている小さな茶の葉は、根がつながっていると教えていただいた。

 この茶樹は100年ほど経っているそうで、その生命力の強さに驚かされた。


 気仙茶のお手伝いをして、地元の方々は気仙茶の歴史、そして地元をとても大事にしていらっしゃると感じ、自分の気持ちが動かされた。

 その一途な思いがお茶に届き、温かみのあるお茶ができると思った。

 津波がきても地元をこよなく愛する気持ちから、もう一度そこに住み再生していこうとする気持ちが生まれるのだと思った。

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(文責:平井)

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