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粒々塾

2018-10-18

第79回粒々塾講義録

第79回粒々塾講義録
現代にジャーナリズムを問う〜テレビを考える〜

粒々塾の小林です。

8月分の講義録を送っておらず、
塾長をはじめ皆さまには大変なご迷惑をおかけしました。
本当に申し訳ありませんでした。

勝手ながら先月メールで送ったつもりでおりました。
(実際のところ送信されていませんでした。。。)

で、本題は「オウム報道に関連したことから。

日本における極刑死刑。今回の講義は、普段意識することのないこの制度の是非を考える機会となった。死刑はある意味「国家による殺人」といえる。国際的に死刑廃止に向かう流れの中、個人的には犯罪抑止力を制度の存在意義と捉えていたが、実際のところ抑止力はないそうだ。何のために死刑があるのか、死刑は必要なのか、考え直したいと思う。

今年7月、オウム真理教死刑囚13人全員の死刑執行された。通常、死刑執行は事後に明らかにされるが、今回は事前にリークされ、テレビのリポーターが今まさに死刑が行われている状況を報道する「死刑執行同時進行型報道」とも言うべき異常な形であった。しかも、執行前夜には法務大臣首相が宴会に興じていたというから、その神経を疑わざるを得ない。
【参考】https://www3.nhk.or.jp/news/special/aum_shinrikyo/

執行後、作家・村上春樹毎日新聞に「胸の中の鈍いおもり」と題した手記を寄せている。
【手記全文(有料記事)】https://mainichi.jp/articles/20180729/ddm/003/040/004000c

『一般的なことをいえば、僕は死刑制度そのものに反対する立場をとっている。人を殺すのは重い罪だし、当然その罪は償われなくてはならない。しかし人が人を殺すのと、体制=制度が人を殺すのとでは、その意味あいは根本的に異なってくるはずだ。そして死が究極の償いの形であるという考え方は、世界的な視野から見て、もはやコンセンサスでなくなりつつある。また冤罪事件の数の驚くべき多さは、現今の司法システムが過ちを犯す可能性を−−技術的にせよ原理的にせよ−−排除しきれないことを示している。そういう意味では死刑は、文字通り致死的な危険性を含んだ制度であると言ってもいいだろう。』

『十三人全員の死刑執行された』との報を受けて、やはり同じように胸の中のおもりの存在を感じている。表現する言葉をうまく見つけることのできない重い沈黙が、僕の中にある。あの法廷に現れた死は、遂にその取り分をとっていったのだ。十三人の集団処刑(とあえて呼びたい)が正しい決断であったのかどうか、白か黒かをここで断ずることはできそうにない。あまりに多くの人々の顔が脳裏に浮かんでくるし、あまりに多くの人々の思いがあたりにまだ漂っている。ただひとつ今の僕に言えるのは、今回の死刑執行によって、オウム関連の事件が終結したわけではないということだ。もしそこに「これを事件の幕引きにしよう」という何かしらの意図が働いていたとしたら、あるいはこれを好機ととらえて死刑という制度をより恒常的なものにしようという思惑があったとしたら、それは間違ったことであり、そのような戦略の存在は決して許されるべきではない。』

「平成に起きた事件は平成のうちに解決するのだ」という言葉が公の立場の人から発せられたそうだ。来年平成が終わり、新しい天皇即位する際には恩赦がある。この恩をどう取扱うかということは国家・司法にとって大変なことだが、それを避けたかったのではないか。そんな推測もできる。

オウム事件とは一体何だったのか。オウム真理教とは一体何だったのか。なぜ私たちの時代にあのような集団が生まれ、事件が起きたのか。死刑囚たちが生きていれば、もしかしたら真実を語っていたかもしれない。津久井ヤマユリ園で19人もの入所者が殺されてしまった事件があったように、こういった事件は今後も起こり得る。そのためにも、事件の真相について私たちはもっと知る必要がある。しかし、死刑囚全員の死刑執行によって私たちはその機会を永遠に失くし、真相は闇に葬られてしまった。

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現在、制度と司法の判断がある以上、死刑執行されるのはやむを得ないかもしれない。しかし、司法も判断を誤る。再審請求があちこちで出されている。死刑判決を受けながら一旦再審請求が受け入れられて釈放された袴田さんの例もある。司法という制度がどこまで完璧なのか、どこまで納得するべきなのか、どこまで信じればいいのか。

今回の推薦図書村上春樹アンダーグラウンド」。地下鉄サリン事件の被害者の家族、遺族、関係者の心情がそのままの形で綴られる完全なるノンフィクションだ。マスコミ取材する時は、端折られたり先入観を持たれたりするが、作者はそういうことをしなかった。『私の文章力は、「人々の語った言葉をありのままのかたちで使って、それでいていかに読みやすくするか」という一点のみに集中された。』と彼は本書で述べている。目次には地下鉄路線名インタビュイーの名前だけが並ぶ。この本には何の脚色もない、と示しているようで印象的だった。

本書のあとがきにはこう綴られている。
『1995年の1月と3月に起こった阪神大震災地下鉄サリン事件は、日本の戦後の歴史を画する、きわめて重い意味を持つ2つの悲劇であった。「それらを通過する前とあととでは、日本人の意識のあり方が大きく違ってしまった」といっても言い過ぎではないくらいの大きな出来事である。それらはおそらく一対のカタストロフとして、私たちの精神史を語る上で無視することのできない大きな里程標として残ることだろう。
阪神大震災地下鉄サリン事件というふたつの超弩級の事件が、短期間のあいだに続けて起こってしまったというのは、偶然とはいえ、まことに驚くべきことである。それもちょうどバブル経済が盛大にはじけ、右肩上がりの「行け行け」の時代がほころびを見せ始め、冷戦構造が終了し、地球的な規模で価値基準軸が大きく揺らぎ、同時に日本という国家のあり方の根幹が厳しく問われている時期にやってきたのだ。まるでぴたりと狙い澄ましたように。』

オウム事件が私たちに残したもの、それは「相互監視社会」だ。事件後、駅からゴミ箱が消えた。新幹線の車内を警官が見回り、「お近くに不審物や不審な人がいたらすぐ車掌に通報してください。」というアナウンスが流れるようになった。この時に生まれたものは今も続いている。

そしてまた、オウム事件はテレビにとって大きな汚点を残した。
1つは松本サリン事件。被害者の1人である河野義行さんは、あたかも犯人だというような報道をされ、テレビによる報道被害を受けた。
もう1つは坂本弁護士一家殺人事件。坂本一家が殺されるきっかけを作ったのはTBSと言われている。ワイドショー番組「3時にあいましょう」の担当者が早川紀代秀オウム幹部に坂本弁護士のインタヴューテープを見せてしまったことが原因だ。取材源の秘匿、取材テープを他者に見せないという倫理規程があるにも関わらず、それを破ってしまった。ある意味で、テレビの脆弱性がそこに露呈した。
【参考】https://ja.wikipedia.org/wiki/TBS%E3%83%93%E3%83%87%E3%82%AA%E5%95%8F%E9%A1%8C


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さて、今回の講義後半ではテレビについて学んだ。これまで幾度となく取り上げられた「メディアリテラシー」。テレビというメディアが発信する情報を読み解くためには、まず相手(テレビの歴史や構造)を知ることが必要だろう。

まず、テレビと災害報道について。先日の西日本豪雨では11もの府県に特別警報が出されていたにも関わらず、サッカーや歌番組などいつも通りの番組が放送されていた。キー局は東京にあり、東京の人間は西への関心が薄いのだ。テレビ放送のネットワークがある以上、地方局(準キー局と言われる大阪もいわばローカルだ)はキー局の番組を受け入れざるを得ないし、取材能力を持っていない。しかし、災害情報を求める被災地の人たちの目にはどう写ったのだろうか。

そして、災害被害をもっと減らすことはできなかったのか。テレビはもっと避難を呼びかけるべきではなかったか。オオカミ少年のように、市民はテレビや行政にどこか不信感を持っている。警報を信用せず、避難しなかったために被害者となった人たちも多くいただろう。ヘルメットを被ったリポーターが大げさに騒ぐだけの中継、今では決まり文句ともなった「不要不急な外出は控えてください」という言葉遣いなど、反省の意味を込めて報道の仕方は検証されるべきだろう。

テレビがどんな歴史を辿って来たか。1953年NHK日本テレビが開局し、街頭テレビの「力道山vsシャープ兄弟プロレス中継に人々は群がった。高度成長とともに普及が進み、皇太子殿下のご成婚パレード、アメリカからはケネディが暗殺された瞬間の映像が飛び込んできた。東京オリンピックが世界へ中継され、1969年にはアポロ11号月面着陸の様子が衛星中継された。カラー化が進む中、生中継された「あさま山荘事件」もテレビの歴史では画期的だった。こうしてテレビは歴史の出来事と共に歩んできた。

1953年 NHK、NTV開局
1960年 カラー放送試験
1963年 米との衛星中継
1964年 東京オリンピック衛星で世界に配信
1969年 アポロ月面着陸
1971年〜 完全カラー化へ
1989年 衛星本放送
1991年 ハイビジョン
2003年 地デジ化スタート
2011年 アナログ放送終了(被災三県は翌年)

テレビの構造について。テレビは大まかに制作と営業の2つの部署から成り立っている。民放は営業が金を稼がないと番組を作れない。昔、テレビの報道にはスポンサーが付かなかったため「お荷物」と言われていた。報道番組で初めて本格的にスポンサーが付いたのがテレビ朝日ニュースステーション」だ。電通が枠を買い取りスポンサーに売るというシステムを取ったため、電通を通さないとこの番組のスポンサーにはなれなかった。

「制作」と言ってもテレビ局が自社で制作する番組はニュースくらいのもので、大半は外部のプロダクション(制作会社)に委託している。NHKにも「NHKエンタープライズ」という別法人があり、ここがさらに外部の民間プロダクションを使っている。開局したばかりの頃は自社でドラマもやっていたが、結局はプロダクションに委託するようになり(エンドロールに出る「制作協力」がプロダクション)、外部に依存している。外部であるプロダクションが、報道番組の中で「報道とは何か?」「伝えるとは何か?」をどれだけ理解しているのか。おそらくあまり理解していないだろう。だから前述の「3時であいましょう」のような事件が起こる。さらに、持ち込み番組や通販番組といったものもある。これらは民間会社が自ら制作・パッケージ化したものを局へ持ち込むもので、これが一番問題だ。社会的・政治的な騒動を巻き起こした「ニュース女子」は、DHCの持ち込み番組である。

テレビ局には考査という部門があり、番組が放送法等に違反していないかチェックしているが、このチェック機能が弱まっている。そうでなければ「ニュース女子」のような問題は起きなかっただろう。今後、考査部門を強化し、放送番組審議会法律で局に設置が義務付けられている)できちんとした議論をしていかないと、テレビはますます劣悪なものを作りだしたり、倫理に背くようなことが行われるおそれがある。

一方、「営業」も局のみではなく広告代理店が入っている。もともとは局がやっていたがやりきれないので、それを「代理」するため広告代理店ができた。制作もやりきれないのでプロダクションが出来た。テレビはこのような厄介な構造で出来ている。

テレビと視聴率について。その時間にどれだけのテレビがついているかが視聴率であり、実際に誰が見ているかは関係がないため「猫が見てても視聴率」と言われる。民放の視聴率三冠(前日・ゴールデン・プライム)をここ数年キープしているのは日本テレビ。その前はずっとフジテレビが1位だったが、いつの間にか最下位になってしまった。

テレビでなぜ視聴率視聴率と言われるか、それは視聴率が高ければ金になるから。視聴率の高い番組に対してスポンサーは高いお金を払うため、視聴率が高ければそれだけ収入が増える。関係者が視聴率を気にするのはそのせいで、テレビ局では放送の翌朝には視聴率が出ている。

だから、局はプロダクションに対して「数字の取れるいい企画を出せ」と責める。いい企画を出さないとプロダクションは潰れる、そういう力関係の中で成り立っている。また、視聴率が取れるのは芸能人が出ている番組だ。ジャニーズ事務所など、大手の芸能プロダクションにいかにとり入るかが番組プロデューサーの仕事で、ジャニーズに強いプロデューサーは局の中で非常に優遇された。

なぜどの局の番組も、似たような内容・顔ぶれで個性がなく変わりばえしないのか。それは、あちこちの局に入りたいプロダクションが同じ企画を出し、同じタレントを使うから。『テレビの顔がない』そんな時代と言える。

政治家は非常にテレビを意識している。政治家にとって、テレビに映ることは最大の利点だ。例えば、安倍首相のインタビュー時には必ず傍に誰かがいるが、テレビに顔が出るということは、それだけでその人の評価を上げるためだ。だから、テレビに対して非常に介入してくる(安倍首相官房副長官だった時には、NHK南京大虐殺の番組を作ろうとした時にやめさせている)。

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テレビ広告には、CMの他にインフォマーシャルというものもある。番組のような形をしながら、さりげなくそこに企業宣伝を忍び込ませているもので、例えば「成功した企業の〇〇」という形で社長を番組のゲストに呼び、結局はその企業の宣伝をしている。企業にとってこんないい宣伝効果はない。見ている私たちも「テレビに出ていたから」と、それだけで信頼してしまう。

これらテレビの仕組みを気に留めておくと、テレビの見方が変わってくる。テレビ番組は作り手の様々な思惑が入り込み出来上がっている。番組のシーン1つ1つに制作側の意図があり、意識しないところにも広告が忍ばされている。その思惑を読み取るつもりでテレビに相対することも、メディアリテラシーの向上に繋がるだろう。

2018-07-10 第78回粒々塾講義録

第78回粒々塾講義録

今回の塾の冒頭、塾長は二人の学生の投稿記事を紹介してくださった。

一人は16歳の高校生。
数年前に海外旅行に行った時のこと。当時は、スマートフォンも今ほど普及しておらず、旅の間は現地の人とのコミュニケーションを楽しみつつ、いろんな情報を得ることができた。しかし、現在は困ったら何でもスマートフォンで調べることができてしまう。何気なく交わしていた現地の人との会話が恋しくなったそう。自分たちの生活は、便利になった代わりに大切なことを奪われてはいないか、という記事だ。

もう一人は20歳の大学生。
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)についているブロック機能について。
都合の悪い相手とSNS上で二度と連絡を取りたくない時など、ブロック機能を使うと、気まずい思いをすることなく、静かに縁を切れるという。これが、「付き合う人を選べる」という傲慢な感覚を人々に根付かせていると思う。伝えたかった思いは、自分の中で反芻するのではなく、きちんと相手に伝えるべきではないか、という記事。

この記事に今日の講義の問題提起と答えが詰まっている。

*映像栄えて文字滅ぶ
スマートフォンによる撮影が、誰でも簡単にできることから、ニュースに流れる映像も、「視聴者提供」によるものも多く見られる。
インスタグラムが流行り、文字で伝えるコミュニケーションは短くなり、映像の交換が主になってきている。
スピードが求められる現代、言葉で伝えるよりも、映像で自己表現。映像を見た方が一目瞭然だ。しかし、これでは考えるという作業が欠落し、文字や言葉が、日本語が、劣化の一途をたどってしまう。日本語が衰退していく悲しさ、さみしさ。これは問題だと思う。


教育現場でも、スマートフォン
保護者の間での連絡もライン。スマートフォンを介して「会話のようなもの」がされているが、それでは人間の生のコミュニケーションを失っていく。議論とは言わないが、対話が人間の生活には不可欠。

スマホには、生活に必要なもの、いや、必要以上の機能が満載されている。(買い物、銀行、電車の予約など)
悪いことではないが、良い面と悪い面がある。スマートフォンの中には、天使と悪魔が同居している。それを人間が使いこなせていない。
人は、非常に便利な機械を手に入れて、「スマホ文明」を開化させてしまった。そこに商業が入ってくる。(例:メルカリ、こどもの喜びそうなゲーム)
ユーチューバーなる職業も出てきた。ネットフリックス(動画配信サービス)などだ。

小津 安二郎の言葉にこんなものがある。
「 何でもないことは流行に従う
重大なことは道徳に従う
芸術のことは自分に従う 」

塾長曰く、小津さんの言葉を借りるならば、SNSを 敢えて「何でもないこと」と捉えるなら、流行に従うようにしようかな、排斥しないようにしようかな。なぜなら、それが現に今存在して、日本人の生活に定着した文化になってしまっているから、それをいくらあらがっても、今の時代を見る目を曇らせてしまうかなとも思う。小津さんの言葉を現代の生き方として受け入れるしかない。

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SNSにみる3つの社会現象

? 情報発信ツールとしてのSNS
  トランプ政権がその例。ツイッターで直接発信、世界はその140文字に翻弄されている。

デマも含めてあっという間に拡散される。SNSの怖さだ。
既存のジャーナリズムには真実はなく、ネットの中には真実があると言う人がいる。
しかし、デマが生まれ拡散されるのはSNSによるものだ。
それを果たして、ジャーナリズムと言えるのか?
結局は、自分たちの不満のはけ口。今の時代、大なり小なり、みんな不満とかストレスを抱いている。どうやってそれをぶちまけるかによって満足感を得ている。その表現ツールとして、SNSが発展したのではないだろうか。

? コミュニケーションツールとしてのSNS
SNSでつながる」とは、本当に繋がっているのか。本当にSNSコミュニケーションを取れているのだろうか。例えば、就職試験において、企業が求めるのは、SNS能力に長けている人ではなく、あらゆる仕事にきちんと報告できる表現能力を求めている。
  短い文章で思いを伝えることはできても、論理的にものを書くことが出来ない人は求められていない。書く能力は、論理的に筋道をたてて、物を考える力と重なる。

コミュニケーションに革命が起きたのは、1990年代半ば、つまり携帯電話とパソコンが発展してきた時代。バブルの絶頂期と重なっていた。あの時代は若者も物理的には豊かだった。ITが進化しスマートフォンの時代になった今、当時をうらやましがる若者はいない。スマートフォンもない時代=石器時代には行きたくないという。高級車がなくても、美味しいものがなくても、スマートフォンでつながっていれば良いという。

? 写真機能としてのスマートフォンのせいで…
スマートフォンのおかげで、誰でも簡単に発信できるような時代になった。そのせいで、自分が巨大な力を持ったような幻想を持ってしまう。(自己顕示欲の強い)攻撃力の高い人たちは、スマホを通じて何かを発信する。周りが同調や誹謗によって反応すると、自分は正しい、自分は世の中に影響力があると勘違いしてしまう。そして、書き込みに拍車がかかる。発言内容が過激になってしまう。

ネットメディアが台頭したことによって、フェイクニュースも出てきた。
既存のメディアはどう立ち向かっていったら良いのか。

調査報道→既存のメディアはシフトしていかないといけない。そのまま伝えるだけではいけない。チェックすることをしないと。
検証報道をしなくてはいけない。
これらには「考える」という作業が重ねられている。
ネットと同化してはならないのだ。

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*最後に
情報がは多岐にわたって溢れている現代社会で、
喧嘩し合うのはなく、意見の異なるものを排除して、自分と似ている意見に同調しているだけではダメ。メディアに対する批判は今に始まったことではない。ジャーナリズムに対して、関心がこんなに高まったのは逆説的にいえばSNSのおかげかもしれない。
あらゆるメディアに溢れる情報をどう読み込むか、ということに加えてもっともっと、新たな観点からのメディアリテラシーが必要。
もっと対話をしようではないか。

☆今月の推薦図書

インターネットが壊した「こころ」と「言葉」
森田 幸孝
(幻冬舎ルネッサンス新書)

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(今回の講義によせて)

わからない言葉に出会うと、すぐに検索してしまいます。先日、スマートフォンの電源が切れて使えなかった時も、私の頭の中にすぐに、「あ、検索すればいいや」と浮かびました。それは電気のように素早く、自分の中に走った反応でした。考えるよりも先に検索という感覚が、体に染みついている、と少し恐ろしく感じました。
スマートフォンがないと、何もできない、何もわからない人になってしまう。
冒頭の高校生と大学生の感覚は、とても人間らしく、救われる思いでした。対話を必要とすること、伝えるという事の大切さを感じられる若い人が、いつまでも多くいることを願います。それには、心の通った言葉を使って、私達自身が伝えていかなければいけないと思いました。

(石田庸子 記)

サトウナオミサトウナオミ 2018/07/10 14:18 なかなか、出席出来なくて残念です。
議事録の中に、今、私が抱える問題を見ました。
以前、lineのやり取りで、一方的に
ブロックされた経緯があり、人間恐怖症になってしまいました。
けれど、子供の学校関係者でしたので
つながりは今後もあります。
小津さんの言葉を教えていただきまして
とても、数十年前の言葉とは、思えない
言葉。
けれど、真理を言っていると思いました。

そして、先日海外に行く機会がありましたが、
あえて、スマホは使えないようにしました。
それで、良かったと思います。
議事録にあるように、現地の方とのコミュニケーションが取れ、忘れられない思い出となりました。

次回の塾、とても楽しみにしております。

2018-05-01

第77回粒々塾講義録

テーマ「現代にメディアを問う〜ジャーナリズムの向こう側〜」

前回に引き続きメディア論の続編です。

現代史の中でも、かつてないほどにジャーナリズムと言うものが問われ、試されている時代。

タイトルにて「ジャーナリズムの“向こう側”」と表記しているように、
ジャーナリズムを真正面から論じるのも良いが、少し視点を変え(斜から見て)て論じてみたい。

私たちはいまジャーナリズムに何を求め、どう位置づけるのか。

昨今の安倍政権メディア敵視や批判に対するメディアの姿勢をみても、メディアの脆弱さが露呈されているように思う。そもそも各種メディアはもろもろ課題を背負っている。テレビは放送法で縛られ、民放はスポンサーにしばられるという脆さを持っている。

またネット上ではSNS等のメディア自由な空間の名の元に情報が錯綜している。
我々は今、メディアと称するものの中で、何をどう受け止めて、何が本当なのか見極めるという
リテラシー」をさらに深く求められている。
そのリテラシーを磨く我々の頭脳は著しく弱ってきてはいまいか。

昨日正しいと思ったことが、今日はそうでないということが実際おきている。

ジャーナリズムと、どう接し、どう理解していくか、どう取捨選択していくのか
今またメディアリテラシーを再度考える時にある。

メディアの問題とは、それを受ける私たちの問題でもある。
「何の為に何を報じるのか、それを考えるのがジャーナリズムの精神」
今ほどあらためて痛感した時代はない。

例)芸能界の不倫報道はあそこまで放送する価値が本当にあるのか。

昨今のニュースを賑わす「公文書」の改ざん、隠ぺいが何を物語っているのか。
今後日本の歴史の中で森友・加計にまつわる隠ぺい・改ざん問題は公文書になんの“影響”も与えないかもしれない。しかし、それで素通りして良いものかどうか。日本史を学ぶ上で、後世に混乱をきたす危惧がある。知らず知らずのうちに誤った歴史観を植えつけてしまう恐れがある。

国民は日本の本当の歴史を知る権利がある。

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南京大虐殺、日本憲法の問題など、正史公文書)がないがゆえに、“歴史”が勝手につくられたかのような思いを持つ。
声を強く上げた人の言葉がまかり通ったりする。
だからこそジャーナリズムの役割は非常に大きいのである。

さぁ再度言葉にする、
今また、メディアリテラシーを考える時にあると。

一口で言えばそれは「我々がメディアが発信する事をどうとらえるか」だ、しかしもう少し丁寧に考えてみたい。

メディアが伝えていることへの洞察。〜メディアと読者〜
メディアが伝えた社会事象への思索〜読者とメディアの向こう側〜
メディア取材対象とどう接しているか〜メディア取材対象〜

メディアはあくまでも「伝えてくれた道具」それを、どう考察するかが大切なのだ、
だから「メディアの向こう側」なのだ。

取材者とは。
強者の側にいる記者はいかに弱者の側の信頼を得られるかが大切なのであって、
「誠実な自己認識」をもつ必要がある。

昨今、記者自らが取材をしていないという「ジャーナリズムの浅さ」が垣間見えることがしばしば。
それはジャーナリズムとは言わない。

私たちは3.11体験してきているはずだ。
16万人の被災者の物語をすべてメディアが報じることができるはずもなく・・・しかしながら
「絵になる記事」ばかりが先行する。

被災者にとって取材者とは、その記事が自分たちの側にたった記事なのかという視点がとても大切になってくる。取材者の姿勢に「誠実な対応」がともなってこないと、真実に近づけないおかしな記事になってしまう。
3.11取材者たちは、その土地に溶け込まなければ書けないし、時には書いてはいけないこともある。洞察も非常に大切になってくる、通りすがりの記者では書けない。

しかしながら、今のメディアには、そうしたジャーナリズム精神がが大きく欠けているのではないか。
自分たちが強者の側に居て、弱者の気持ちに寄り添う立場にいること理解しているのか。



今のメディア、これまでのメディア、これからのメディア

辞書にあるジャーナリズムとは。
新聞・雑誌・ラジオ・テレビなどにより、時事的な問題の報道・解説・批評などを伝達する活動の総称。また、その機関。と書かれている。

「ペンは剣より強し」…学校で良く習うこの一行だが、それ以上の考察もない。
しかしながら実際は、英国の作家、エドワード・ブルワー=リットン1839年に発表した歴史劇『リシュリューあるいは謀略』が出典であり、前文がある。

まことに偉大な人間の統治(為政者)のもとでは、ペンは剣よりも強し。

本来、これで一文であるが、文末だけを習っている現実が私たちにはあり
この前半の文章が重要であって、それがなければ解釈が全く変わってくる。
つまりは、これらを日本のメディア論におきかえるなら、マスコミ脆弱性を論ずる場合
「偉大な政府」の存在前提が必要ということになる。

新聞記者は読者をどれくらい意識して書いているのか。
社内を意識して書いてはいないだろうか。
テレビも見ている側をどれくらい意識して報道しているか。
それがメディアの“向こう側”つまり創造力へも繋がってくる。

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以前も紹介したが

ジャーナリズムとは報じられたくないことを報道することだ。
それ以外のものは広報にすぎない」〜ジョージ・オーウエル〜

世界を変える主体性ジャーナリストにあるのではなく、抵抗する市民にある。
ジャーナリズムはそれを伝えるに過ぎない。〜アミラ・ハス〜

この二つの言葉を塾では「ジャーナリズムを考える時の一つの視点」として置きたいと思う。


ジャーナリズムの精神を語るうえで、我々に語り掛けてくる言葉として
下記の言葉を紹介する。

ちなみに、福島県下では各学校の校長先生が式典で生徒に何を話して、何を呼び掛けたなど
記事になることはない。これも一つの“ジャーナリズムの姿”である。

自由の森学園高等学校 卒業式 新井達也校長の言葉
2016年度

私はずっと「 生命( いのち )の重さ 」について考え続けていました。
昨年の7月に起こった相模原の事件、何の罪もない無抵抗の障害者の方々19名が犠牲になり、また多くの方々が深い傷を負い、そしてまた、私たちの社会に大きな衝撃を与えました。

この事件の根底には様々な考え方が複雑に絡み合っていると言われています。
その一つとして「 優生思想 」があげられています。

「 価値がある人間・ない人間 」「 役に立つ人間・立たない人間 」「 優秀な人間・そうでない人間 」

といった偏った考え方で人間をとらえ、人間の生命に優劣をつける思想です。
また、この事件は「 ヘイトクライム 」( 憎悪犯罪 )の特質も持っていると言われています。
ヘイトクライムとは、人種・民族・宗教障害などの特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や差別にもとづく
「 憎悪 」によって引き起こされる暴力等の犯罪行為を指す言葉です。

この事件の問題を「 常軌を逸した加害者の問題だ 」として、
軽々に判断し押し込めてしまってはいけないように私は感じています。

全盲と全ろうの重複障害を持つ 福島 智( さとし )さん( 東京大学先端科学技術研究センター教授 )は次のように書いています。

「 こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、
今の日本を覆う『 新自由主義的な人間観 』と無縁ではないだろう。
労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。

そこでは、重度の障害者生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。
しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。
生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、
最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。 」

「 役に立つ/立たない 」といった人間や生命を価値的に見ていく考え方は、
いずれは自分も含めた全ての人の生存を軽視・否定することにつながっていくのだと福島さんは述べています。

人間の価値、生命の価値、生きる価値、そもそも人間や生命という言葉に「 価値 」という言葉をつなげるべきではない、私はそう思っています。
人間には、そして生命には「 尊厳 」があるのです。
尊厳とは「 どんなものによっても代えることができないもの・存在 」と言うことができるでしょう。

あなたは何ものにも代えられないのです。あなたの代わりはどこにもいないのです。

人間をそして生命をも、取り替えることが可能なものとして「 価値的 」に見てしまう現代社会において、「 価値 」ではなく「 尊厳 」という言葉で自分をそして自分の人生を見つめていくことが大切だと私は思っています。

当然その視線は、自分以外の他者やその人生をも見つめることにもなるでしょう。
そしてそれは「 どのような社会を目指していくのか 」ということにもつながっていくと私は思っています。

今、社会には、ヘイトクライムヘイトスピーチヘイト文書など、ヘイト・憎悪という言葉があふれています。

この「 憎悪 」に対するものは「 学び 」だと私は思っています。
学ぶということは本来、さまざまなことをつなげていく・結びつけていくことだと思います。
学ぶことによって、自然とつながり、社会とつながり、芸術とつながり、他者とつながり、そして、自分とつながる、
そんな学びをみなさんにはこれからも続けていってほしいと願っています。

最後に、ある詩をみなさんと共有したいと思います。
吉野弘さんの「 生命( いのち )は 」という詩です。

   『 生命 ( いのち ) は 』        作:吉野 弘

  生命 ( いのち )は
  自分自身だけでは完結できないように
  つくられているらしい
  花も
  めしべとおしべが揃っているだけでは
  不充分で 虫や風が訪れて
  めしべとおしべを仲立ちする

  生命 ( いのち )は
  その中に欠如を抱き
  それを他者から満たしてもらうのだ

  世界は多分 他者の総和
  しかし 互いに
  欠如を満たすなどとは
  知りもせず 知らされもせず
  ばらまかれている者同士
  無関心でいられる間柄
  ときにうとましく思うことさえも許されている間柄
  そのように 世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?

  花が咲いている
  すぐ近くまで
  虻 ( あぶ ) の姿をした他者
  光をまとって飛んできている
   私も あるとき
  誰かのための虻 ( あぶ ) だったろう
  あなたも あるとき
  私のための風だったかもしれない


ジャーナリズムを考えるうえで、取材者側にも、我々にもこの「メッセージ」を、思想を大切にしてもらいたい。

2017年度  
「生き方としての進路」、進学や就職にとどまらず、その先にある「どう生きていくのか」ということを考えていくことを大切にしたい、そのため「生き方としての進路」について話をします。

最近「君たちはどう生きるか」という80年前に書かれた作品が原作となった漫画が、ベストセラーになっています。原作者は、雑誌「世界」の初代編集長の吉野源三郎さん。15歳の「コペル君」というあだ名の少年が叔父さんとの対話を通じて、貧困いじめ、暴力という社会に横たわる大きな問題と向き合いながら成長する物語です。

この作品が書かれたのは1937年。その前年には2.26事件が起こり、軍国主義が台頭し、言論が統制され、1937年夏に盧溝橋事件が勃発し日中戦争が全面化、そしてアジア太平洋戦争へとつながっていく、そんな時代を背景とした作品です。

そんな時代と現代との共通点を指摘する人もいます。


同調圧力のような、ちょっとでも政府方針に違反すると、売国奴とか非国民とか、そういうことを言われるようになってきた重苦しい雰囲気。今なにか政府批判すると、それだけで反日レッテルはられてしまう。ネットですぐ炎上したり、なんとなく若者も空気を読む。まわりを見て忖度(そんたく)をして、という形で息苦しい思い。当時と、共通したようなものがあるのかなと思う。」と。

原作者の吉野さんは1931年に治安維持法違反で検挙され、1年半も投獄されながらも、この本を子どもたちに届けようとしたのでした。

文芸評論家斎藤美奈子さんも「コペル君が生きた30年代と現代の空気に通じるものがあるのかもしれない。」と書いています。そのうえで「見落とされがちですが、コペル君は、先の大戦での学徒出陣で命を落としていく世代なのです。」と続けています。

1937年に15歳ということは、学徒出陣のはじまった1943年に21歳。コペル君は、まさに第1回学徒兵として戦場に向かうことになったのでしょう。

人間とは何か?社会とは何か?どう生きるべきか?悩み考え続けた多くのコペル君たちは20歳そこそこで戦場へとかり出され、生きることを断念しなければならなかったのです。
若者たちが生きることを断念せざるを得ないような状況、つまり戦争をくり返してはならない。そうして日本の「戦後」はスタートしたはずです。

「平和に生きること」「自由に生きること」が揺れている今だからこそ、私たちは何を学び、考え、どう生きていけばいいのか、一人ひとりが問われているのでしょう。

君たちはどう生きるか」と似たタイトルの本があります。

「いかに生き、いかに学ぶか」昭和を生きた数学者遠山啓さんの本です。

人間とは、生きるとは、愛とは、戦争とは、働くとはどういうことなのか。

その中で、遠山さんは「観の教育」の大切さについて書いています。

「僕のいう観というのは1人ひとりが自分で苦労してきずきあげていくものなのだ。1人ひとりがそれまでに自分の体験したこと、身につけた技術、学んだ知識を総動員して人間とは、世界とは、生命とは何か、あるいは人間は、とくにこの自分はどう生きていったらいいかを考える。そうしてえられた人生観・世界観・社会観などをぼくは観と言っている。
これまで観を持つ人間は政治家や学者などごく少数のエリートと呼ばれる種類の人たちだけでいいという人もあった。それは間違いだと思う。日本人のすべてが、みな自分自身で創りだした人生観・世界観・社会観・政治観…などの観を持つようになってほしいのだ。」


一部の政治家や学者、マスコミの言葉を鵜呑みにするのではなく、自分で考えて判断していくことの大切さを、「自分自身の観を築くことだ」と遠山さんは言っています。
これは、「君たちはどう生きるか」で吉野さんが提起している「僕達は自分で自分を決めるちからを持っている」ということとつながっているのだと思います。
 
「生き方」は誰も教えることなどできません。

早く、効率よく、なるべく楽に あたかも近道を探すように生きるのではなく、自分にとっていい方法とは何かを考えて模索して選択していくことを大切にしてほしいと私は思っています。
限られた時間内で効率よく正解を出していくという「テスト学力」と「生きる」ということはイコールではありません。
世の中の常識や社会の風潮に流されるのではなく、自分の学んできたことをベースとした「観」に基づいて自分自身を生きるということを大切にしていってほしい。そして、そのような一人ひとりが尊重される社会を形成する一人であってほしい。私はそう願っています。

最後に遠山啓さんの言葉をみなさんに贈ります。
「ほんとうに強い精神は、固体よりも液体に似ている。どのような微細な隙間にもしみ通ることのできる柔軟さを、それは保っている。液体はどのように変形し流動しつつも、体積の総和は不変であるが、精神の強さというものも、そのような種類の強さではなかろうか。」。

上記の校長先生の言葉も立派なジャーナリズムだと思う。

突き詰めていくとジャーナリズムとはそれぞれの人に内包されている感覚だ。
それをどうやって熟成させ、自分の立ち位置を確立するかだ。
あなた方自身がジャーナリズムであり、ジャーナリストだ。

つまり例えるなら、粒々塾生がそれである。

今回の推薦図書
君たちはどう生きるか」著者 吉野源三郎 文庫本

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所感  塾長が仰った「あなた方自信がジャーナリズムである。」という言葉はやはり重いと
感じます。この数日もメディアでは官僚のハラスメントや芸能人のワイセツ行為が延々と
流されています。「もっと他に放送することがあるだろうに…」と思う反面、
このニュースを知りたいという潜在的欲求が国民に、そして私に少なからずあるからこそ、これらのニュースが大量に流れるのであろう、そう捉えることもできます。

情報過多の昨今、流れるニュースの何が真実かわかったものではない。しかもツイッターもFBも「垂れ流し」である。一国の大統領が平気で株価を左右するような垂れ流しの暴言を吐く世の中になっているのが現実です。

そのような中で、塾長がおっしゃるように、現代史上、ここまでメディアリテラシーが、そしてジャーナリズムが問われる時代もないと本気で思のです。

今回懇親の席で「私は日経新聞しか読まないです」と申し上げましたが、
良い悪いではなく、日経新聞を読んでいても、心を動かされるような言葉に出逢う
ことはほぼないと感じる自分が居ました。でも、日経を読まないとどこか取り残され
そうでそうしているのです。結局日経を読んでいてもメディアリテラシーはあまり養われないと思うのです。だからこそ、もっと広い視野で、情緒ある素晴らしい言葉と出会っていく必要と思います。だからこそこの塾に足を運んでいるのだとも思うのです。

纏まりない所感となりましたが、最後に、

メディアの向こう側」は対岸の火事にしてはいけない、いつか私たちの発した思考や言葉は、いつか後世の子孫という対岸に届くのだから。

私たちは言葉でできている。



(野地数正記)

2018-03-02

第76回粒々塾講義録

テーマ「現代にメディアを問う〜デジタル時代とメディア〜」


今まさに我々は多メディア時代に暮らしている。
メディアとは何を指すのか。
テレビ、新聞、ラジオインターネットSNS、出版物、写真など。

オリンピックの開催前に一人の作家が亡くなった。石牟礼道子さんである。
「奇病」と言われた水俣病患者の姿を伝える「苦海浄土」を書き、文学を通して世の中の差別営利主体の企業、国に異を唱えてきた。文学というものがジャーナリズムであることを実証した作品だ。

石牟礼道子さんと写真家藤原新也さんの対談集「なみだふるはな」という本がある。詩人文学者の石牟礼さんと写真ジャーナリスト藤原氏との対談と小文。

水俣病告発に生涯をささげた石牟礼。2011年東日本大震災での福島悲劇。藤原さんは震災後2ヶ月間に渡って福島取材を行い写真に記録した。

この本を通して見える国の欺瞞、怠慢。それを表現することは立派なジャーナリズムだ。

大晦日に放映される国民的行事 NHK紅白歌合戦。紅白の視聴率はかつて約80%もあったそうだが、昨年は平均38.2%という数字だった。

この背景には何が考えられるのか?この数字の変化から何を読みとるか。

高齢化社会と言われて久しい。昔の紅白は演歌が多く、高年齢層にも親しまれていた。現代では若年の歌手が多く出場している。演歌離れが進んでいる。高年齢者には見ようとする番組では無くなった。
また、昔は他のメディアが無い上、テレビも一家に一台という環境だったが、今は違う。選択肢が広がっている。
紅白歌合戦と言う番組を通して、社会構造の変遷を読み取ることが出来る。

アナログからデジタルに変わったテレビ。現代ではハイビジョン、薄型、壁掛け、多くの種類が出回っている。
デジタルに変わった事で映像の高画質、高音質、データのスピード化、情報量の拡大、更にはそれに伴うネットとの融合、ツイートなどが可能になり、メディアを通して新たなテレビとの接触方法が出来上がっている。

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デジタルテレビのチャンネルは地上波BSCS。その他のネットTVなども出来た。それらの「テレビメディア」とどう接触するか。「選択と集中」というメディアへの関わり方が必要な時代。
そして、デジタル化により画像までもが加工できてしまう。「虚像」と「実像」がないまぜになっていく。
4K・8Kなどの超高画質のテレビがNHKでは盛んにPRされている。
それらは果たして必要なことなのか。我々が望んだことなのか。

「進化」という言葉でテレビメディアを語りたくはない。
その内容に「進化」はみられないし。

デジタルが進化を遂げるにつれ「メディア」も多様化し、発信のツールが広がってきた。
SNSでは各人が“ジャーナリスト”になりうる。ウソ、デマの懸念ももちろんある訳だが、当の本人が功罪を見極められているかが疑問だ。

今に始まった話ではないが、「伝えたいこと」(報道されること)と「知りたいこと」の乖離が大きいと感じる事が多い。TVで放映されると直感的にそれを真に受ける。知りたい事に関しては現象だけが伝えられている。それらの現象に対しての「解説」が無い。

メディアの役割とは何なのだろう?「知りたいこと」の間に温度差が生まれてしまっている。

スマホ片手にテレビを観る光景がある。
一億総カメラマン時代がやってきたようにも思える。スマホの驚異的な普及で誰もがどこでも気軽に写真を撮れるようになってきたからだ。
生活に欠かせないコミュニケーション手段になった。
それだけに“写真リテラシー”はより重要さを増してきているのではないか。一億総ジャーナリスト現象スマホの普及で価値観や捉え方が変わってきている。時代の流れだろうが、本人がどれだけ理解しているかどうか。
我々のリテラシー能力が問われる時代。それに伴いメディア側のリテラシー能力も問われてくる。
メディアの側にもリテラシー能力が涵養されなければ。

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2018年干支は「戊戌(つちのえいぬ)」。今までの流れが変化する年ともいわれる。
「変化」のヒントを得る為に、60年前(西暦1958年)の時代を振り返ってみる。時代の「還暦」として。戦後10年ほどで、高度成長が予感される中で、人々の暮らしも変わってきた。
60年前にあたことのいくつか。
国立競技場設立
・今の天皇陛下の婚約
岸信介政権(今の安部政権祖父
東京タワー日本電波塔)の設立
・テレビ受信契約数が100万台を突破
日本劇場による洋楽、邦楽の混在
聖徳太子像の一万円札の発行
・消費生活の革命
・団地族の普及(和式から洋式へ)
ロカビリーブーム
フラフープが流行
インスタントラーメンの誕生(日清
スバル360軽自動車)の生産(富士重工業

「変化」という点に着目すれば、今を考え、今後も考えなければならないこともみえてくる。。
家事や軽自動車フラフープインスタントラーメンに於ける共通して言える事は、時間の確保と時間の拡大。
いわゆる「時短」(時間の短縮)が可能になってきた。それによって価値観も変貌する。
この様な「変化」の変貌をメディアは見通せてはいなかったし、誰もが想像していなかった。60年前が6年後の今を。
メディアの立ち位置、メディアの精神、そして政治も自分達も。
「変化」の把握と分析、そして展望。

橋本久美江記)

2017-12-22

第75回粒々塾講義録

今回のテーマは『現代を考える〜この国は何処へ行くのか〜』 

講義録を書くにあたり、考えさせられたこと、伝えたいことは多々あったが、私なりにとても心に残った部分をまとめてみた。


◆たくさんの『なぜ?』があっても、答えのない『戦争』

冒頭、塾長から頂いたお話は12月8日、真珠湾攻撃の日についてだった。日米開戦
火ぶたを切った重要な日であるにも関わらず、世の中の関心は低いと塾長は述べた。

戦争はなぜ始まったのか?
負けると分かっていた戦争に、日本はなぜ加わったのか?
なぜ未だに戦争の総括が出来ていないのか?
戦争についてくるたくさんの「なぜ?」に、私たちはもちろん、日本という国は答えを
持たない。あるいは出そうとしないのか、それはなぜなのか?

塾長は勝者によって歴史は作られるが、歴史はそもそも『期間限定の常識』だという。
歴史はしばしば美化され、勝者の側からしか語られない。果たしてそれが真実と言える
だろうか。
今、私たちが常識や正しい、誤りと感じていることは、未来の人にとってはそうではない
かも知れない。私たちも歴史、特に近代・現代史を学び直さねばならないし、特に敗者に
よって語られる歴史も学ぶべき価値がある。
また個人的な解釈で『なかったこと』にするのも許されることではない。歴史は常に書き
換えられるもので『絶対』ではないのだと学んだ。

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◆未来を語れる人、語れない人

『未来を語る、未来を示す政治が無い。いや、政治は未来を語らない。語れない』
という項目では、日本は過去(戦争)を清算していないから、未来を語れない、ゆえに
政治は目先のことをどうするかだけに腐心している、と塾長は述べていた。

確かに、少子高齢化も今に始まった問題ではない。変化する時代に対応しきれない法律
仕組みといった窮屈な囲いの中で、私たちは歪んだまま生きるしかないのか。
政治だけを責めても仕方がないし、自分自身においても、未来を語り、創れる力があるのだろうかと不安になってしまった。
そんな気持ちを見抜いていたのだろうか、塾長は、朝日新聞「声」欄のある投書を紹介した。塾では要点のみの紹介だったが、全文を読みたくなって検索した。
(こういう時、文明の利器に助けられますね…)

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(声)大切な日を行事化しないで 2017年11月2日
 高校生 清藤日向子(青森県 16)

 かつての大きな自然災害や事件が起きた日が近づくと、「あの日から○年」といったタイトルや言葉がテレビ番組などでよく使われる。色々なメディアが特別企画を立てるが、私はその伝え方は間違っていると思う。

 被災者のための募金への協力や事件の新たな真相を伝えても、「その日」が過ぎると何もなかったかのように切り替わる。テレビの情報番組では、誰かの不倫や新しいドラマが話題の中心となる。まるで忘れてはいけない日が、行事化されているようだ。これではただのお祭り騒ぎに過ぎない。

 地震テロなど非日常的なことが度々起こる世の中で、人は命の尊さや他人を思いやることの大切さを学んでいく。大きな社会の変化があった日を年に一度の「ネタ」にするのではなく、今、当たり前に暮らしていることの幸せに気づく「タネ」として、普段から様々な切り口で被災地被災者、被害者の現状などを伝えていって欲しい。そうすることで、災害に対する意識を変えたり、犯罪を減らせたりする効果があるはずだ。

 「その日」のために何かをするのではなく、その時にあったことのために何かができるように、世の中の今を見ることが私たちには必要だと思う。

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塾長は、この投書に感銘した大人が、声欄に投書を寄せたと教えてくれた。そちらも全文を
検索したので以下に紹介する。

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(声)未来を拓く言葉を待っていた 2017年11月7日
大学教員 坂本正彦(静岡県 61)

 青森県の高校生の投稿「大切な日を行事化しないで」(2日)を読んだ。

 「『その日』のために何かをするのではなく、その時にあったことのために何かができるように、世の中の今を見ることが私たちには必要だと思う」

 何と普遍的な価値を持つ言葉であろうか。私たちは未来を拓(ひら)く言葉を長く求めてきていた。この投稿を読んで、改めてそういう気持ちでいる自分を知ることとなった。例えば、ケネディ米大統領が就任演説に「祖国が諸君に何をするかを問い給(たも)うな。諸君が祖国に何をするかを問い給(たま)え」と言ったフレーズは、今でも国を越え、時代を超えて引用される。そういう普遍的な価値をもつ言葉に、私たちは希望を見いだしてきたのだ。

 この国もまんざら捨てたものではない。だが本当は、「選良」といわれる立場の人からそういう言葉を聞きたいのだ

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選良」とは、代議士の美称であり、選び出された立派な人物のことを表す言葉だ。ゆえに
これは皮肉である。自らの言葉、未来を示す言葉を持たない政治家しかいない現在の日本において、もはや子どもたちにとっての夢や憧れの中に「政治家」は存在しない。

それでも、青森の一高校生のように、社会やメディアの作った空気に流されず、自分の櫂を
持って、大海に漕ぎ出そうとする若い人の存在は希望そのものである。
けれども一方で、彼女をジャンヌダルクのようにとらえてはならないと思う。たった一人の人が社会を動かすのではなく、彼女のような自分の意志、考え方を持った人たちこそが、社会を動かす力になるのだ。
それが彼女の言う「その日のために何かをするのではなく、その時にあったことのために、何かができるように、世の中の今を見る」ということなのだと私は思う。
日々、さまざまなことに関心を持ってアンテナを張り、情報を集め考え選択する。そういうことの積み重ねが、その日にも、今日にも、そして未来にも力になるのだ。

レジュメの最後は司馬遼太郎さんの書かれた「21世紀に生きる君たちへ」の全文が載せられていた。歴史を研究してきた司馬さんらしい視点であると同時に、ここに記されている
ことは22世紀でも、23世紀になっても色あせることはないだろう。
子どもに向けて書かれた文章ではあるが、司馬さんはむしろ、大人に読んでもらいたかったのではないかとすら思う。

最後に、最近読んだ日野原重明という方の「生きていくあなたへ」という本の中で、心に残った言葉があったので、ご紹介する。

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    得たものではなく、与えられたものをどう使うか。

自分に与えられた命、時間、お金、物…(あるいは「病気」も与えられたものの中に入るのかも知れないが)、それらの使い方によって、人生の豊かさが決められると著者は言う。そして彼はそれらを「他者のために捧げる」と決心し、105歳の天寿を全うした。

この本の冒頭には、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」という、新約聖書ヨハネによる福音書からの言葉が記してあった。死は命の終わりではなく、新しい始まりであると述べる著者の想い。そして、はからずも粒々塾の理念へとつながったことは、偶然ではないだろう。だって「すべてのことに時がある」のだから。

今、自分に与えられているこの時に、塾長や塾生のみなさんとの出会いがあり、学びを通して、知らない自分を発見出来る喜びがあることに、心から感謝を申し上げます。


(盒桐杙辧Φ)