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流山子雑録    『酔睡胡乱』

2011-02-14

梵字。

ほぼ2500年前、お釈迦さまがインドで開かれた仏教中国朝鮮を経て日本へもたらされた。

その後、役人や、学生や、お坊さんが、先進国の唐へ派遣された。先進知識や先端技術を学ぶために。今に名を残す人は多くいるが、そのスーパースターのひとりは、真言宗の開祖・弘法大師空海であろう。真言宗の「真言」とは、文字通り、仏の真実の言葉。真言密教は、その意味を知ることだ。

そんなこと解かってるわい、というお方、小学校か中学校で教わることをわざわざ書いて、ゴメンナサイね。

その真言宗、多くの門派に分かれている。「真言宗十八本山」という。金剛峯寺を総本山とするのは、高野山真言宗。長谷寺を総本山とするのは、真言宗豊山派である。

その真言宗豊山派から、「光明」という季刊誌が出ている。私は、真言宗豊山派の信徒ではないが、毎年、その新春号だけは読んでいる。お線香をわけてもらう時に、いただいているからである。A5判40ページばかりの小冊子だが、面白く、勉強になる。

今年の新春号の巻頭記事は、「天皇皇后両陛下長谷寺に御成り」、である。平城遷都1300年記念式典にあたり、昨秋、奈良へ行幸啓された時の模様が記されている。

東大寺、唐招提寺、薬師寺、室生寺などと共に、長谷寺にも行幸されたそうだ。長谷寺への天皇の行幸は、奈良時代、稱徳天皇の御代に記録があるだけで、実に千ニ百数十年ぶり、と伝えている。

私は、なぜか嬉しくなった。私も、遷都1300年の奈良に行った。あしかけ4日、正味3日で、9箇寺を巡った。長谷寺にも。

その頃、「今年、奈良に来なければ、一生後悔する」、という近鉄の広告コピーや、JRの宣伝に乗ることはないが、日本人なら、やはり、行くべきであろう、とも書いた憶えがある。だから、天皇も、と知り、余計に嬉しくなったのかもしれない。

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今回の特集は、「梵字」であった。

<古代インドの創造神、梵天が作ったとされる梵語(サンスクリット)を表記する文字、それが梵字です>、とある。

その梵字の字体、シッダマートリカーの漢字訳「悉曇字」から、この字体を「悉曇(しったん)」と呼ぶそうだ。

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弘法大師空海が、遣唐使として唐に渡った延暦23年(804年)から、遣唐使が廃止された寛平6年(894年)までの90年間、最新の悉曇が日本に伝えられたが、その後、大陸との交渉がなくなった日本では、当時の悉曇がそのまま今に伝わっている、という。

1200年前のインドが、日本に残っている、とも言える、とのこと。

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日本語の「五十音」の配列も、梵字の母音と子音の並び方から生れた、と言われているそうだ。

知らなかった。

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深い意味があるだろうことや、その字の姿が美しいな、とは思っていたが。

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「お塔婆の話」、という囲み記事もある。

釈迦さまの遺骨を納めた大きな土饅頭をストゥーパといい、それが「卒塔婆」と音写され、一般に「おとうば」と言われるようになった、と。

そのお塔婆の先端の切り込みは、こういう意味を持つそうだ。

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梵字の書体にもさまざまなものがある、という。

細身で華麗なもの。刷毛書き書体。肉太で力強く素朴な書体。より正確な書体。これらの梵字の書体、江戸時代の学僧によって完成されたそうだ。

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たしかに梵字、美しい。神秘的な美しさを持つ。

しかし、文字は、言葉として声に出した時、より大きな力を持つ、と書かれている。声として発しなければならないようだ。

「真言は不思議なり。観誦すれば無明を除く」、とお大師さま(弘法大師空海)は、説かれているそうであるから。