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s3731127306の資料室

2012-02-12

槇村浩「同志下司順吉」「同志古味峯次郎」「野兎の歌」「盲したる民族の憎しみ」「毛利孟夫に」「餅の歌」「森山啓に」(2012年03月07日一文追加)

追加した一文:テキスト「毛利孟夫に」「餅の歌」「森山啓に」の作成に際しては先駆けて電子テキスト化なさっていたサイト「名詩の森」様のhttp://www.urban.ne.jp/home/festa/makimura.htmを使用させていただいた。感謝の念をここに表する。

同志下司順吉
槇村浩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)澄明《ちょうめい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大量|屠殺《とさつ》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)じめ/\した
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------


――同志よ固く結べ  生死を共にせん
――いかなる迫害にも  あくまで屈せずに
――われら若き兵士プロレタリア

それは牢獄の散歩の時間だった
独房の前で彼のトランクを小脇に抱えているむかしの友
同志下司と彼の口笛を七年ぶりで出あったのは!

彼は勇敢な、おとなしい、口笛の上手な少年だった
だが夏の朝の澄明《ちょうめい》さに似たあわたゝ″しい生活が流れてから
境遇と政治の過流《かりゅう》が
私たちを異った都市と都市との地下に埋めた
そして今日――汽船《ふね》が
青く冴えた土佐沖を越えて
この同じ牢獄に、やゝ疲れた彼を運んで来たのだった!

彼は大阪の地区で精悍《せいかく》な仕事をして来た
敗北と転向の大波が戦線にのしかゝろうとした時
法廷で
彼は昂然と皇帝を罵倒《ばとう》した
危機の前に彼は屈辱を知らなかった
彼は党のために彼の最も貴重な青春の期間を賭けた
五年の拷問と苦役が
彼のつるつるてんな赤衣からはみ出た長身をけづり立て
彼の眼を故郷の鷲のように鋭くした
私たちは元気に挨拶を交わした
おゝ、若さが私たちを耐えしめた
――彼は私と同じく二十一だった!

彼は昔ながらのたくましい下司だった
じめ/\した陰鬱《いんうつ》な石廊で
彼は斜めに
密閉した中世の王宮のような
天窓に向いて
こけた、美しい、青ざめた頬をほてらせ
ひょうひょうと口笛をふいた
タクトに合わせて
私はぢっと朽《く》ちた床板をふみならしながら
しめっぽい円《まる》天井の破風に譜のない歌を聞き
敷石にひゝ″く同志の調べを爽《さわ》やかに身近かに感じた

――朝やけの空仰げ  勝利近づけり
――搾取なき自由の土地  戦い取らん
――われら若き兵士 プロレタリア

離れた
石廊のかなたで
なぜとなく
私はうっとりと聞き入った
それは恐れを知らぬ少年のような、明朗な自由の歌だった
看守の声も、敷石のきしみも
窓越しの裁断機や鋸《のこ》の歌も
すべての響きが工場の塀越しに消えていった
――その塀はこんなにも低かった!

若いボルセヴィキの吹くコンツモールの曲は
コンクリの高壁を越えてひろ/″\と谺《こだま》した
それは夏の朗らかな幽囚の青空に、いつまでもいつまでも響いていた………

同志古味峯次郎 ――現在高知牢獄紙折工なる同氏に――
槇村浩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鋼《はがね》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)絶対|緘黙《かんもく》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)とび/\に
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------

誰がこの困難無比の時代に
労働者の利益のために最も正しい道を選んだか
――壁に頭を打ちあてるようなこの時代に
その一つの例をおれは示そう――確かに正しく!
古味峯次郎君
彼は鋼《はがね》の中から打ち出され、飢餓の闘いが彼をボルセヴィキにまで鍛え上げた

(1)
彼は越知《おち》の狭い町はづれの
小作自作農の家に生れた
そしてこんな南国の山麓の息子たちがそうであるように
十八の彼は
嶺を越え
花崗岩のはすに削られた
青色の岬の燈台を
ぐっと
海のはてに斜めに回転させ
そして
戸畑の炭坑にスコップをとった

彼は間もなくたくましい労働組合の一員だった
彼の上にはすぐれた同僚今村恒夫氏がいた
彼等の突撃隊は
耳朶《じだ》の後にピストルを聞きながら
断崖のきりぎりを駆け下り
坑道に集会を組織した
こんな時彼はいつも面と向って誰ひとりに顔をそむけなかった

運動は苦しく
ブルジョアジー三井は、彼の健康と職業を奪い
先輩今村を頼って、彼は上京した
古い同僚は真赤な顔をしてどなりつけた
――地方の部署を知れ!
彼ははっきりその一語を耳にしめた
そして
彼はその夜東海道を西え帰ってきた
高知、小工業の多い変りべのせぬ故郷
彼は紙のような白けた病体を抱えながら
この部署にぴったりくっつこうと決意した

(2)
一九三二年
二十の彼は××(1)青年同盟員だった
天×(2)は特製の高知紙をそなえつけた彼の寝室へ、有名な少年××を徴発し
政府満州高知労働者農民を徴発した
――日本交通運輸労働組合高知支部。青年同盟、×(3)フラク
彼はこの中で
地味な地鼠のように
すばらしい
活動をした
動員令下の地下作業がどんなに困難なかは
×(4)フラクと軍隊細胞のみが知っている!
逮捕と
脱走――
彼は上海の塹濠《ざんごう》で
カーキ色の軍服を着、日本製の軍帽の下で黙々と仕事をした
×(5)動と飢えた不満のニュースは全線からとび/\に彼等の耳に入ってきた
彼のグループの射撃した機関銃
前哨線から向うでは
決して×(6)え×(7)ばなかった!

一九三三年
かつてこんな苦難な、だが健全さがあくまでも強いられねばならぬ時代があったろうか
鎮圧された×(8)動の軍隊
根こそぎ吹きさらそうとした嵐の部署の間に
彼はふしぎなほどすばやいイニシャチーブをもち
若い、ほんとに元気な同僚たちと共に
粗雑な地床の下で、根こそぎ活動をつゝ″けた
嵐と嵐が、育ちはじめた「工場」を頭から叩きのめそうとする時
×(9)は
工場細胞のたゝ″中から
はじめて高知地方の大衆の面前に姿を現わし
巧みな技巧をもって
組織の糸を各産業に伸ばした

決死の誓約が
彼等の間に交わされていた
苦難期の×(10)員は死をもって組織の秘密の前に絶対|緘黙《かんもく》を守らねばならぬ!
ありとあらゆる拷問が、あらゆる野蛮な形式で行われた
死の拷問場と呼ばれた高知高岡署の階上で
官憲は
数人にほとんど致命傷を負わせ
二人の有能な労働者を奪い去った
彼等は斃れた――同志古味はそれをまのあたり見た
仮死と、熱病のような衰弱が彼を牢獄え運び去った
それは奇蹟だった
死の誓約の中で、彼は耐え
守り、そして生きていた
彼は麻縄の食いこみ、みゝずばれのした腕をさすりながら
暗い密房に寝転び
新しい任務と、切り離された組織とについて考えた。

それは困難無比な職務だった
腐敗した指導者の裏切りは、暴風のように戦線を揺り動かしてきた
彼と彼の同僚のなしたような
死と、誓約の遵守《じゅんしゅ》が、たゝ″これのみが、あの渦巻く大衆の不信任をとりかえしたのではないか
だが
こゝには何という残された重任があることだろう
ちらばった部署、おの/\の工場の底にくすぶりこもうとする戦いの火
そして絶ち切られた獄中で
敢死の決意と、誘惑えの没落とが
こんなにも奇妙に交叉し
あんなにも火花をちらした、剛《かた》くなな弾圧に対する戦術の柔軟性が
こんなにも問題になっていた時期があったろうか
死んだ同志に対して、彼は生きている!
同志古味はそれを決定せねばならなかった
彼の若々しい眉には、その後長く消えぬ苦心の皺《しわ》が深く、深く刻まれていた
彼は×(11)支部のキャップだった!
拷問と監禁の鉄鎖の中で
獄中の通信は実に苦難だった
狭い窓を見た
秋晴れの空はこんなにも青い
だが鉄柵と、きびしい警備の隊列とは
連絡された自由と青春とを
こんなにも奪っているではないか
しかしそれはあくまでもなされねばならぬ
彼は蒼ざめた衰弱が
紙よりも白くなるまで苦慮し
そしてそれをなしとげた!

それはたゝ″死と革命が最後の断案を下しうる協定だった
牢獄細胞はそれを決定した
柔軟な非妥協が、公判廷でとらるべきだった
一切の責任は在獄の古い同志たちが負うであろう
狭い、そして若々しい芽のつみとられがちな地方で、どれだけの譲歩がなされねばならなかったかは
細胞のみ
スパイと物好きを交えぬ、真の組織内のものゝみが
正に知るであろう――それは大都市ではない!
苦肉の戦術は、たゝ″踐《ふ》んだものゝみが知るであろう

彼は金の貴重さをよく知っていた
あの多忙な地下の部署で
飢《う》えた
獣のように
かっさらわれた一匹の瘠《や》せた猫が
彼等の食膳のすべてであった時
組織は彼に休暇を与えた
そんなにも彼は疲れ、鉱山病と栄養不良のため衰えていた
彼は
黙って、見知らぬ農村にもぐった
彼は彼の全休暇を農業労働にさゝげた
その賃銀は
上部組織と彼の同僚の飢えに、なけなしを支払った
不屈な、生き残った同僚が
拷問部屋からまっすぐに彼を訪れた時
そして公判について弁護士をつけるように彼をすゝめたとき
彼はきっぱり言った
――その金はどうか組織に使って下さい!彼は唇を噛《か》んだ
鋼鉄のような同志は眉を曇らせた
彼は金の貴重さを知りすぎるほどよく知っていた!

絶対暗黒が天×(12)によって準備された
剣と拳銃とに囲まれた彼とその同僚は
この密室で天×(13)とその資本とを裁いた
彼は辛うじて同僚を虎口から脱せしめ
彼自身に全責任を負って
下獄した
柔軟な非妥協の効用とその限界について
同志古味はどんなに苦心したことだろう

一九三四年
真冬の監房は氷のように寒かった
新来の同胞古味を加えて
監房細胞は牢獄の地下に
しきつめられた氷床をたゝきわって、伸びて行った
転向と裏切りの苦難期を彼等は果敢《かかん》な突撃隊を組織した
全×(14)牢獄闘争の細胞は、科学と人力の限りをつくして
果敢無比な×(15)獄闘争を敢行した
それはコンミュニズムの進軍だった
×(16)は聡明な頭脳を持っていた――それは巧妙な機関と
天×(17)の工作局を×(18)の専門部に掠×(19)する才能を心得ていた
労働者に告ぐる
険悪な反動と弾圧期における絶対非転向宣言」
牢獄細胞はそれを起草した
×(20)の信任の維持とフラクの拡張
天×(21)の監獄部屋の組織とアヂプロえ
そしてこの苦い、だが心から愉快な闘争の先頭に同志古味はあいかわらず立っていた
それは秋、革命十八周年記念日――
ばら/\に砕けようとする嵐の平原に
ふぶきたつ南方の情熱をもって
おゝ「×××××(22)、×(23)獄闘争委員会高知班」が結成されたのは!

(3)
同志古味と同じ部(24)に、私は数年間働いていた
沈潜した情熱と、しぶとい粘着さとを
彼は温和な容貌の下に秘めていた
彼は南方の代表的なボルセヴイキの一つの型だった
私は彼と同じ空色の軒の下に暮して
牢獄の窓から窓に、同志の挨拶を伝える燕の歌を聞いた
いま内と外に
私達は分れ
病床にこのペンを握りながら
昔の軒から帰って行くもっと南方の
もっと若々しい燕の歌に耳傾けようとする
そして思う、いくたびか頓挫した×(25)獄闘争を
内と外に
いまかたみに築き上げようとする私らを

誰がこの困難無比の時代に
労働者の利益のために最も正しい道を選んだか
――壁に頭をうちあてるようなこの時代に
その一つの例を私は示した
同志古味峯次郎
南方のボルセヴイキ
無名の、だが非凡な彼の中に
われ/\は何という労働者
つきせぬ、暖い情熱を学ぶことだろう

― 一九三五・九・二〇 ―

(1)共産 (2)皇 (3)党 (4)党 (5)暴 (6)敵 (7)飛 (8)暴 (9)党 (10)党
(11)党 (12)皇 (13)皇 (14)党 (15)脱 (16)党 (17)皇 (18)党 (19)奪 (20)党
(21)皇 (22)日本共産党 (23)脱 (24)署 (25)脱

野兎の歌
槇村浩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鋼《はがね》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)絶対|緘黙《かんもく》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)きれ/″\ながら
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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[♯ここから二字下げ]
(ふん、芸術家ってものは、獄中ですらきれ/″\ながら守りたてゝいる組織を、
あまり勝手に外で、解散しすぎるぢゃないか。そんな組織なら連袂脱退して政治専一にしろよ。――と言った別れしなの獄中の同志の言葉を僕はなだめかねた。)
[♯ここで字下げ終わり]

ある特殊な野兎たちは
集まり、手分けし
野兎たちを組織し
できるだけ多くの同僚を野兎にしようとする
彼等は前足の陰のみづかきみたいなもので
まじめに何かしきりに、書いては消し、消しては書きする
野兎は芸術をもっている!

野兎は火のもえた、炉ばたと野兎の畠を荒らす、黒い頬冠りをした猟師たちに宣戦した
野兎は猟師のように、山刀と鉄砲を持ち、猟師のように整然たる隊伍をもちたいと思っただが、野兎は束にしてひっくゝられ、猟師の四角や六角の穴倉にひったてられた
穴倉の野兎は
手錠をはめられたみづかきの足をびく/\ひきつらせながら彼等の詩を歌いつゝ″けた
残されたすみかの野兎は
ちらばった部署の陰で、彼等のみづかきをあげて
陰から猟師にはいちゃした

野兎のあるものは
みづかきを不自由にされていることは、生活を不自由にSれていることよりも辛いと思った
野兎はみづかきを持つことが、野兎の種の特徴としてあるまじきことを宣言し
家犬えの非合法な脱獄が
野兎からの合法的な脱獄だとしゃれこんだ

だが野兎は芸術を持っている!
月日がたち
殺されたゝ″けの真率《しんそつ》な野兎は
傷づけられたみづかきをいたわりあいながら
昔の家え帰ってきた
野兎は小さいいろりの傍で、お休みになっている彼等の生活を見た
猟師の畠はやはり野兎の畠だった――
だが野兎のあるものはみづかきを隠し合い
お互を見せずに、めい/\に探るような目《まな》ざしを投げ合った

私の野兎は
親しい、だが見知らぬ国に来たような気がした
生活のための賢明な脱落者は思ったより少なかった
――だがそれは大したことではない――
問題はこゝにある! と思った
脱落の代りに
解散の声明を書くとは、何と賢明な方法だろう――と
檻の中でさえ消滅しなかった組織がどこで消滅しうるか?
………書店の棚につまれたサヴェートの報告書は、組織からの脱落者の記述で終っていた………
「同志藤森成吉、片岡鉄兵はプロレタリア芸術からの脱退を声明した」
信じがたい………だが、こんな野兎もある!
若い野兎はぺっと唾《つば》を吐き
みづかきを撫《な》でながら、曲《ま》げられぬ組織者の数を数えはじめた

(ソリ)盲したる民族の憎しみ(To Germany : by C. H. Sorly)
槇村浩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)枠《わく》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)すく/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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きみらの国民を、ぼくらの民族とおなじく目が見えないのだ。きみらの受けた損傷は、ぼくらの誰ひとり決してたくらまなかった
きみらの生国の勝利を、誰もが要求しなかったと同じように
目潰ぶし食わされた二つの民族は、自由な思想の野に枠《わく》下ろされ
かたみにつまづき、かたみに互いを理解することなくして終った
きみらの友は、磨りへらされた未来のみを見
ぼくらの友は、狭い迷宮のみを心に築いた
互いの咽首を互いが絞め合い
ゆわれなく憎み合った。――めくらがめくらにけしかけられたのだ

何もかもすんでしまったら
新らしく克ち得た高邁《こうまい》な見識で
お互いの真実な貌《かたち》を、驚きをもって見直すことが出来るだろう
すく/\と育った愛と温さの中で、われわれは手を握り合い、古い苦しみを笑ってすませるだろう――おゝ何もかもすんでしまったら!
だが予期せよ、真実の平和の前に
暴圧と暗黒と革命の轟きつゝ過ぎることを

(後記) 作者はイギリスの一士官として大戦の際大陸の戦線に出勤し、二十前後の若さでドイツ士官の銃弾にあたって不幸にも夭死しました。この詩は、最初熱烈な賛戦論者だった作者が、大戦の残虐性と列強ブルジョアジーのいづれ劣らぬ同等の非人道性とまざ/\と見せつけられて、漸次反戦論者に転化し、――そして最後に彼を斃したドイツ人に対してこの一篇の詩を捧げたのです。ソリは、未曽有の帝国主義戦争が多くのかつての自由主義者人道主義者を、ファッシズムの使徒に遠慮なく駆り立てゝ行った際に、本当に人民の側に自己を見出そうとした少数の若き進歩的インテリゲンチャ詩人として、最も将来を嘱目されていたし、事実上彼はプロレタリア詩人を除いて、真の意味での二十世紀の最高詩人といってよい人物だったのです。

毛利孟夫に
槇村浩
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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)孟《たけ》夫
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これやこの毛利|孟《たけ》夫
山間の獄にペンを撫《ぶ》し
戦いに病める君が身を養わんと
函数を釣り
積分ゆあみ
ひねもす
土地と資本の
数字と
符号の
時空における
不統一の空隙を逍遥する
君のマルキシズム
かゝる隙間を埋むるに足りれど
なお詩もて愛すべき膠着剤とせよ

餅の歌
――全農の林延造氏に――
槇村浩
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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鋤《す》き

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ゆさ/\揺れて
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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餅とは
何と
鋤《す》き返された幼い南の郊外の野の思い出のように
甘いものだろう!
高岡
ひとりぼっちの
叩き廻っても後の沼地一ぱいがらんどうな響きしかはね返してこぬ
豚箱の中で
僕はしみじみと生のうどんの皮をひっぺかしながら
そう思った
それは
青い蚊帳が雨上りの甘酸っぱい臭いをたてながら
差入れの風鈴と一しよにゆさ/\揺れていた時だった!

背の低い
長髪の
いつも怒ったような顔をした
それでいて人なつこい
三十を越えたばかりの生粋《きっすい》の民農出の労働者
日本化学労働組合員、全国会議全農高知県聯の草分け
(激励とともに、これは彼から来た)
――同志、林延造君!
彼は
争議が不利になり
引きぬかれた百舌の巣のように
組織がめちゃ/\にふみあらされた時も
沮喪せぬ組合常任であることができ
嵐と、土砂ぶりの天候の下で
まつかさのように散らばった部落々々《むらむら》の貧農の
信頼された相談相手であることができ
不当逮捕監禁×(1)問と弾圧下のデモのまっただなかで
傷だらけの額を硬ばらせながら
ひきさかれた服とむしられた頭髪の間から
昂然と
地主に逆襲する土地と××(2)歌の
乱唱の音頭をとり
生活が
どんなに重く彼の上にのしかゝろうと
常に愉快なピオニールの餅屋であることができた
ピオニールが彼の餅屋を愛する以上に
彼は少年らのはつらつさと、彼等の伸びようとする意力と文化とを愛した
風のように
彼はもうちょっとばかし大きいピオニールたちの
豚箱から豚箱に現われた
にっこりと手をあげる間もなく………!
僕はうなずきうなずき――投げこまれた餅の袋の
一きれ一きれを
ごっくりごっくり咽《のど》を鳴らしながら飲みこんだ
――餅とはめったにこんなにうまいものではないのだ!

しつような土地取上げと
さんたんたる小作争議とが
出来たばかりの組合の仕事にせわしい同志林を
豚箱の昔の部屋えひんぱんに追いこんだ時
重い鳶色の鉄扉が
外の同志とともに
ぶつぎれにどこからともなく元気なたよりを吹き送ってくる餅屋のおやぢを
僕と幾重にも仕切ったとき――
この国に
ひとりの
赤ん坊が
生まれた!
満州製の罐詰の底で寒そうに鳴る息子らの骨と
かけがえのない娘たちの肉にまでかえて料った
赤土まじりの草と、きびとひえの飯まで食わされる百姓と
最大の安全をもつ黒字資本をおろした、吹きっさらしの
監獄部屋のある
このツアー国家に
顔中
うみ汁と
吹き出ものだらけの
赤ん坊が生まれた!

これが
資本家どもの
政変と陰謀的祝賀と
僕らの次の餅のエピソードとの
起源となったのだ――
八人に一人づゝ
囚人労働の短縮を申しわたされ
「祝」と書いた餅が僕らに二つづゝ配られた
裾綿のちぎれた赤い筒袖を羽織りながら、みんなはツアーの「恩典」を話し合った
――八ヶ月………受けるか?
と看守が粉まみれの餅を穴のあいた手套《しゅとう》の上え転がしながら尋ねた
寒空のちぎれ目にもっとうまそうな青い雲の餅を睨みつけながら僕は答えた
――無条件、絶対に! それとも突っ返そうか!
監守はきっと唇を曲げ
後え組んだ腕の間で指をぼき/\鳴らし
で結局
減刑布告と一しょに残された餅は監房の窓に
そして佩剣《はいけん》はひとまわりして遠ざかって行った

僕は
餅をひねりまわし
僕らの労働のはしっくれが、顔中吹き出ものだらけの赤ん坊の名で、有難く却下されてきたのを苦い顔で凝視した
瞬間――紅白の上に
顔と一しょに
同志林の愛想のいゝふて/″\しさが立ち上がってきた
それは
何物がどんなに重く彼の上にのしかゝろうと
常に愉快なピオニールの餅屋であることのできた、あいかわらずの全農の、同志林だった同志林――
それはいかつい少しの欠点をたえず克服してきた、精悍な多くの美点を持つ
土地を知り
土地に
ねばりつく
指導的農業労働者の一つの美しい型だったのだ!

僕は久しぶりで砂利だらけの餅を嚥《の》み下した
だが、吹き出ものだらけの赤ん坊同様こんなものは食えるものではないのだ!
搾り上げられた胃の腑《ふ》がすぐと米粕を突き上げてきた
ツアーの「恩典」は
単なる僕ら自身の一握りの汗の変形としての食糧をさえ、僕らの消化細胞から拒否し去った
自由と、組合と、細胞と、近づいてくる戸外の早春との離別………そして不健康………
うみ汁と
吹き出ものだらけの赤ん坊は
幼い南の郊外の野の思い出を混濁し
何とすべてのものを食えなくすることだろう
おゝ、餅とはめったにこんなにまずいものではないのだ!

(1)拷 (2)革命
(一〇四行)
― 一九三五・八・三一 ―

森山啓に
槇村浩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)漠冥《ばくめい》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)われ/\は
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------

漠冥《ばくめい》たる成層が旋律を地上で引き裂く
私はあなたの健康がそれに耐え得るかを気遣った
こんな場合、あなたは物狂わしくなるにはあまりに古典的だ
そしてあなたのE線はひとりでに鳴ることを止め
朽ちるまで鳴ることを止めようとした――それは単に私の杞憂《きゆう》だったか
困難な、漠冥たる成層の中で、あなたはまたE線を繋ぎ直した
赤外や紫外や緑外を超えたその他一切の地下の光線をこだわりなく貫く無絃の琴を
われ/\は自らの内に奏でることを宣言するのに、あんなにも模索し合った
僕は――と言うのはたやすい、だが君は――と彼はためらった。
君は――と言うはさらにたやすい、だが僕は――と他の彼は口ごもった
こんな時代、あなたが今も昔ながらのE線に自らの芸術を賭けて行く時
曚冥たる成層をそれが征服する時、人民の詩は新しい鍵にその楽器をふるわすだろう
そしてある種の偶然的な隠された音譜の蔭にでなく
黙々たる操作と、沈静なる情熱とを抱く労働者技師としてのあなたを持つ「人民詩の工場」
 で、あなた自身のE線が生産される時……

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