谷崎潤一郎「鍵」

鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

56歳の夫と45際の妻が、閨房生活について互いに「ひそかに読まれたい日記」を書き綴る。相手の日記は決して読んではいないと自分の日記に書きながら、互いに盗み読みし合っている。
その日記の内容がこの本文になっている。


夫は「多クノ女性ノ中デモ極メテ稀ニシカナイ器具の所有者」であることを記し、娘の婚約者である木村という男と妻との関係を仄めかし、嫉妬することで興奮を得てゆく。
支配するものと支配されるものが逆転する、という構図は『痴人の愛』のパターンだけどそれだけじゃない。日記に書かれた言葉の裏を読もうとする夫と妻の苦心、言葉で言葉に操られるということが描かれている。
本当は読んでいて、相手にも読んでもらいたいのに、「自分は読んでいない」ふりをしなければ意味がないと、二人は思っているのだ。(心理戦の様相に思い出したのが「デスノート」だったよ……)
どちらがどちらを支配しているのか、どちらがどちらを操っているのかわからなくなる。人間など相対的なものでしかない、行為することは自らの意思でなく、なにかに操られたものでしかないんだと感じる。
一度始めてしまったらとまらない。「木村サン」といううわごとも、一度目は何のつもりもなかったのに、口に出してしまったから言霊になってしまったんじゃないか。


この日記には、ほとんど「閨房」のことしか書かれていない。性欲の乗り物という喜劇だ。


・笑った点
妻が「夫の日記など読んだことなどない」といいつつ実は盗み見ていたのが「結婚翌日あたりから」だったという箇所。ありそう。