Hatena::ブログ(Diary)

Peanuts Butter Sea

2015.03.14(Saturday)

[]まだ残ってたんだ

…3年ぶりです。失礼な話しながらこのサービス自体がこんなに残っているとはおもわなんだ。

[]日田彦山線

なんで久しぶりにこんなページを引っ張り出したかというと、同じく久しぶりにカメラを触ったので、その写真を上げておきたくて。

福岡から飯塚、嘉麻ととおって峠を越えて日田彦山線筑前岩屋へ。正直、遠い。東峰村筑豊に隣接しているが朝倉郡。正直なところ、間に峠があるので筑豊ではない、かといって筑後にしてもやっぱりちょっと違う。川を下っていくともう大分日田個人的には豊後、というのがなんだかしっくりくる。

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筑前岩屋。築堤はツツジ並木は桜。花の時期にぜひ来たい。

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背後の斜面に登れないかと試みたが、登り口が見つからない。背の高さくらいの草と低木が茂っていて挫折。そもそも午後は逆光だけど。

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ここ、キハ47系ばかりなんかな。

[]彦山駅前

観光地・・・なのかな、彦山って。駅前観光地のそれだ。

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国道から一段斜面をあがって、狭い敷地お土産屋、食堂タクシー連絡所と詰め込まれている。食堂もお客さんがいそうな気配は全くないが、営業中の様子。このレイアウト、木曽福島駅前がこんな感じだったっけか。

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味のあるタクシー連絡所。

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2012.05.23(Wednesday)

[]美和台コミュニティバス

自分実家は、福岡市内の東の外れの新興住宅地に位置している。新興住宅地、といっても父親がここに家を建てたのはまだ自分小学生になる前、開発されて40年を迎えようとしており、町並みはずいぶん古びてしまった。高齢化率は市の平均を大きく上回る22%(とはいえ、この数字福岡県全県の数値とほぼ等しい)、周りを見ても、小学校中学校の友人はほとんどここを出ており、親だけがのこっているというのが目につく。そして、自分もまったくそうだ。

そんな団地名前は美和台(みわだい)という。三苫の「み」、和白の「わ」、丘陵だったので「台」という成り立ちで、その昔は「三苫向山」「飛山」「北山」と呼ばれていたという。

通勤・通学・通院、もちろんお買い物にも便利!『美和台コミュニティバス』を期間限定で運行します!:西鉄ニュースリリース

そんな住宅地に、ある日コミュニティバスが走り始めた。これを知ったのは、西鉄三苫駅前の小さなスーパーに置いてあった「バスが走ります」というチラシ。一瞬何事かと思った。

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走り始めてすぐ、バス停で時刻は見たのだが、なかなか行けず。

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要望にあるように、確かにこの住宅地、高低差が激しい。西鉄三苫からのびるメインストリートでさえ、こんな感じ。

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坂を上りきって先を見ると、さがってまた昇る。ちなみに信号の向こうが福岡市住宅地、手前が西鉄開発の住宅地中央ショッピングセンター(といっても個人商店が集まった公設市場的なものだった)「美和台シティマーケット」というものがあったが、20年以上前に姿を消している。買い物をするにはどちらかの山を越えないといけない。歳を取ると確かに大変だろうなあ、とは思うところだ。

結局、バスの姿を見たのは4月に入り、桜が満開のある平日のことだった。

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美和台…ではなくて、隣接する住宅地「美和台新町」へも一部路線が経由している。こちらは15年ほど前に開発された新しい住宅地新宮町住宅地(湊坂)に接している。

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コミュニティバスだけあって、住宅地の中まで入っていくルートも。まさかこんなコース設定だとは。(美和台5丁目)

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美和台新町から美和台へ。先に2人たっているあたりがバス停

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そんなこんな、小さなバスが走り回っていた。

信州信州 2012/06/09 05:47 いわゆる買い物難民の問題ですね。

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2012.02.19(Sunday)

[]雪国気分

生後4か月の娘、手術後の経過も順調の様で、ちょっと安心。そんなさなか、友人からメールが来た。添付されている写真は、津軽飯詰

福岡でも昨日から雪だった。雪は朝には止んでしまい、福岡市内ではすっかり融けてしまったが、、まだ山のほうに行けば。雪を見たくなった。

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…とかいって、30分強も走ればこのとおり。このペースで行けば、筑豊なんか結構ふったんじゃないだろうか。やってきたのは、福北ゆたか線篠栗線篠栗筑前山手の、鳴渕ダム

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時間は16時過ぎ。逆光だけれども、気にしない。誰もいない展望台、雪が落ちる「ぼすっ」という音、雪が融ける水音。国道の車。福岡空港の離着陸の飛行機の音が聞こえるが、遠く小さい。

篠栗のお寺とまわりの集落は白く、ひっそりと静まり返っている。八十八か所がある、ということは知っているが、どういうのかを全く知らない自分にもちょっと愕然とする。

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空は青い。だんだん日暮れが近づく。

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2012.02.16(Thursday)

[][]柳川に行ってきた

寒暖の差がえらい激しい今日この頃福岡でも何日かおきに雪がちらついている。

そんな先週のある日。

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福岡から特急に乗ると、久留米をこえたあたりから雪が降り始めた。相変わらず、平地なのに意外と雪が降る筑後柳川駅に降りると、こんな風景

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だだっぴろい駅前広場観光地だが観光客鉄道利用は少ない、とはよく聞く。お花、などの観光名所からも街からちょっと離れた旧三橋町に立地しているのが西鉄柳川駅。

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駅では、柳川に伝わるつるし雛の「さげもん」の飾り付けがされていた。女の子初節句を祝い、無病息災と幸せを祈って手作りで作られたという。

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ひな人形もちょうど設置されている途中。この土曜日から、街のあちこちにこのさげもんを展示し、街歩きを楽しんでもらおう、という「やながわさげもんめぐり」もスタートsuru.

柳川は駅と街、それと観光のメインスポットがそれぞれ大きく離れている。鉄道から街を通ってもらって観光地へ、というのはかなり難しいといえば難しいだろうな。積極的に街を回ってもらうような仕掛け、今の街にどう人を呼び込むのか、というのは正直かなり難しそうだが、観光の街…になると避けては通れない。

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2012.02.01(Wednesday)

[]雪

福岡でも雪が降り出しました。

2年前には福岡でも結構雪が降ったのを思い出した。東北では大変なことになっている旨、被害が大きくならないことを祈りつつ。

そういえば、10年ほど前だったか吹雪大湊線撮影するために、吹越の駅からr279を5キロ程歩いたっけなあ。よく死ななかったもんだ。

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写真は09年の1月末

[]低炭素まちづくり促進法案

 国土交通省は、都市をコンパクト化して環境に配慮した街づくり自治体に促す新法を通常国会に提出する。

 病院学校商業施設などの都市機能を中心部に集約し、車に頼らない都市にすることで温室効果ガスの排出を抑える狙いだ。

 新法は「低炭素まちづくり促進法案」で、2012年度中の施行を目指す。新法で対象地域になると、省エネルギー基準を満たした住宅ビル住宅ローン減税を拡大したり、事業費を補助したりするなどの優遇措置を設ける。震災復興を進める被災地や、人口空洞化に悩む地方都市の活用を見込んでいる。

 対象地域に指定されるためには、自治体が、都市機能の集約化や建物省エネ化などを盛り込んだ「低炭素まちづくり計画」を作成する。計画に沿って企業省エネビルなどを建設すれば、国と地方で事業費の最大3分の2を補助する。大型商業施設に課している駐車場の設置義務も緩和し、複数の施設で共同駐車場を設けることも認める。

車に頼らない街づくり…都市コンパクト化へ法案:YOMIURI ONLINE

コンパクトシティ、ずいぶん懐かしい言葉だ。コンパクトシティに関連する法律といえば1998年施行まちづくり3法(改正都市計画法大店立地法中心市街地活性化法)、ついでに商店街が行う活性化策を支援する商店街新法まで思い浮かぶところだが、今度は低炭素エコできたかと。自治体まちづくり計画を作成しないといけないことを見ると、現在104市107地区で行われている中心市街地活性化基本計画のようなところを想像する。比較的大きな都市を対象にしていると思われる(かならずしもそうでなさそうなところが手を挙げていたりするが)中活法に比べ、小さな地方都市を対象にしているのではないかと思料するところ。

…一緒じゃだめなのか?被災地を対象に、というのはあるかもしれないけれども…

やっぱりどうもイメージがわかない。これから人口縮小時代地方都市郊外化、というよりも人口減少そのものと戦っていかなくてはならないことになる。そのためには産業の誘致、雇用の創出が一番に来て、それに隣接した良質で安価な住環境提供、ということになるだろう。一つ二つのオフィスビルが建て替わることにどんな効果が?

…と、この辺は実際にかかわっている方が一番思っているところなんでしょうが

いっそのこと郊外に全く新しい街を…ってのはだめ…だよな。

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2012.01.31(Tuesday)

[]あやどり市場

昨日書いたとおり、大規模な火災に見舞われた若松商店街仕事でお世話になった方々のお店も、いくつか全焼してしまったとのこと、やはり今一度心よりお見舞いを申し上げたい。

ただ、今回火災にあった商店主の方、一緒に商売をしてらっしゃった商店街の方々、若い人たちを中心にもう前をむいているとのことだ。商店主の方のブログから

今日まで、現場検証などが行なわれ商店街の一部は通行止めとなっていましたが近々通行出来るようです。

若松がんばろう会のメンバー「松尾商店さん・磯村鮮魚店さん・若松んもんやおやさん」も今回の火災に見舞われましたが、意気消沈するのでなく、一日も早く再建できるよう既に動いています。そして、それ以外の店舗の方も頑張っておられます

僕達も非力ではありますが、商店街若松がんばろう会会員みんなで、力を合わせて頑張ります!!

若松商店街火事なんかに負けません!!

確かに、見た目は無残な商店街になってしまいましたが、みんなの気持ちを一つにして頑張ります

近々、「あやどり市場」の方々を中心に再建に向けた仮設店舗での営業再開を予定しています

このつたないブログで申し訳御座いませんが、お近くの方や若松に来られる予定の方、お願いです。

営業再開した時は、一足のばして是非とも若松商店街で魚や肉や野菜果物を少しでも買ってください。

そして、若松商店街を元気にさせてください。お願いします

若松商店街で営業出来る店は、明日も元気に開店ます

若松商店街は元気です!:北九州・愛のムシパンブログ

周辺の空き店舗で仮営業、とか、跡地で仮営業、商店街イベント、という話ももう出ているとのこと。立場の違う店の方々が一つの方向を向いて…なんとか応援したい。といっても、買い物をするくらいしかできないのだけれども。

今回焼失した「あやどり市場」の写真が出てきた。木造、もともと大きな建物だが、細かく路地で割って市場の形になっていた。昔は呉服店だったか、一つの大きな商店だったという。明治町と本町の角地に位置し、さぞ栄えた店だったんだろう。新聞によっては「戦後間もなく作られた」と書かれているが、たしか昭和初期に建てられたと聞いた。

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アーケードからさらに狭い入口の先、一気に時代が遡る。セットではない、営業中のお店だ。向かいは、これまた時代が止まったような食堂だった。

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一階、アーケードに面したところに何軒かと内側に何軒か、その奥には2階に上がる木製の階段がひっそりとあった。いつのかわからないがかなり古そう、配電盤、だろうか。

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2階は人けがなく、抜けそうな廊下を歩くと埃が舞った。昔の住込み部屋で、何年か前までまだ住んでいた人がいたそうだ。2年前の段階で、2階では仕立て屋さんだったかが1軒営業しているだけだった。日常の買い物客が行きかう商店街のすぐ頭の上にはこんな風景が眠っていた。

北九州フィルムコミッションのロケ地候補にも掲載されていたあやどり市場は消えていった。

残念だが、なんとか新しい商店街の姿ができてほしい、と祈らずにはいられない。

今や商店街の方々も、住居は商店街から離れた住宅地に構え、夜間は商店街全体がほぼ無人だという。街なか居住、というのも進んでほしいものだけれども。

ということで、たまにはやはり商店街で買い物をしてみよう。

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2012.01.30(Monday)

[]若松商店街・あやどり市場で…

去年、一昨年と仕事で大変お世話になった、北九州若松商店街。お世話になったあの街、遊びに行くといつもなにかある、元気な街だと思うとなおさらつらい。

30日午前1時45分ごろ、北九州市若松区本町2で「商店街燃えている」と通行人女性から119番があった。福岡県警若松署や市消防局によると「あやどり市場から出火、木造2階建て約1200平方メートル市場と、隣接する空き店舗など合わせて約1800平方メートルを全焼した。けが人はなかった。

 あやどり市場は、若松区役所や若戸大橋に近く、若松区の中心市街地一角。数メートルの火柱が上がり、強風にあおられて周辺に火の粉が飛び散ったり、アーケード街に非常ベルが鳴り響いたりするなど現場は一時騒然となった。

 若松区役所などによると、あやどり市場は「エスト本町」と「明治町銀天街」の両アーケードが交差する場所にあり、精肉店や青果店、食堂など10店舗が入居していた。市場ができたのは旧若松時代の1947年11月ごろとみられ、長年、市民に親しまれてきたが、建物は老朽化していたという。出火当時、北九州・遠賀地区には強風波浪注意報が発令されていた。

火災:老朽化の市場全焼 強風にあおられ 北九州・若松:mainichi jp

火災に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

焼失したというあやどり市場、昨年一度中まで入れていただいたことがあった。若松の街を昔から見続けてきた、明治町と本町の角にある大きな建物だった。元百貨店だったか呉服屋だったか、だったのが時代が経って小さな店に割られ…といったような建物だったと思う。外観からは思いがけないくらい、中に入ると軽く数十年は時間が止まったままで、驚いたのを覚えている。

…という、風景が失われてしまったのは悲しいが、それにもまして自分の店が、という苦しみはいくほどか、想像もつかない。そういうリスクもありつつ商売をやられている、それだけでも商店街の方々を尊敬するのだ。そして、そういう人たちも含め、様々な立場の人たちが集まって街ができるということにも。

がんばってほしい、そういうのは無責任に過ぎるだろう。でも、最近様々なムーブメントが起こっている熱い街、若松。なんとかくじけないでほしい。

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2010年4月若松本町右手があやどり市場))

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2012.01.28(Saturday)

[]長崎ランタンフェスティバル

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久しぶりに出張博多駅を通ったら、改札口の上、赤い提灯が目に留まった。そうかあ旧正月春節に合わせた長崎ランタンフェスティバルは今週からだっけ。

平成6年からはじまったこの観光イベント福岡では至る所で広告を目にするようになった。改札で見ていると、アジアから観光客と思しき家族連れがじっと見ている。手にはJAPAN RAILPASS。どこから来られた方かはわからないけれども、日本人が見ても派手な赤い提灯は目にどう映ったんだろうか。駅員に聞きながら、改札を抜けていっや。

今や100万人近くの動員があるイベントになったランタンフェスティバル。こういいながらまだ眼にしたことはないんだが、

街中をランタンと大型の電飾で飾り、龍踊などのイベントがあって、スタンプラリーがあって…というイベントだとか、今や100万人近くの観光客が集まるという。街を歩き、ランタンを眺めつつ買い物とか食事とか…、遡ること平成6年に、中華街等で小規模に行われてきた春節祭りを拡大したもの、ということ。

長崎出身の同僚に聞くと、「毎年同じだから地元の人は行くのかなあ?」とか言ってたが…

ま、こういうイベントなんてそんなもの、といえばそんなもんだ。博多の代表的な祭りであるはずの「博多どんたくだって、わざわざ地元の人が見に行くようなもんではない(出に行く、というのはあるけど)と思っている。

ただ、長崎、といえば「街歩き」を突き詰めていった「さるく」。このランタンも、「さるく」コースも設定されていて、地元の人にも好きな人には受けそうだ。地元の人も遊びに行くようなイベントも併せられるといいんだけれども、実はやってるんかなあ?

街っていろんなことが同時にできると楽しいだろうなあ、ということで。観光客を呼び込むのもいいんだけれども、リピーターを増やしていくには地元の人がそこでお金を使ってくれる、地元の人が楽しんでいると、きっと観光客にも「おっ?」という形になるんじゃないかなあ、と。

と、行ったこともないのに言ってますが、やっぱり同じ九州お祭り、応援しています

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2012.01.15(Sunday)

[]子供の夢…

年末のある日。退社後すぐに北九州に用事があったので、新幹線小倉へ。

九州新幹線博多まで伸びて初めての新幹線ホームだが、あんまり違和感ないなあ。やっぱり九州新幹線の利用者数がちょっと心配になるんだけれども、まあ。

次の列車新大阪行のこだま。「1号車の先頭にはドアはありません」…500系だった。

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いやあ、いつみてもかっこいいなあ。1996年に登場した500系、今見てもインパクトのある丸く細い、わかりやすい流線型の車体、独特のメタリックカラーリング。とにかく速く、を具現化したようないいデザインだ。

その輸送力の低さ故に短期間の活躍に終わり、ここ山陽新幹線で8両に短縮され「こだま」として運用についている。

先頭車の窓からのぞくとこんなものが。

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知らなかった、子供用の運転台がついているのね。

単なるダミーではなくて(もちろんダミーなんだけど)、マスコンを入れると速度表示が連動したりATS表示灯が点灯したり、と結構凝ったつくりらしい。背後のスペースが大きく空いているのは、父母+ほかの子供の順番待ち用?

2009年に登場だそうだからもう2年、最近そういうニュースを見なかったから、かもしれないけど全く知らなかったよ。子供がいる鉄道ファンの人は知ってたりするんだろうか。

残念なのは、この子供用の運転台のほかはまったく普通新幹線、という点。子供用の運転台も、1編成にいくつかあっても(極端に言えば車両ごとに)いいような気もするし、家族旅行向けの新幹線、って売り出し方ってできないんだろうかね。山陽新幹線こだま、って乗車率がいつも低い様なイメージなんだけれども(東海道新幹線ぷらっとこだま効果?)、運転席、ギャラリー子供連れで遊べるスペース、それを前面に売り出せば土日だけでも結構いけるんじゃないかいな。そういう意味では九州戦略は明快といえば明快だ。

九州に帰って気づいたのは、今の生活だと本当に鉄道なんて乗らないということ。高校に電車通学…くらいじゃないと、本当にまったく乗らないまま大人になることも十分あり得ること(天神に出るときくらいか)。その延長で、レジャーも当然車で…なんだよねえ。

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2012.01.14(Saturday)

[]あけましておめでとうございます

…と言っている間に今月も半分。嗚呼

東京だと冬の風物詩といえばお酉様。大阪だとえべっさん福岡でも十日えびす。戎、ではなくえびす。

会社のすぐ近くであっているんだけど、平日だと残業だし、土日に会社の近くになんて来たくないし。普段は本当に人気のないお宮さんなんですが、この時だけは人であふれる。

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さすが商売繁盛、提灯はずらりと商店名が並ぶ。ただこの写真だと、大丸ゆめタウンイズミ)、三越、一つも福岡企業がなかった。本殿下には天神コア、意地でも残っているのかフチガミファイン(渕上百貨店ユニードの存続企業ユニードダイエーに吸収)、石蔵酒造、明太子のふくや、やっぱり地元企業名前はうれしい。

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最終日残りえびすの夜8時、ようやく行列がなくなってきた時間商売繁盛景気回復をとりあえず願っておく。

縁日が埋め尽くすのは参道、ではなく隣接する東公園

この十日えびす神社福岡県庁に隣接する(というか東公園を半分つぶして県庁移転してきた)東公園の隅っこにある小さな神社だ。周囲は千代住宅街やら学校やらで、とても商売繁盛神様がおられるような商売っ気のありそうな場所には見えない。でも、山笠千代流れ、この十日えびすには博多芸者の「徒歩参り(かちまいり)」が行われる。

福岡神社誌」(昭和19年刊)によると、「香椎宮社家武内平十郎(後隠居して五右衛門と称す)が博多分家し、神屋と号して商売を営みました。此の者天正十九年(一五九一年)正月三日、年始に当り香椎なる父の家に至り、香椎宮筥崎宮への参詣の帰途、浜辺潮先に於て、恵比須大神の尊像を拾い上げたる地に御社を建て氏の神と家運大いに栄えたと云う」とあります。

また、「明治参拾参年旧正月記録ヨリ写取者也」と添え書きのある武内文書「十日恵比須神社記録写」には「香椎から箱崎に参拝途中の潮先で、恵比須二対を拾い上げて、持ち帰って奉斎した」「毎年正月十日恵比須ととなえて、自身でお供えして拾い上げたところで御神酒をささげた。これが知られて次第に参拝する人が多くなって繁昌した」という意味のことが書かれています。

当時、社は崇福寺境内にあったようですが、博多分家した香椎宮ゆかり武内家の一族が、最初は自宅に祀り、のち千代松原一社を建立したのが始まりらしいとのことです。

正月大祭のはじまり〜十日恵比須神社〜(公式)

なるほど、博多の街を町はずれからずっと見守ってきた神社になるわけだ。なんとなく奥ゆかしいではないか。そして商売人は、一年間の商売を祈って町はずれの神社に参りに行くわけか。このあたり、浅草のお酉様などとも違った雰囲気で、なんか楽しい。(浅草もどっちかというとはずれだったりするけれど)そういえば、戎、でも恵比寿、でもなく恵比須、最寄りの駅の名所案内も字を修正した跡があったっけ。

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有名な箱崎のラーメン屋台(?)「花山」。地元の名店、屋台でもそういうんだろうか。毎年食べようと思いながらかなわず、結局今年も。まあ箱崎までゆければ食べれるからいいんだが。

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さてこの時間、夜店では撤収の準備が始まっていた。熊手、その隣は高崎だるま。全国規模な縁起物だ。

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また明日から公園はひっそりと静まり返り、そして夜店は次の祭りへ。これがおわると、一年が無事に始まったような気がする。

[]いろいろあって

…この間に引越しがあったり、子供ができたり。

SY1698SY1698 2012/01/15 14:46 ご無沙汰しております。
お子様ご出生とのことおめでとうございます。
(当方も昨年は長男出生などいろいろありましたが)

sa-50sa-50 2012/01/15 22:24 大変ご無沙汰しています!
こちらこそ、遅くなりましたがおめでとうございます(遅きに…ですが)

転居したり、子供が病気だったり、バタバタしているうちにこんなに経ってしまいました。
今後ともよろしくお願いします!

taka23taka23 2012/01/21 07:17 久しぶりです。

お子さんが生まれたとはビックリ。
おめでとうございます。

今夏にもまた福岡にいけたらと思っています。
その時にお会いできたらと思っています。では。

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